FILE31「失意の中で見た一筋の光」
一睡も出来ないまま、夜が明けた。気が付けば時刻は午前八時を過ぎており、いつもの起床時間よりも遅い時間にベッドから身体を起こす結果になってしまっている。一応身支度はして、事務所のデスクに腰掛けてはいるものの、眠くて仕方がない……それだけ眠いハズなのに、やっぱり安心して眠ることは出来なかった。
あの後、わき目も振らずにその場から逃げた私を、リリス達は追いかけてこなかった。いや、もしかしたら追いかけていたのかも知れないけど、とにかく私は捕まらずに事務所まで逃げ帰ることが出来た。
向けられた銃口が、頭から片時も離れない。
疲労で身体はだるいし、すぐにでも眠りにつきたいハズなのに、脳裏に焼きついた二人が、私を安心して眠らせてはくれなかった。
拳を振り上げるアントン、エアガンの銃口を向ける晴義。
私は二度も、家綱から攻撃を受けかけている。それがどういう意味なのか、私にはよくわからない。いや、わからないことにして、ぐらついている心を支えているだけで、ホントは心のどこかでわかっているのかも知れない。
今の家綱は、私の――――
「和登さーん」
不意に、事務所のドアが叩かれて、ドアの向こうから声が聞こえた。
半分朦朧としかけていた意識を、無理矢理気合いで叩き起こし、私は返事をしてすぐにドアの方へと向かった。
「お久しぶりです」
ドアを開けた向こうにいた彼女――――星川美々は、ペコリと私へ頭を下げた。
すぐに彼女、星川さんに来客用のソファに座ってもらい、私は慌てて紅茶を淹れた。星川さんはお構いなくって言うけど、客……それも人気アイドルが事務所へ来たとなると、紅茶の一つでも出さないと失礼だと思う。
星川さんは、今勢いのある人気アイドルで、最近出したセカンドアルバムが飛ぶように売れているのだとか。かくいう私も、そのセカンドアルバムの売り上げに、一枚分は貢献しているんだけど……。
彼女は過去に、この七重探偵事務所に依頼をしにきていて、それが私と彼女の接点になっている。
去年より、少しだけ短くなった美しい金髪。相変わらず美しく保たれているプロポーション。何度見ても、星川さんにはついつい見惚れてしまう。昨日見たリリスもかなりの美しさだったけど、妖艶なリリスと、純粋な美しさ持つ星川さんを比べるなら、私個人の意見としては、星川さんに軍配が上がると思う。
「それで、今日はどうしたんですか?」
コースターに乗せた紅茶を、星川さんの前にコトリと置きつつ私が問うと、星川さんは屈託なく笑った。
「ちょっと長めのお休みが取れたんで、地元に帰るついでに、和登さんの所に寄って行こうと思いまして」
言いつつ、星川さんは持っていたバッグの中から、どこかのお土産っぽい紙袋を取り出して、私の方へ差し出した。
「いやいや、いいですよそんな! 気を使わなくたって……」
「お饅頭、好きじゃないんです?」
「大好きです」
結局受け取った。
紅茶とお饅頭という、ちょっと変な組み合わせに苦笑しつつ、私は星川さんと一緒にお饅頭と紅茶の味を楽しんだ……とは言っても、紅茶の方は安物のインスタントなんだけど。
口の中いっぱいに広がる、餡子の味に頬を綻ばせつつ、私と星川さんは近況報告をし合った。星川さんの方は好調なようで、近々映画に出演することが決まるらしい。一般公開はされていない情報だったみたいで、何だか得した気分。
「和登さん、その隈、どうしたんですか?」
「え、あ……これ……?」
気付いていなかったけど、どうやら眠れなかったせいで私の目に隈が出来ているらしい。
「ちょっと……眠れなくて……」
「そうなんですか……。何かあったんですか? 私で良ければ相談に乗りますけど……」
「いやいや、大丈夫ですよ! 気をつかわなくても――」
私がそう言いかけると、星川さんは少しだけムッとした表情を見せた。
「もう、いつまで遠慮してるんですか! 和登さんは私の恩人で、そして私の友達ですよ。友達の相談に乗ることのどこが、気をつかってるっていうんですか!」
