FILE37「七人で」
選ばれたのは、本当に気まぐれだった。
何かを考える風もなく、ただ無造作に、スナック菓子の袋の中から適当にスナック菓子を取り出すかのように、その男は僕を選んだ。
千代原邦治。ここ数年間で千代原グループを大きくしたその男は、妻が急逝したせいで子供がおらず、自分の跡継ぎを捜していた。
偶然その跡継ぎに、養子として選ばれた僕は、拒むことなく流されるようにして跡継ぎとして育てられた。毎日毎日、千代原邦治は僕をエリートに仕上げるためにあらゆる観点で完璧を僕に望んだ。そしてそれに、僕は応え続けた。
上へ。上へ。更に上へ。
上り詰めたその先は、千代原グループの長だった。
これだけあれば、何でも出来る。
世の中を構成する「お金」という素材を得た僕に、出来ないことなんてない。
全能感。
わかっている。
錯覚だって。
沢山のお金を得たところで、結局何も変わっちゃいない。
出来ないものは出来ない。わかっている。
だけどそれでも。それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
どんな手を使ってでも、手に入れたい――取り戻したいものがあった。
仮初でも良い。
もう一度だけ……
待ってて、母さん。
ゆっくりと。ビルの入り口から姿を現したのは、セドリックの姿から元の姿に戻った千代原だった。
千代原は私と、そして家綱をチラリと見て、ニヤリと笑みを浮かべた。その表情に、千代原がビルの中で見せたような感情は感じられない。
最初と同じ、悠然とした態度で千代原は笑んでいた。
「下がってろ」
そう言った家綱に、私はコクリと頷いて家綱の後ろへ退いた。
懐かしい、背中。
一年ぶりに見た家綱の背中は、どうしてか前よりも一層頼もしく見えた。
「あれ、良いんですか?」
嘲るような千代原の笑み。それに対して、家綱は強い双眸を向けていた。
「もう、逃げねえ」
男は背中で語るっていうけど、それは本当なのかも知れない。
家綱の背中からは、強い意思が感じられた。もう負けない、もう逃げない。硬く強い決心を、家綱の背中は語っていた。
「前にも言いましたが、簡単なんですよ? 始末するのは……。貴方も、彼女も」
家綱と私を交互に見、千代原は口角を釣り上げた。
「俺はどうなっても構わねえ……けどな」
ソフト帽をかぶり直し、再び家綱は千代原へ真っ直ぐに視線を据える。
「コイツにだけは……由乃にだけは手を出させねェッ! 絶対にだ!」
「家綱……」
思わず口からこぼれる、名前。
色々あったのは、私だけじゃない。
理由はまだハッキリしないけど、それでも家綱にだって、私の元を離れる理由があって、きっとそれから色々あったんだと思う。
嬉しかった。
家綱にとって私は、大切な存在だった。
私は、家綱の大切な存在になれた。それだけでもう……幸せだ。一年もの長い間、一緒にいられなかったことがどうでも良くなっちゃうくらいに。
「そうですか」
家綱の言葉に、千代原は別段興味もなさそうにそう呟くと、そっとスーツの内ポケットから一枚のカードを取り出した。
「どの道彼女は始末するつもりでしたし、良い試作品も手に入りましたし……貴方も必要ありません」
家綱が身構えるのと、千代原の持っているカードが景色に溶けていくのはほぼ同時だった。
そして次の瞬間、まるでゲームがグラフィックを徐々に表示するかのように、頭頂から少しずつ三人分の人型シルエットが千代原の前に出現した。
毛のない、全身白タイツを着ているかのような三人。目も鼻も口も耳も、あるにはあるんだけど、三人共が同じ顔立ちで、目は虚ろだった。
それが人造人間なのだと気づくのに、私も家綱も数秒といらなかった。
「このサンプル達がどれだけ使えるのか……試してみましょうか」
言いつつ、後ろへ退いていく千代原。
三体の人造人間の右手には、一枚ずつAと書かれたカードが握られていた。
「――――カード!」
私が声を漏らした時には、既に人造人間達はカードを使用していた。
三体の人造人間それぞれが同時に発光し、私の視界を一瞬奪う。
光が収まると、そこにいたのは――
「これって……!」
「味な真似してくれるじゃねえか……」
