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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
5/38

FILE5「雉原友枝 下」

「それでは、行ってきます」

「送らなくて大丈夫か?」

 そう問うた家綱に、友枝さんは大丈夫です、と答えた。

 ボクと家綱アントンが雉原家に来て二日目。今日は土曜日なんだけど、友枝さんの中学は開校記念日らしくて、土曜日なのに学校に行かなければならないらしい。なので、ボクと家綱は智香ちゃんと一緒に留守番をすることになった。ちなみにアントンは、一晩寝たらいつの間にか家綱に切り替わっていた。

「でもストーカーに狙われてるんでしょ? 一人は危ないんじゃない?」

「いえ、学校では大丈夫ですから……」

「いや、やっぱり送って行こう。一人にするのは危険だしな……。由乃、智香ちゃんを頼むぞ」

 ボクが頷いたのを確認すると、家綱は友枝さんを連れて学校へと向かった。

「おねーたんがっこう?」

 不意に、後ろから智香ちゃんの声が聞こえた。振り返ると、そこにはやや不安げな表情で後ろからボクのシャツをひっぱる智香ちゃんの姿があった。ボクは屈んで智香ちゃんと視線を合わせて、智香ちゃんの頭をそっと右手でなでた。

「うん。だからボクと遊ぼっか?」

「……うん!」

 智香ちゃんは元気よく頷くと、屈託なく笑った。




 レベルBだと、妙な機械を持った素性不明の男に言われた。後天的に能力を得たのではなく、先天的に得た能力で何の訓練もなくレベルBクラスの能力が使えるのは素晴らしいと。

 気配を完全に消す能力。能力のレベルの説明をされた際、なるほどそれなら自分の能力はレベルBだと彼は納得出来た。

 物を浮かせるくらいしか出来ないのがレベルE、浮かせた物を飛ばせるのがレベルD、念力以外の能力の兆候が見えるのがレベルC、独特の能力を持つのがレベルB、そしてレベルBを超える能力を持つのがレベルA……。その中のレベルBに、彼の能力は分類されるらしい。

 彼に能力について説明した男はこう言った。

「君の能力で、世界変えてみないか?」

 どうやらその男は彼の能力を必要としているらしかった。しかし、彼は男の要求を断った。

 世界なんてどうでも良い。俺にはもっと大切なことがある。と、彼は男に向かって断言したのだ。

 思いの外男はアッサリと引き下がり、その場を立ち去った。

 自身の能力を理解した彼は、とある行動に出ることを決めた。

 気配を消すレベルBの能力を、最大限に利用して……。





 正直なところ、仕事さえなければ昼寝をしているような時間だった。本来なら寝ている時間だ(毎回由乃に怒られるが)し、寝ていないにしてもデスクでグッタリしているような時間帯だ。だというのに、依頼人である雉原友枝を迎えに行くためにわざわざ中学校まで歩いて行かなければならないのかと考えると、溜め息しか出てこない。

 七重家綱は、雉原家を出発してから何度目かもわからない溜め息を吐いた。

 それにしても今回の依頼、どうも最初から引っかかる部分があるような気がしてならない、というのが家綱の正直な意見だった。

 主に視線を家の中で感じる。ということは、それ以外の場所では感じるにしてもあまり多くないことが察せられる。そして今朝の言葉……

 ――――いえ、学校では大丈夫ですから……。

 学校では大丈夫、ということはやはり外出中はほとんど感じないということだろう。送迎を断ろうとした辺り、登下校中も視線は感じないと考えて良いだろう。女子中学生なら、それなりに年の離れた男性に送迎してもらうのが恥ずかしい、というのはあっても仕方ないとは思うが、ストーカー被害について語る彼女の表情は鬼気迫るものだった。故に気恥ずかしさだけでボディガードとして意味のある送迎を断るとは思えない。にも関わらず彼女が送迎を断ったということは、本当に登下校中は視線を感じない、ということになる。

 何かおかしい。

 家綱自身がストーカーなわけではないため、ストーカーの心理など到底わかるハズもないが、家にいる時だけ見つめ続けるストーカーというのはどこか違和感がある。本来なら、犯人が特定されにくい外で主にストーカー活動をするハズだ。

 ストーカーが単に外で活動をしないのか、それとも雉原友枝が家の中でしか視線を感じないだけなのか。

 ストーカーが、雉原友枝の外出中にストーキングをしない理由。外と家の中で違う条件は何だ?

