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第十一話 : ティータイム

「るーうぃん……」


 あぁ……と深月(みづき)は遠い目をする。


(しんこうこくって何。毎日みんなで行進でもするの?)


 なにそれおもしろい、と深月は半ばやけ気味になる。

 宙を見つめる瞳は何も映しておらず、しまいにはハハハと空笑いを始める深月。

 それをどう捉えたのか、美青年が深月の正面に立った。


「おい」

「なんでしょうか」


 虚空を見つめたまま返事をする。目線はやらない。怖いから。


「その顔をやめてこっちを見ろ。さっきまでの威勢はどうした」

「忘れてください。きっぱりと。そう、レモンのようにさっぱりと」


 あんな啖呵を切ったのに、この部屋から出ることも出来なかった。

 恥ずかしさだって満載だ。


「忘れろとはまた都合のいい話だな。私にあんな口を聞いたのは、お前が初めてだ」


(あ、“きみ”から“お前”になった。格下げだ。わー )


「娘、聞いているのか」

「聞いてまーす」


 あくまでも無気力な返事を返す深月。

 そんな深月に痺れを切らしたのか、美青年はとんでもない行動に出た。

 腕を上げたかと思うと、頬を思い切り摘まんだのだ。


「ぃひゃい!」

「いつまでも不細工な顔をしおって」

「――――はなひてっ」


 ぶん、と深月は頭をふる。が、それは間違った行為だ。

 確かに頬は自由になるがちょっと泣きたくなるくらい痛かった。


「いいか娘、その顔で間抜け面を晒すな」

「そんなの私の勝手! プライバシーの侵害よっ」

「いいから、お前少し落ち着け。このままでは話も出来ない」


 ため息混じりの青年の声に、深月はぴくりと反応した。


「話、って」

「お前、この世界の者ではないだろう」


 違うか、と首を傾げる美青年に、深月はあんぐりと大きく口を開けた。





 深月をソファに座らせた美青年は、一度部屋を出ていくとティーセットの乗った盆を持って戻って来た。

 木製のロ―テーブルに盆を置き、じーっと見つめる深月にティーカップを差し出す。

 ここに来てから何も口にしていなかった深月は、嬉々としてカップを受け取った。

 美青年は部屋の隅に置いてあった椅子を持ってきて、深月の正面に腰を下ろす。

 飲み物は温かく、変わった匂いがした。


「私はアーク=レイという」

「アークレイさん?」


 向かいの席に座った美青年の名乗りに、深月はカップから顔を上げる。


「……アークでいい」


 今度は何がお気に召さなかったのか、美青年、改めアークは苦り切った顔で言った。


「じゃあアークさんで」


 すんすん、と深月は湯気を嗅ぐ。

 ハーブのような、スパイスのような、何とも不思議な香りだ。


「はぁ」

「ため息禁止です。幸せが逃げますよ」

「お前だんだん態度が大きくなっていないか」

「気のせいです。あっ、このお茶美味しい」


 飲み物はとろりとして甘く、深月の喉とお腹、両方を癒してくれる。

 ご満悦、といった深月に、アークはふぅと息を吐くと「それで?」と促す。


「お前の名は?」

「深月です。白崎(しらさき)深月。姓が白崎で、深月が名前。花も恥じらう」

「それはもういい」


 ばっさり、という表現がふさわしい言いように深月はむぅと唇を尖らせた。


「人の話は最後まで聞きましょうよ。アークさんてもしや、王子様だったりします?」


 いっそそうであれ、と深月は思う。

 アークの外見と坊ちゃん気質は、その身分こそが相応しい。

 というより、そうでないのなら彼はただのふてぶてしい人だ。


「違う」


(はい決定ー)


「私はこの神興国の最高神官長(ファイス)だ」

「しんこうこくのふぁいす?」


 聞きなれない単語に噛みそうになりながら深月は繰り返す。


「お前はどうしてそう……」

「何でしょうか」

「……もういい」


(あっ、今この人“アホの子”認定した!)