そこにいたのは、チャラそうな男と、大柄な外人男性、そして巫女装束に身を包んだ黒髪の女性。
紛れもなく晴義とアントン、そして纏さんの姿だった。
「勝てますか? 三人の『自分』に」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる千代原。
だけど、家綱は少しも焦っちゃいなかった。
「上等だよ、俺『達』に勝てると思うなよ?」
そう言って、家綱は右人差し指を、人造人間達を挑発するようにしてクイクイと動かした。
それを挑発と受け取ったのか、それとも元々気に留めていないのかはわからないけど、偽アントンが真っ先に家綱の元へと駆け出した。
避けようという意思は家綱から感じられない。まるで、偽アントンが傍までくるのを待っているかのように悠然としていた。
そんな家綱の顔面目がけて、偽アントンが右拳を放つ――けど、家綱はそれを軽々と左手で受け止めた。
「軽いな。簡単に受け止められるぜ……!」
偽アントンの拳を受け止めたまま、家綱は偽アントンの腹部へ空いている左拳を思い切り叩き込む、と同時に握っていた偽アントンの拳を放した。
少しだけ偽アントンがよろめいている隙に、家綱はポケットの中から携帯型の端末――クロスチェンジャーを取り出した。
「本物、見せてやるよ」
家綱がクロスチェンジャーを操作し終えるのと同時に、家綱の身体は眩い光を放つ。
光が収まり、姿を現したのは金髪で大柄な男――――本物のアントンだった。
「オオー! 私ノフェイクデスカ! 興味深イデース!」
目の前にいる偽物の自分を見て、アントンは怒るどころか心底興味深そうに笑っていた。目の前に自分と全く同じ姿の偽物がいる、っていう状況は普通なら怒ったり怯えたりすると思うんだけど……まあアントンらしいと言えばアントンらしい。
「力比ベデース!」
ほぼ同時に、アントンと偽アントンは互いに掴みかかった。
互いに両手を掴み合い、一歩も譲らず、押し負けまいと力を込めている。
「流石私デス……デスガ……ッ」
グイッと。偽アントンの身体が後方へ傾いた。
「所詮ハフェイク! 私ニ勝テルハズガアリマセーン!」
力強くアントンに手を握りしめられ、偽アントンが苦痛に表情を歪めた――その時だった。
「アントンっ!」
偽アントンの後方にいた偽晴義が、アントンへエアガンの銃口を向けていた。
「――ッ」
アントンが気づいた時には既に、偽晴義はBB弾を発射させていた――けど、間一髪、アントンは顔を左にそらすことでBB弾を回避する。
「オー! エアガン、人ニ向ケテハイケマセーン!」
少し怒った様子でそう言うと、アントンは偽アントンの手を放し、クロスチェンジャーを取り出してすぐに操作を始めた。
「後ハ任セマース」
アントンがそう言うやいなや、アントンの身体は発光し始める。
しかし、偽晴義は眩い光をものともせずにアントン目がけて再びエアガンを発砲したらしく、あまりの眩しさに目を閉じた私の耳に、エアガンからBB弾が射出される乾いた音が届いていた。
「アントン!」
徐々に視界が戻ってくる。
私が目を開けると、そこにいたのはチャラそうな長髪の男――
「由乃ちゃん、久しぶりー」
本物の晴義だった。
「嘘……!」
なんと、晴義はBB弾を右手の人差し指と中指で掴んでいたのだ。
これには偽晴義も驚いたらしく、晴義へ驚愕の視線を向けている。それをチラリと見、晴義は余裕のある笑みを浮かべた。
「しょうがないなぁ……あんまり野郎の相手はしたくないんだけど」
スッと両ポケットに手を突っ込み、晴義が中から取り出したのは二丁のエアガンだった。
「ねえ由乃ちゃん、拳銃二丁ってかっこいいと思わない? ま、これエアガンだけどね」
そう言って、晴義は右手のエアガンを偽晴義へ向ける――が、既にその時には偽晴義がエアガンを発砲していた。
「晴義危ない!」
私が声を上げるのと、晴義の目の前でBB弾が弾かれるのはほとんど同時だった。
「――――ッ!?」
「なんか驚いてるみたいだけど、もしかして君は出来ないの? 同じ『僕』なら簡単じゃない? 飛んでくるBB弾をBB弾で相殺することくらい……さ」
BB弾でBB弾を相殺……!?
