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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
18/38

FILE18「食山隆俊 下」

 バッグを右手に提げて、暗くなった亜人街を歩いていた。通り魔事件のせいか人通りは非常に少なく、車が走っていなければまるでゴーストタウンなんじゃないかと思ってしまう程だった。

 怖くないと言えば嘘になるけど、そんなことを言っていたら探偵の助手なんて勤まらないし、独りで歩いているわけでもない。

「由乃、いつまで歩かせるつもりですの?」

 少し苛立った様子の彼女を一瞥し、ボクは短く溜息を吐いた。

「とりあえず、犯人が現れるまではお願い……」

「全く……仕方ありませんわね」

 フンと鼻を鳴らしつつ、彼女――ロザリーはゆったりとした動作で街路を歩いていく。


 青い、豪奢なドレス姿で。


「ねえ、その格好どうにかなんない……?」

 まるで絵本の中から飛び出してきたかのようなその姿は、一緒に歩いているこっちが恥ずかしい。フリルやら何やら様々な物で装飾されたその青いドレスは、見事にロザリーに似合っており、彼女の金髪縦ロールもあって、本当に絵本の中のお姫様が現実世界に飛び出してきたかのような様子だった。おまけに扇子まで広げて歩くものだから、彼女の自称通り本当に「お姫様」といった風貌だった。一緒に歩いているこっちはすごく恥ずかしいわけだけど。

「どうにもなりませんわ」

「いつものゴスロリで良いじゃん……」

「良いですか、由乃!」

 不意にピタリと足を止め、ロザリーは真っ直ぐにボクの方へ視線を向ける。

「このドレスは我が家に代々伝わる姫の正装で――」

 我が家ってどこだよ。

 長々と「我が家」について語るロザリーに、呆れて返答も出来ないまま、ボクはもう一度溜息を吐いた。

 アントンと一緒に亜人街で聞き込み調査をしたものの、新聞記事などで得られる情報以上のものは得ることが出来なかった。結局、ボクか家綱の女性人格の内誰かがおとりになって、通り魔を誘き寄せよう、という話になったのだけど……。

 そのおとり役に抜擢されたのが、ロザリーだった。別におとり役なら葛葉さんでも纏さんでも、最悪ボクでも良かったんだけど、ロザリーの「勘」なら見えない犯人が近づいても気付けるハズだ、という家綱の考えから、今回のおとりはロザリーに決定した。

 犯人が現れ次第、ロザリーには家綱や他の戦闘可能な人格に交代するように頼むと、ロザリーは思いの外簡単に承諾してくれた。ちょっと前までボクはロザリーのことをただのワガママな自称姫(笑)だと思っていたんだけど、宮瓦の時のこととかも考えると、彼女は案外話せばわかる奴なのかも知れない。

 まあ、その似合ってはいるけどすごく恥ずかしい服装については、話してもわかってくれないけど。

 そんなことを考えつつ、前方を優雅に歩くロザリーの、剥き出しの肩甲骨を見つめていた時だった。

 不意にピタリと。ロザリーは足を止めた。

「どうしたの?」

 ボクの言葉に、ロザリーは少しだけこちらへ視線を向けると、小さく口元を釣り上げた。

「お出ましですわ」

「お出ましって……まさか!」

 お出まし。その言葉の意味を理解して、ボクはすぐに身構えた。ロザリーには何か感じるものがあるのかも知れないけど、ボクにはさっぱりわからない。周囲にあるのは明りのついていない、既に閉店した店と街路樹、そして車道を走る何台かの車くらいだ。とてもボクら以外に誰かがいるようには感じることが出来ない。

「ほ、ホントに……いるの?」

「いますわ。間違いなく」

 確証なんてまるでないハズなのに、ロザリーは得意げにふふんと鼻を鳴らした。

「私の勘は――――外れたことがありませんの」

 ロザリーはそう言ったのとほぼ同時にこちらを振り向き、バックステップでボク――否、何かから距離を取った。

 何かが、ボクの目の前に着地する音がする。姿は見えないけど、何かがそこにいるのは確かだった。

「う、上から……っ!?」

「ほら見なさいな。私の勘は外れませんわ」

 持っている扇子で自分をあおぎながら、ロザリーはおーほっほっほっほと高笑いを始める。姿の見えない通り魔が目の前にいるっていうのにこの余裕……流石ロザリーというか何というか……。

「チッ」

 軽い舌打ちが、ボクの目の前で聞こえた。恐らく、姿を消している何かが舌打ちをしたのだろう。とにかく、コイツの姿を何とかしてさらけ出さないと……!

