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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
7/38

FILE7「招原柚子 下」

 驚く程何事もなく、招原さんの講演の日は訪れた。晴義とボクの二人で四六時中彼女を警護していたけど、反亜人派集団リジェクションのメンバーらしき人物からの襲撃は一度もなかった。ボクらを警戒しているのか、それとも犯行を講演の日だけに絞り、入念に準備をしているのか……。どちらにせよ、講演当日の今日は今まで以上に警戒を強めなければならない。

 警護中、家綱が警護を担当することは、驚くことに一度もなかった。事務所に戻った後は家綱に戻ってるんだけど、警護が始まり招原さんと行動を共にすることになると途端に晴義に切り替わってしまう。そのせいか、ここしばらく家綱より晴義の顔ばかり見るようになってしまった。アイツ、完全に招原さんの虜になってる……。

 講演開始三十分前、とりあえず今は招原さんの控え室で待機している。招原さんの講演は町民会館のホールで行われるため、ボクと晴義は、舞台袖から招原さんを見守りつつ警護することになっている。

 畳の床に、長机が一つ。壁には大きな鏡が設置されており、部屋の入り口から見て奥には荷物を置いておくためのロッカーがある。机の上には人数分、ペットボトルのお茶が置いてある。ボク達は畳に腰をおろし、お茶を飲みながら講演開始の時間を待っていた。

「この手紙が来たのは……今朝でしたよね?」

 手に持っている一枚の手紙に目を落としつつ、晴義が問うと招原さんはええ、と答えた。

 手紙には「忠告を守らなかったな」と前回の手紙と同じ形式で書かれていた。何をすると書かれているわけではなく、ただ「忠告を守らなかったな」とだけ書かれているのは「殺す」と書かれているよりもかえって不気味だった。

「ということは……前回の手紙が愉快犯って可能性は薄くなったわけだ」

「そうだね……。この講演、多分何かしてくるよ」

 ボクの言葉に、晴義は深刻な表情で頷いた。

「やっぱり……不安です」

 不意に、これまでほとんど弱音を吐こうとしなかった招原さんが不安そうな声音でそう呟いた。無理もない。四六時中誰かに狙われているかも知れないという不安感を持ったまま、これまで生活してきたのだ。おまけに講演に対するプレッシャーや緊張。今まで弱音を吐かなかったことの方がおかしいくらいだ。

「……大丈夫ですよ。貴方の不安を拭う……そのための僕達です」

 柔らかな笑みを浮かべ、晴義はそう言った。

「探偵さん……」

「晴義で構いません」

 軽く、晴義を睨みつけてみたけど、それには一切動じない様子で晴義は招原さんを見つめている。いつの間にか招原さんの隣まで接近している。

 落とす。と、晴義の顔に書いてあるかのようだった。

「柚子さん……」

「晴義……さん?」

 慣れ慣れしく招原さんを名前で呼びつつ、晴義は徐々にその顔を招原さんへと近づけていく。後少し顔を前に動かせばキス出来る程の近さだ。

 素早くボクはペットボトルのキャップを閉め、勢いよく晴義の顔面に投擲とうてき。見事にペットボトルは晴義の頭部に直撃し、晴義の招原さんへのキスを阻止する。

「……何で君はいつもいつも僕の邪魔をするのかな?」

「ごめんなさい招原さん、この馬鹿がいつもいつも……」

 晴義(この馬鹿)のさっきみたいな奇行は何も今始ったことではなく、護衛中何度もあったことだった。色ボケナンパ野郎の晴義に女性の依頼人を任せるのは非常に危険だということを、これでもかという程再確認させられた。

「いえ、いつものことですから……」

 アホなやり取りのせいか、苦笑いする招原さんの表情から、不安と緊張は少しだけ薄れているようだった。





 ゆっくりと。手にした狙撃銃スナイパーライフルへ弾丸を込める。その狙撃銃は片手で持つことは出来ないものの、一般的に知られる狙撃銃と比べればやや小さいと言える大きさだった。それ程性能の良いものではないが、暗視スコープも付けられている。