ってことは、エアガンから発射されたBB弾という小さな的を、晴義は見事に同じエアガンで射抜いた……っていうことになる。どんな集中力だよ……。
晴義は右手のエアガンを構え直すと、すぐに左手のエアガンを自分の右側へ向けた。
「邪魔」
晴義は両手に持っているエアガンを同時に発砲。偽晴義の方へ集中している(ように見えている)晴義の隙を狙って右側から掴みかかりにいっていた偽アントンと、前方の晴義……その両方に、晴義の発射したBB弾は命中していた。それも目に。
悶える二人とは対照的に、悠然とした態度で笑みを浮かべる晴義――
「晴義! 後ろ!」
私が声を上げると同時に、晴義はすぐに振り向いてバックステップで距離を取った。
「危ないねぇ」
偽纏が晴義の背後から忍び寄り、脇差で斬りかかっていたのだ。
後少し晴義の反応が遅ければ、晴義の背中はあの脇差でザックリと斬られていたに違いない。
私が額の汗を拭っている間に、晴義はエアガンをポケットに戻して、クロスチェンジャーを取り出していた。
「ごめんね、女の子と戦う気はないからさ……チェンジで」
偽纏の脇差を避けつつ、晴義はクロスチェンジャーを素早く操作する。操作が終了すると同時に晴義の身体を眩い光が包み、偽纏の視界もろとも私の視界をも奪っていく。
「まったく、しょうがないわね……」
徐々に収まっていく光の中から現れたのは、巫女装束に身を包んだ黒髪の女性――纏さんだった。
纏さんは私の方へチラリと目を向け、一瞬妖艶な笑みを浮かべた後、すぐに脇差を取り出して抜刀すると、既に纏さん目がけて斬りかかってきている偽纏の刃を素早く受ける。
「気持ちが悪いわね……全く同じ顔をした相手と戦うのは」
呆れたように溜め息を吐きつつも、纏さんは偽纏との鍔迫り合いの中で一瞬も隙を見せなかった。
一見互角のようにも見えたけど、妙に焦っているようにも見える偽纏の表情と、まるで子供でもあやしているかのような纏さんの余裕のある表情を見れば、状況は一目瞭然だった。
「偽物なんかじゃ、本物には叶わないわ」
一閃。
鍔迫り合いを押し切り、後方によろめいた偽纏に対して、纏さんは容赦なく脇差を薙いだ。
「――――っ!」
コトリと音を立てて地面に落ちたのは、偽纏の持っていた脇差の刀身。なんと纏さんは、相手の刀身を切断したのだった。
「ふぅ」
一息吐くと、纏さんはすぐにクロスチェンジャーを取り出した。
見れば、纏さんの前方では偽晴義がエアガンを構えており、後方では今にも掴みかからんと偽アントンが身構えている。
それから数瞬、偽晴義は纏さんへエアガンを発砲した――けど、纏さんは即座に身を屈めてそれを回避すると、その状態でクロスチェンジャーを操作。
すぐに纏さんの身体を光が包む。
さっきから何度も何度もチカチカチカチカ……。まるで花火だった。
でもある意味、お祭り騒ぎかも。
そんなことを考えて、目を閉じたまま少しだけニヤついている内に光は収まり、視界が戻る。
「それじゃ、後でご飯おごってねー」
光の中にいたのは、前髪で片目が隠れた、ロングヘアでミステリアスな女性――葛葉さんだった。
葛葉さんは素早くポケットの中に手を突っ込み、両手に十円玉を乗せると――
「どーん」
両腕を大きく広げ、偽アントンと偽晴義目がけて同時に十円玉を射出した。
葛葉さんの特技……投げ銭。親指に乗せた小銭を親指で弾くことで発射する技で、汎用性が高い上に、葛葉さんの投げ銭の精度はかなりのもの。当然、今射出した二枚の十円玉も見事に直撃していた。
顔面に十円玉が直撃し、その場にうずくまる二人を見た後、葛葉さんはヘナヘナとその場に座り込んだ。
「葛葉さん……?」
「もう疲れた……お腹空いたー」
