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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
3/38

FILE3「薬野光子 下」

「嫌だ……!」

 ボクの言葉を聞かず、苅谷はスキンヘッドから注射器を受け取った。あの注射器の中には……薬が……!

「大人しくしてろ。すぐに気持ち良くなる」

 ニヤリと。苅谷が笑みを浮かべた時だった。

「――ッ!?」

 突如、葛葉さんの身体が眩い光に包まれた。まるで閃光弾のようなその光に、ボクを含むその場にいた全員が思わず目を閉じた。

「何だ……?」

 光が収まり、苅谷が徐々に目を開けながら訝しげな表情で呟いた。

「よぅ由乃。大丈夫か?」


 そこにいたのは、七重家綱だった。


「遅過ぎるよアホー! この状態じゃどうにもなんないって!」

 家綱は縛られた自分の身体を見下ろし、確かになぁ、とめんどくさそうに呟いた。

「お前……何だ? さっきの女はどうした?」

 短髪の男の問いに、家綱は答えなかった。

「お前……レベルB以上か……ッ!?」

「さあ、どうだろうな? 俺もよくわかんねえ。ただこれだけは言える――」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、家綱は苅谷を見据えた。

「アンタよりは俺の方が強ぇ」

 家綱がそう言ったのと同時に、苅谷は持っていたナイフを宙へ放った。放られたナイフは苅谷の能力で宙へ浮いたまま停止している。

「やってみろよ。俺は縛られてるんだぜ? 外すわけねえよなァ?」

 家綱の言葉に苅谷が顔をしかめたのと同時に、ナイフは家綱目がけて素早く飛ばされた。

「そらよっと」

「――ッ!?」

 家綱は飛ばされたナイフへ、自分の両足を向けた。ナイフの切っ先はロープへ直撃し――ロープを切り裂いた。

「これで足は自由だな……。って動き辛ェんだよアイツの服はッ!」

 ロングスカートに包まれた自分の足を見、家綱はそう悪態を吐くと落ちたナイフを両足で挟み、足でナイフを宙へ放った。放られたナイフは放物線を描いて家綱の後ろへ飛んでいく。

 家綱はナイフを右手で掴むと、すぐに腕を縛っているロープを切り裂いた。

「これで両手も自由だな」

 そう言った家綱へ、すぐにスキンヘッドと短髪が殴りかかったけど、家綱は身を屈めてそれらを避けて、二人の腹部へ一発ずつ肘打ちを叩き込んだ。

「スカートだと蹴りが出せねェんだよちくしょうがッ!」

 肘打ちを喰らって呻く男二人の首筋に、家綱は素早く手刀を叩き込んでその場へ気絶させた。

「よし由乃。助けてやるからすぐにアレ出せ」

 家綱はそう言ってボクへ駆け寄ると、先程のナイフでボクを縛っているロープを両方とも切り裂いた。

「ほらほらさっさと出せコラ。いつまで俺に女装させとく気だ」

「はいはい、これでしょ?」

 そう言ってボクがポケットから取り出したのは、携帯型の端末だった。家綱はそれを素早く受け取ると、すぐにカチャカチャと操作を始める。

「よし、これでオッケー」

 カチッとボタンを押すと同時に、家綱の服がいつものスーツとソフト帽へ切り替わる。

「クロスチェンジャーか」

 そう。家綱が今使った機械は「クロスチェンジャー」どういう仕組みかは忘れたけど、機械に登録した服装へ、ボタン一つで瞬時に着替えられる便利アイテムだ。一応市場に出回ってはいるけど、高額なので普通は誰も持ってない。何で赤字探偵事務所の探偵が持っているのかは謎だけど、家綱はアレをボクと出会う前から持っていた。まあ、家綱には必需品だと思う。

 家綱は多重人格者だ。それも、人格と一緒に身体まで変わってしまうという超特殊体質。葛葉さんはその人格の内の一人だ。身体は変わっても服まで変わるわけじゃないから、こういう時にクロスチェンジャーは重要になる。葛葉さんみたいな女性人格の後で家綱に切り替わると、どうしてもさっきみたいに女装した状態になってしまう。それを瞬時に着替えるためのクロスチェンジャーだ。

