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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
4/38

FILE4「雉原友枝 上」

「オー、智香チャンハカワイイデスネー」

 大柄な金髪の男性が、小さな女の子を肩車して微笑んでいる。鼻は高く、碧眼で、如何にも外国人、といった風貌の男だった。正直隣にボクや友枝さんがいなけりゃ、すぐにでも通報されたっておかしくはないような犯罪的な雰囲気を、男――アントンは醸し出していた。

「どう? 友枝さん、今も視線感じる?」

 ボクの問いに、友枝さんは静かに首を左右に振った。

「いえ、今は……。外にいる時よりも家の中にいる時の方が酷いですし……」

 そう言って、友枝さんは溜め息を吐いた。

「由乃サーン、日本ノ幼女皆カワイイデース。ワタシ、コノ国来テ良カッタデース」

 はいはい、良かったね。


 ボク達が彼女達からの依頼を受けたのは、今からほんの数時間前のことだった。





 ストーカーをどうにかしてほしい。というのが彼女からの依頼だった。

 こないだの麻薬密売組織の件で手に入れた報酬金を、見事に競馬でパーにしたアホ探偵のせいで、事務所は結局金欠状態だったため、依頼は大歓迎なのだけど――その依頼人が、どう見ても女子中学生くらいの少女だった。

 セーラー服に身を包み、肩までの髪を後ろで一つに結った彼女の名前は、雉原友枝きじはらともえと言って、ソファに姿勢正しく腰かけた状態で正面の家綱を真剣な表情で見つめている。彼女の隣には小さな、幼稚園児くらいの幼女が寝転んでいる。彼女は雉原さんの妹で、名前は智香ともかちゃん。幼稚園の帰りなのか、スモックを着ている。長い髪は左右で二つに縛られており、いわゆるツインテールだった。ソファの感触が心地よいのか、注意する雉原さんの隣でソファに顔を埋めて幸せそうにしている。

「お願いです! 私を狙ってるストーカーをどうにかして下さい!」

「それは良いんですけど……警察にはもう通報したんですか?」

 ボクの問いに、雉原さんは小さく頷いた。

「でも、感じるのは視線だけだし、ストーカーの姿を一度も見たことがないんです……。だから、警察の方も対処しようがないみたいで……。それに、アイツは私が警察に通報したことにすぐ気付いたみたいで、しばらく何もしてこなくなって……結局、警察も見つけることが出来なかったんです」

「で、俺に依頼しに来たわけだ……」

 家綱の言葉に、雉原さんははい、と答えた。

「なるほどな。それに、俺と由乃なら警察程向こうも警戒しねえだろ……。今は、ソイツからの視線、感じるか?」

 雉原さんが首を左右に振ったのを確認すると、家綱は安堵の溜め息を吐いた。

「なら、向こうはアンタが俺に依頼したことに気付いてないハズだ」

「ねー、おにーたんだれー?」

 不意に、起き上った智香ちゃんが家綱に声をかけた。

「俺か? 俺はこの町の頼れる探偵、七重家綱だ……どうぞよろしく」

 ドヤ顔だった。

「おにーたんおもしろーい!」

 ドヤ顔がうけたのか、智香ちゃんは足をバタバタさせながらケタケタと笑い始めた。家綱の表情がヒクヒクと引きつっていくのが目に見えてわかる。

「良かったね、頼れる探偵さん」

「うるせえ……」

 少し凹んだのか、家綱はガックリと肩を落としてうつむいてしまった。

「こら、智香!」

「あ、別に良いですよ。アホには良い薬ですから」

 そう言って微笑んだボクを、隣で家綱がジト目で見つめてるけど、とりあえず無視して話を続けることにする。

「雉原さん、視線以外は特にないんですか?」

「はい。それ以外には特に……。それと、私のことは友枝で良いですよ」

 そう言って、雉原さん、もとい友枝さんは微笑んだ。

「視線を感じるのは、主に家の中でなんです……。窓の向こうとか、そういう場所から」

「家の中……ねえ」

 復活した家綱が、何かを考え込むような仕草を見せつつ呟いた。

「調査ついでに、泊まり込みで私達のボディガードもお願い出来ますか?」

 そう、友枝さんが言った瞬間だった。まるで閃光弾のような光が家綱から発せられる。あまりの眩しさにボク達は目を閉じた。

 光が収まり、ボクが目を開けると、案の定隣に家綱はいなかった。明らかにサイズの合っていないスーツを着込んだ、大柄な外国人男性だった。

「話ハ聞カセテモライマシタ!」

「アントン……」

 彼の名はアントン。お察しの通り家綱の人格の一つで、多分外国人。本人はイギリス出身だと言い張っているけど、アントンはドイツ語圏、もしくはスラヴ語圏の名前なため、本当にイギリス出身かどうか怪しい。というか元は家綱で日本人なんだから、出身は日本だと思う。何だかよくわからない彼だけど、日本とその文化、そして幼女を愛する危険極まりない人格。

 智香ちゃんがいる時点で、コイツの出現を予見するべきだった。


 とりあえず、家綱の人格や能力について彼女達に一から説明するのはものすごく面倒だった。





 結局あれからアントンが家綱に戻ることはなく、ボクとアントンはこうして友枝さん達の家に泊まり込みで調査及びボディガードをするため、雉原家へ向かっているのだった。友枝さん達のご両親は海外で仕事をしているらしく、ほとんど家に帰ってこないらしい。そのため、ボクや家綱(今はアントンだけど)が泊まっていたところで特に問題はないとのことだった。

