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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
9/38

FILE9「忌野才華 下」

 校内に犯人がいる可能性が高いのは一目瞭然だった。被害者全員が宮瓦に好意を持っていることから、宮瓦に好意を持っている人間が、自分の恋敵になりそうな人間を排除している。と見るのが妥当だとボクは思う。でも、校外に犯人がいるという可能性も捨てられるわけじゃない。宮瓦のあのイケメンぶりなら、校外にファンがいたっておかしくないし、濱野浜さんに訊いてみたところ、親衛隊の中に野々乃木高校の生徒ではない人間も何人かいるようだし。でも被害者が全員野々乃木高校の生徒である、ということも考えるとやっぱり犯人は校内にいる、という可能性の方が高いようにボクは感じた。

「やっぱボクは仙道さんじゃないかと思うんだよね、犯人」

「そうかしら?」

 野々乃木高校入学初日の帰り道、少し不思議そうに問うてくるロザリーへ、ボクはうん、と答えて言葉を続けた。

「だって仙道さん、宮瓦の話をする時様子がおかしかったし……」

 ――――あの馬鹿女……まるで宮瓦君を自分の物みたいに……っ!

 あの時、仙道さんは確かにそう言った。その後もブツブツと何かを呟いていたけど、濱野浜さんに対する怒りを露わにしていたことだけは確かだ。あの時彼女が見せた表情は、今でもボクの脳裏にこびりついている。

「まあ、誰が誰をどう思おうと、私には関係ありませんわ」

 あるだろ。仕事だぞこれ。

「とりあえず、ボクとロザリーが餌になって宮瓦に近づいて、犯人をおびき出す作戦……で良いよね? そうしながら仙道に警戒しよう」

 ボクがそう提案すると、ロザリーは眉をピクリと動かした。

 あ、やっちゃった。と思った時には、もう既に遅かった。

「私が餌? あまりふざけたことを言わないでくれるかしら……いくら由乃でも怒りますわよ……?」

 このプライドの高さが、彼女がボクの中で役立たずとされる要因だった。自称姫である彼女のプライドの高さは、ことあるごとに仕事の邪魔になる。今のだってそうだし、今までに何度かやむを得ずロザリーと仕事をしたことがあるけど、彼女のプライドの高さはいつも邪魔にしかならない。人間として彼女が嫌いなわけじゃないけど、どうも共に仕事をする相手としては好きになれない。

「……じゃ良いよ。ボクが餌になるから、ロザリーは仙道さんとか、濱野浜さんとかを調査してて」

 軽く溜め息を尽きつつ、流石に恥ずかしさにも慣れてきた制服姿のまま、ボクはロザリーを連れて事務所に帰るのだった。





 野々乃木高校に通うようになってから一週間、女子生徒の失踪事件は起こらなかった。仙道さんも、濱野浜さんも特に何もしないし、これまでに失踪した女子生徒達も一向に戻ってこない。調査の方もほとんど進展がなく、宮瓦と協力して調べても事件に関する有力な情報は得られなかった。忌野さんも色々と調べているみたいだけど、やっぱり進展はないようだった。

 とりあえずボクは、犯人に狙われるための条件をそろえるために宮瓦に近づいている。そろそろ「転校生の和登は宮瓦のことが好きだ」なんて噂が流れ始めていてもおかしくはないくらいには、積極的に宮瓦と接触するようにしている。最近濱野浜さんがボクに冷たいのが何よりの証拠だ。

 宮瓦は話せば話す程、色んな人に好かれているのが納得出来てしまうような奴で、恋愛感情はないものの、宮瓦のことは自然とボクも好きになれた。何度か校外でも見かけたけど、これといっておかしな部分は見当たらなかった。イケメンで、性格が良いこと以外は至って普通の少年……それが宮瓦。非の打ちどころがなさ過ぎて、逆に違和感さえ感じる程だった。

 そしてロザリーの方は……特に何もしていない。いやホントに。していると言えば、濱野浜さんとの関係をドンドン悪化させていることくらいだろう。あの二人、驚く程に馬が合わない。

「由乃。仙道奈尋のことですが……」

 放課後、二人で教室を出て廊下を歩いていると、ロザリーは不意にそんなことを言った。

 他の生徒はもう既に帰ってしまったらしく、ボクとロザリー以外に人はいなかった。それもこれも、今日提出の課題をロザリーがやっていなかったせいだ。正確には、やっていなかったというより、最後まで出来ていなかった、というのが正しい。どうもロザリーは勉強が得意な方ではないらしく、問題のほとんどを解くことが出来ていなかった。素直に教えてくれと言えば良いのに「由乃、手伝わせてあげてもよろしくってよ」だなんてツンデレみたいなこと言うし、教えようとすれば逆ギレするしで、三十分くらいで終わるハズの課題に一時間もかけてしまうことになったのだ。