「おおおりゃあああっ!」

 とにかくがむしゃらに、目の前にいる何かに対して右拳を思い切り突き出した。何かダメージを与えれば、そのショックで姿を現すかも知れない。

「うおッ」

 何もないハズの場所に拳が触れている、という状態にボクが困惑した表情を浮かべるのと同時に、男性の声がその場へ響いた。

 そして次の瞬間には、先程まで透明だった何かが、その緑色の体躯をさらけ出しつつ、ボクに殴られた衝撃でその場をゴロリと転がった。

「こ、これって……」

 そこにいたのは巨大なカメレオン――――否、カメレオンのような姿をした亜人だった。ボク達より背の高いその亜人は、衣服を一切身につけておらず、その緑色の身体を外気にさらしている。ぐるぐると巻かれた尻尾、どこか蛙にも似た顔立ち、人間のような体つきをしてはいるけど、その他の特徴はほとんどカメレオンと変わらなかった。

「し、しまった……!」

「な、ななな……何ておぞましい……衣服くらい身に着けたらどうですのっ!」

 いや、おぞましいは酷いだろ。と心の内でロザリーにつっこみつつも、ボクもちょっと直視はしたくなかった。特に正面からは。

 多分オス……というか男の人だろうし。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたロザリーは、やがて扇子をどこかへ収めると同時に、クロスチェンジャーを取り出した。

「こ、こんなもの……いつまでも直視出来ませんわっ!」

「こんなものって何だこんなものって! 俺の自慢の――」

 うわあ、続きは聞きたくない。

 ボクが耳を塞いでいる間に、ロザリーはクロスチェンジャーのスイッチを押すと同時に誰かに交代したらしく、ロザリーの身体を眩い光が包み込んだ。

「くそが……なめやがってェェッ!」

 亜人は怒りを露にした様子で、構えると、右手の鋭い爪で光の中のロザリーへ襲い掛かった――けど、その爪は金属音と共に防がれる。

「全く……しょうがないわね」

 落ち着いた女性の声と共に光の中から姿を現したのは、巫女装束に身を包んだ黒髪の女性――纏さんだった。

 彼女は右手に、いつの間にか鞘から抜かれた脇差を手にしており、それで亜人の爪を防いでいた。

「姿が……変わった……!?」

 驚愕の声を上げる亜人へ、纏さんはその脇差で――

「かわいい女の子の背中を傷つけようとするなんて……許すわけにはいかないわ……!」

 怒気の込められたその言葉と共に、亜人の爪を切り裂いた。小気味良い音と共に、切り裂かれた亜人の爪は宙を舞い、音を立てて街路へ落ちていく。

「何てことしやがるこのアマァァァッ!」

 絶叫しつつ、亜人は纏さんから距離を取ると、爪を切られた自分の右手を見ながら、その大きな目をギョロギョロと動かした。

「服くらいきたらどうなのかしら……? 格好もやることも下衆な野郎ね……だから男は嫌いなのよ……」

「纏さん女の子好きですもんねー」

 遠い目をしてそんなことを言ったボクへ目を向けると、纏さんは妖艶に微笑んだ。

「由乃ちゃん……また後でね……」

「いやいや、後で何をする気なんですか……」

 間に亜人を挟んだ状態で、そんな会話を交わしている時だった。

「くそッ!」

 亜人は悪態を吐くと同時に纏さんへ背を向け、ボクを突き飛ばしてそのままその場を逃げ出し始めたのだ。

「あ、こらっ!」

「逃がさない……」

 ギロリと。纏さんは走り去る亜人の背中を睨みつけたけど、不意に苦しそうに呻き声を上げながらその場へうずくまり――

「え、ちょ……」

 眩い光が発せられた。今交代って……誰と……?