星川さんのその言葉に、私はポカンと口を開けたまま数瞬硬直していた。
「……どうかしました? 私、何か変なこと言いました?」
「あ、いや、そうじゃ……なくて……」
打ちのめされて。
また打ちのめされて。
どっぷりと浸かっていた絶望の中に、差し込んだ一筋の光はあまりにも暖かかくて。
気が付けば私は、その光の中にすがるようにして身を委ねていた。
私がグシャグシャに泣き崩れても……それでも光は、私を暖かく包み込んでくれていた。
しばらく泣いて、少し泣きつかれてから、私はこれまでのことを星川さんへ話した。
家綱が依頼でどこかへ行っているのではなく、ある日忽然と姿を消してしまっていること。
罷波町で、妙なカードが流行っていること。
アントンのこと。
晴義のこと。
時々たどたどしくなる私の説明を、星川さんは黙って頷きながら聞いてくれていた。
「でもそれって、本当に七重さんなんですか?」
見間違えるハズがない。
一年近くも会うことを待ち焦がれたアイツの姿を、私が見間違えるハズがない。アレは確かにアントンだったし、昨日私に銃口を向けたのも確かに晴義だった。
「よく似た誰か……ってことは……ないですよね、やっぱり」
言いつつ首を左右に振り、星川さんは肩を落とした。
よく似た誰か……か。もしそうならそれに越したことはないんだけど、あそこまで誰かとそっくりな人って、現実に存在するんだろうか。一卵性双生児でもなけりゃ、双子でも誤差が出るのに、赤の他人であそこまで似ることなんて……
「似てるとかじゃなくて、本当に同一人物って感じで――」
アントンと晴義のことを思い出しながらそう言いかけ、私は何かひっかかるものを感じて言葉を止めた。
昨夜晴義は、確かに私へ銃口を向けた。リリト教の「祈り」に潜入していた私をネズミと呼び、排除しようとエアガンを向けた――それはわかる。わかるんだけど……おかしいんだ。
だって晴義は、女の子に手を上げるような真似はしないハズだから。
チャラくて、アホで、かわいい女の子を見ればすぐにでも声をかけるような奴だけど、女の子に手を上げるような真似だけは一度もしなかった。
昔の私は、男の子に間違われてもおかしくないような格好をしてたけど、今は全然違う。どこからどう見たって女の子だし、言葉遣いだって女の子らしくするようには心がけてる。そんな私に晴義が――――一年前の私を一目で女の子だと見抜いた晴義が、果たしてエアガンを向けるだろうか。
「和登さん……?」
一つ、仮定した。
「ありがとうございます星川さん」
しばらく黙考した後、不意にペコリと頭を下げた私を見て、星川さんはキョトンとした表情を浮かべていた。
あの後しばらく星川さんと談笑した後、私はベッドでたっぷりと眠った。一晩中眠れていなかったせいで眠気はマックスで、ベッドの中に入ると一分もしない内に意識をブラックアウトさせることが出来た。そして眠ること六時間、目を覚ますと既に夕方だった。
目覚めた後の頭は非常にすっきりしており、何かを考えたり推察したりするには丁度良かった。
アントンのこと。
晴義のこと。
そして、リリト教のこと。
考えて考えて、自分なりの結論を出した頃には、私の足はもう動き出していた。
俊哉君の部屋の中は整然としており、私のイメージする男子高校生の部屋とはかけ離れていた。私が中に入る前に何か掃除をしているような様子はなかったし、俊哉君は多分日頃から部屋を綺麗にしているのだろう。
私が、リリト教のことで話がしたいと伝えると、どういうわけか俊哉君は快く応じてくれた。
リリト教が今夜の「祈り」を始めてしまう前に、どうしても確かめておきたいことがあった。だから私は、それを確かめるために、今回の依頼主の息子であり、リリト教の信者である――笠之場俊哉君の元を訪れていた。
彼の見た目は、笠之場さんに見せてもらった二枚目の写真と同じで、最近高校生になったばかりの十五、六歳の少年には、とてもじゃないけど見えなかった。