 そんな時間にもなれば、帰宅やら部活やらで、廊下から人は消えるだろう。それにしても今日は驚く程人がいない。もうニ、三人くらいはボクらみたいなのが残ってても良さそうなのに、今日はホントにボクとロザリーだけだ。

「何? 何かわかったの?」

 先程の言葉に対してボクがそう問うと、ロザリーはコクリと頷いた。

「私、仙道奈尋が犯人だとは思えませんわ」

「何で? ボクは彼女が一番怪しいって思ってるんだけど……」

 ――――あの馬鹿女……まるで宮瓦君を自分の物みたいに……っ!

 脳裏を過ぎる、一週間前に聞いた彼女の言葉。

「彼女が、仙道奈尋がそんな大胆な真似をするような人間には思えませんの……。口ではああ言っても、行動を起こすなんて彼女には到底出来ませんわ」

「何でそう思うの?」

「勘、ですわ」

 勘かよ。

 一人落胆するボクを放置するかのように、ロザリーは下駄箱へと向かわずにトイレへと歩いて行った。トイレに行くなら行くで言ってくれれば良いのに……と思いつつも、ボクも一緒にトイレへ向かう。

「外で待ってるからねー」

 トイレの中へと入って行ったロザリーへ、入り口からそう声をかけたけど返事はない。小さく嘆息しつつ、ボクはロザリーが出て来るまでの間トイレの前で待っていることにした――そんな時だった。

「やあ、今帰り?」

 不意にボクへ声をかけたのは、宮瓦だった。相変わらずの爽やかな笑顔で、宮瓦はボクに微笑みかける。

「あれ、部活は行かなくて良いんですか?」

「うん。ちょっと生徒会の手伝いをすることになっててね、今日は休むことにしたんだ」

 それで今、手伝いが終わったとこ、と言葉を付け足し、宮瓦はグッとのびをした。

「ねえ、今日これから暇?」

「え、今日ですか? 暇といえばまあ、暇ですけど……」

「妹の誕生日プレゼント買いに行きたいんだけど、何を買えば喜ぶかわかんなくてね……。選ぶのを手伝ってくれると助かるんだけど」

「何でわざわざボクに? ボクなんて女もどきみたいなものですし、あんまり役に立たないと思いますけど……」

 ちょっと恥ずかしそうにうつむく宮瓦に、冗談っぽく笑いながらそう言うと、宮瓦はそんなことはないよ、と答えた。

「和登は十分女の子だよ。それに、他の子より和登に頼みたいんだ」

 真剣な表情で懇願する宮瓦に、ボクはついついコクリと頷いてしまった。どうせこのまま事務所に戻ってもすることはないし、こうして宮瓦と近づくことで、犯人を釣ることが出来るかも知れない。

「わかりました。姫様にも伝えときますんで、校門の所で待ってて下さい」





 トイレを出ようとした直前、不意にロザリーは殺気めいたものを感じた。ロザリーはしばらく動きを止め、表情を変えずに黙考したがやがて小さく笑みを浮かべると、悠然とした態度でトイレを出た。

「やはり、貴女達でしたのね」

 フフン、と得意げに笑みをこぼしつつ、ロザリーは周囲を見回した。トイレの入り口を取り囲む、六人程の女子生徒達。その誰もが仮面をつけており、髪形こそ違うものの誰なのか特定することが出来ない状態となっていた。

「宮瓦幸助親衛隊の皆様、ごきげんよう」

 優雅な笑みを浮かべ、ロザリーは華麗な動作で一礼する。

「……っ」

 同じ女性である仮面の女子生徒達ですら一瞬見惚れてしまう程に、それは華麗で優雅な動作であった。まるで本物の貴族のような雰囲気。野々乃木高校の制服姿であるハズなのに、まるで豪奢なドレスを身にまとっているかのようにすら思える程に、彼女の――ロザリーの動作は高貴だった。