「女の子の仇は、やっぱ僕が取るべきでしょ」

 光の中にいたのは、甘いマスクと残念な性格の青年――晴義だった。クロスチェンジャーを操作していないため、その服装は先程まで纏さんが身に付けていた巫女装束のままである。それなりに似合っているのがなんかムカついた。

「もう……勘弁してくれよ」

 晴義はチラリと自分の姿を見下ろして溜息を吐くと、すぐにクロスチェンジャーを取り出していつもの服装に切り替える。

「女装はもう……勘弁してくれ」

 そんなことを呟きつつ、晴義は素早くエアガンを取り出した。

「晴義! 何で今交代なんか――」

「追いかけるより、こっちの方が早いと思うよ」

 爽やかな笑顔をボクに向けると、晴義は前方を走る亜人の背中に、エアガンを打ち込んだ。乾いた音と共に、亜人は小さく呻き声を上げ、一度足を止めてBB弾の直撃した背中をさすり始める。それに対して晴義は、容赦なくBB弾を亜人目掛けて連射する。異常なまでの正確さで、頭、腕、背中、足と順番にBB弾を直撃させていく。

「わかった! 悪かった! 俺が悪かったァッ!」

 亜人が悲鳴を上げながらこちらへ土下座し始めたのは、計十二発目のBB弾が彼の足に直撃した後だった。





 もう逃げ出さないよう、バッグの中に用意しておいたロープで亜人を縛った状態で、一応ボクと晴義は亜人から犯行動機を聞くことにした。

 亜人の名前はギリアル。彼はカメレオン型の亜人で、姿を消すことが出来たのは、周りの景色と自分の体色を同じにしてカモフラージュし、姿を消したかのように見せかけていたのだという。亜人だし、勿論超能力者ではない。

「で、何でそんなことしようって思ったんだい?」

 冷酷な表情を浮かべ、晴義はエアガンの銃口を向けつつギリアルへ問うた。この男、普段は軽薄で頼りにならないアホだけど、こと女の子関係のことになると本気を出す。今回は直接女の子は関係ないけど、纏さんと同じく「女の子を傷つけた」ということが許せないらしい。それ故に、彼がギリアルへ向ける視線は、いつになく冷たかった。

「ま、待ってくれ……銃を向けるのはやめてくれ……!」

「でも君は女の子に爪を向け、あろうことかその爪で彼女達の背中に消えない傷痕を残している……」

 銃口をギリアルの額につけ、晴義はギリアルへ顔を近づけた。

「どの口がそんなことを言うのかな……?」

 穏やかなのは口調だけで、晴義の言葉には確かな怒りが込められている。そんな普段とは違う晴義の様子が、ボクは少しだけ怖かった。

 でも、晴義が怒るのも当然だと思う。アイツは軽薄で、アホで、かわいい女の子になら節操がないけど、「女の子を大切にする」その一点だけは確実に信用出来る。口ではかわいい子だけ、みたいなことを言ってるけど、例え晴義にとってかわいくない女の子でも、アイツは傷つけたりしないと思う。

「それで、貴方はどうしてこんなことを?」

「わかった……話すからソレを向けないでくれ!」

 必死で懇願するギリアルを見かねて、ボクが晴義に目で合図をすると、晴義は渋々エアガンをポケットの中にしまい込んだ。それを見、ギリアルは安堵の溜息を吐くと、犯行動機について語り始めた。


 彼には、インターネットで知り合った人間のガールフレンドがいたらしい。チャットやメールで何度も話をし、随分と仲良くなっていて、ある時、彼女の方から「現実リアルで会わない?」という誘いがあったらしい。

