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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
8/38

FILE8「忌野才華 上」

「だ、だからって何でボクがこんなの着なくちゃなんないんだよ……っ!」

 恐らく顔を真っ赤に染めているであろうボクを見ながら、家綱はニヤニヤと腹の立つ笑顔を浮かべてボクを眺めている。今すぐにでもぶん殴りたいくらいに、腹の立つ笑顔だった。

「いや、あれだな。馬子にも衣装っつーかなんつーか……うん、良いんじゃね?」

「だ、大丈夫です由乃さん! サイズは合ってます!」

 満足げにうんうんと頷く家綱の隣で、フォローを入れているつもりなのか忌野さんはそう言った。いや、サイズの問題じゃないんだけど。

「こ、これじゃまるで……女装してるみたいじゃないか……!」

 随分と久しい風通しの良い両足の感覚に、元々は慣れていたハズなのに今はどうしようもなく気恥ずかしさを感じる。家綱のところで助手をやるようになってから、ずっとズボンで通していたせいだ。男装しているという意識はなかったけど女の子らしい格好は極力避けてきたのも原因の一つ。

 厳密に言わなくても、これは女装ではない。

「記念に一枚……っと」

 どこからかカメラを取り出して、紺のブレザーに赤いチェック柄のミニスカートという出で立ちのボクを撮ろうとする家綱の顔面に、ボクは思い切り右拳をぶち込んだ。

「撮るなぁーっ!」

 何はともあれ、これで高校に潜入出来るわけだけども。





 行方不明になっている友人を探してほしい。というのが依頼人である彼女、忌野才華いまわのさいかさんの依頼だった。彼女の通っている高校、私立しりつ野々乃木のののぎ高校で近頃女子生徒の失踪事件が多発しているらしい。そしてその失踪事件の最初の犠牲者が彼女の親友――――百瀬千代ももせちよさんだった。既に百瀬さんが失踪してから一ヶ月近く経っており、その間に、百瀬さんを含む四人もの女子生徒が失踪しているらしいのだ。

「その失踪した女子生徒に共通点は?」

 昼下がりの事務所で、ボク達と忌野さんは向かい合ってソファに座っていた。

 忌野さんは大人しそうな感じの女の子で、長い黒髪を首の後ろで一つに縛っている、背はあまり高くなく、ボクと背格好は同じくらいだろう。

「……あります」

 先程忌野さんから渡された、百瀬さんの写真を眺めつつ家綱が問うと、忌野さんはそう答え、ポケットから携帯電話を取り出して素早く操作し、画面を家綱とボクの方へ差し出した。

「この人は……?」

 画面に映されていたのは、紺色のブレザー男子制服の、爽やかそうな少年だった。短く切られた清潔な印象を受ける髪。一目でイケメンと判断出来る甘いマスク。そんな画像を見て、家綱は小さく舌打ちをした。妬むなよ……。