 そもそも雉原友枝は本当に……

「――――ッ!」

 不意に、家綱は表情を変え、踵を返して元来た道を全速力で戻り始めた。

「由乃達が危ねェ……ッ!」





 智香ちゃんを二階の、友枝さんの部屋で遊ばせて(友枝さんから許可は取ってある)、ボクは夕食の準備に取り掛かっていた。ちょっと早いけど、特にすることもないし智香ちゃんは大人しくて手がかからないし、暇つぶしくらいのつもりでボクは早目に夕食の準備を始めることにした。智香ちゃんのリクエストで本日のメニューはシチュー。

 テレビをつけてニュースの音を聞きながら、淡々と材料を包丁で切っていく。

「先日、亜人平和記念館で行われた共存十周年式典での、反亜人テロ集団による爆破事件の実行犯が、本日逮捕され――――」

「物騒だなぁ……」

 呟きつつ、ボクは切ったジャガイモを水が張ってあるボウルの中に入れた。

 亜人。というのは、古くから日本にいる半人半獣の存在で、元々は人間と共存していた種族だ。人間達が文化を築く前くらいまでは共存していたらしいけど、人間が文化を形成していくにつれて人間と亜人は敵対するようになってしまっていた。思想の違い、文化の違い、人間を陵駕する身体能力、そして何より亜人の、人型でありながら人間とはかけ離れているその容姿。

 十年くらい前までは、人間にとって亜人とは忌むべき存在とされてきていた。彼らは独特の宗教観念を持っており、全ての亜人は彼らにとっての絶対神であり唯一神であるゼノラ神を崇拝するゼノラ教の教徒だった。彼らは異教徒を排除したり否定したりこそしなかったものの、何があろうともゼノラ神の教えに背くような真似だけはしなかった。

 そんな彼らを、キリスト教すら認めない日本が――徳川幕府が認めるハズがなかった。幕府はゼノラ教徒である彼らを弾圧した挙句、排除しようとし始めたのだ。その結果、幕府とゼノラ教徒の戦争が勃発することになる。能力的には勝っていても、数で圧倒的に負けていた亜人達は、続いていく戦争の中でその数を徐々に減らしていき、最終的に亜人は罷波の土地にいる者だけになってしまった。そんな亜人達へとどめを刺すため、幕府は罷波の土地に総攻撃をしかける。それが、罷波の大戦おおいくさと呼ばれる戦争だった。その戦に大敗して全面降伏した亜人達は、全滅だけは免れたものの、罷波の土地に押し込められ、ひっそりと暮らすはめになった……。

 それから何年も後、第二次世界大戦の際に亜人達へも日本軍から徴兵が行われたが、彼らはそれを断固拒否。日本軍と亜人達の間で内戦が勃発しかけたけど、既に敗戦直前だった日本軍にそんな余力は残っておらず、亜人の徴兵に成功しないまま日本軍はポツダム宣言を受け入れ、敗北した。

 これらの内容は教科書から一時期除外されていたけど、十年くらい前に亜人法(亜人との共存を定めた法律)の制定以来教科書にも掲載されるようになっていた。どうしてボクがこんなに詳しいのかについては、理由はあるけど今は割愛する。

