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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
24/38

FILE24「御門降矢 中」

 雄叫びが、真っ白な世界に木霊した。と、同時に男は――――セドリックは家綱目掛けて真っ直ぐに駆け出し、家綱が身構える暇すら与えず、その右拳を家綱の顔面目掛けて突き出した。

 家綱は咄嗟に身を屈めて回避すると、すぐにバックステップでセドリックから距離を取る。

「相変わらずだな……。敵も味方もお構いなし……誰が相手でも、容赦なく自分の怒りをぶつける……アニキにも……ッ!」

 眉をひそめつつ、家綱は微かではあるものの怒気の込められた言葉をセドリックへと吐き捨てる。しかしセドリックはそれを大して気にする様子もなく、家綱目掛けて左拳を放つ。

 その獣が如き凶暴さと荒々しさに、家綱は若干気圧されつつも左拳をスレスレで回避する。後少しでも反応が遅ければ、セドリックの拳は自分の顔面に叩き込まれていた……そう考え、家綱は軽く身震いしつつも反撃すべくセドリックの顔面へ右回し蹴りを繰り出した。

 クリーンヒット。

 手応えのある一撃に、家綱は思わず微笑を浮かべたが、その微笑はすぐに凍りつく。

「――ッ!」

 回し蹴りは直撃していた。確実にダメージは与えられたハズ。だが、セドリックは怯む様子を一切見せず、家綱へと接近し、その顔面へと固く握られた右拳を叩き込む。

 まるで砲丸を顔面にぶつけられたかのような衝撃と苦痛を感じつつ、家綱はその場から派手に吹っ飛び、セドリックの立っている位置よりも数メートル先でドサリと音を立てて倒れた。

「家綱君!」

 すぐに家綱の元へ駆け寄ろうとした葛葉の肩へ、制止するように纏が手を乗せた。

「私達が手を出すべき戦いじゃない……貴女もわかっているハズよ」

 まるで押し殺しているかのように感情を含めない纏の言葉に、葛葉は閉口する。

「そうだけど……」

 歯噛みしてはいるものの葛葉は足を止め、倒れている家綱へ視線を向け直し、心配げな表情を浮かべるだけにとどめた。

「出せ……俺を……ッ」

 呟くようにそう言ったセドリックへ、家綱以外の全員の視線がセドリックへ集中する。

「俺をここから出せ……ッ!」

「出してやりたいのは山々だが……そいつぁ無理な相談だな……」

 よろめきつつも身体を起こし、家綱はそう言うと傍へ落ちている、先程吹っ飛ばされた際に脱げてしまったソフト帽を拾い上げた。と、同時にセドリックは家綱へ急接近すると、その場で家綱を殴り倒した。

 再び家綱は、仰向けに倒れた状態になる。

 家綱が防御の動作を取る隙も、何かを言おうと口を開く隙すらもセドリックは与えず――――

「オオオオオオオオォォォォッ!」

 咆哮と共に、再び家綱の顔面へ右拳が叩き込まれた。





 電話を切ると、ボクはすぐに罷波町の地図を取り出して、家綱のデスクの上に広げた。

「罷波町全体の範囲と、ボボンの最大予測爆発範囲を照らし合わせて……」

 ブツブツと一人で呟きつつ、先程通話中にメモ帳へメモしたデータを横目に、人差し指で地図をなぞっていく。

「やっぱり、ここしかない」

 人差し指をピタリと止め、ボクは静かに頷いた。

 ここ以外には考えにくい。あまり自信はないけど、爆弾の設置されている場所は恐らく――

「……ふぅ」

 深く溜息を吐き、ゆっくりと椅子に腰掛ける。

「後は……」

 家綱に頼まれたわけじゃないけど、後もう一つ調べておきたいことがある。

 ボクはすぐに立ち上がると、事務所の外へと駆け出した。





 数えるのも億劫になる程に、何度も何度も家綱へ叩き込まれるセドリックの拳。何度か意識を手放しかけたが、懸命に家綱は意識を保ち続けていた。

 重く。辛く。悲しい拳。

 セドリックの思いは、少しずつではあるものの、拳を通じて家綱へと伝わっていた。


「これ以上やると……家綱君が死んじゃう……!」

 家綱とセドリックを遠巻きに見守りつつ、ポケットへ手を伸ばす葛葉の右肩に、晴義はそっと右手を置いた。

「アイツはそんなにやわじゃない……。それは、ずっと一緒にいた僕らが一番わかってるハズだろ?」

「ソウデス……家綱サンハ負ケマセン……!」

 今すぐにでも助けに行きたい。そんな思いをこらえるかのように握り締められた、アントンの拳を一瞥し、葛葉はポケットから手を離した。

「セドリックを止めたいのは、私だって同じですわ……。でも、セドリックと解り合わないといけないのは、私でも貴女でもなく……七重家綱ですわ」

 セドリックの力を借りるために、彼と解り合わなければならないのは他の誰でもない……七人の主人格たる七重家綱なのだ。

 七重家綱の敗北は、罷波町の終末を意味する。

「信じましょう。彼を」

 家綱とセドリックを真っ直ぐに見据えつつ、そう言った纏に、葛葉はコクリと頷いた。


「ハァ……ハァ……」

 殴り疲れたのか、セドリックは息を荒げながら手を止めた。

「どうした……もう、終わりか……?」

 顔の所々から血を流しながらも、ニヤリと笑みを浮かべて見せた家綱に、セドリックは再び拳を振り下ろす。

「俺は……お前から、自由を奪った……」

 家綱のその言葉に、セドリックはピクリと眉を動かした。

「そうだ……! 俺はお前に自由を奪われ、この身体の中に縛られ続けている……!」

「そしてお前は、俺からアニキを奪った」

 そう言った瞬間、家綱の表情はセドリックと同じ色で彩られていく。憤怒と、悲哀に満ちたその表情に、セドリックは一瞬ではあるものの戦慄を覚えた。

 しかし、すぐに家綱からその表情はかき消される。

「プラマイゼロってことで、良いんじゃねえか?」

「な――ッ」

 思いがけないその言葉に、セドリックは困惑を隠し切れなかった。

「もう、やめにしようや。互いを憎み合うのはよ……。正直、俺は今この瞬間までお前のことが憎かった。アニキを殺した……同じ『俺』であるハズのお前のことが心底憎かった……。けどな、それはお前も同じだ。自分から自由を奪い、縛り続ける俺のことが憎かった……そうだろ?」