宮瓦幸助みやがわらこうすけ。私のクラスメイトです。私は興味がないんですが、女子生徒に異常な程モテてて……。親衛隊が出来るくらいなんですよ」

 家綱の眉間にしわが寄ってる。

「それでですね、今回失踪事件に遭っている女子生徒……千代を含む全員が、宮瓦君に好意を持っているという噂があったんです」

宮瓦そいつが犯人だ。間違いない。通報するぞ」

 考えるそぶりすら見せずそう言うと、家綱はすぐにソファから立ち上がり、事務所に置いてある機種の古い電話機の方へ向かう。

「早いよ! お前今宮瓦がイケメンってだけで犯人扱いしただろ!」

「良いか由乃。リア充はこの世に生きてちゃいけないんだ」

「リア充ってなんだよ! 良いから真面目にやれアホー!」

 ボクらのやり取りを見てクスクスと笑う忌野さんに少し申し訳なさを感じつつ、ボクは家綱を再びソファの上に座らせた。

「で、失踪した百瀬さんを捜してほしい、というのが忌野さんの依頼ですか?」

「はい」

 コクリと。忌野さんは頷いた。

「なるほどな……。犬探しにも飽きたし、受けてもは良いんだが……」

 そういえば招原さんの依頼が終わって以来、ペット探しの依頼ばっかりだったっけ。あれ多いんだよねぇ……あんまり料金取らないし。

「あ、お金ですね。それなら……」

 そう言って忌野さんは持っていたバッグをガサゴソと漁ると、中身のせいで分厚くなってしまった封筒をドンと机の上に置いた。

「二十万です。足りなかったら言って下さい。追加しますので」

 ポカンと。口を開けたまま家綱が硬直した。かくいうボクも、その隣で唖然とした表情を浮かべて封筒を見つめている。

「お父様が、友達のためなら安いもんだろって、百万程下さいましたので……」

 今まで良心的な値段でやってきたこの探偵事務所で、二十万という値段は中々見られない値段だった。普通の探偵事務所なら万単位のお金を取る依頼を、ボクらの事務所はその半額くらいでやるようにしている。誰でも気軽に頼れる探偵、というのがボクらのコンセプトなんだけど、それが逆に胡散臭くて依頼人が来ないみたい。

「わかりました。全力で受けましょう」

「ちょっと、ガキから金巻き上げる程落ちぶれてないんじゃなかったの?」

 小声でそう問うと、家綱は首を左右に振った。

「馬鹿野郎。俺が今からもらう報酬金は親から出た金だ。ストーカー事件の時とは違ェだろーが」

 ヒソヒソと小声でそんなことを言う家綱の両目は、「¥」のマークに変わっているように見えた。

「でもこれ、調査難しくないかなぁ」

「なぁに、潜入捜査すりゃ良いだけだ。だろ、由乃」

 ニコリとボクへ微笑みかけた家綱の表情を見、ボクは嫌な予感がした。





 その結果がこれだった。

 忌野さんの用意した予備の制服(何故持ち歩いてる……)で、ボクが野々乃木高校に編入して潜入調査をする。それが家綱の作戦だった。忌野さんの父親は野々乃木高校理事長の大親友らしく、お金に関してはどうにでもなるということで、ボクは服装以外に何の負担もなく野々乃木高校の生徒として通えるようになるらしい。

「い、家綱はどうするんだよ……。ボクだけ行っても仕方ないだろ……」

「ああ。それについては…………あー、アイツ呼ぶか」

 アイツ……ああ、アイツか。

「そんな嫌そうな顔すんなって。そんなに悪い奴じゃない……と思う」

 嫌そうな顔をするボクに、家綱はそんなことを言いながら苦笑した。





 私立野々乃木高校は、罷波町にある私立高校で、お金持ちばかりが通っていることで有名な高校だ。入学金や授業料などが馬鹿高い代わりに、お金の力で生徒の様々な可能性を全力で引き伸ばすという校風で、多種多様な学科が存在する。忌野さんや百瀬さんがいるのは普通科なので、当然ボクらも普通科に編入することになる。

「あら、思ったより綺麗な学校ですのね。もう少し貧相な建物を想像してましたわ」

 野々乃木高校校門前で、偉そうにそんなことをのたまいながら、フンと鼻をならす彼女を見、ボクは小さく嘆息した。

「今の台詞、この学校の人達が聞いたら怒ると思うよ……?」

「関係ありませんわ。姫であるこのわたくしの言葉には、誰一人として逆らえませんもの」

 そんなふざけたことを抜かしながら、右手で左頬に指先を当てて、ホーホッホッホッホだなんて今時誰もしないような笑い方をしているのは――家綱の人格中最弱にして最も役に立たないとされる(ボク調べ)人格、自称姫ことロザリーだった。

 釣り目で、どこか人を見下したような目つき。色白の肌は、女であることをほとんど捨てているような今のボクから見てもちょっと羨ましい。しなやかに伸びた金髪は、縦にロールしており、眉の辺りで切りそろえられた前髪は左右に分けられている。胸はそんなに大きくないけどスラッとしており、足も長くてスリムな体型をしている。忌野さんにわざわざ用意してもらったロザリー用の制服は、サイズがぴったりで、彼女の金持ち然とした雰囲気ともマッチしており、野々乃木高校の生徒として何の違和感もない。