そんな間の抜けたことを言いつつ、葛葉さんはクロスチェンジャーを取り出した。
「それじゃ、後はお願いね。セドリック君」
「えっ……!」
私が声を上げた頃には既に、葛葉さんはクロスチェンジャーの操作を終えていた。
本日五度目の発光。
光の中から現れたのは、赤髪の男だった。
「嘘……」
セドリック。
家綱の恩人である家光さんを殺し、そして一年前は私へ殴りかかろうとしたあの男。自分の運命を呪い、自分の存在そのものすら憎んでいたらしいこの男は、家綱と相いれることはないと思っていたし、こうして呼ばれて出てくることなんてないと思っていた。なのに、セドリックはこうして、葛葉さんの呼びかけに応えて姿を現していた。
チラリと。セドリックは私に視線を向けた。
思わず肩をびくつかせた私を見るセドリックの表情には、一年前のような怒りの色は映されていなかった。
険しい表情ではあるけど、どこか落ち着いて見える今のセドリックに、私は前のような恐怖を感じたりはしなかった。
何も言わず、セドリックは偽纏へ歩み寄ると、その腹部へ容赦なく拳を叩き込んだ。うめき声を上げてその場へ崩れ落ちる偽纏の頭に、セドリックは右足で踵落としを食らわせた。
鈍い音と共に偽纏は頭から地面へ直撃し、それと同時にカードの効果が切れたらしく、元の人造人間の姿に戻ってその場へ倒れ伏した。
「すご……」
偽アントンは、傍に倒れ伏す人造人間をチラリと見た後、半ば自棄気味にもみえるような動作で、セドリックへと殴りかかっていた……けど、セドリックは偽アントンの腕を左手であっさり掴んで止めると、すぐに右手で偽アントンの頭を掴んだ。
「失せろ」
そしてそのまま、強引にセドリックは偽アントンの頭を地面へ叩きつけた。再び鈍い音がして、偽アントンもさっきの偽纏と同じようにカードの効果を失い、元の姿に戻ってその場へ倒れ伏した。
すぐに、セドリックは偽晴義へ目を向ける。
偽晴義は何度もエアガンをセドリックへ発砲するけど、セドリックはそれをものともしない様子でゆっくりと偽晴義へと近づいていく。セドリックにとっては、プラスチック製のBB弾なんて豆鉄砲にも満たないのかも知れない。
そして偽晴義の眼前まで迫ると、セドリックはエアガンを握りしめ――グシャリとその場で潰して見せた。
「所詮は偽物か」
吐き捨てるようにそう言って、セドリックは偽晴義の頭部目がけて右回し蹴りを放つ。
クリーンヒット。
頭に回し蹴りをモロに喰らった偽晴義は、そのままその場へ昏倒した。ドシャリと音がする頃には、既に偽晴義は元の人造人間の姿に戻っていた。
圧倒的。
凶暴で、荒々しくて、圧倒的なやり方は前に見たセドリックと何も変わってない。だけどそれでも、今のセドリックからは昔のような怖さは感じなかった。
セドリックは倒れている人造人間をチラリとも見ないでクロスチェンジャーを取り出し、すぐに操作を始めた。
数秒と経たずにセドリックを光が包み、本日六度目の変身。
「いえつ――は……?」
何故かそこにいたのは、何もしてないのに勝ち誇った表情を見せる、ゴスロリ衣装の金髪縦ロールワガママ娘のロザリーだった。
「まあ、私達の手にかかればこのくらい当然ですわ」
豪奢な扇子を取り出して自分を仰ぐロザリーの姿は、実に優雅で、如何にも勝者……って感じだったんだけど、今回ロザリーはビックリする程何もしていなかった。
何よりもビックリなのは、あのセドリックが家綱じゃなくてロザリーに交代したこと。多分ロザリーがうるさく言ったんだろうけど、それに対してセドリックが律儀に応えていることが少し信じられない。多分色々あったんだろうけど、私から見るとなんかセドリックが急に丸くなったみたいで変だった。