「そこの貴女」

 顔を上げ、不意にロザリーは正面の女子生徒を指差した。

「二年A組出席番号十三番、来宮恵理子きのみやえりこ

「な……っ!」

 ロザリーの言葉に、正面の女子生徒――――来宮恵理子は仮面の下の表情を驚愕に歪めた。

「図星ですわね?」

「どうして――」

 来宮が言葉を言い切らない内にロザリーは、決まっているでしょう、と呟きつつ豪奢な扇子を取り出し、それを広げた。


「勘、ですわ。私の勘は――外れませんの」


 勝ち誇った笑みを浮かべるロザリーに、仮面の女子生徒達は身構える。

「さて、どいて下さるかしら? 私、これから由乃の所に行かなくてはなりませんの」

 扇子を閉じて収めると、ロザリーは素早くポケットから携帯型の端末――クロスチェンジャーを取り出した。





 ゆっくりと。閉じていた目を開ける。まだ視界がぼやけていて、自分が今どこにいるのかよくわからないし、何がどうなっているのかも理解出来ない。手を動かそうとしたけど、どういうわけか動かない。手首と手足に縄が食い込む感覚から、ボクの両手両足が縛られているのだと、すぐに気が付いた。

「ここは……っ!」

 両手両足以外は自由に動かせるので、キョロキョロと辺りを見回す。どうやらボクは、縛られたままどこかの部屋のベッドに寝かされていたようだった。ベッドの向こうにデスクがあり、そこで一人の男が何かをノートに書き込んでいる。デスクの上には男がノートを広げているスペース以外は、沢山のプラスチックケースが置いてあり、中にはフィギュアが収められていた。それも、アニメや漫画のキャラのフィギュアばかりだ。そういうのを嫌悪するってわけじゃないけど、流石に沢山あると気分が悪くなる。部屋に置かれている本棚の上には、重そうな置時計が一つ置いてあるだけで、フィギュアはないようだった。押し入れもあるみたいだけど、その中には、デスクの上以上に、フィギュアが沢山入っているのかと思うと余計に気分が悪くなった。いや、入ってないかも知れないけど。

「お、目が覚めたか」

 再びデスクの方へ視線を向けると、男が聞き覚えのある声でそんなことを呟いた。

「お前……っ」

「おはよう、和登。とは言っても、もう夜だけどね」


 学校にいる時と変わらない爽やかな笑みを浮かべて、宮瓦幸助はノートに書き込むのを止め、ボクの方へ振り向いた。


 驚きで、開いた口がふさがらないような状態だった。自分が置かれている状況、爽やかな笑顔を向ける宮瓦、それだけで瞬間的に全てを理解した。

「お前が……失踪事件の犯人だったのか……!」

 段々と思いだしてきた。放課後、トイレに行ったロザリーを待っていた時に宮瓦から買い物に誘われ、ボクは了承した。校門で待っててくれって言ったすぐ後、宮瓦はボクの腹部を殴って気絶させた……。

 宮瓦に近づいた結果、見事に犯人は釣れた……いや、釣られたのは――ボクだ。

「うん。やっぱり良いね。ボーイッシュな女の子も欲しかったんだよ」

 宮瓦はボクへ近付くと、ボクの顔を覗き込んでニヤリと笑んだ。

「何でこんなこと……っ!」

 ボクの言葉には答えず、宮瓦は押し入れを静かに開けた。

「なあ和登、これを見てくれ。これをどう思う?」

「――――っ!?」

 そしてその押し入れの中身に、ボクは戦慄した。

 押し入れの中にいたのは、五人の女子生徒だった。下の段に二人、上の段に三人の女子生徒が座った状態で入れられており、その中には最初の被害者――百瀬さんも混じっていた。百瀬さんは下の段でグッタリと座らされたまま、ピクリとも動こうとしない。どういうわけか目は開かれたままだった。

 女子生徒達はそれぞれ着飾られており、一人として制服だったり普段着だったりする子はいなかった。黒髪ロングの少女は着物を、金髪碧眼の外人っぽい女の子はフランス人形のようなドレスを、活発そうなショートヘアの少女はテニスウェアを、ポニーテールで大人しそうな少女はメイド服を、そしてツインテールで少し童顔の百瀬さんはゴスロリ服を着ていた――いや、着せられていた。

「素晴らしいだろ? 素敵だろ? 美しいだろ? そう思うだろ? なあ和登! ピクリとも動かない、何も言わない、好きな服を着せられる、好きなポーズをとらせて飾っておくことも出来る! そんな、ずっと俺の傍にいてくれる人形おんなのこが五人もいる! これ程素晴らしいことはない! そう思うだろ和登も!」

「これまでに失踪した女子生徒は、全部お前の仕業だったんだな……!」

 ギロリと宮瓦を睨みつけ、ボクがそう言うと、宮瓦は首を左右に振った。

「いや、俺だけじゃない。……入れ」

 宮瓦がそう言ったと同時に、部屋のドアがガチャリと開かれた。

「お呼びでしょうか……」

 中に入ってきたのは、濱野浜瑞希だった。いつもの制服姿ではなく、押し入れの中にいるポニーテールの少女と同じような、メイド服を身につけている。いつもの勝気な態度からは想像も出来ない程、彼女の態度はしおらしく、そのせいかメイド服が似合っているように感じた。

