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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
2/38

FILE2「薬野光子 中」

 先程の男から聞き出した情報によると、彼らの組織のアジトはこの繁華街の中にあるらしい。繁華街のとあるバー、「小波さざなみ」……それが彼らのアジトだった。

 ボコった男達を警察へ突き出した後、ボクと葛葉さんはすぐに小波へ向かった。すごく小さな店で、開店してるのか閉店中なのかも一目ではわからないような状況だった。普段誰も出入りしていそうのないその店の中に、麻薬密売組織の連中が集まっているらしい。

 ドアへ手をかけ、ゴクリと生唾を飲み込む。これから敵のアジトへ乗り込むとなると、やはり緊張してしまう。

「由乃君」

 そっと。ドアへかけているボクの手へ、葛葉さんの右手が重ねられた。

「そんな堅い顔しないの。まずは敵を油断させるためにも、笑顔でいなきゃ」

「葛葉さん……」

 ボクの顔を覗き込み、ニコリと微笑んだ葛葉さんの言葉に、ボクは強く頷いた。

「男は度胸、女は愛嬌」

「……だね」

「私は発狂」

「何が葛葉さんをそうさせるの!?」

「お腹空いてきたから……」

「さっきあれだけ食べたのに!?」

 とりあえずポケットに忍ばせておいたカロリーメイトを一本分けてあげた。余談だけど、ボクは常にカロリーメイトを持ち歩いている。いざっていう時役に立つし、何よりボクはカロリーメイトが大好きだ。おいしいし、手軽に栄養が取れるし、持ち運びも簡単だ。そんなカロリーメイトをボクは心底愛してる。

 良いよね、カロリーメイト。

「ふぁあ、ふぃきまひょ!(さあ、行きましょ!)」

 おいしそうにカロリーメイトを咀嚼しながら意気込まれても……。

 でも葛葉さんのおかげで、緊張はほぐれた。

「よし、行こう!」

 ゆっくりと。ボクはバー、小波のドアを開けた。



 店内は普通のバー……といった様子だった。カウンターがあり、その周りに椅子が並べられている。カウンター席以外にも席はあったが、机の数は三つ程で、あまり数は多くない。机には一台ごとに、透き通ったガラス製の灰皿が置かれている。店としてはすごく小規模で、思ったより狭かった。何故か客は一人もおらず、カウンターの向こうで店員らしき男が立っているだけだった。

「あの……」

「現在、当店は閉店となっております。申し訳ございませんがお帰りいただけませんか?」

 ボクが言葉を言い切る前に、男は感情の込められていない無機質な声でそう言った。

「そうなんですか……。じゃあ由乃君、帰ろっか」

「いやいやいや! ここで帰っちゃダメでしょう!?」

 笑顔で帰ろうとする葛葉さんを何とか止め、ボクは男へ視線を向ける。

「いつなら開店してるんですか?」

「さあ、いつでしょう」

「組織の人間が店に入った時……ですか?」

 ニヤリとボクが笑みを浮かべたのと、男が拳銃を取り出してこちらへ向けたのはほぼ同時だった。

「お帰りいただけませんか?」

 銃口をこちらへ向けたまま、男は静かにそう言った。

「やっぱりココ、アジトなんだね?」

 ボクの問いに、男は答えない。ただ銃口を向けたまま、静かな殺気を放ちつつボクを睨みつけている。

「あらあら、拳銃なんて物騒ねぇ」

 まるで他人事のように、隣で葛葉さんが穏やかにそう言うと、男は視線を葛葉さんへ向けた。

「葛葉さん……やれる?」

 ボクの問いに、葛葉さんはコクリと頷いた。

「これ、お腹空くから嫌なんだけどなぁ」

 嘆息しつつ呟くと、葛葉さんはロングスカートのポケットへ手を突っ込んだ。それを見、男は怪訝そうな顔をする。

「動くな」

「駄目なの?」

「自分の立場がわからないのか?」

 小首を傾げる葛葉さんに、男は苛立った様子でそう言った。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

「――――ッ!?」

 男が引き金を引くよりも早く、男の顔面へ十円玉が直撃した。男がのけ反った隙にボクはカウンターを素早く跳び越え、男の顔面に跳び蹴りを喰らわせる。カウンターの向こうの瓶やグラスに後ろ頭から突っ込み、男はその衝撃でその場へ気絶する。後頭部にガラス片とか刺さって非常にグロテスクな感じだが、見なかったことにする。