 ギュッと、男は狙撃銃を握り締めた。

 狙撃には自信があった。あの日夢を捨て、反亜人派として活動を開始してからずっと訓練を続けていた分、男には十分な自信があった。高い金を払って超能力を得、レベルBまで成長を遂げた後も、狙撃の訓練だけは続けていた。故に、ホールで最奥の席にいたとしても、招原柚子を狙撃し、射殺する自信があった。

 男は狙撃銃を握り締める自分の指を見つめる。未練がましく指に残ったバットだこを見る度、男は陰鬱な気分になる。

 男――――己川敏文おのがわとしふみがまだ少年だった頃、彼は俗に言う野球少年だった。日々甲子園を目指して練習に励み、仲間同士で高め合っていた彼は、高校の野球部でレギュラーを取り、部の強打者として活躍していた。彼のチームは順調に強くなり、彼が三年として最後の夏を過ごす頃には、甲子園に出場を決めるまでに成長していた。

 甲子園に行くのが夢ではなく、甲子園で優勝するのが己川の夢だった。故に、甲子園出場は彼にとってはスタート地点でしかなかった。

 しかし、己川が甲子園球場へと出発する前日のことだった。学校から自宅へと帰る彼の元へ現れたのは、近頃「亜人法」のことで話題になっている半人半獣の種族――亜人だった。毛深く、たてがみのある大柄なライオンのような姿をした亜人と、熊のような姿をした大柄な亜人だった。どちらもライオンと熊がそのまま直立し、人間らしい顔になったような姿だった。一目で亜人とわかる二人の姿に、彼は怯えた。

「なあ、少し金貸してくんねーかな?」

 毛で覆われた口元をニヤリと歪め、二人は己川へ歩み寄っていく。

「すいません、今持っていないんで……」

 己川のその言葉に、偽りはなかった。しかし亜人達はニヤニヤと笑みを浮かべて己川に歩み寄って行く。己川は徐々に後退していき、最終的には亜人達へ背を向けて逃げ出したが、人間よりも身体能力の高い亜人達から、いくら鍛えているとは言え人間である己川が逃げ切れるハズもなく……あっという間に彼は亜人達に捕まってしまった。

 やめて下さいと何度懇願しても、亜人達は己川の身体のあちこちを探り、金目の物を探した。やがて金目の物を持っていないのだと気づくと、突如二人共機嫌の悪そうな顔になり、腹いせだなどとわけのわからないことを叫びながら己川へ暴行を加え始めたのだ。

 己川が亜人達から解放される頃には、既に彼はボロボロになっていた。ズボンの裾をまくり上げると、骨折によって赤く腫れ上がった彼の右足首の姿が露わになった。当然、骨折した足首で甲子園に出場出来るハズもなく――――彼の夢はそこでついえた。

 亜人を恨み、復讐したところで潰えてしまった彼の夢が戻るわけではない。そんなことは彼自身もわかっている。しかしそれでも、自分の夢を奪った亜人達と共生しようなどと言う気には到底なれない。自然と彼は反亜人派になったし、反亜人派集団リジェクションへと入った。

 そして今日――共生会の会長である招原柚子を暗殺し、人間と亜人との共生社会の形成の邪魔をする。リーダーの意向などどうでも良い。ただ己川は、亜人と人間が共生する社会を嫌悪していた。

 そこまで反芻し、男は静かに溜め息を吐いた。と同時に、男――己川の持っていた狙撃銃が姿を消した。しかし、己川の手は狙撃銃を握った形のままだった。自分の触れている物の姿を消す能力、それが己川の持つ超能力だった。

