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『正気』シリーズ

『回忌』

作者: 良多一文

 錆びたくろがね、無表情な厚壁の向こうのぽっかりと空いた空間で、人影がふたつ、肩を並べていた。


 ねぇ、今日はどんなお話をしますか?

 私はね、すごい発見をしたんですよー。

 知っていますか。

 なんと人の骨は全部で206本もあるのです!

 すごいでしょ~。

 えっへん。もっと誉めてくれてもいいんですよ?

 よくお父さんからは「なんでそんな変なことばっかり知ってるんだ~」って言われたものですっ。

 さあ、ごほうびになでなでしてくださいっ。

 あなたになでなでされるのが何よりの幸せなんですよぅ~。


 今日も今日とて今日が始まる。動き始める灰色の日々。

 “彼”と手を重ね、嬉しそうに少女は足をばたつかせる。

 足の踏み場もないような、薄暗いこの部屋には光は差し込まない。ただ、なにかが回っているような機械音だけが響き渡っている。

 彼女と彼のシアワセは始まったばかりだ。


 え、ご飯ですか? ちゃんと食べてますよー。

 ここには食べ物はたくさんあるので大丈夫です!

 もしかして気にしてくださったんですかー。

 うふふ、私はしあわせものですね。


 口を袖で拭き真っ紅な食べ汚しを拭う。

 きちんとしていなければ彼に笑われてしまう。


 今日も今日とて今日が紡がれる。塗り固められた赤色の日々。

 寝不足のせいか少女の眼下には隈が見えるがお構い無し。彼女と彼のシアワセは、いつまでも。


 憶えていますかー?

 今日は私たちにとって、とっても大事な日な日ですよー!

 きゃー! やっぱり憶えていてくれたんですねー!

 そう、今日は――


――けほっ

――けほっけほっけほっ

――――けほけほっ ケホッ けほっ ケホッ ケホッ ケホッ


 ……だいじょぶなんですよ、こんな咳、すぐ止まりますから。


――ケボッケホッケボッケホッ……


 ふぅ。ご心配をおかけしましたっ。

 さっきの続き――あっ、そうだ、せっかくですから……ちょっと目を瞑っててくださいね……


 少女が身を乗り出した。

 小鳥が啄むような、乾いたキス。

 彼らにできるのはそこまでであったし、それで十分だった。


 いつもいつも「ありがとう」のお礼ですっ。

 えへへ、初めてのキス。なんだか照れちゃいますよぅー。

 これからも私たちは、ずっと、ずっと、ずぅ~っといっしょですからね!


 裏切ったら、許しませんよ?


――ケホッ


 今日も今日とて今日が続く。廻り続けるセピア色の日々。

 儚く朧な彼女の身体は弱々しく揺れる。彼女と彼のシアワセは、まだ終わらない。


 最近、あなたが冷たい気がするのです。

 もしかして、私が嫌いになったんですか?

 もしかして、他の誰かを好きになったんですか?

 あの教会で誓ってくれたじゃないですか。『永遠に一緒だよ』って。


――ケホケホッ


 あれは嘘だったんですか?


 嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き


――ケホッ ケホケホッ ケホケホッ ケホッ


 ひっかきますよ?

 ひっかきますよ。


 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり


――ケボッケホッゲホッゲホッゲホッ 


 許しません。今日は罰として一晩中私を抱き締めていてください。

 ……こうしていればシアワセなんです。私もあなたも。

 間違いないんです。

 うるさいですよ。

 またひっかかれたいですか?


――ゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホ


 えへへ、それでいいんですよ。

 ず~っと私たちはいっしょなんですから。

 そうですよね?

 そうだって言ってくださいよ。

 ねぇ。


――ゲホッ


  ねぇ。


――――ビチャッ


 少女は咳き込み悶える。彼はそれを止めてはくれない。

 彼女は黒いハンカチを口に押し当て、咽ぶような嗚咽を漏らした。


 今日も今日とて今日が終わる。転がり落ちる無色の日々。

 少女は疲れ果て溢すように微かな息を繰り返し、眠っている。

 彼女のシアワセは首を傾げ始めた。


 ごうんごうんと喧しい音だけは、いつもと変わらない。

 しかし少女にはそれが少しずつ大きくなっているように聞こえる。

 変わってしまったのは少女自身?

 それとも――


――寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い


 わかっちゃったんです。ぜんぶ。


 少女の咳息も最早聞こえない。あとの残ったのは僅かに掠れる呼吸と微かな震え。


 私ははじめからあなたに触れられていなかったんですね。

 あなたはいなかったんです。

 “私”があなたを“いなくならせてしまった”んです。

 私ははじめからあなたに触れることなんてできなかったんですね。

 だって私は――“ゾンビ”なんですから。

 触れる資格なんてなかったんですよ。

 あなたを苦しめた“私”なんか。


――寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い暖めて


 あなたのいなかった人生なんて意味があったのでしょうか。

 でも、苦しいです。

 私はこれから、いつづけるのに、いなくなる。

 それが堪らなく苦しいんです。


――ごうんごうんごうん


 もう、からだはうごきません。

 えへへ、やっぱりわたし、だめなこでしたね。

 だいじょうぶですよ。

 あしたになったらぜんぶもとどおりです。


 ……もとどおり?


  …………ゼンブ?




「」

「怖いよぅ」




 助けて





 少女の意識はそこで途切れる。 蒼白い肌、紫の唇に、目は虚ろにひっくり返った少女。

 今日も今日とて今日はいつ? 崩れ去った日々は何色?

 彼女と彼のシアワセは どこ?


 ごう ん


 今日も今日とて今日が――



 さようなら、そしてココロから、オメデトウ。



 限られた情報の中から“彼ら”の関係を推測してみてください。もちろん、はっきりとした正解なんてありません。

 あなたの心が感じるままに、彼らの“想い”を見出だしてみてください。

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