違うんだってば!!
サワの入ったリレーのおかげで、みんなのボルテージが上がりまくった体育祭。
ブルーの大逆転勝利に酔いしれた。
麗を鼻差で抜いたサワ。
カッコ良過ぎて泣きそうになった澤本。
体育祭の祝弁当がいなりずしだと頑張った慶。
だが、そんな外野の騒ぎなどものともせず、サワはいつも通りだった。
「ああ、いい気持ち。思い切り走ると気分がいいなあ」
「サワのおかげで俺たちも気分がいいぞ」
「そうなの?」
興奮している澤本はやたらと大声を出す。どうもアドレナリンが出過ぎているようだ。慶は空っぽになった弁当箱だけで満足だった。
今日の手羽先はピリッと辛さもつけた。サラダだってかぼちゃで甘く、疲れが取れやすいようにメニューが考えられているのだ。いなりずしも信田巻きにして裏向けたんだ。
サワは感激しながら食べていたっけ。
雨のため順延されて平日の体育祭となり、観客は例年の半分程度。慶の母親だけが暇で来れるのだが、慶がみんな来ないんだからと引きとめられた。
城見京子はどうしても突き止めたかった。
息子の尽くす相手を。弁当の君を見たかった。夫からも頼まれていた。
「どんな奴か見て来い。息子が朝早くから握り飯を作らされてるんだ。女か男か確かめて来い」
夫はいつだってそうだとため息をつきながら京子はドキドキしながらも、ワクワクする気持ちもあった。何しろ、息子が好きになった人って初めてのような気がする。まして、弁当も作ってあげたくなるほど好きな人はどんな人なのか、興味がわかないはずはない。母親なら絶対だ。
朝から慶は平日の体育祭は親は来ないもんだと牽制球を投げてきた。
嫌なら行かないわと言ったものの、行くことはとっくに決めていた。
白いサンバイザーにサングラス。顔を隠してウイッグもつけた。髪型がロングなんて久しぶりだわと気持ちが華やいでくる京子。
グラウンドで息子を見つけるなんて、到底無理だと思えるほど学生でごった返していた。それでも根性で目を凝らしていると、遠くに見える慶の姿。隣には澤本。京子は知る由もない。
だが、京子は息子の肩に少年ががっちりと抑えてるを見て少々がっかりもした。
「なんだかんだ言っても女の子を好きと思っていたのに。あの少年なの」
澤本は慶に嬉しそうに話しかけていた。
「あんなに楽しそうに」
京子は夫になんて伝えようかと考えていたが、元々楽天的な京子は自分に言い聞かせるように呟いた。
「まあいいわ。息子が幸せなら男でも」
京子は息子の様子を見ると、急に喉が渇いてきて売店へ向かった。
そこには体操服のTシャツをまくりあげ、何本もジュースを買ってる少女がいた。
「あらあら伸びちゃうわよ、Tシャツが」
「あ、そうか。でもいいんです」
少女は気のよさそうな雰囲気だった。げじげじ眉でベリーショートの女の子。
「少し私が持ってあげましょう」
「大丈夫です」
「そう?」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると少女はたくさんのジュースを持って、慶たちの方へ持って行った。
「ジュース、買ってきたよー!」
少女が叫んだ先には慶たちがいた。
「あら、クラスメートかしら」
思わずサンバイザーを目深にかぶり、京子は息子と彼を見た。澤本は慶をやたらと突っついていた。
「止めろよ」
そう言いながらも楽しそうな息子。
「あんな可愛い子もいるのに。どうして男を選ぶのかしら」
体育祭の後は打ち上げだからとメールが来た。
京子は夫になんて言おうかと策を練っていた。ショックを受けるに違いない。あの人は頭が固いから。
夫の城見雄二はひそかに期待していた。息子の彼女がくるくる巻き毛の美少女だったりしてと、頬をゆるむような気持ちでいた。
「ただいま」
玄関を開けると京子がいつものように出迎えた。
ウイッグとサングラスをつけてることを忘れていた京子。
「あ、これはどうも」
慌てて玄関を出る雄二。
「ん? うちじゃないか。誰だ?」
もう一度ドアを開ける。
「あら、お父さん、分からなかった?」
嬉しそうに笑う京子。
「なんで変装してるんだ!」
「だって、体育祭来ないでみたいに言うんだもん」
「バカか。そんな変装して」
ばつの悪い雄二はブツブツ妻に文句を言った。
京子は楽しくてたまらないような様子で、夫の後をついていく。
「それでどうだった? どんな子だい?」
「うーん、かわいいわよ」
「そうか。もちろん女だよな」
当り前よという答えを期待して、雄二は聞いた。
「うーん、違うみたい」
持っていたネクタイが落ちた。
「え? 男?」
「うん」
「うんって! おい、この家の名前が俺たちの代で終わってしまうんだぞ! 城見家が」
「かもね」
「かもねって? なんだ、その軽い言い方は」
「だって仕方ないじゃないの」
「ああ、やだやだ! もうやだ!」
雄二は心底落胆した。友人のところの孫の写真がちらつく。巻き毛の少女を選ばないのか!
「あまりいろいろ言うと、ますます夢中になってしまうかもしれないから放っておきましょう」
「そんな、簡単に」
「いいのよ、放っておくの。子どもは見守るのが一番よ」
自信ありげな京子は、こういう時偉大な母親に見える。
不安な気持ちではあったが、雄二は堂々としている京子を見るとだんだん安心してきた。
京子が羽目を外し過ぎないようにってメールをすると、澤本が慶のほっぺにキスをしている写真を和香が写して送信してきた。
和香はふざけて送ったのだが、京子がケータイを落としたので拾った雄二は見てしまった。
息子のほっぺにキスをするこ・い・び・と。