 静かに、己川は笑みを浮かべた。





 舞台では、招原さんが悠然と演説をしていた。少し前まではやや不安そうに歪められていた彼女の表情も、一度舞台へ立つとキリッとした表情へ変化した。亜人と人間の共生する世界の素晴らしさを、亜人と人間の共生の必要性を、彼女は熱く語っていた。

 そんな招原さんの様子を、ボクと晴義は舞台袖から見守っていた。観客にも特別な動きはないし、警備員も出入り口をしっかりと警備している。この様子だと彼女が殺されてしまうようなことにはなりそうにない。そう考えてボクは安堵の溜め息を吐いたけど、隣にいる晴義は緊張を一切緩めようとしなかった。

「亜人の身体能力の高さは、確かに我々人間からすれば危険という見方も出来ます! しかし、彼らとの親交を深めれば、彼らの高い能力は必ずやこの町の発展を――」

 マイクを通して響く招原さんの演説に、ボクが聞き入っている時だった。


 突如、町民会館の外から爆発音が聞こえた。


「「――――ッ!?」」

 爆発音とほとんど同時に、招原さんやボク達を含むホール中全ての人達の視線が、入口へと向けられる。

「まさか……!」

 ボクがそう言うのとほぼ同時に、入り口前で警備していた警備員達は爆発音の原因を確かめるために素早くホールの外へと向かった。

 観客はざわめき、招原さんは困惑した様子で周囲をキョロキョロと見回している。

「晴義、今のって……!」

「僕にもよくわからないけど、多分――」

 そう、晴義が言いかけた時だった。

 ブツン。という音と共に、ホールの照明が全て消え、ホールは暗闇の中に包まれた。

「な――っ!?」

 ホール内のざわめきが、いっそう激しくなった。

「ついに動き出したみたいだね……」

 晴義は呟くようにそう言うと、ポケットからアレを取り出し、招原さんの立っている舞台へと歩き出した。





 予め町民会館付近にしかけておいた小型の時限爆弾で陽動し、ホールの警備を手薄にする。そしてホールの中に忍び込ませておいた仲間に、指示した時間に町民会館のブレーカーを落とさせることで暗闇を作る。そしてその暗闇の中――

「いくぞ」

 ざわめきの中呟き、己川は目に見えない狙撃銃を構えた。暗視スコープ越しに招原を見据え、引き金に指をかける。狙撃銃は己川にしか見えないため、傍から見れば己川が何をしているのかわからない。

 彼女はあの場所から一歩も動いていない。一発でれる。

 左目を閉じ、暗視スコープを見る右目だけに集中する。緊張感で、ジットリとした嫌な汗が、己川の額に浮かんだ。

 ――――仕留めるッ!

 心の内で叫び、己川が引き金を引こうとした時だった。

「――ッ!?」

 突如、引き金を引こうとした右手に激痛が走る。狙撃銃を取り落としかけるが、左手で支えつつ何とか持ちこたえる。ここで落としてしまっては、これまでの準備が水の泡になってしまう。足元を見ると、オレンジ色のBB弾が転がっていた。恐らく先程右手に直撃したのはこのBB弾だろう。

「BB弾だと……ッ!?」

 思わず己川が声を上げるのと同時に、ホールの照明が戻る。と、同時に、己川は暗視スコープから目を逸らし、舞台へと視線を向け――驚愕に表情を歪めた。

 舞台の上にいたのは、エアガンを構えてこちらを見据える一人の男がいた。

「やあ、犯人さん」

 男はエアガンを構えたまま、ニコリと爽やかな笑顔をこちらへ向けた。





 エアガンを構えたままニコリと笑っている晴義の視線を追うと、観客席の奥の方に、一人だけまるで銃を構えているかのようなポーズをしている男がいた。ボクのいる場所――舞台からじゃよく見えないけど、その男は晴義の方へ顔を向けたまま、動こうとしない。