「それで、俺にリリト教について聞きたいことって何ですか?」
床の上に正座する私とは対照的に、俊哉君はベッドの上に転がったまま、とても初対面の相手と話をしようとしている体勢には見えない程にリラックスしていた。
「俊哉君はどうして、リリト教に入ろうと思ったんですか?」
私のその質問に、俊哉君は眉をピクリと動かすと、やがてニッコリと笑みを浮かべた。
「決まってるじゃないですか! リリス様がお美しいからですよ!」
笑った瞬間、俊哉君の瞳から光が消えた。
まるで、本来なら無表情でいるような精神状態なのに無理矢理笑ったかのような……そんな表情。ここまで感情の感じられない笑顔は、演技でやろうったって難しい。
「リリス様はこの世の美を司るお方です。リリス様のような美しいお方についていけば、俺は必ず幸せになれるんです」
紡がれる言葉にも、感情の一切を感じることが出来ない。
まるで、機械が喋っているかのような……
「どうですか、貴女も。リリト教に入れば、きっと幸せになれます」
無機質な笑顔。無機質な言葉。そのどれもが予想の範疇ではあったけど、出来れば的中して欲しくなかった予想だった。
「これで良し……っと」
鏡に映る自分の姿を見、納得したように頷くと、長い髪をアップにまとめて、それを隠すようにして上から帽子を被った。どこからどう見てもって感じじゃないけど、とりあえずこれなら男の子に見えなくはない。
数ヶ月ぶりにひっぱり出したズボンとシャツは、まるで着られるのを待っていたかのように私の身体にフィットした。
これで、リリト教の「祈り」に参加しても違和感はないだろう。
昨夜よりも少しだけ遅く、私はリリト教の「祈り」が行われる廃教会へと訪れた。案の定既に廃教会にリリスは到着しており、昨夜と同じように祭壇の上へ立っていた。その後ろには、まるで姫に仕える騎士であるかのように控えていた。
晴義を見た時、少しだけ動揺しそうになったけど、向こうは私のことを昨夜の少女だとは思っていないらしく、特に気にしていない様子だった。
「それで、お前もリリト教の信者として『祈り』を行いたいと?」
愉悦の表情を浮かべるリリスの言葉に、私は静かに頷いた。
「はい。ボクもリリト教へ入信し、貴女様とボク自身のために祈りたいのでございます」
私がそう言うと、リリスは満足そうに笑った後、私へ「膝を付け」と告げた。すぐに私が床に両膝を付け、昨夜「祈り」を行っていた信者と同じ体勢になると、今度は「待っていろ」と指示を出してきた。
言われた通りに待機しつつ、リリスの方へ視線を集中させる。と同時に、ポケットの中に忍ばせておいたキャンセラーへこっそりと手を伸ばす。
ゆったりと動くリリスの腕を凝視したまま、私はポケットの中でキャンセラーを握り、少しずつ外へ出していく。
「私の瞳を見なさい」
そう言ってリリスが懐からカードを取り出して使用するのと、私がポケットから取り出したキャンセラーをリリス目掛けて撃つのはほぼ同時だった。
「――っ!」
リリスが驚愕に表情を歪め、ヒラリと宙をカードが舞った。
私はキャンセラーをポケットへ収めるとすぐに立ち上がり、宙を舞うカードを右手で掴んだ。
白い背景の中央に、大きくAと書かれた裏面。そして表には巨大な瞳のイラスト……私の予想通り、リリスは信者を増やすのにもカードを使っていた。
「やっぱりね。信者の様子がどうもおかしいって思ったんだ」
帽子を外し、アップにまとめていた髪を下ろすと、リリスと晴義は昨夜廃教会の中に忍び込んでいた人物と同一人物だと気付いたらしく、あ、と小さく声を漏らした。
「いくら信仰してたって、普通ああはならない」
いくらリリスに心酔しているとは言え、昨夜の信者や俊哉君の様子は明らかに異常だ。昨夜、列の先頭にいた信者はまるで麻薬でもやっているかのような様子だったし、俊哉君は洗脳でもされているかのように見えた。
そう、洗脳。
