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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第二部
34/38

FILE34「手がかり」

 母が床に伏すようになってから、もう半年以上経っていた。母の容態は悪化するばかりで、当時幼かった私にも、母がもう長くないことは容易に察することが出来た。

 数年前に亡くなった父の保険金で繋いではいたものの、母が働きに出ることの出来ない我が家は貧困そのもので、日に食事を三度取るなどという贅沢な真似が出来るような状況ではなかった。学校で食べることの出来る給食と、貧相な夕食。学校のない休日は一日に一食しか食べることが出来なかった。

 お金がない。

 ただの紙切れと鉄の塊を持っていない、それだけで生活に支障が出る。考えてみれば馬鹿げた話だ。

「お金がなくても、私はお前が元気でいてくれればそれで良いんだよ」

 母の言葉はいつだって詭弁でしかなかった。それ故に何よりも優しく、そして愚かにさえ思えた。

 私が元気でも、その元気な私の姿を母が見ることが出来なければ意味がない。死んだら最後だ。何も残らない。

 お金がない。ただそれだけの理由で母が死ななければならないなんて。

 これ程ふざけた話はない。


 やっぱりこの世は、お金で出来ていた。










 うちの事務所にあるオンボロアナログテレビは、所々ノイズ音を交えながらも、何とか映像を映し出していた。

『本日、千代原グループの社長、千代原邦治ちよはらくにはるのご子息が、正式に千代原グループの社長へ就任することが発表されました』

 千代原家は、罷波町の中でもかなりの富豪だけど、罷波三大富豪には数えられていない。罷波三大富豪という呼び名は、かなり昔から存在している名前なため、ここ数年間で千代原グループとして台頭してきた千代原家は、まだカウントされていないからだ。和登家や夢野家、兼ヶ原家のような、古くから富豪としてこの町に存在した御三家と一緒に数えられるには、まだまだ日が浅いのかも知れない。でも多分、この調子だといつか「罷波四大富豪」って呼び名に変わって、千代原家も一緒に数えられる日がくるような気がする。

 そんな思考を意味もなく巡らせつつも、頭の片隅で私はCのことを考え続けていた。

 カード売人――――C……。使用者に超能力を与え、副作用としてハイなテンションにさせる危険な「カード」を町の中にばら撒いている、ここ最近の事件の黒幕とも言える男。カードは、使用するまではただのカードと変わらないため、センサーに引っかかることがない。だから、事が起こるまではその人物が能力者だとはわからない。センサーに引っかかりさえしなければ、飛行機の中でだって超能力を使えることになる。おまけに、ハイになるという副作用は使用者の判断力を鈍らせることになり、超能力を得たカード使用者が超能力犯罪を起こす可能性は非常に高い。そんな危険なカードを、Cという男はこの町にばら撒いているのだ。

 そして、Cと家綱の関係。

 まだほとんど明確にはなっていないけど、恐らくCと家綱には何かしら繋がりがあるハズだ。Cがリリスに雇わせた男の持っていたあのカード……晴義の姿と能力を得ることが出来るあのカードは、私の推測が正しければ、オリジナルである家綱から複製したもののハズだ。

 Cと家綱には接点がある。Cに近づくことは、きっと家綱に近づくことなんだと思う。

 だけど問題なのは、そのCにどうやって近づくか、だった。

 Cについては不明な部分が多く、今わかっていることは、彼が定期的にこの町のどこかでカードを販売していることだけだった。

 もう一度、Cがカードを販売している場所を調べて、そこで直接会おう……とも考えたけど、大した情報は得られないだろうし、何よりもう一度カードの販売場所を知ることが出来るかさえ怪しい。

 何か、何かCに繋がるヒントはないだろうか……。

「あ……」

 一人だけ。

 たった一人だけ心当たりがある。

 知っている可能性は、そんなに高いわけじゃないけれど、他の人よりは遥かに知っている可能性の高い人物。

 彼に会うのは少し躊躇われるけど、この際そんなことを気にしている場合じゃない。

 意を決して、私はその人物に会うことを決めた。



 ガラスの窓で隔たれた向こうに、彼は座っていた。両手をきつく拘束された状態で、彼は私を見つめながら自嘲気味な笑みを浮かべている。

「へぇ、わざわざこんな所まで会いにくるなんて思わなかったよ」

 そう言って彼は、肩をすくめて見せた。

「迷惑だった?」

「別に。退屈してたしね。むしろ感謝したいくらいだよ」

 それで、とつけ足し、彼は言葉を続けた。

「何の用なのかな?」

 御門降矢――――リジェクターは、そう言って首を傾げた。


 一年前、RejectioNという組織を作り上げ、亜人との共生社会を築こうとする罷波町に反旗を翻し、様々なテロ行為などでそれを妨害した挙句、ボボンと呼ばれる危険な爆発物質を用いて、亜人を罷波町ごと排除リジェクションしようとした張本人――リジェクター。しかし、彼の目的は達成されず、罷波町のしがない私立探偵、七重家綱の活躍によって事件は解決され、リジェクターを含むRejectioNメンバーのほとんどが逮捕された。