「濱野浜さん……っ!」

 濱野浜瑞希。彼女が宮瓦の共犯者であると、ボクはすぐに判断した。

「和登、押し入れの人形おんなのこ達がどうして人形のようになっているのか不思議じゃないか?」

 彼女達は全員、目を開けたまま微動だにしない。まるで本当に「人形」になってしまったかのように、彼女達は押し入れに収納されている。

「まさか……」

「そう、超能力だ。しかし俺に超能力はない」

 チラリと。宮瓦は濱野浜さんへ視線を向けた。

「まさか……濱野浜さんが……!?」

「そう。彼女はレベルCの能力者だ。人間の身体をまるで人形のように固定する能力……。恐らくレベルAになれば、人間を完全に人形化させることが可能……そうだろ?」

 コクリと。濱野浜さんは静かに頷いた。

「そんな……濱野浜さん! 何でそんなことに協力を……っ!」

「聞くまでもないだろそんなこと。瑞希、お前俺のこと好きだもんなぁ?」

 宮瓦がそう問うと、濱野浜さんははい、とだけ答えて頷いた。

 いくら好きだからって……異常だ。どんな理由があるかは知らないけど、宮瓦が人形にして愛でているのはあくまで濱野浜さんじゃなくて「別の女」だ。それなのに、濱野浜さんがどんな思いで宮瓦の協力をしてきたのか……ボクには想像出来ない。ボクなら絶対に同じことは出来ない。

「宮瓦君の傍には……私しか、いないから」

「ああ。そうだ。俺の傍に『人間は』お前しかいない」

 人間は。その部分を強調して、宮瓦はそう言った。その言葉に、濱野浜さんは嬉しそうに頬を赤らめて微笑んでいる。

 歪んでいる。

 直感的にそんな風に、思った。

「よし瑞希、やれ」

 コクリと頷き、濱野浜さんは縛られて動けないボクの方へと歩み寄って来る。何とか逃げ出そうと手足を動かしてみるけど、縛られているせいでどうにもならない。

「大丈夫だ。五分程ジッとしていれば終わる」

「くそ……っ!」

 悪態を吐くボクの身体に、濱野浜さんが触れた――その時だった。


「そこまでだ」


 バタンと。部屋のドアが開く。

「い、家綱っ!」

 そこにいたのは、家綱――ロザリーではなく、七重探偵事務所の探偵、七重家綱だった。

「宮瓦幸助……この変態野郎が。うちの助手に手ェ出してんじゃねえよ」

 驚愕に表情を歪めている宮瓦を、家綱は強く睨みつけた。

「家綱……どうしてここが!?」

「ああ、簡単だ。邪魔な親衛隊の女共にどいてもらった後、アントンと交代してお前の臭いを追跡した……すると不思議なことに、イケメンリア充の宮瓦君の家に到着した……ってわけだ」

 だからリア充って何だよ。

 でも本当に助かった。ロザリーの状態だと、ボクのところに辿り着くのは無理そうだから半分諦めてたんだけど……そうか、ロザリーは自分の意思で家綱に交代したんだ。ロザリーは一度表に出ると中々交代してくれない。彼女自身が交代しようと思うまでは、家綱は中々表に出られないのだ。けどロザリーは、ボクがピンチだと判断して、自分じゃ役に立たないと判断して(そこまで考えたかはわからないけど)、家綱に交代してくれたんだ。何だかそれが、たまらなく嬉しかった。

「宮瓦幸助、濱野浜瑞希……そこまでだぜ」

「う、うわああああ!」

 家綱が笑みを浮かべると、宮瓦は錯乱気味に声を上げて家綱へ殴りかかった。しかし家綱はそれをヒョイと避け、宮瓦の腹部に右拳を叩き込んだ。呻き声を上げて怯む宮瓦へ容赦せず、家綱は宮瓦の顔面へ左拳をフック気味に叩き込んだ。

「がァ……ッ!」

「宮瓦君っ!」

 濱野浜さんが悲痛な声を上げるのとほぼ同時に、宮瓦は再び呻き声を上げ、殴られた勢いでデスクへ背中から激突した。その衝撃で置かれていたプラスチックケースが落ち、中に入っていたフィギュア達が床へ散らばった。

