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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第二部
26/38

FILE26「探偵由乃」

 待ち続けることは、そんなに得意じゃないから。

 だから、動くことにしたんだ。

 貴方がボクを――私を見つけたように、きっと私も貴方を、見つけ出せると思うから。

 それはいつになるのかわからない。もしかしたら、貴方を見つける頃にはもう、私は大人になってしまっているかも知れない。

 それでも私は、探し続ける。

 何年かかってでも、きっと貴方にもう一度会って、ちゃんと「ありがとう」って言うんだ。

 大切な人に、ありがとうが言えなくなっちゃうのはもう嫌だから。

 せめてもう一度だけ会いたい。

 会いたいよ。今すぐにでも。

 もう昔みたいになれないんだとしても、一目だけでも良い。もう一度会って、ありがとうが言いたいんだ。


 会いたいよ――――家綱。










 鷺之木仁美さぎのぎひとみ。少しウェーブのかかったショートカットの中年女性で、身に付けている高価そうな指輪やネックレスからは、少しセレブな印象を受ける。誰かに殴られでもしたのか、彼女の右目の周りには薄らと青い痣が浮き出ていて、少し痛々しい。

 彼女は憂鬱そうに溜息を吐くと、困り切った様子で依頼内容を話し始めた。

「息子さんの、素行調査……ですか?」

 先程用意した紅茶を口にしつつ、私が鷺之木さんの言葉を繰り返すと、鷺之木さんははい、と小さく頷いた。

「あの子、最近悪い仲間を見つけたのか、夜中に外出するようになったんです。それも私や夫に内緒で……」

「悪い仲間……。息子さんは、今おいくつなんですか?」

「息子は……正春まさはるは十七歳です。成績はそんなに良くないんですが、私立野々乃木高校に通わせています」

 野々乃木高校……。といえば、あのお金持ちばかりが通うあの高校のことだろう。過去に依頼のために潜入調査を行ったことがあるため、一度聞いただけですぐに理解出来た。

「見て下さい。この右目の痣」

 そう言って、鷺之木さんは自分の右目の痣を指差した。

 青い痣の浮かび上がったその右目は、見れば見る程痛々しく、一瞬目をそらしかけてしまう程だった。

 いや、単に私がこういうのに弱いだけなのかも知れないけど。

 昔は目の前で血とか散っても気にしてなかったんだけどなぁ……。あの時は事が事だったし、色々と麻痺してたのかも知れない、と今更思う。

 一年も経てば、人は変わる。

 駄目だったものが大丈夫になったり、大丈夫だったものが駄目になったり……そんなにおかしいことじゃない。

 一年も、経てば。

「……探偵さん?」

「あ、いや、すみません。こんなことを言うのは失礼かも知れませんが、その痣、もしかして息子さんが……?」

 私の予想通り、鷺之木さんは悲しそうな表情で静かに頷いた。

「昨晩、息子を止めようとしたら殴られて……。私の育て方、何か間違ってたんじゃないかと思うと夜も眠れなくて……」

 よくよく見れば、彼女の目の周りには痣だけじゃなく、隈も出来ているようで、彼女が昨晩眠れなかった、というのはどうやら本当のようだ。

「お願いします……。正春が何をしているのか突き止めてもらえませんか……?」

「わかりました。引き受けましょう」

 ニコリと微笑んでそう答えると、鷺之木さんは嬉しそうに私の両手を握り締めた。



 由緒正しき名家。とでも言わんばかりに大きな豪邸の一室で、私は紅茶を飲んでいた。さっきも紅茶は事務所で飲んだけど、自分が淹れるのと他人が淹れるのでは、味も香りもまた違うし、何よりここの紅茶は事務所のものより遥かに高級だ。