「おお、お客さん?」

 雉原家へ辿り着いたボク達を出迎えてくれたのは、一人の青年だった。中肉中背の平均的な体型をした青年で、短く刈り上げられた髪は逆立っている。しかし、髪型とは対照的に、彼から荒々しい雰囲気は少しも感じられなかった。

「はい、こないだ話したストーカーのことで……」

 ピクリと。彼の表情が動いた気がした。

「ああ、あのことね……。それで、その人達が探偵さん?」

 彼の問いに、友枝さんはコクリと頷いた。

「それより、昨日作り過ぎちゃった肉じゃががあるんだけど、どうかな?」

 青年が手に持っていたタッパーを友枝さんに差し出すと、友枝さんは嬉しそうにありがとうございます! と頭を下げた。

「それじゃ、俺はもう行くから」

 それだけ行って、青年は軽く会釈すると雉原家の隣の家へと戻って行った。

「オー、肉ジャガー! ジャガーノ肉ヲ煮詰メタ日本ノ素敵料理デース!」

「肉じゃがのじゃがはじゃがいもだから! ジャガーじゃないから!」

「ピュート吹クノデスカ?」

「それは別のジャガーだろ」

 アホだコイツ。

「さっきの人は?」

 ジャガージャガーとうるさいアントンは放っておき、ボクはさっきの青年について訊いてみることにした。

「あの人は、先月隣に引っ越してきた、三井秀太朗みついしゅうたろうさんです。智香と二人だけで暮らしてる私達のために、さっきみたいに料理をくれたりするんですよ」

 どうやら良い人らしい。

 安心したボクは、友枝さん達と共に家の中へ入ることにした。



 ベロリと。舌でなめられるかのような視線だった。不快で、気持ちの悪い、このまま見つめ続けられれば、いつか精神に異常をきたしてしまうんじゃないかと疑ってしまう程に、その視線は不快だった。

 時刻は午後七時過ぎ。今まで何ともなかったというのに、突如として窓から視線を感じた。ボクに対するものじゃないというのは何となくわかるのだけど、不快であることに変わりはない。

「もう嫌……」

 リビングのソファで頭を抱える友枝さんに、ボクは何て声をかければ良いのかわからなかった。

「気持チ悪イ視線感ジマース。コレノコトデスカァ?」

 アントンの問いに、友枝さんは頭を抱えたまま静かに頷いた。

「おねーたん……だいじょーぶ?」

「うん。大丈夫。大丈夫だよ……」

 心配そうな表情を浮かべる智香ちゃんに、友枝さんは力なくそう答えた。

「許セマセンネ」

 不意に、真剣な声色でアントンが呟いた。

「……アントン?」

「幼女ニコンナ表情サセルナンテ、許セマセンネ」

 そう言って、アントンは智香ちゃんを抱き上げた。

「あのね、おねーたんね、さいきんげんきないの……」

 やや沈んだ表情でそう言った智香ちゃんに、アントンは優しく微笑んだ。

「大丈夫デスヨ。ワタシ達ニ任セテ下サイ。オ姉チャンノコト、ワタシ達ガ元気ニシテミセマス」

「ほんとに?」

「ホントデース。ワタシ幼女トノ約束破リマセーン」

 幼女以外との約束はどうなんだよ。

 でも、智香ちゃんは笑ってるし、それでも良いか。

 少しだけアントンを見直しつつ、ボクは未だに感じる不愉快な視線に顔をしかめた。

「この視線、いつから?」

「あんまりハッキリとは覚えていないんですけど……先月くらいからだったと思います」

 先月からということは、彼女はもうかれこれ一ヶ月以上この視線に耐え続けていることになる。よく一ヶ月もこの視線に耐えられたものだと、素直に感心した。ボクなら多分、数日で音を上げるだろう。友枝さんが弱音をあまり吐かないのは、ひとえに智香ちゃんのためなんだと思う。

「私が、しっかりしなくちゃいけないんです……。智香のためにも、仕事してるパパとママを安心させるためにも……弱音吐いちゃって、ごめんなさい」

「うぅん。気にしないで。ボクだったら三日で音を上げちゃうよこんなの……」

 許せないという思いは、ボクもアントンも同じだった。もうこれ以上、彼女達に負担を与えたくはない。例えこれが仕事じゃなかったとしても、ボクは彼女達を助けようとしたと思う。

 あの時の、家綱みたいに。





 静かに、窓の外から雉原家の中を見つめる男がいた。今にも涎を垂らさんばかりの表情で、男は窓の向こうを食い入るように見つめている。カーテンに遮られてよく見えないハズなのだが、男は構わず見つめ続けた。

 窓にギリギリまで近づき、男は窓の向こうを見つめ続ける。これだけ近づいていれば、例え外が暗くても男が見つめていることに気が付けるハズなのだが、誰も気がつく様子はなかった。

 まるで、男がそこにいないかのように。

「かわいいなぁ……ホントに、かわいいなぁ……まるで天使みたいだ……マジ天使……」

 ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、男は窓の向こうを見つめ続ける。

「誰にも邪魔はさせない……警察にも、あの探偵とかいう野郎にも……」

 ジュルリと。男は舌舐めずりをした。

「君は……君は俺だけのものだ……今も、そしてこれからも……永遠に……!」

 フヒヒ……と、男の口から不愉快な笑みがこぼれた。

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