「相変わらずすごい精度だね」

 ボクの言葉に、葛葉さんは得意げに微笑んだ。

 葛葉さんがポケットに手を突っ込んだのは、中の十円玉を親指へ乗せるため。親指へ十円玉を乗せたままポケットから右手を抜き、素早く十円玉を親指で弾く。そうして射出された十円玉は、さながら弾丸の如く目標へと直撃する――それが葛葉さんの特技、投げ銭。

 カウンターをもう一度跳び越え、葛葉さんの隣へ戻ると、彼女は悩ましげに嘆息した。

「ねえ、そろそろこれに技名つけても良いと思うのよ」

 ポケットの中に入っているもう一枚の十円玉を取り出し、右手でつつきながら葛葉さんはうぅん、と小さく唸った。

「いや、普通に投げ銭で良いんじゃないですか?」

「おんりーまいれーる……」

「あ、奥に扉があるみたいですよー! 進みましょー!」

 何か言いかけた葛葉さんの言葉を遮り、ボクがカウンターの奥にある扉を指差した時だった。


 ボクの目の前を灰皿が通り過ぎた。


「――ッ!」

 後一歩でもボクの位置がもう少し前にズレていれば、確実にあのガラス製の灰皿はボクの頭に直撃していただろう。

 ポトリと。ボクと同じように驚いたらしい葛葉さんの右手から、十円玉が床へ落ちた。

 すぐに、灰皿の飛んできた方向――ドアの方へ視線を向ける。

「ほぅ。今日売りに行かせた奴らが報告してきた二人組ってのはお前らか……」

 そこに立っていたのは、細身の男だった。髪は長く、肩にかかる程で、前髪は真ん中で分けられている。鼻に銀色のピアスが付いており、よく見れば髪の隙間から同じようなピアスが耳にも付いているのが見えた。

「俺は苅谷孝明かるやたかあき、ここのアジトの管理を任されてる者だ。ああ、覚えなくて良い。初対面のやつに名乗るのは俺の癖だ」

 苅谷孝明と名乗った男は、ポケットに両手を突っ込んでいた。まさかこの男、ポケットに手を突っ込んだ状態のまま灰皿をこちらへ飛ばしたのか……?

 だとすると……

「レベルD以上の能力者……!」

「そういうことだ。ちなみに俺はレベルD……ああ、覚えなくて良い。俺のレベルがどうであろうとお前らは俺から逃げられない」

 苅谷はそう言って、不敵に笑みを浮かべた。

 まずい。まさか能力者が関わっているなんて思っても見なかった。

 この世には、超能力が存在する。ごく稀に、先天的に特異な能力を持って生れてくる人間がいる――それが超能力者。数年前まではトリックだのインチキだのと蔑まれてきた彼らだが、科学で超能力の存在が明かされた途端、世間は手の平を返すように超能力の研究を始めた。今では超能力者なんて、わりと普通にいる存在だ。半人半獣の亜人に比べれば、超能力者の方がありふれているくらいだ。

 そして超能力は、金さえ払えば後天的に得ることが出来る程手軽になっている。彼、苅谷が先天的な能力者なのか、後天的な能力者なのかはわからないけど、どちらにしたって能力者を相手にするのは相当分が悪い。

 能力者を前にしたせいか、ほぼ常に穏やかな表情をしている葛葉さんでさえ表情を険しくしている。

「ん、どうした? 投降するか? 投降っつってもまだ戦闘すら始まってないんだが……」

 苅谷の言葉には耳を傾けていない様子で、葛葉さんはポケットへ右手を突っ込み――

「やるのか」

 素早く十円玉を苅谷目がけて射出した。しかし十円玉が苅谷に直撃するよりも早く、苅谷の傍の机に置いてあった灰皿が、十円玉を防ぐ。その衝撃で、灰皿は苅谷の目の前で砕け散った。

 破片が苅谷の頬をかすめて傷を付けるのと同時に、十円玉が音を立てて床へ転がった。

「へえ、それ能力じゃないよな? 技術だよな? すげえなそれ……おい、投げ銭っつーんだっけ? 俺銭形平次のシリーズ好きなんだよなぁ……。ああ、今のは覚えなくて良い。俺の趣味の話だ」