「馬鹿な……!」
倒れ伏す人造人間達を見、千代原は驚愕の声を上げていた。
表情は焦りで埋め尽くされ、そこに最初の余裕は存在しない。
「さあ、後は貴方だけですわよ」
いやお前何もしてないじゃん。
「それじゃ、後は任せましたわよ」
ロザリーは扇子を収めてクロスチェンジャーを操作した後、すぐに眩い光を発し始めた。
七度目の発光が終わり、光が収まると、そこにいたのはスーツにソフト帽の男――七重家綱の姿があった。
「さて、後はどうするよ?」
挑発とも取れる家綱の言葉に、千代原は怒りの表情を露わにした。
「カード……!」
千代原が取り出したのは、裏面にAと書かれたカード。そのカードが何のカードなのかは、私には大体予想がついていた。
カードが消えていき、千代原の身体が先程の家綱と同じように発光する。
「うおおおおおああああああああああッ!」
雄たけびを上げたのは、セドリックの姿になった千代原だった。
「今度はセドリックか」
家綱がそう言うやいなや、千代原はすぐさま家綱へと殴りかかる。
けど、家綱はその拳を簡単に右手で受け止めた。
「軽いな……軽くて弱ェ……ニセモンの拳はよォッ!」
渾身の左拳。
家綱の左拳が顔面に直撃した千代原は、その場で後ろへ倒れかけたけど、どうにか持ちこたえてその場で踏ん張り、数歩後退して態勢を立て直す。そして唾をその場へ吐き捨てると、家綱目がけて右回し蹴りを放つ――けど、家綱はそれをアッサリと右手で受け止める。
「アイツの蹴りは……こんなモンじゃねえぞ」
家綱が冷たく言い放つのと、千代原が足を降ろしてバックステップで距離を取ったのはほぼ同時だった。
「この……ッ!」
千代原が取り出したのは、一丁の拳銃だった。
晴義や偽晴義が持っていたエアガンなんかじゃない。あの遠目から見てもわかる質感は間違いなく拳銃だ。
「家綱! 危ないっ!」
私が声を上げた時には、既に乾いた銃声が辺りに響いていた。
「がッ……!」
家綱の右肩が、一瞬で赤く染められる。
「家綱ぁっ!」
慌てて駆け寄ろうとする私を、家綱は振り返らずに左手で制止した。
「そこまで……するかよ……」
やや苦しそうな声色ではあったけど、家綱から余裕は消えていなかった。
そんな家綱の様子を見て、千代原はセドリックの顔で勝ち誇った笑みを浮かべていた。酷く下卑た、低俗とすら表現出来る笑み。
再び、銃声。
今度は右足に当たったらしく、家綱はグラリとよろけて倒れかけた。それでも、何とか家綱は態勢を立て直し、歩を進める。
「家綱……!」
アイツは多分、止まる気なんてさらさらない。
もう一発撃たれたってアイツはきっと、前へ進む。
「んな心配そうな声……上げんなよ。大丈夫だ……!」
倒れない。立ち止まらない家綱を見て、千代原は表情を徐々に歪めていく。
「何故ですか……何故倒れないんです……!?」
千代原のその問いに、家綱は口角を釣り上げた。
「痛くもかゆくも……ねえんだよ」
いつの間にか、家綱は千代原の眼前まで迫ってきていた。
「由乃を……アニキを……家族を失うことと比べたら、こんなモン痛くもかゆくもねェんだよッ!」
瞬間、千代原は唖然とした表情で動きを止めた。
「家族……」
そう言った一瞬だけ、千代原は少しだけ穏やかな表情を見せた。けどすぐに、千代原の表情は恐怖に彩られる。
「歯ァ……食い縛れッッ!」
顔面に叩き込まれる家綱の拳。
千代原はそのまま後方へ吹っ飛び、ドサリと音を立ててその場に倒れた。ヒラリと舞い落ちるようにして地面へ落ちたカードを見、家綱はそれを拾い上げるとすぐに破り捨てた。
破り捨てられたカードの破片が、風に舞ってどこかへと飛び去っていく。
Cとの戦い、決着の瞬間だった。