色彩都市のフォークロア
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彼は僕を見て言った、今思えば、彼の言葉はこの街の現在を見据えていたようだった。
「ハロ、俺は、いずれこの街に色彩という概念が生まれると信じている。その時、この街は大きく変る」
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この街に色はない。昔の友人はそんな事を言っていた。当時、それが何を意味するか、僕にはわからなかった。今は僕にも色彩という概念がある。僕が今着ている服も、空も、陸も、全ての物の色が認識出来る。
僕は何事も記録する癖がある。毎日日記をつける他、気になった事は全てノートに書き残す。だから、今から語るのは、僕が体験した記憶である。
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僕の住む街は地図には載っていない街だ。太平洋の真ん中にあり、回りを海で囲まれていて、街を囲むようにして高い壁が聳えている。
上空には太陽ともう一つの黒い天体が輝いている。二つの天体は、神として崇められていた。二つの天体は生物を作ったという伝説が残っていて、年に祭典が行われる。今年でもう数百年目となるその祭典は、天空にある神の島、ラピュータから、神の祭典と呼ばれている。
神として信仰されている二つの天体だが、一つ、言い伝えられていることがある。
『神の星蝕む刻、子の星堕ち、全ての種は終焉を向かえん』
神の星は太陽の事であり、子の星とは黒天体の事を指す。黒い天体に異常が見られたのは今年の初めからだった。
長い冬を終え、植物達が芽吹く季節になる頃、街の南西にある湖に異変が起きた。水面が赤く変色し、魚達が全て死滅した。それは唐突な出来事だった。僕が記した記憶では、全ての原因は解らないが、水中のバクテリアの急激な増殖が原因の一つとされていた。しかし、これには疑問がある。この湖にはその原因のバクテリア。ハロ・バクテリウムは殆どと言っていいほど存在しないはずである。他に原因があるとしたのなら、藻の繁殖とあるが、この湖では藻の植生は確認されていない。
湖周辺は立ち入りが禁止され、いまでも調査が進んでいる。
僕は友人と共に湖が見下ろせる展望台から湖の様子を観察していた。展望台から湖の全貌が確認出来る。依然とはまるで様子が違う。
湖の状態をノートに書き残していると、傍らにいた友人のジュードが、湖を見ながら呟いた。
「赤い……。湖」
「赤い?なにそれ?」
ジュードは聞いた事ない言葉を呟いた。
「赤だよ。あの湖の状態。色っていうのさ」
「色?解りやすくお願い」
僕がそう訊ねると、ジュードは一瞬迷ったかのように腕を組んで首を傾げた。
「なんて言うかな?俺らが見ている世界には、全てのものに色があるんだ。色彩というもの。例えば、今あの湖は赤色という色で、前に湖は青という色なんだ」
僕はジュードの言葉をメモした。つまり、ジュードは僕達が見ている世界に色という概念があるようだ。僕にはなにがどの色なのか解らないが、ジュードには解るようだった。
「外の世界には色があるらしい。全てのものには色があり、誰もが色を認識できる。ハロ、俺は、いずれこの街にも色彩という概念が生まれると信じている。その時、この街は大きく変る。今とは全く違う世界が広がるはずだ」
そう言ってジュードは僕を見て微笑んだ。いつも変らない笑顔だった。
「ハロ、君が着ている服は灰色だね」
また、解らない言葉を呟いた。
ジュードと初めて出逢ったのはつい最近の事だ。僕はいつもの様にその日に街で起きた事をノートに記載していた。繁華街から少し離れ、スラム街を通り、整備されていない森に入った時だ。普段その森は立ち入り禁止され、見つかれば厳重注意を受ける。見つからないよう慎重に奥を進んでいると、不意に誰かと鉢合わせになった。これは駄目だと思って覚悟を決めた瞬間、相手が話しかけてきた。
「すまないが出口はどこかな?完全に迷ってしまった」
森の中で迷っていたその人物こそジュードだった。ジュードは気がつくと森に入り、どんどん奥に進み、戻れなくなったそうだ。
ジュードを森の外まで案内すると、ジュードはスラム街を初めて見たかのように口を開け、目のしばたかせていた。
「ここは、スラム街かな?」
「そうだけど、ここから来た訳ではないの?ここ以外でこの森に入るとなればかなり困難だよ?」
「いや、すまないが森に入った時に記憶がないんだよ。そうか、ここから入ったのか」
ジュードの言葉に違和感を覚えたが、僕は気にしない事にした。もしかしたら一時的な記憶喪失だろう、いずれ思い出すかもしれない。それにジュードと関わるのもこれで最期だろうと思っていた。だが、僕は不思議な糸で結ばれるようにジュードと親しくなっていく事になる。
「ハロ君だったね。宿屋はどこにあるかな?出来れば風呂がついている所がいいのだけれども?」