 そう言っている苅谷の傍で、ゆっくりと先程の十円玉が宙に浮いた。

「――葛葉さんっ!」

 苅谷の話も聞かず、素早く左手をポケットへ突っ込んだ葛葉さんの腕へ十円玉が直撃した。

「――――っ!」

 苦痛に顔を歪め、射出しかけた十円玉を取り落とした葛葉さんの元へ、苅谷は素早く駆け寄ってその両手を掴んだ。

「そこまでだ。いい加減にしときな」

「……くっ!」

 苅谷へ殴りかかろうとすると同時に、カウンターの向こうからグラスが飛び、ボクの顔に当たる直前で、ピタリと止まった。

「坊主……いや、お嬢ちゃんかな? まあどっちでも良い。アンタもその辺でやめときな」

 ボク達二人は、一人の能力者に完敗した。



 あの後、苅谷が呼んだ仲間達の手によって、ボクと葛葉さんはロープで縛られた。手も足もキツく縛られているため、もぞもぞと芋虫のように這って動くので精一杯だった。這って逃げようにも、苅谷達に監視されていて逃げ出すことなんて出来ないけど……。

 組織のメンバーらしき奴らは、苅谷を含めて三人。どうやらこの組織、男しかいないらしい。それも全員若者で、下手すれば十代にも見える。

「さて、コイツらどうするよ?」

 男の一人――スキンヘッドの男が苅谷へ問うと、苅谷は小さく溜息を吐いた。

「殺るのもまずいし、このまま監禁して捜索願を出されるのもまずいな。俺らの足がついちまう……。ただでさえ、最近サツが嗅ぎまわってるってのによ」

「だが殺るか監禁かなら、殺るだろ?」

 もう一人の男、短髪の男が静かにそう言うと、苅谷は静かに頷いた。

「……まあ良い。メディスンに判断してもらおう」

「……メディスン?」

 メディスン……薬?

 ボクが怪訝そうに表情を歪めたのを見、苅谷は静かに嘆息する。

「リーダーの呼び名だ。あの人、俺達に本名を教えたくないみたいでな……。ああ、覚えなくて良い。どうせお前らは殺されることになる」

「メディスン、もう一週間もこっちに顔出さねえが……何か聞いてないのか?」

 スキンヘッドの問いに、苅谷は首を小さく左右に振った。

「さあな。あの人が消えるのはいつものことだ。後三日もすりゃ帰って来るだろ」

 そう言った後、苅谷はボク達へ視線を向けた。

「さて……どうするよ?」

 苅谷はゆっくりと、縛られたまま床に横たわっているボク達の傍へ歩み寄り、身を屈めた。

「希望くらいは聞いてやる。死に方はどうする?」

 そう言って、苅谷はナイフを取り出して葛葉さんへ向けた。

「……おいしい物をひたすら食べ続けて胃を破裂させて死にたいわ」

 ビックリする程真剣な表情で、葛葉さんはそう答えた。

「……カロリーメイトで良いか?」

「うん。良い」

 良いのかよ。

 カロリーメイト好きに悪い人はいないっていうのは嘘だったのか……。苅谷とは、違う会い方をしていれば友達になれたかも知れない。カロリーメイトに関しては。

 カロリーメイトはさておき、この状況は非常にまずい。縛られたままのボクと葛葉さんじゃ、苅谷達に対抗出来ない。それに相手はレベルD能力者だ。高レベルとはお世辞にも言えないけど、ボクら一般人からすれば十分な脅威だ。

「お、良いこと思いついた」

 不意に、短髪の男がニヤリと笑みを浮かべる。

「この二人に薬をやれ」

「な――っ!?」

 男の言葉に、苅谷はなるほど、と感心したように笑みを浮かべた。

「中毒にしてしまえば、問題ないな。俺らが捕まって困るのは自分達、ということになる。しばらく薬漬けにしてから帰せばカモにもなるし、通報されることもないだろう」

 理屈は、合ってる。中毒にされてしまえば、薬の魅力に打ち勝つ自信がボクにはない。そのまま中毒にされて、人生を丸ごと破壊される……?

 スキンヘッドの男が、どこかから注射器を取り出してニヤリと笑ったのを見て、ボクは戦慄した。

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