「神を興す国、で神興国。つまりここは信仰を主とした国で、神官が多い。最高神官長(ファイス)はその長だ」


 わかりやすい説明に深月はなるほど、と手を合わせた。


「だから偉そうなんですね」

「おい」

「冗談です。ただ恰好がそんな雰囲気だなって思って。若いのにすごいんですね」


 アークは最初に見た男たちの、騎士みたいなものとは全然違う、生成りの外套のような物を着ていた。

 一見魔法使いのローブのようにも見える。


 ちなみに廊下はこの格好の人と騎士モドキがわんさか居て、そのあまりの異様さに、深月は外に踏みだすことが出来なかったのである。


「若くはない」

「え”! もしかしてこう見えて還暦とか言います?」


 おじいちゃん? とちょっと身を引いた深月をアークは胡乱な眼差しで見やった。


「異世界の言葉を会話に混ぜられるとわからない。が、その顔……。またしょうもないことを考えてるな」

「失礼な、私はいつだって大真面目です」

「なおさら残念だ」

「な……っ」


(なんだとーっ)


 こいつは敵、敵だわ、と深月は心の中でファイティングポーズを取った。



「娘、ミヅキと言ったか。お前はどこから来た? いや……いつ、この世界に来た」


 聞いてもわからないと思ったのだろう、アークは質問を変えた。


「昨日です。昨日の夕方、幼馴染と二人で」

「その幼馴染が“大事なひと”か?」


 こくん、と深月(みづき)は頷く。


「どうやって来た?」

「それがわからないんですよねー。目が覚めたら森みたいなところにいて、帰り道を探しているときにあの黒い人に捕まって」


(そして現在に至る。まる。)