 それに比べてボクは随分と平凡だし。女装に見えるし。

 一人テンションを下げるボクの右手を、ロザリーはグイと引っ張った。

「さあ由乃、行きますわよ!」

 変にテンションが高いのも、彼女の特徴の一つだった。



 忌野さんのお父さんのおかげで、ボクとロザリーは編入試験すら受けないまま野々乃木高校の生徒となった。ロザリーこと七重ロザリーさんとその従者和登由乃、という設定で。

 ボク従者かよ……。

 ボクらが編入したのは二年A組。成績優秀な生徒が集まるクラスで、中には貧乏人だけど成績優秀だから特待生として入学した、という生徒も数名いる。金持ちっぽい雰囲気の子が多い中、どこにでもいそうな感じの地味な子が数人いるのはそのせいだろうか。

 担当教員によって簡単に説明(ボクとロザリーは海外に住んでいて、今は忌野さんの家にホームステイしているという設定)されたボク達は、奥の方に用意されていた空席に並んで座った。ボク達が座った二席の他にも四席、空席があった。恐らくそれらは百瀬さんを含む失踪事件の被害者達の席だろう。

 そして問題の宮瓦は――

「始めまして。七重さんに……和登さんだったかな、よろしく」

 ボクらの前の席だった。



 HRが終わった途端、ボクらはクラス内のほとんどの生徒に囲まれて質問攻めにあった。ボロを出しそうになるロザリーを止めつつ嘘の設定を語り、質問攻めを何とか切り抜けていると、集まっている生徒達をかきわけ、一人の女子生徒がボクとロザリーの席の前に立った。茶髪ロングヘアの少女で、釣り目も金持ちオーラもロザリーに負けず劣らず、といった感じの子だった。

「転校生の貴女達に、この宮瓦君親衛隊一番隊隊長にして親衛隊のリーダーであるこの私、濱野浜瑞希はまのはまみずきから大事なお話があります」

 どこか睨むような彼女の視線に、ロザリーは険悪な表情を見せた。

「成り上がり風情が、姫たるこの私に何て口の聞き方ですの? 態度を改めて出直してきなさいな」

「ちょ、ちょっとロザ……じゃない、姫様!」

 ロザリーが異国の姫でボクが従者っていうのは、ちょっとどころかかなり無理のある設定だった。

「な、な、な……成り上がり……この私が! 成り上がりだとでもっ!?」

 怒りを露にする濱野浜さんに対して、ロザリーは笑みを浮かべた。

「成り上がりみたいな顔してますもの。成り上がりに決まってますわ。ああ平民臭い。早く失せるが良いわ」

 そう言ってポケットから豪奢な扇子(何で持ってんの……)を取り出して開くと、ホーホッホッホと高笑いしながら自身を扇ぎ始める。その様子を見て流石に引いたのか、今まで集まっていた生徒は少しずつボクらから離れていった。

 あ、やっぱ金持ちが大体こんななんじゃなくて、ロザリーの頭がちょっとおかしいのか。納得。

 濱野浜さんは何か言いたそうに表情を怒りに歪めていたけど、やがてまあ良いわ、と呟いて嘆息した。

「とにかく、宮瓦君に話しかける時は必ず私か、親衛隊隊長クラスの人間に許可を取ること! わかったわね?」

「お、俺は別にそんなことしなくても構わないんだけどね……」

 前の席で話を聞いていた宮瓦君は、ボクらの方を見ながら苦笑する。

「それでは」

 濱野浜さんはそれだけ言い残すと、足早に自分の席へ帰って行った。相当気分を害したのだろう。

「彼女が犯人ですわ」

 ピシャリと扇子を閉じ、ロザリーは真剣な表情でそんなことをのたまった。

「早いって! お前も家綱も腹が立っただけで相手を犯人扱いすんのやめろー!」

 意外に、家綱とロザリーは似た者同士なのかも知れない。



 一時間目の授業(何の話をしているのかちんぷんかんぷんだった)が終わった後、ロザリーとトイレに行った帰りのことだった。

「大丈夫だった?」

 不意に、一人の女子生徒に声をかけられた。ショートカットの、地味目な雰囲気の、背が低い女の子で、眼鏡が彼女の地味さをいっそう引き立てている。って地味さを引き立てるって何だよ……。