「このカードで使える能力は恐らく、洗脳。貴女はこのカードを使って洗脳することで、自分の――リリト教の信者を増やしていたんでしょ?」
図星だったのか、言葉に詰まるリリス。それを無視するようにして、私はそのまま言葉を続けた。
「そして信者を集めた貴女は『祈り』と称して信者を深夜に同じ場所へ集め、もう一枚のカードで、何らかのエネルギーを吸い取って自分のものにしていた……。宗教という体裁を取ってはいるけど、リリト教は宗教でも何でもない。貴女が『何か』を吸い取るための……ただの餌場だ」
リリスは、二枚のカードを所持していた。
一枚は、先程使おうとしていた洗脳のカード。そしてもう一枚は、「祈り」の時に信者からら何かを吸い取るためのカード。
私も最初は、まさかリリスがカードを二枚も使っているとは考えなかった。カードは基本的に一枚だと思っていたし、超能力者は基本的に能力を一つしか持たない。それと同じで、二枚のカードを併用することなんて不可能だと思っていた。だから、信者達は本当にリリスへ心酔しているんだと思っていたんだけど、俊哉君の様子を見て、それは違うと確信した。まるで操られているかのようにリリスのことを語る俊哉君の様子は、明らかに異常だと断言出来る状態だったから。何かを心から信仰しても、人はあんな風には普通ならない。誰かから、洗脳でもされなければ。
そしてもう一つ。明らかに老けて見える俊哉君の年齢。
「貴女が信者から吸い取っていたのは――」
「若さ、よ」
不意に、今まで黙っていたリリスが、私の言葉の続きを継ぐようにしてそう言った。
「私が彼らから吸い取っていたのは若さ。でも、それって彼らにとっては素敵なことじゃなくって? 彼らが信仰する美しき神が、その美しさを永久に保つために少しずつ彼らから若さを吸い取っていく……。神の糧となれるのなら、その身を滅ぼすことでさえ本望なハズよ」
まるで当然のことであるかのように狂った理屈を並べ立て、リリスは妖艶に微笑んだ。
「ねえ、邪魔者の排除もアフターサービスの一つよねぇ? あれだけ払ったんだから」
「当然です。そのために私がいるのですから」
リリスの言葉に馬鹿丁寧に答えると、後ろで控えていた晴義が素早く私の目の前まで足を運んだ。
晴義。どこから見たって、私のよく知っているあの晴義。その顔も、声も、纏っている雰囲気ですら、彼は私の知る晴義だった。
疑いようがない。
だけど、見た目や雰囲気が完全に晴義だからこそ、この晴義はおかしいんだ。
晴義は決して、女の子にエアガンは向けない。
星川さんのおかげで気付くことが出来た。
コイツは――――晴義じゃない。
「手を上げなさい!」
不意に廃教会のドアが、勢いよく開かれた。
私もリリス達もピクリと反応すると、すぐにドアの方へ視線を向ける。開いたドアの先にいたのは、武装し、キャンセラーと銃を構えた数人の警官隊だった。
「岩肌さん!」
私の声に、警官隊の一人が反応し、ヘルメットの奥でニコリと微笑んだ。
「警察……!?」
「晴義の力を、私一人で相手するのは流石に無理だったから予め呼んでおいた……。観念、した方が良いんじゃない?」
驚きの声を上げる晴義にそう言うと、私はポケットからキャンセラーを取り出して晴義へ向けた。
銃口とキャンセラーをいくつも同時に向けられ、晴義はエアガンを取り出して何かしようとしたけど、やがてどう足掻いても無駄だということに気が付いたのか、悔しそうな表情で小さく舌打ちをした。
このキャンセラーのスイッチを押せば、謎は解ける。私の推測が正しいのか、それとも間違っているのか、確認することが出来る。この晴義の正体を知るためには、私はこのスイッチを押さなくちゃいけない。別に、後ろにいる警官隊の皆さんがキャンセラーを使っても、謎は解ける。だけどこのスイッチは、私が自分で押さなきゃ、ずっと後悔することになるかも知れない。
震える指を無理矢理動かし、私は意を決してキャンセラーのスイッチを押した。
キャンセラーから細い光が発せられ、真っ直ぐに晴義へと伸びていく。
