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第十五話 : 彼誰(たそがれ)~ side 友弥2 ~

 彼女が望んでくれるなら、その理想で居ようと思った。



◇◇◇




 友弥(ゆうや)はリゼという存在を最初から否定していたのかもしれない。

 今更ながらにそう思った。



 突然突きつけられた非日常に、自分は冷静でいられる自信があった。

 何もかもを受け入れるほど子供ではないが、全てを否定するほど頭は固くない。

 物事を己のものさしだけで測り、測りきれないものを拒絶して退けるような。

 そんなくだらない大人にだけは、なるつもりはなかった。



(だけど)

 友弥は深月(みづき)を手放したことで、その冷静さも失った。

 逆に言えば深月がいたからこそ、自分は余裕ぶっていられたのだ。

 深月に、情けない自分を見られたくなかったから。

 まるでそれは、砂で作られた城のよう。波が来てしまえばもろく崩れてしまう、なんともお粗末なものだ。

 証拠に友弥は、リゼを拒絶した。

 いかにも自分は被害者だという顔をして、助けを求めるリゼを碌に話も聞かずに突っぱねた。

(話をしてみよう)

 そうと思ったのはディディウスに手を引かれるリゼが、生身の少女だということに気がついたから。

 弱り切ったその表情はさっきまでの王女の顔とはまるで違った。


「歩くなんて言い出した時から、無茶だと思ってたんだ」

 ぷんぷん、という形容がまさにぴったりなディディウスと、「そうね」「本当ね」と頷いてはひたすら謝るリゼ。

 それは以前見かけた深月と、その片割れである颯希(さつき)の姿にひどく似ていて。

 友弥は知らず頬を緩めていた。


「何笑ってんだよ」

 前を向いているはずのディディウスが友弥に向かって言う。

「日が暮れる前には街に着かなきゃなんだから、きびきび歩けよ」

 自分より幾分年下に見える少年に言われてしまってはますます情けない。

(まあ、実際は上なのだろうけど)

 聖獣という彼が一体どれほどの時を生きているのか想像もつかない友弥は、一端その問題は考えないことにした。

「ごめん、急ぐよ。でも申し訳ないんだけど、今少しだけ時間を貰えないかな」

 その言葉に、ディディウスとリゼは足を止めた。

「話がしたいんだ」

 今までとは明らかに違う柔らかい雰囲気に、ディディウスは琥珀の瞳を訝しげに細め。

 リゼは嬉しそうに、そして少し子供っぽく笑った。



「こちらの世界に、入れ替わりという事象は存在する?」

 友弥がまず一番に聞きたいのはこれだった。

「例えば一定の時間だけ身体が、もしくは人間の精神だけが入れ替わるような。それとも、そういうことは自在に出来るとか」

 不可視の力が存在するというのなら、それはいわゆる“魔法”ではないのか。

 そんな友弥の疑問はディディウスによって砕かれた。


「は? 意味が分からん。そんなこと出来るかよ」

 友弥の正面に座ったディディウスは手近な木の枝を拾うと、地面に何かを描き始める。


「いいか、生き物の肉体と精神っつーのは、ただの入れ物と中身じゃない。もっと複雑で、強固に絡まり合っているものなんだ。こんな風にね」

 ディディウスが描いたのは中に縄が入った人型のようなもの。縄のようなものがきっと、精神と肉体の構造を表しているのだろう。

「中身を入れ替えるっていうのはこれを解いて入れ替えた後にまた絡めるってことだ。出来ると思うか? 下手すりゃ精神に異常を来してもれなく廃人、または狂人だな」

 ディディウスは手にした枝をぽいっと放ると、その場にごろんと寝転がる。


「あーあー、やだやだ、これだから異世界人は。なーんも知らないんだから」

「実際に起きた」

 はんっと鼻で笑ったディディウスに、友弥は躊躇いなく言った。


「……はあ?」

「僕たちは昨日、この世界で目覚めた。ちょうど今から3時間くらい経った頃、日暮れの直前。リゼを見つける前だ。いきなり頭が割れるように痛くなって、意識を保てなくなった。そうして気がついたら、僕は深月になっていた」

