会話
「お父さんに似てきたんじゃない」
新聞を切り抜いてスクラップブックを作っていると、妻が覗きこむようにしていった。
父は政治、経済、社会面の新聞記事を切り抜いて、スクラップブックを作っていた。それは晩年における父の唯一の趣味であり、几帳面な父の人生でもあった。
「トモ、この記事知っているかい?関連記事を並べてあるので読み易いぞ」
「いや―すごいね。こんな具合に編集されていたらいいよね」
スクラップブックを開いては、得意そうに父がいう。私は大袈裟に作品を褒めあげ、ご機嫌を取った。父は益々得意顔になったのである。父が亡くなってから、物置に積んであったスクラップブックを思い切って処分したが、思い出の品として残しておくべきだったかと、後悔している。
私は新聞に掲載されている小説を切り取って、スクラップブックを作っている。この小説を読んで、文章の基本や構成、主題を学習しようと考えている。安価ではあるが、手作り教科書として大切な物である。
「それで押し入れをいっぱいにしないでね。ウチは狭いのよ」
確かにわが家は狭い。寝室を見回すと、妻がバーゲンで買い込んだTシャツとか、安物の衣料品がうずたかく積まれている。
「おい、着なくなった物、処分したらどうだ」
「エー、ダメヨ。これは全部大切な物。もったいなくて捨てることなんて出来ないわ」
なるほど、そのとおりである。
他人から見れば価値の無いものであっても、本人にしてみれば大切なものである。逆から見れば、本人が居なくなってしまえば、何の価値も無い。
「おい、おれのスクラップブック、死んだら処分していいぞ。遠慮しなくていいから」
妻は振り向きもせず、テレビを見ながらいった。
「それって、二十年早くない?」
「ウーン、そうだね」
妻との何気ない会話。私はそのような日常を大切にしたい。