 岩肌さんのつてまで使って私が、そんな彼に会いにきたのには理由がある。RejectioNという大きな組織のリーダーである彼なら、RejectioNに在籍していたメンバーを中心に、沢山の超能力者を知っているハズだからだ。もしかすると、彼ならCやCに関係する人物のことを何か知っているかも知れない……。


「単刀直入に聞くよ。『他人の能力をカードにして、利用することの出来る能力』を持った男、知らないかな……?」

 私の問いに、リジェクターはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「もし知ってるなら、教えてほしい……」

 しばらく、リジェクターは黙ったまま私の方を見ていた。先程と変わらぬ笑みを浮かべたまま、何も言わずにただ私を見つめていた。

 静寂。

 耐え切れず、私が再度頼もうと頭を下げかけた……その時だった。

「良いよ。別に」

「え……っ?」

 驚く私に、リジェクターは楽しむかのような視線を向けていた。

 コイツ……しばらく何も答えなかったのはからかってただけなんじゃ……。

「もうRejectioNは存在しないわけだし、彼の情報を外に漏らしたところで、それで僕が不利益を被ることはないしね」

 どこか投げやりな態度ではあったけど、どうやらリジェクターは私にCの話をしてくれるらしい。リジェクターにしてみれば、私は自分が逮捕されてしまった原因の一つだ。会話することすらままならないまま、帰ってくれと突っぱねられてもおかしくなかったのに……。

「Cって名乗る男のことなんだけど……」

「C……Cか。あー」

 Cという言葉を繰り返し、やがて何かを思い出したかのような表情を浮かべた後、リジェクターはコクコクと一人で頷いて見せた。

「アイツは僕らの……RejectioNのスポンサーみたいなモンだよ」

「スポン……サー……?」

 愕然とした様子でリジェクターの言葉を繰り返す私に、リジェクターはそうだよ、と答えた。

「Cはお金持ちでね。僕らに資金援助してくれてたんだよ」

 資金援助。

 RejectioNという組織を維持しつつ、テロ行為などを行うためには、当然大金が必要だ。盗み出したボボンを爆弾に加工するのにも、かなりの技術とお金が必要なハズ。それは、御門降矢リジェクターという私と同世代くらいの少年がどうにか出来る金額じゃない。考えて見れば、RejectioNという組織のこれまでの行為は、資金援助をするスポンサーがついていなければあり得ないことばかりだ。

「まあ、その代わりに僕らもちゃんとお礼はしてたよ。能力を提供する、っていう形で」

「能力を……提供……」

「僕……というか正確にはほとんどニット君なんだけど、僕らの集めた超能力者の能力を、資金援助の代わりに彼に提供してたってわけ。ギブアンドテイクだよ」

 CはRejectioNへ資金を提供し、代わりにRejectioNはメンバーの能力をCに「カード」として提供する……。そしてそうして得たカードを、Cは売ったり利用したりすることで利益を得る……。正にギブアンドテイク。彼らの利害関係は、驚く程に一致していた。

 とすると、Cはかなりの金持ち、ということになる。それだけでもかなり絞って捜査することが出来る。

「それで、その大金持ちのCは一体何者なの……?」

 私の問いに、リジェクターはクスリと笑みをこぼした。

「多分、皆結構知ってる人だと思うよ……」


 リジェクターが口にした名前に、私は思わず息を呑んだ。






 傷一つない、黒光りする一台の高級車が、夜の罷波町の道路を走っていた。運転席には中年くらいの男性が座って運転しており、後部座席に眼鏡をかけた男性が、黒いスーツをピシッと着こなして座っていた。

 眼鏡の男は、千代原紀彦ちよはらのりひこ。千代原グループという財閥の御曹子にして、現社長である男だった。

「研究の進み具合は……どうですか?」

 千代原は、窓の外に見える夜景を眺めつつ、運転手の男へそう問うた。

「はい。順調です。数体、試作品が完成しましたが……どういたしますか? 都合が悪くなければ今夜にでもお見せ出来ますが……」

「ええ、お願いします。戻ったらすぐに施設へ向かいましょう」

 そう言ってニヤリと。千代原は――――Cは、笑みを浮かべた。

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