 手を止めたまま、何も答えようとしないセドリックの態度を肯定と受け取ったのか、家綱はそのまま言葉を続けた。

「お互い様っつーことで、憎しみ合うのはやめようや、な?」

 あまりにも軽い口調でそんなことをのたまう家綱へ、セドリックは憤懣やるかたないと言わんばかりの表情を見せたが、家綱はそれを大して気にしていない様子で笑みを浮かべた。

「それによ、面白ぇと思わねえか?」

「……何がだ……?」

「俺達は……お前も含めて全員『俺』だ。けどよ、同じ『俺』のハズなのに、こんなに違う奴が自分を含めて七人もいるんだぜ……? それってちょっと、面白ぇとは思わねえか?」

 家綱の言葉に、セドリックは怒りで表情を歪めはしたものの、手を止めたまま家綱を睨みつけた。

「そんなものは戯言だッ!」

「ああ戯言だ。けどな、悲観的に考えるよりはよっぽどマシだと思うぜ?」

 セドリックの言葉を待たず、家綱はそのまま語を継いだ。

「所詮ものは考えようなんだよ。『辛い』って思えば辛いし、『楽しい』って思えば楽しい。ちょっと見方を変えるだけで大違いだ」

「それは根本的な解決にならない……! 例えどう思おうが、俺はここから出られない!」

 怒号を飛ばしつつ、振り下ろされたセドリックの右拳を、家綱は左手で素早く受け止めた。

「――――ッ!」

「別に良いだろ。楽しけりゃそれでよ」

 セドリックの右拳を掴んだまま、家綱は身体を起こしつつセドリックの腹部へ右足で前蹴りを繰り出す。警戒していなかったのか、セドリックの腹部に家綱の蹴りをは直撃し、セドリックは数歩その場から後退した。

 その隙に立ち上がり、家綱は身構えつつバックステップでセドリックから距離を取ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「例えどんな境遇だろうが、今が楽しけりゃそれで良い……そう思うぜ、俺は。楽しめよ……今を、七つの人格が一つの身体にギュウギュウに詰められてる状態をよォ」

「楽観主義……いや、ただのアホか」

 ああ、そうだよ。セドリックの言葉に、家綱は間髪入れずにそう応えた。

「能天気で楽観的で、自由気ままで甲斐性なしでギャンブラーの駄目人間……それが俺だ、七重家綱だ! なんか文句あんのかコラ」

 再び悲哀と憤怒に満ちていたセドリックの表情に、ほんの一瞬ではあるが戸惑いの色が差し込まれた。

「同じ『俺』だってのに、こんなにも違うんだぜ……面白ぇだろ?」

 そんなことを言いつつセドリックへ歩み寄る家綱に、セドリックは微かに笑みを浮かべた後、呟くような声で悪くないかもな、と言った。その声が聞こえていたのか、それとも聞こえていなかったのかはわからないが、家綱はセドリックに対して微かに笑みを浮かべた。

「どうしても意見が合わねえなら、最後は拳で決めろ……アニキが俺に教えてくれたことの一つだ」

「そうか……」

 家綱の言葉へ、そう答えたセドリックの表情に、もう悲哀や憤怒の色は映されていなかった。

「行くぜ……」


 そして同時に、二つの拳が突き出された。






「あー! もう、いつまで寝てるんだよっ!」

 事務所へ戻ってきたボクは、相変わらずすぅすぅと寝息を立てている家綱の傍でそんな声を上げていた。

 テレビには、相変わらず混乱し続ける町の様子と、爆発時刻までのカウンターが表示されている。

 爆発まで、後六時間十二分。ボクがこうしている間にも、時は無慈悲に刻一刻と迫ってくる。

 既に外は赤に染まりつつある。事務所から外を眺めると、一向に沈静化しない騒ぎの様子が少しだけうかがえる。

 爆弾のある場所があそこだとして、どうして警察はそれをすぐに見つけ出せないのだろうか……。ボボンの爆発範囲を調べて、町のどこで爆発させれば町全体を爆破出来るのか……それくらいはボクにだって思いつく程簡単なことだ。だから、警察だって爆弾の位置は特定出来ているハズ……なのに、爆弾が見つかったという情報は一度もない。

 何か特別な……普通ならあり得ないような場所に隠されている……?

 そんな考えが、ボクの脳裏を過った――その時だった。

 ガバリと。先程まで寝息を立てていた家綱が不意に身体を起こした。

「家綱っ!」

「おう、おはよう」

「おはようじゃないよ! 何で寝てたんだよ!」

 ボクの言葉に、家綱はちょっとな……と言葉を濁した。

「それより、爆弾の位置……特定出来たか?」

 家綱の問いに、ボクは静かに頷くと、赤いペンで爆弾の位置をマーキングしてある罷波町の地図を広げて、家綱へ差し出した。

 家綱はしばらくそれを眺めた後、不適な笑みを浮かべつつボクへ視線を向けた。

「でかしたな……間違いねえ、爆弾はそこだ」

 地図の、ボクがマーキングした部分を指でなぞりながら、家綱はそう言った。


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