「由乃さん、どうですか? その紅茶」

「すごくおいしい。どうやったらこんな風に淹れられるの?」

「今度教えてあげますよ」

 中性的な顔立ちではあるけど、前より髪が伸びて少しだけ女の子っぽくなったその子は、クスリと笑って、私と向かい合うようにして椅子へ座った。

 テーブルの上には、二人分のコースター。カップの置かれていないコースターへ、私は音を立てないようにカップを戻した。

「それで、今日はどうしたんですか?」

「うん。ちょっと紗綺さんに聞きたいことがあって……」

 慈島紗綺いつくしまさき。過去に七重探偵事務所へ依頼にきた少女で、それ以来彼女とは友達のような関係になっている。学校に行ってなくて、同年代の知り合いがいない私にとっては、貴重な友人だったりする。

「野々乃木高校の生徒で、鷺之木正春って生徒、知らない?」

「鷺之木正春……ああ、鷺之木君ですね。知ってますよ、同じクラスです」

 ビンゴ。鷺之木正春が野々乃木高校に通っている、という話を鷺之木さんからきいた時点で、紗綺さんに聞けば何かわかるかも知れない、とは思っていたけど、まさか同じクラスだとまでは思わなかった。

 もしかすると、思いの外早く依頼は解決出来るかも知れない。

 紗綺さんへ鷺之木さんからの依頼について簡潔に話すと、紗綺さんは納得したような顔でああ、と呟いた。

「何か知ってるの?」

「はい。鷺之木君、学校で何かの仲間を集めてるみたいでしたよ」

 その言葉に、私はピクリと眉を動かした。

「何の仲間かまでは知りませんけど、なんだか嫌な雰囲気でした……。柄の悪そうな人達ばかり集まってましたし……」

 紗綺さんや、前に依頼にきた野々乃木高校の生徒、忌野さんのような生徒が通っている学校で、柄の悪い生徒というのが存在するっていうのはちょっと想像しにくい。でもあそこは授業料が高いだけで、偏差値はそんなに高くないみたいだから、親さえ金持ちであれば馬鹿でも入学は出来るみたい。そのせいか柄の悪い生徒もいるにはいるんだろうけど……。

「今晩もどこかに集まるらしいですよ。野々乃木高校の近くにある廃工場ってききましたけど……」

 廃工場。如何にも不良が集まりそうな場所だ。

「詳しい時間とかはわかる?」

「すみません。そこまでは……。廃工場っていうのも、噂できいた程度なので、もしかしたら違うかも知れません……」

 しゅんとうな垂れる紗綺さん。

「そ、そんな申し訳なさそうな顔しないでよ! 『廃工場』っていうヒントがあるだけでも、かなり助かってるから……!」

「ほんとですか!」

 パッと顔を上げ、嬉しそうに微笑む紗綺さんを見て、私は胸をなでおろした。

「そういえば、コータ君は元気?」

「はい。元気ですよ。今日は由乃さんがくるのが急だったので、あの子寝ちゃってますけど、今度はコータにも会いにきて下さいね」

 コータ君。というのは紗綺さんの弟のことだ。ちょっと色々複雑な事情はあるけど、まあとりあえず今は割愛。

「コータ、纏さんに会えなくて寂しがっていました……」

 その瞬間、ピタリと私の動きが止まった。

「依頼でどこかに行ってしまったそうですけど、いつ頃帰ってこられそうですか?」

 鈍い音がして、閉じていた箱がゆっくりと開いていくような感触を覚えた。

 押し込めていたものが、溢れ出して。

「由乃さん……?」

 目頭が熱くなるのと同時に紗綺さんの声が聞こえて、私はハッと我に返った。

「あ、いや……纏さんは……帰ってくるまでもう少しかかる……みたい」

 曖昧に言葉を濁す私に、紗綺さんはそうですか……と寂しげに肩を落とした。

「それにしても由乃さん、変わりましたよね……」

 私の方をジッと見つめながら、紗綺さんは感慨深そうにそう言った。

「うん、ちょっとイメチェン……かな」

 和登家にいた時のような、背中まで伸びた長い髪。クリーム色の、どこかお嬢様のような雰囲気を漂わせるふわりとしたワンピース。どれも一年前じゃ考えられなかったような格好だ。