「観念しろ。二十万……じゃない、正義のために、俺はお前らを許さねーぜ?」

 二十万のためだろ。

「クソ……ッ!」

「うおわッ」

 宮瓦はやや不意打ち気味に家綱へタックルを喰らわせると、デスクから離れ、ベッドの傍にいた濱野浜さんの後ろへ逃げ込むようにして隠れた。

「おいッ! お前その子を盾にするつもりか!?」

「当たり前だろ! 瑞希は俺のことが好きなんだ! 盾にでも何でもなる……そうだろ?」

 宮瓦の言葉に、濱野浜さんはボクと家綱の予想を裏切り、静かに首を縦に振った。

「クズが……ッ!」

 吐き捨てるように、家綱がそう言った時だった。

「あれ……?」

 押し入れの下の段にいる百瀬さんの手が、ピクリと動いた気がした。家綱も宮瓦も気づいていないらしく、対峙したままお互いに睨み合っている。

 百瀬さんの首が動き、宮瓦へ顔を向けた。まさか……濱野浜さんの能力の効果が、切れた……?

 百瀬さんは宮瓦へ視線を向けた途端、何かを言うよりも先に表情を怒りで歪めた。仙道さんとは比べものにならない程にその表情は醜く歪められており、どれだけの怒りを宮瓦へ感じているのか容易に察することが出来た。ボクの推察だけど、恐らく人形のようにされた後も、百瀬さんには意識があったんだ。動けないまま、宮瓦の思うがままに玩ばれるのがどれだけ屈辱的なことか……。

 静かに百瀬さんは押し入れから這い出て立ち上がると、傍の本棚に置いてあった置時計を手に取った。

「――ッ!?」

 最初に百瀬さんに気がついたのは家綱だった。それに続いて宮瓦、濱野浜さんも百瀬さんに気がつく。

「宮瓦ぁぁぁぁぁぁっ!」

 奇声にも似た金切り声を上げると百瀬さんは置時計を振り上げ、宮瓦へ向けて振り下ろした――――

「宮瓦君っ!」

 瞬間、濱野浜さんは宮瓦を突き飛ばす。

「っ!?」

 先程まで宮瓦のいた位置に、濱野浜さんが宮瓦を突き飛ばすと同時に移動したことに気が付き、百瀬さんは驚愕に表情を歪めた。でも、置時計を振り下ろす手を止めることは出来ず――


 鈍い音がすると同時に、濱野浜さんはその場へ倒れた。






 一人ぼっちだった。親は家にいなくて、俺にとって家族とは買い与えられた人形だけだった。

 そんな中、俺は彼女と出会った。飢えを満たすかのように彼女を求め続け、彼女もまた、俺に愛を与え続けた。それに甘え、溺れ、俺も彼女も、少しずつ歪んでいった。


 間違っているのはわかっていた。こんなことをしても何にもならない。俺の孤独は癒されない。

 歪んだ愛が生んだ、歪んだ関係。

 彼女はこんなにも傍にいて、俺を愛し続けてくれていたのに、気づいていながら俺は孤独だと思い込んで、人形を求めた。そんなもので、満たされるハズがないのに。

 そこに彼女がいて、俺がいて、それで幸せだったハズなのに。

 俺が彼女へ犯した罪は、償えない。


 今も眠り続ける彼女の回復を祈ることしか、俺には出来ない。






「千代を助けて下さって、ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げ、封筒を差し出す忌野さんから、家綱は釈然としない表情でその封筒を受け取った。

「また、何か困ったことがあった時には、迷わずここを訪ねたいと思います。それでは」

「あ、ああ……」

 にこやかな笑顔を浮かべ、忌野さんは事務所を去って行った。去って行く彼女の背中を見つめた後、家綱はデスクへ戻ると、封筒をデスクの上に置いた。

「何だかなぁ……」

 釈然としないのは、ボクも同じだった。

 宮瓦へ向けて振り下ろされたハズの置時計は、それをかばった濱野浜さんの頭部へ直撃した。当たり所が悪かったのか、濱野浜さんは意識不明の重症を負い、今も目を覚まさない。宮瓦は当然その後逮捕されたけど、どういうわけか宮瓦は濱野浜さんを置時計で殴ったのは自分だ、と供述した。それは百瀬さんや被害者に罪の意識を感じて百瀬さんをかばったのか、それとも濱野浜さんへの罪の意識からか、ボクには判断出来なかった。

「歪んでたよ」

 ボクの言葉に、家綱は小さく頷いた。

「宮瓦も、濱野浜さんも」

 完璧な仮面をかぶり、その中に狂った自分を潜ませていた宮瓦。歪んだ関係のまま、歪んだ愛を求め、そして与え続けた濱野浜さん。


 歪んだ愛が生んだ悲しい事件。それがこの事件の、真相だった。

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