 本人は超能力だと認識していないみたいだけど、多分アレは苅谷の言う通り、レベルB以上の能力だ。

「さて……好き放題してくれたみてえだな。苅谷さんよォ」

「何だ、俺の名前覚えてんのか。覚えなくて良いっつったろーがよ」

 舌打ちする苅谷を無視するように、家綱はボクへ視線を向けた。

「由乃、ちょっと退いてろ。っつか机の下に隠れてろ」

「……りょーかい」

 家綱の言葉に従い、ボクは戦闘に巻き込まれないように机の下へ避難した。これで苅谷の能力で飛んできた物を防げるだろう。

「さあ、行くぜ」

 家綱の言葉を意に介さぬ様子で、苅谷はカウンターの後ろにある瓶とグラスを飛ばした。その中には、先程ボク達に使おうとした注射器も含まれている。しかし家綱に怯む様子はなかった。避けれる物は避け、避けれそうにない物は叩き落とし、結局最終的には飛ばされて来た瓶とグラスと注射器を全て回避していた。

「危ねえな、おい! っつかワイン勿体ねえじゃねえかコラ!」

 足元に散らばるグラスと瓶の破片、そして割れた瓶から流れ出たワインを指差しながら怒鳴りつけると、家綱は素早く苅谷へと駆けた。

 苅谷は飛ばす物を探すかのように周囲を見回していたが、すぐにその顔面へ家綱の右拳が直撃する。そしてのけ反った苅谷へ追い討ちとでも言わんばかりに、家綱は苅谷の顎へ左拳でアッパーを喰らわせる。

 そして苅谷は、その場で昏倒した。

「よーし由乃。ここのバー全部調べて証拠探すぞー」

「……りょーかい」

 先程までの戦闘などまるでなかったかのように、いつもと変わらないノリでカウンターを飛び越える家綱を見、ボクは静かに微笑んだ。



 あの後、ボクと家綱はカウンターの奥の部屋を探索した。すると出るわ出るわ、違法な麻薬の数々。倒した男三人を縛り、ボクと家綱はすぐに通報した。

 無事、依頼は完遂出来た……。でも――

「まだ終わってねえ」

 そう言ってニヤリと。家綱は笑みを浮かべた。





「……報酬の入金は済ませたハズですが?」

 家綱は報酬の入金とお礼の手紙が来た翌日、薬野さんを事務所へ呼んだ。彼女は意味がわからない、と言った様子で首を傾げてソファに座っている。

「薬野さん、左手……出してもらえます?」

 家綱に言われるがままに、薬野さんが左手を差し出すと、家綱はポケットから何かを取り出し、薬野さんに歩み寄ってそっとソレを薬野さんの薬指にはめた。

「ほら、ピッタリだ」

「これ、私の指輪……」

「やっぱり、薬野さんの指輪でしたか」

 不敵に、家綱が笑みを浮かべる。

「この指輪……どこにあったかわかります?」

 家綱の問いには答えず、薬野さんは黙ったまま薬指にはめられた指輪を見つめる。

「これ、組織のアジトで見つけたんですよ」

「――っ!?」

 穏やかだった薬野さんの表情が、一変した。

「久々の……指輪のはめ心地はどうだ? 薬野さん……いや、メディスンさんよォ」

「メディスン……? 何を言っているのかわかりませんが……」

「そうかい」

 クスクスと家綱は笑うと、そのまま言葉を続けた。

「アンタ依頼する時言ったよな? 『きっとどこかのバーにでもいると思いますよ』って。アンタ何で組織のアジトがバーだって知ってたんだ?」

 家綱の問いにしばらく口ごもったが、やがて薬野さんは勘よ、と静かに答えた。

「もう一つ聞かせてもらうぜ? アンタは依頼の時、『警察は既に捜査を始めている』って言ったな。だが――組織の連中を突き出す時に聞いてみたら、密売組織の捜査についてはまだ公表していないって言ってたぞ? っつーことは捜査について知ってるのは、警察か警察に知り合いがいる奴か――」

 一息吐いて、家綱は真っ直ぐに薬野さんを見据えた。

「捜査されている側である組織の奴らだ」

「それが何だって言うの……!? 私が、組織の人間だとでも言いたいの!?」

「ああ、その通りだ」

 ゆっくりと。家綱は薬野さんを右の人差し指で指差した。


「麻薬密売組織のリーダー、メディスンは……お前だ」


 家綱の射抜くような視線が、薬野メディスンを貫いた。

「アンタのやったことについては部下が全部ゲロってくれたぜ……? 独自のルートで海外から麻薬を取り寄せ、それを部下に高額で売りさばかせる。それで得た収入でアンタと部下はウマウマ」