そして次の瞬間、私の目の前でカードが舞った。
「く……ッ!」
裏面にAと書かれたカードは宙を舞い、私の足元へ滑るようにして落下した。
「カード……!」
私の目の前にいるのは、家綱なんかじゃなかった。
全く見たことのない、赤の他人の男……。ということは――
「やっぱり貴方は、家綱なんかじゃない」
悔しそうに表情を歪めるその男の顔面に拳を叩き込み、更に醜く歪めてやると、男はその場に仰向けに倒れた。
「嘘でしょ……! 冗談じゃないわ!」
倒れた男へ視線を向け、リリスはその美しい顔を怒りに歪めながら悪態を吐いた。どうやらあの晴義もどきは頼みの綱だったらしく、先程まで浮かべられていた余裕のある表情は、既にリリスの顔から消えていた。
そんな彼女へ、私は容赦なくキャンセラーを向ける。
「ま、待って! やめてそれだけは!」
「駄目だよ。こうやってちゃんと無効化しとかないと、若さを吸われた人達が元に戻らないし」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて、私はリリスが恐怖で表情を引きつらせたのを楽しんだ後、キャンセラーのスイッチを躊躇いもなく押した。
そしてカードが宙を舞い、吸い取った若さを失ったリリスが本来の姿を現した瞬間、その場にいた全員が目を丸くしてリリスの姿を凝視した。
「……うっわー……」
そこにいたのは、サイズの合っていないイブニングドレスを着ている、痩せこけた老婆だった。
山本富子。それが今回の事件の首謀者、リリスの本名だった。彼女は若い頃、町一番の悪女として恐れられていた女性で、老いて美しさを失ってからは、ずっと姿を隠していたらしい。彼女はずっと若さと美しさを取り戻したいと願っており、そのためなら他の誰かを犠牲にしても構わない、という考えだったらしく、その結果辿り着いたのがあの方法――リリト教だった。大金を支払い、Cからカード二枚を買い、おまけにCからボディガードを雇ってまで彼女は自分の美しさを永遠に保っていたかったらしい。
今回の事件で、わかったことがいくつかある。
一つは、カードは何枚か同時に併用することが出来る。つまり、カードを利用すれば理論上、いくつもの能力を身につけられるということ。
二つ目は、カードには、使用後も効果が持続するものがあるってこと。鷺之木の使っていたカードなんかは、カードを使っている間しか炎を出せなかったけど、富子さん……もといリリスの使っていた洗脳のカードは、私がキャンセラーを使って状態をゼロに戻すまでは、カードを使用していない状態でも信者達の洗脳状態は続いていた。
そして三つ目。Cは、家綱の能力と同じ能力を持つカードを所持している。あの事件の直後、晴義のカードを使っていた男はカードを持っていつの間にか逃走してしまっていたせいで、詳しいことはわからず仕舞いだったけど、確かにあの男はカードを使って晴義の姿になっていた。ということは、家綱の人格一つ一つの姿と能力を得ることが出来るカードを、Cは持っていることになる。
複製のためには、オリジナルが必要だ。
カードのことを――Cのことを追っていれば、もしかすると私は、アイツを見つけ出すことが出来るのかも知れない。
Cに近づくことは、アイツに近づくことに繋がるかも知れない。
独り座り込んでいた男の隣に、そっと一人の男――――Cが座り込んだ。
男は隣に座ったCをさほど気にする様子はなく、視線すら向けずに黙り込んでいた。
「そういえば言い忘れてたんですけど……彼女、この件に首を突っ込むつもりみたいですよ」
Cがそう言った瞬間、男は先程とは打って変わって過剰な反応を見せた。
「なに、少し鬱陶しいですが、排除したりはしませんよ。貴方が協力してくれる限りは……」
Cの言葉に、男が不快そうに表情を歪めると、Cはニヤリと笑みを浮かべた。
「よろしくお願いしますよ。七重家綱さん」
「…………」
男は――――家綱は、ソフト帽を深くかぶり直した。