第一話 : 朝ごはんは和食派です
燃え盛る炎が勢いを増して、熱風が解けた髪を弄ぶ。
目の前には大切なひと。
傍らには大好きなひと。
「これが、世界の選択だから」
深月、と大切なひとが名前を呼ぶ。
「君が壊してくれると嬉しい」
告げられた言葉と残酷な微笑み。
零れそうになる嗚咽を堪え、震える腕を上げる。
難しいことじゃない、今まで何度も繰り返してきた。
だから今度も、きっと真っ直ぐ届く。
右手に熱が宿る。あとは念じて放つだけ。
心を決めて撃てば良い。
でも。
「ねえ、トモ」
「……何、深月?」
「どうして……」
こんなことになってしまったの。
滑り落ちた雫が肌を濡らす、その刹那。
深月は引き金を引いた。
◇◇◇
ドンドンドン
遠慮なく扉を叩く音は、毎朝のことで。
「おーい、起きろ〜、おーい」
そう叫ぶのもいつもの声。
「遅刻するぞ、起きろっ」
許可もなく部屋に入るのは、自分に良く似た顔立ちの少年。
「おはよ、颯希」
振り返って声を掛けると、ドアをノックした張本人は驚いた顔をした。
「起きてたの、深月」
「お姉さまとお呼び。当たり前でしょう」
「ああ、今日は終業式だもんな」
胸を張ってふふと笑う姉を華麗にスルーし、弟は部屋の中を見回した。
整えられたベット、たたまれたパジャマ、片づけられた机――。
「……すごい変わりよう。雨が降らなきゃいいけど」
「何か言った?」
「別に。朝ご飯できてるから、支度終わったんなら早く来れば」
そう言って颯希は部屋を出て行った。
弟の背中を見送って深月は改めて鏡に向き直り、おかしなところがないか再確認すると軽やかにリビングへと駆け出す。
夏服のセーラーから覗く健やかな手足。
艶めく、腰まで伸びた黒髪。
白い肌、小さな顔に長い睫毛に縁どられた大きな瞳。
小さな鼻と赤い唇。
まるで精巧に作られたビスクドールのような整った顔立ちとその立ち姿は、見るものに【大和撫子】の文字を連想させる。
ただ一人を除いては。
「あーっ、またトースト食べてる! 朝からそんなんじゃ元気でないよ!」
「うるさいなぁ。深月の分はちゃんとおにぎりにしてるでしょ」
リビングにはいつもの通り、颯希しかいない。
深月たちの両親は共働きで出勤も早く、朝に顔を合わすことはほとんどない。
なので朝食の準備は、姉弟で圧倒的に目覚めのいい颯希が担当している。
「私は根っからのお米ニストだもん。あたりまえでしょ」
「意味不明」
憎まれ口をたたきつつ、颯希は深月の前におにぎりとマグカップの乗ったトレイを滑らせる。
「いただきます」
きちんと手を合わせて、深月はおにぎりを手に取り、かぶり付いた。
年頃の男子が握ったとは思えない程形のいいそれは、弟の几帳面な性格を表していると深月は思う。
塩とお米のバランスもばっちりだ。
「じゃ、お先」
深月が二個目のおにぎりを頬張っていると、先に洗い物まで済ませた颯希が鞄を手に立ち上がった。
「むぐぐっ、むがむが」
「口にもの入れて喋らない。そんなんじゃ【大和撫子】には程遠いよ」
「んぐっ……。待って、今日くらい一緒に行こうよ」
「やだ」
姉の願いをバッサリ切り捨てた颯希は扉の手前で振り返ると、
「トモ兄にヨロシク」
ニッコリ笑ってリビングを後にした。
「は……薄情者」
呟いて、深月はふと時計を見やり。
「――――もうこんな時間?!」
遅れちゃう、と叫んでココアを飲み干し、自身も慌てて家を飛び出すのだった。