 真面目に喋ってる時にウマウマとか言うなよ。

 つっこみたかったけど、流れ的につっこむべきところではないので黙って聞いておく。

「しかし、だ。どっかで足がついたんだろーな。アンタの組織について警察は捜査を始めた……。こっからは俺の推測なんだが、ヤバいと思ったアンタはある名案を思い付いたんだ。組織の被害者のフリをして俺に依頼をし、自分のスケープゴートとして組織を警察に突き出すって作戦だ。なるほど理にかなってるなぁ……、アンタが直接通報するより、俺に依頼して片付けさせた方がアンタは安全だもんなぁ?」

 家綱が喋り終わった後、薬野はしばらく沈黙していた。しかし、やがて薄らと笑みを浮かべた。

「やるじゃない……。ただのアホだと思ってたけど、意外にやるのね」

「一応探偵だからな」

「推理は全部正解。大したものだわ」

 ゆっくりと薬野は立ち上がると、突如として高笑いを始めた。甲高い薬野の笑い声が、事務所中に響き渡る。

 そんな薬野の様子を、家綱は黙って見つめていた。

「そうよ! 私がメディスンよ! 麻薬密売組織のリーダー、メディスン! 麻薬を取り寄せたのも、部下に売らせたのも、能力者である苅谷を雇ったのも私よ!」

「既に通報は済ませてある……。事務所の前でパトカーがお待ちかねだ」

 家綱の言葉に、薬野は吐き捨てるように流石ね、と呟いた。

「貴方に話したこと、別に全部嘘ってわけじゃないわ……。麻薬中毒になって死んだ夫がいたのは本当」

「え……じゃあ、何で……?」

 ついつい口を挟んで問いかけてしまったボクへ視線を向けると、薬野は自嘲するような笑みを浮かべた。

「不公平じゃないっ! 私だけが、私の夫だけがこんな目に遭うなんて不公平じゃないの! この悲しみが! この憎しみが! 貴方達にわかる!? わからないでしょう……!? だからバラまいてやったのよ……同じ目に遭わせるためにねぇ! そう、これは言わば復讐! 復讐なのよ……っ!」

「それじゃ――」

 ボクが言うより先に、家綱が勢いよく机を右手で叩いた。その音に、ボクも薬野も一時的に動きを止めた。

「アンタがやったことは……復讐でも何でもねえ……。アンタと同じ悲しみを味わう被害者を、意味もなく増やしただけだ……! 正当化すんじゃねえよ」

 怒気の込められた家綱の言葉に、薬野は何も言い返そうとしなかった。





 結局、今回の事件は組織のリーダーであり、依頼者でもある薬野光子の逮捕……という形で幕を降ろした。連行される際の薬野は、家綱の言葉が効いているのか放心状態で、一切の抵抗をせずに連行されていった。

「これでしばらくはお金の心配いらないね、家綱」

 今回の事件に関する記録を書きながら、ボクがそう言うと、家綱は少し答えにくそうにああ、とだけ答えた。

「何? どうかしたの?」

「いや、どうもしねえ。ちょっと風に当たってくるわ」

 ボクの目を見ようとせずにそう答え、家綱は立ち上がるとドアへ歩み寄り、事務所を出ようとドアノブに手をかけた。ガチャリと音がして、ドアが開こうとした――その時だった。

 ハラリと。家綱のポケットから数枚の紙切れが落ちた。

「…………」

「…………」

 何も言わずに硬直する家綱の傍へ早歩きで近寄り、足元に落ちた紙切れの内一枚を拾い上げる。

「……よし、風に当たってくる……」

 静かに事務所を出ようとした家綱の肩を、ボクは後ろからガッシリと掴んだ。

「これ、何?」

「………………夢のチケット」

「馬券だろ」

「夢のチケット」

「馬券か」

「ドリームチケット」

「馬券だな。それも当たらなかった」

「てへ☆」

「……てへ☆じゃなぁぁぁぁぁい!」

 この男、呆れたことにこの間入金された報酬金をあろうことか競馬に使っていたのだ。慌てて通帳を見れば、報酬金は半分にまで減っている。

「いや、何かいけそうな気がしてさぁ……はは。そんじゃ」

 家綱はボクの手を振り払うと、猛スピードで事務所を飛び出した。

「あ、こら待て! アホー!」

 そんな家綱の後を、急いでボクは追いかけるのだった。

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