 言いながら友弥は苦笑した。


 自分で言ってて恥ずかしくなるような、馬鹿げた話だ。

 でもそれは友弥と深月が実際体験したことで、もしかしたらもう一度、最悪夜の度に入れ替わるかもしれない。

 ならばせめて、そういうことがあるのだと知っておいて貰いたい。

 万が一入れ替わった時に、深月が困らないように。

 そう思えるほどには、友弥はこの少女と聖獣の少年を信用していた。何といっても他に頼れる人はいない。ここは友弥たちとは異なる世界なのだから。

 問題は、この荒唐無稽な話をリゼたちが信じてくれるかどうかだ。


「……もしかしたら」

 それまで何かを考え込むように俯いていたリゼが口を開いた。

「ユーヤ、そして彼女。ミヅキ、でしたね。二人はこの世界の人間ではないので、精神と肉体の構造が違うのかも知れません」

「何それ?」

 リゼの推測に友弥よりも早くディディウスが反応した。

 ディディウスはがばりと起き上るとリゼに詰め寄る。

「そんな話聞いたことないよ。姫は何でも間に受けすぎじゃない?」

「ほかに考えられるとすると……」

 ディディウスの否定をリゼは無視した。というより、思考の淵に沈んでいて聞こえていない。

 そんなリゼにぶすくれたディディウスは、胡坐をかいて頬づえをついた。

 リゼは続ける。


「構造が同じだとしても、原因はやはり、二人が違う世界の人だということ。こちらに来たことによる拒絶反応のようなものかもしれません」

「拒絶反応……」

「入れ替わりの際の頭痛はその為かも知れません。詳しくは分かりませんが……」


 そこでふと、リゼは顔を上げた。

 それは出会ったばかりの時と同じ王女の顔だ。

 深緑の眸がまっすぐに友弥を貫く。


「ユーヤ。こんなことを言うとあなたは怒るかもしれません。ですが私は、やはり救世主はあなたたちのことではないかと思うのです。神託と同時に現れたあなたには、強い神力(じんりょく)がある。そしてきっとミヅキにも」

「リゼ……」

「お願いです、ユーヤ。私たちと共に塔を目指しては頂けませんか? もしかしたら元の世界へ帰る方法も分かるかもしれません」

 リゼのそれは懇願に変わっていた。必死な思いが痛いほど伝わる。

「もし一緒に来て頂けるというのなら、私はあなたたちを全力で守ります。帰れるよう、出来るだけのことをします」

「……行かないと言ったら? 自分たちは救世主ではないから、と」

 我ながら意地の悪い質問だと友弥は思った。思ったが、訊かないわけにはいかない。

 リゼは一層眉を寄せ、唇を噛むと悲痛な面持ちのまま言った。

「時間がないんです。だから……」



「そん時は俺が元の場所に送ってやるよ。勿論この世界の、お前らが最初に目覚めた場所にな」



 あからさまな敵意を含んだ、良く響く声。

 ディディウスは氷のように冷めきった目で友弥を見ていた。

「だけどそこまでだ。あとは勝手に野たれ死ね」

「――――ディディウスッ」

「助けて欲しい。でもしんどいことはしたくない。まさに人間らしい自分勝手な考えだね。――虫唾が走る」

「止めなさいディディ! 口が過ぎますッ」

「姫は甘い。優しさと言えなくもないけど、それでは近いうちに身を滅ぼすよ。それとも姫は、自分を犠牲にして人助けをするほど余裕があるの? それで世界を救えるとでも?」

 辛辣な言葉にリゼは顔を歪めて口を閉ざした。

 そうして再び友弥に視線を戻したディディウスは――――大きく目を見開いた。



 友弥は笑っていた。

 それもひどく穏やかに。

 今までのやりとりなどなかったかのように。



「な……に、笑ってんだよ」

 さすがのディディウスも友弥のその表情に困惑した。

 友弥の表情はちぐはぐを通り越して意味不明だ。気味悪くすらある。

「ああ、ごめん。これなら大丈夫そうだと思って」

「はあァ?!」

 いったい今の会話のどこが「大丈夫そう」なのか、あまりに頓珍漢な発言にディディウスの声は裏返った。

「お前今話聞いてたか?!」

「聞いていたよ。“野たれ死ね”のところもばっちり」

「だったらなんで! お前、まさか今になって言語が分かりませんとか言うなよ?」

「言わないよ」

 くすくすと笑う友弥。

 そんな友弥を得体の知れないもののように感じて、ディディウスはがしがしと腕を掻いた。


「君がリゼを、心底大切にしているのが分かったから」

 思いがけない友弥の台詞にディディウスは固まった。


「さっきの発言は僕に対する警戒と、そして僕自身への牽制。リゼを利用させない為だね。そしてリゼは、この世界の為に動いている。だったら」

 一緒に行くべきだと友弥は判断した。

 それは友弥の為、そして深月の為でもある。


「救世主になれるかは分からないけれど、よろしくお願いします」

「……なにそれ」

 やっぱり人間て意味不明、と呟いて、ディディウスはそっぽを向く。



 差し出した友弥の右手は、泣きそうな顔で笑うリゼによって、しっかりと握られた。






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