「大丈夫って、何がですか?」

 一応従者という設定なので、他の生徒には敬語のボク。

「あの馬鹿女……親衛隊リーダーの濱野浜に絡まれてたから」

 あまり感情を込めずに、彼女は淡々とそう言った。

「大丈夫ですわ。私があの程度の成り上がり平民風情に遅れを取るハズがありませんもの」

 何の遅れだよ。とりあえずボクと一緒で授業がちんぷんかんぷんだったお前は、勉強に関しては濱野浜に遅れを取ってるからな。

「そうだよね。安心した。あの馬鹿女……まるで宮瓦君を自分の物みたいに……っ!」

 不意に、彼女の言葉に怒気が込められた。

「許せない許せない許せない宮瓦君は私のなのに私のなのに私のなのにいつか消してやるつか絶対に消してやる……」

 上手く聞き取れなくて、何を言っているのかわからないけれど、彼女はまるで呪詛のようにブツブツと何かを呟き始めた。彼女の表情は驚く程憎しみに満ちていて、ボクは一瞬たじろいだ。

「あ、あの……落ち着いて下さい!」

 肩を揺すると、彼女はハッとなったように表情を変えた。

「あ、ごめんなさい……。私、宮瓦君のことが好きで……好き勝手に振舞ってる親衛隊のことが許せないんです……」

「そ、そう……なんですか」

「濱野浜の言う通りにするのは嫌だと思いますけど、本当に宮瓦君へは……近づかない方が良いかも知れませんよ」

 そう言い残して、彼女は教室へと戻っていった。

仙道奈尋せんどうなひろ。特待生ですわ」

「え、何で知ってるの?」

「クラス名簿くらい、ここに来る前に目を通しましたわ。何人かくらいは顔と名前が私にもわかりますわ」

 フフンと得意げに、ロザリーは微笑んだ。



 色んな生徒に聞き込みをしたけど、あまり大きな情報は得られなかった。失踪事件のこと、被害者が全員宮瓦に好意を抱いているという噂があったこと、百瀬さんの他に三人の生徒が失踪していること。忌野さんに聞いた以上の情報は得られなかった。やはりここは宮瓦本人の話を聞いてみよう、ということになり、ボクとロザリーは一応濱野浜さんに許可を取り(頭を下げたのはボクだけだけど)、宮瓦に事件のことについて聞いてみることにした。

「許せないよね」

 眉間にしわを寄せ、真剣な表情で宮瓦はそう言った。

「もしそれが誰かが拉致したりして、彼女達が失踪したのなら許せないよ俺。一人や二人なら偶然ってこともあると思うけど、四人も失踪してるなら、事件だと疑われて当然だよね。俺も、これは事件だと思ってる」

「そうですよね……」

 ボクの言葉に、宮瓦はコクリと頷いた。

「誰か捜している人がいるのかい?」

「あ、はい。忌野さんの友達の百瀬さんが失踪しちゃったみたいで……。ボ……じゃない、私達は忌野さんのお世話になってるから、何か少しでも忌野さんの役に立ちたいんです」

「そっか……。うん、そうだよね。俺も協力するよ。親衛隊の子達がうるさいだろーけど、あれは俺が作ったわけじゃないし、非公式だし。関係ないさ」

 そう言ってニカッと笑った彼の表情は本当に爽やかで、親衛隊まで出来た理由が、少しだけわかった気がした。

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