 願掛け。これは、願掛けに近い。

 アイツが、見つかるまでの――





 私立野々乃木高校の傍には、今はもう全く使われていない廃工場が存在する。その場所は、野々乃木高校に通う不良生徒達の溜まり場のようになっているため、誰も好んで近寄ろうとはしない。

 曰く、工場内で事故死した男の幽霊が出る。曰く、製造途中で廃棄された人形の思念体が幽霊として現れる。などと不良以外にも変な噂が絶えないけど、とりあえず後者についてはあり得ない。だってあの工場、人形工場なんかじゃなかったハズだし……。

 夕方辺りから、建物の裏に張り込み続けてそろそろ二時間になる。鷺之木正春や、彼によって集められた人間達も、一向にくる気配がない。

 慈島さんの聞き間違いだったんだろうか……。

 そんなことを考えつつ、既に暗くなっている周囲を軽く見渡し、私は嘆息する。

 ここにきてからずっと、ひたすら辺りを見回すか、腕時計と睨めっこすることくらいしかしていない。ゲームか何かでも持ってれば良かったんだけど、生憎うちの事務所は携帯ゲーム機を買う余裕がある程経済的に裕福じゃない。それに、ゲームなんかしてたら鷺之木達に見つかる可能性だってある。

 どっちにしたって、私はここでひたすら待ち続けることしか出来ない。

「待ち続ける、か……」

 もう、一年も待っている。

 探しながらも、私は待ち続けている。

 見つけ出さない限り帰ってこないって、表面的には理解したつもりでも、私は心の隅でまだ期待してる。

 私は――

「四、五、六、七……七人か。まあ十分だろ」

 不意に、工場の中から聞こえる声。私はすぐに我に帰った。

 この声は多分……鷺之木正春。

 私は足音を立てないように工場の入り口へ近づき、そっと聞き耳を立てた。

 チラリと中を覗くと、何も置かれていない工場の中央部分に、鷺之木正春と思しき男子生徒があぐらをかいており、その周囲を取り囲むようにして柄の悪そうな男子生徒達が座り込んでいた。

「一回目、二回目と合わせて計十五人。俺を含めて十六人……『組織』と呼ぶにはまあ……多くはないが十分かな」

 組織……?

 およそ高校生に似つかわしくないその単語に、私は訝しげな表情を浮かべた。

「最初に聞くが、この中に能力を持った者は……?」

 能力……超能力のことだろうか。

 組織。そして能力者……。会合は始まったばかりのようだけど、早くも怪しげな雰囲気が漂っている。

 この様子だと、私が言って止めるだけじゃすまなくなる可能性がある。警察沙汰になりかねない。

 鷺之木さんは当然、息子が警察の世話になるようなことは望んでいないハズ。もう既にやらかしているなら別だけど、出来るだけ彼が犯罪行為に至る前に、私が止めたい。

「いないか……まあ良い。どうせ全員手にすることになる」

 全員手にする……ことになる?

 思わず声を上げかけたけど、右手で自分の口元を押さえてなんとかそれを制する。

「じゃあ本題に入るとするか……お前達はもう、『入る』ということで良いんだな……?」

 そう問うた鷺之木に対して、その場にいた生徒達は各々の反応を見せた。その反応に唯一存在した共通点は「肯定の意を示している」ということ。

 この時点で既に、鷺之木の元へ集まった七人は鷺之木の言う「組織」の一員……ということになるのか。

 最悪の場合、私は鷺之木を含む八人全員を相手しなければならなくなる。少しキツそうだし、なるべく戦闘にはならないように事が運べれば良いんだけど……。

 とりあえず、もう少し鷺之木の話をここで聞いていよう。

「ありがとう皆。これで俺の……俺達の組織は更に巨大になった!」

 悦に浸ったような鷺之木の声。


「ようこそ俺の組織……『NewニューRejectioNリジェクション』へ!」


 工場の中から聞こえる鷺之木の声に、私は戦慄を覚えた。

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