「そうか……」


 ふむ、とアークは納得した。

 その様子になにか引っかかるものを感じていた深月は、ううん、と首を倒す。


「何だ」

「いや、何ていうか……。アークさんてば冷静なんですね。異世界人とか言ったら、普通はもっと疑うと思うんですけど」


 例えば仮にここが現代日本だとして、迷い込んだアークが「異世界から来ました☆」なんて言ったらどうだろう。

 ちょっと、否かなりイタイ人だ。

 格好だってコスプレの一言で片づけられて、最悪病院行きになる。

 なのにアークは、疑うことも過剰に反応することもなくただ事実として受け止めているように見えた。


「嘘をつけるようには見えない」

「それは馬鹿ってことですか?」

「そうは言っていない。それに、異世界の人間は初めてではないからな」

「あっ、そうなんですか」


 なるほどーと深月はのんびりお茶を啜り。


「――――ぇえ!?」


 アークの驚愕の発言に、、思わず立ち上がった。

 そんな深月を見て、アークは更に言う。


「お前の容姿は、まさにその部類に入る。こちらへ」


 導かれたのは部屋の奥、壁に取り付けられた鏡だった。

 鏡は大きく、深月の腹くらいまでを映している。


「あぁ、制服ですか」

「それだけではない。その髪、そして眸」

「……なんかおかしいですか? ハッ、もしやこの国、女性は短髪で長髪は男性にしか許されていないとか」

「そんなことはどうでもいい。お前やはり黙れ。話が進まない」


 若干イラっとしたアークに深月は「すいません」と肩を竦めた。

 怖くはないが続きを聞きたい。


「問題は長さではなく色彩だ」

「色?」


 さっそく緘口令(かんこうれい)を破った深月はじろりと睨まれる。


「“黒”は最も忌み嫌われる色だ」

「どうして」

「闇を示す色だからだ。この世界は平穏だが、それは光が闇を抑えていて初めて成り立つもの。そして人々は少なからず、光の色彩を持って生まれてくる」

「光の色彩?」

「そう。陽ならば髪は金、眸は青。月ならば銀の髪に緑の眸。色が近ければ近いほど、その神力(じんりょく)は強いとされ、慶ばれる」

「つまり黒髪黒目は疎まれる。さらにはいない、と」


 アークは鏡越しに頷いた。


「頭は意外と悪くない」

「本当に失礼。ちょっとなぐってもいいですか」

「いいわけないだろう」

「わかりましたデコピンで許します。って、あれ?」


 ピンピン、と指を弾いた深月は、そこでふと思った。


「黒い人……あの如何にも我が強くて、ひとの話なんか聞かなくて、でも背が高くて男前な……」

「ライズ殿下のことか」

「殿下? あの、真っ黒な髪と夜色の目の……」


(今度こそ本物の王子様か?!)


「そうだ。レスティア帝国の皇太子だ」

「おおお未来の帝王様! 似合う!」


 っぽいぽい、と何だかテンションが上がり始めた深月に青年は顔を顰めた。


「おいアホ娘」

「アホ娘!?」


 あまりにも直接的な言いように深月は目を剥いて振り返る。


「異議あり! 撤回してください!」

「ではミヅキ」

 意外とあっさりアークは名前を呼んだ。

「皇太子には近づくな」

「え、ええと……はい」


 思いのほか真摯なアークに、深月は素直に頷く。

 美形の真顔は思いのほか迫力があった。


 再びソファに戻ると、アークがお茶のお代わりを注いでくれる。

 まだほんのり温かいそれをちびちびのんでいると、アークの視線を感じた。


「……あげませんよ」

「そうではない。お前の頭は本当に平和だな」

「はい?」


(なんですってぇ?!)


「ミヅキ。お前は少々、いや、恐らく大分危機感が足りない。だから心配だ」


(それはアホを晒さないかどうか?)


 ぎろっと見上げた深月をよそに、顔を曇らせたアークは神妙に続けた。


「ライズ殿下は――“闇を統べる虐帝(ぎゃくてい)”と呼ばれている。残虐で、酷薄な帝という意味だ」

「えっ、でもまだ皇太子さまなんじゃ」

「彼の国に皇帝はいない。―――皇太子が手をかけた」


「え」

「故に現在帝位は空席で、当然その席は皇太子が一番近い」

「ちょ、アークさん待って待って」


 すらすら述べるアークだが深月は全然ついて行けない。


(だって、だって……)


「皇帝って、皇太子のお父さんじゃないの?」

「そうだ」


 アークの言葉に深月はへにゃりと眉を下げる。


「理由は明かされていないが、おそらくは不仲が招いた帝位争いだと言われている。現に、皇帝が存命の頃殿下は皇太子ではなく王宮にすら住んではいなかった」

「なんで? 実の息子じゃないの?」

「もちろん直系だ。それも嫡子。だが」


 アークが言い淀む。


「だが?」

「……本当の理由は誰にもわからない。が、殿下は自ら皇帝を葬り、重臣たちはほぼ全員が粛清された。昔も、そして今も。気に食わなければすぐに剣を振るう」


 だから出来れば視界にも入るな、とアークは念を押した。


「それはまた小難しいことを……。でもわかりました。気を付けます」

「そうしてくれ」


 はーいと手をあげた深月はあれ、と腕を下ろし口を曲げる。


「何だ、何か言いたいことでもあるのか」

「あの人、私のこと『俺の花嫁』とか何とか言ってましたよ。てことは王女様の」

「関係ない。この国の王女は巫女姫だ。誰も手出しは出来ない」

「え、でも私、遠慮なく手を」


 出されましたけど、と言おうとした唇は最後の音の形で止まる。


(お、思い出した……。私の、私のファーストキ)


「ッスーーーーーーーーーー!」


 ぬおおぉぉぉぉぉぉぉ、と叫んで突っ伏す深月に、アークはテーブルのティーセットを盆ごと避難させるのだった。

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