「晴義!」

「お、由乃ちゃん見てくれてた? 僕がコレでアイツの右手を見事に撃ったとこ!」

 困惑してざわめく観客を気にもとめない様子で屈託のない笑顔をボクに向け、ややはしゃぎ気味に晴義はそう言った。

「相変わらずすごいよね、それ……」

「でしょでしょ? どう、僕に惚れた?」

 惚れるか馬鹿。

 非常に驚くべきことだけど、晴義は異常な程に目が良い。いや、暗闇の中でもしっかりと見えるのは最早目が良いとかそういうレベルじゃない気がするけど……。

 更に彼はエアガンの名手で、愛用のエアガンでさえあればほぼ百発百中で標的にBB弾をぶち込むことが出来る。重さが違うから拳銃には応用出来ないらしいけど、別にボク達は人を殺す仕事しているわけじゃないから、エアガンで良いと思う。

「おっと」

 声を上げ、晴義は男へ向かってもう一発BB弾を撃ち込んだ。男は見えない「何か」を取り落とし、慌ててその「何か」を拾おうと身を屈めた――その時だった。

 ドサリと。男がその場に倒れた。と同時に、男の周りにいた観客達が男から数歩離れた。

「え……っ」

 驚くボクの隣で、晴義も同じように驚愕している。招原さんはもう何が何だかわからない、といった様子で演説をしていた時と同じ位置で硬直してしまっている。

「し、死んでる……ッ!」

 男に恐る恐る近寄った中年男性がそう叫んだのと同時に、会場中で悲鳴が上がった。逃げ惑う者。ただ悲鳴を上げる者。多種多様な反応を見せる観客達によって、会場はパニックになった。

 あまりに急な展開に、ボクも晴義も言葉を失ったまま立ちすくんでいた。


 そして講演は事実上、中止となった。





「貴重なレベルBの人材だ。殺してしまって良かったのか?」

 ニット帽を被った男が、隣にいる少年へ問う。少年は男へ背を向け、小さくうん、とだけ答えると、小さく笑みをこぼした。

「己川程の狙撃手はそういない……」

「関係ないよ」

 無邪気な声音で、少年はそう言った。まだ声変わりしたてのように聞こえる声だが、どこか狂気を感じさせる。ニット帽の男はそれを感じ取り、軽く身震いした。

「僕の言う通りにしないってことがどういうことなのか、これで皆もわかるでしょ?」

 一人納得したようにうんうんと頷きながら、少年は変わらず無邪気な声音でそう言う。

「今度からはこういうことがないように、情報伝達お願いね、ニット君」

「わかったよ……リーダー」

 ニット君と呼ばれた男は不満そうな表情を見せつつも、渋々頷いた。





 結局講演自体は中止という形で終わっちゃったけど、招原さんのボディガードという仕事は一応完遂出来た。招原さんを殺そうとした男――己川敏文はどういうわけか、心臓を何かで潰されて死んでいたらしい。犯人は超能力者だって推察されてるらしいし、超能力者じゃないと不可能だとボクも思うけど、犯人は未だに特定出来ていない。

「今回は本当にありがとうございました……。講演には失敗しましたけど、貴方がたのおかげで命を落とさずにすみました」

「いやいや、気にしないで下さいよ。俺は何もしてないですし」

 ホントに家綱は今回何もしてないしね。

 晴義は事件が解決した後、招原さんに彼氏がいると知って以来あまり出て来なくなってしまった。「デブとブスと彼氏持ちと既婚者とババアには用がない」というのが彼のポリシーらしい。色々失礼な奴である。

 挨拶をすませ、招原さんが事務所から出るのとほぼ同時に、家綱は小さく溜め息を吐いた。

「どうしたの?」

「いや、己川を殺したのが誰か……って考えててな。今回の事件、依頼は完遂出来ても事件は未解決……って感じだろ?」

 その言葉にボクが頷いたのを確認すると、家綱はもう一度小さく溜め息を吐いた。

「リジェクション……ねえ。また世話ンなるかもな」

 ボソリと。まるで呟くように、家綱はそう言った。

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