「……ん?」

 不意に、二階から何か重い物を引きずるような音が聞こえた。

「智香ちゃーん?」

 二階の友枝さんの部屋で遊んでいる智香ちゃんに声をかけてみたけど、返答はなかった。

 少し心配なので、料理の手を止めて二階へ向かおうとした時だった。玄関の方から勢いよくドアを開ける音がして、家の中に家綱が駆け込んできた。

「い、家綱!?」

「由乃! 無事だったか……!」

 家綱は一瞬だけ安心したような表情を浮かべたけど、すぐにその表情は険しくなる。

「智香ちゃんは……?」

「智香ちゃんなら二階で一人で遊んでるけど?」

 ボクの言葉に、家綱はクソと吐き捨てた。

「由乃、アイツの携帯に電話出来るか?」

「アイツって……友枝さんのこと? 出来るけど……」

「じゃあ頼む。俺は迎えに行けないって伝えといてくれ!」

 家綱はそう言うと、すぐに階段へと走って行った。

「あ、ちょっと……家綱!」

 すぐに追いかけようかと思ったけど、家綱の焦りようは普通じゃなかった。今は追いかけることよりも、頼まれたことを優先しよう。



 友枝さんに連絡を入れた後、ボクはすぐに二階へ向かった。友枝さんの部屋の前へ行くと、家綱が悔しそうな表情でドアを睨みつけていた。

「家綱! 友枝さんに連絡してきたよ!」

 家綱はさんきゅ、と短く答えると、勢いよくドアを蹴った。しかし、ドアは壊れるどころか開きもしなかった。

「良いか由乃、本当にストーカーから狙われていたのは雉原友枝じゃねえ。智香ちゃんの方だ」

「え……!?」

「友枝が外で視線を感じないのに、家の中でだけ視線を感じる理由。外と中で違う条件は、智香ちゃんが一緒にいるかどうかだった……ってわけだ。鈍いのか、智香ちゃんはストーカーの視線に気付いてなかったみたいだが、友枝は違う。アイツは視線に気付いて、自分と一緒にいる智香ちゃんを見つめている視線を、自分を見つめている視線だと勘違いしたんだ」

 だから、登下校中は問題なかった、と家綱は付け足し、そのまま言葉を続けた。

「犯人は多分、智香ちゃんが完全に一人になるのを狙っていた。今仕掛けて来たってことは、由乃一人くらいならどうにでもなると思ったんだろ」

 家綱は再びドアを蹴ったけどドアはやはりピクリともしなかった。

「ドアの前に何か置いてやがるな……」

 ドアの前に物……。そうか、さっき聞こえた引きずる音は、ドアの前に何かを置く音だったんだ。

「無理だよ。もう誰にも俺の邪魔は出来ない」

 ドアの向こうから、聞き覚えのある男の声が聞こえた。

「その声……アンタは!」

 ボクがそう言ったのとほぼ同時に、男の――三井秀太朗の勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。

「そうだ……俺がお前らの言う『ストーカー』だ! だがな、俺はストーカーとは違う! 愛しい智香ちゃんのために、智香ちゃんが危険な目に遭わないように見守っていただけだ! 言わば俺は正義の味方! 智香ちゃんを守るためだけのスーパーヒーローだァ! お前らも、無能な警察も、レベルBの俺を見つけることは出来なかった!」

 狂ったような笑い声が、ドアの向こうから聞こえる。コイツの理屈は、完全にストーキング行為の言い訳だった。

 三井の様子に怯えているのか、智香ちゃんの泣き声も聞こえる。

「俺は今から智香ちゃんと永遠に二人切りだ! 俺と智香ちゃんは、この空間の中で永遠になる!」

 そう、三井が叫んだ時だった。

 突如、家綱を眩い光が包み込む。あまりの眩しさに、ボクは咄嗟に目を閉じた。

「え――」

 ボクが驚愕の声を上げつつ閉じていた目を開いた時には、キツそうなスーツに身を包んだアントンの姿があった。

「由乃サン……智香チャンニ、ドアノ傍カラ離レルヨウニ言ッテ下サイ」

 微かに怒気を込めた声で、アントンはそう言いながらドアに向かって身構えた。

 まさかアントン――

「智香ちゃん! 今すぐドアから離れて!」


 ドアの向こうでバタバタと足音が聞こえるのと、アントンが一撃でドアを破壊したのはほぼ同時だった。


「嘘だろ……」

 目を丸くするボクの前を、沢山の細かな木片が飛び散っていった。ドアの向こうに置いてあったらしい本棚は砕け、収納されていた本と本棚の欠片が床に散らばっていた。

「は……ハァ!?」

 ベタリと尻餅を付き、三井はアントンを唖然とした表情で見つめた。そんな三井を、アントンはボクが今までに見たこともないような形相で睨みつけていた。

 まるで、鬼。鬼のような形相とは、正にこのことを言うのだとボクは理解した。

「アナタ……」

 チラリとだけ智香ちゃんに視線を向けた後、すぐにアントンは三井へ視線を戻した。

「智香チャン泣イテマス」

「な、何を……」

「泣イテマス」

 木片を踏み潰す音と共に、アントンが三井へ歩み寄った。

「泣イテマス! 幼女ガ! 泣イテマス! 誰ノセイダカワカリマスカ!?」

 一層強く、アントンの瞳が三井を捕らえた。

「アナタデス……アナタガ智香チャンヲ泣カセタンデス!」

 こんなに怒りを露にしているアントンを、ボクは初めて見た。いつも穏やかで、どこか間抜けで、けれどほんわかした雰囲気で場を和ませているアントンが、今はこんなにも怒りを露にしている。そのギャップに、ボクは恐怖さえ覚えた。

 握り締められた拳を、アントンが振り上げた時だった。

「え……っ!?」

 ボクの視界から、突如として三井が消えた。それはアントンも同じらしく、振り上げていた拳を下ろし、アントンはキョロキョロと三井の姿を探す。

「どこにいるのかわかるまい……! 俺の能力はレベルBだぞ! お前らとは違う! 見つけられるもんなら見つけて――」

 三井が言い終わるよりも先に、アントンは何もないように見える場所を思い切り殴った。瞬間、消えていた三井の姿が現れる。アントンの拳は三井の顔面に食い込み、三井の顔を醜く変形させていた。

「な…ん……で……ッ」

 ドサリとその場に倒れ、三井はそのまま気を失った。

「ワタシ亜人ト人ノハーフデス。臭イデワカリマス」

 それは初耳だった。





 その後、三井秀太朗は逮捕された。家宅捜査の結果、三井の家(どうやら一人暮らしだったらしい)の中から智香ちゃんを盗撮した写真や、智香ちゃんが使用した後のものであろう物品(気持ち悪くなるのであえて何だったかは伏せる)が大量に発見された。それが証拠になり、三井秀太朗は逮捕されるに至った。

 ちなみにアントンのことだけど、彼は本当に亜人と人のハーフらしく、ズボンで隠してあるけど彼にはちゃんと立派な尻尾がついていた。あまり亜人の血は濃く受け継いでないみたいだけど、臭いや音に関して常人よりは敏感らしい。アントンとは今まで何度か一緒に仕事したけど、この話は初耳だった。というか家綱の人格が何でもアリ過ぎて驚くのにもそろそろ疲れちゃった感じ。

「あの、本当に良いんですか?」

「ああ、大丈夫だ。気にすんな」

 事件解決から数日後、友枝さんと智香ちゃんはボクと家綱に改めて礼を言うためにもう一度事務所を訪れていた。初めて会った時よりも友枝さんは随分と顔色が良く、ストレスから解放されたんだろうな、と察することが出来た。

「本当に……ありがとうございました」

 事務所を出る前にもう一度だけ丁寧にお辞儀をして、友枝さんは事務所を出て行った。

「ホント……良かったね」

「ん、ああ」

 家綱は小さく頷くと、ダルそうにデスクへうつぶせになった――その瞬間、事務所のドアが開かれた。

「っと」

 すぐに家綱は身体を起こし、ドアの方へ視線を向ける。そこにいたのは、先程友枝さんと一緒に帰ったハズの智香ちゃんだった。

「どうした?」

「えっとね……ありがと、たよれるたんてーさん!」

 あどけない笑みを屈託なく浮かべると、智香ちゃんはドアも閉めずに走って事務所を出て行ってしまった。

「……良かったね、頼れる探偵さん」

「……おう」

 満足げに笑みを浮かべると、家綱はもう一度デスクへうつぶせになった。

「ねえ、一つ訊いても良い?」

「ンだよ?」

「何で、彼女達から報酬金を受け取らなかったの?」

 そう、家綱は今回の仕事の報酬金を、友枝さん達から受け取らなかったのだ。友枝さんが何度報酬金を渡そうとしても、家綱はそれを頑なに拒否していた。報酬金を受け取らなかったということはつまり、あのめんどくさがりな家綱が今回の仕事をタダでやった、ということになる。ちょっと信じ難かった。

「ガキから金巻き上げる程、俺も落ちぶれちゃいねーよ」

 そう言って、家綱は小さく溜息を吐いた。

 友枝さん達から報酬金を受け取るとボクに思われたことに対する溜息なのか、それとも自分の甘さに対する溜息なのか、ボクには判断出来なかった。

「そっか。そうだよね」

 既に寝息を立て始めている家綱に、ボクは優しく微笑みかけた。

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