 その誘いに彼は歓喜して、すぐに彼女と共にリアルで会う……オフ会の計画を立てた。そこまでは良かったらしいんだけど、問題なのはそのオフ会だった。

 偶然同じ町――罷波町に住んでいた二人は、罷波町の中心部にある、罷波町では定番の待ち合わせ場所、罷波噴水公園で出会う約束をした。既に彼――ギリアルが亜人であることは明かしてあるし、何も問題はないだろうと、彼は気合を入れてめかし込んでオフ会へ臨んだけど――

「あり得ない」

 それが、ギリアルを見た彼女の第一声らしかった。

「亜人とは聞いてたけど、カメレオンはないわ……ルックス最悪」

 険悪な表情で彼女はギリアルを散々罵倒した挙句、特に大したことをすることもなく、彼女はギリアルを放置して帰っていったらしい。

 ショックに打ちひしがれたギリアルは、やがて「人間の女は全員ビッチ」という結論に辿り着き――

「犯行に至った、と」

 ギリアルの話を聞き終える頃には既に、晴義は再びエアガンの銃口をギリアルへ向けていた。

「人間のリア充なんて皆そうだ! ちょっと自分が他人よりかっこいいからって鼻にかけて! 俺達を馬鹿にして! ふざけんじゃねえぞッ! イケメンが……美少女がそんなに偉ェかよ! お前らからすりゃ……そりゃ俺は残念な顔だよ! カメレオンだよッ! だからって……だからって『あり得ない』はねえだろうが!」

 こないだ家綱が言った時から気になってたんだけど、リア充ってなんだろう……。

 リア充の意味はわからないけど、ギリアルの悲痛な言葉は理解出来た。理解出来たけど……

「だからって……だからって、他の誰かを傷つけて良い理由にはならないよ」

「わかってるさ……それくらい……。復讐して、挙句の果てに関係ない他の女を傷つけて、それで俺がイケメンになれるわけじゃないしな……」

 うつむき、そう答えたギリアルの表情に、反省の色がうかがえることに気が付いたのか、晴義はエアガンをポケットへ収め、小さく嘆息した。

「とりあえず……後は警察任せってことで、良いかな?」

 晴義のその言葉に、ボクだけでなくギリアルまでもが深く頷いた。

 これで一件落着。後は警察に連絡してギリアルを引き渡すだけ……という風には、いかないらしい。聞こえてくる足音から、ボクはそう直感した。

「警察任せ……? その亜人を、警察に引き渡すっていうの?」

 あどけない、少年の声。でもその声音は、少年っぽいあどけなさには似つかわしくない怒りと憎悪が込められていた。

「君は……?」

 普通の少年じゃない。そんな予感をしつつも、ボクはこちらを歩いてくる少年へ問うた。しかし少年はボクの問いには答えず、静かにこちらへ歩み寄ってくる。

亜人ソイツを……許すな」

 ギロリと。少年の射抜くような視線がギリアルを貫いた。殺意すら感じる程に鋭いその視線は、向けられたギリアルだけでなく、傍で見ていたボクでさえも軽く身震いする程だった。

 ボクとさほど変わらないような華奢な体躯、見かけの年齢とは不釣合いな白髪、そして、憎悪の込められた視線。

「そこにいる亜人は……いや、亜人はクズだよ。僕達より強いのを良いことに、その力を存分に奮い、僕ら人間に害を及ぼす……亜人っていうのは、そういうものだよ」

「そんな……そんなこと――」

「そこにいる亜人が何よりの証拠だッ!」

 反論しようとしたボクが言い終わるよりも先に、少年はギリアルを指差して表情を怒りで歪めた。

「動機なんか関係ない。ソイツがやったことは――」

 そこまで言いかけ、少年はギリアルの数歩前でピタリと足を止めた。

「どこの誰だか知らないし、君が今からギリアルに何をしようとしているのかわからないが……君の意見は間違っているし、既に降伏した相手に対してこれ以上何かをするのはどうかと思うな……」

 いや、お前さっきまで降伏したギリアルにエアガン向けてただろ。

「ご両親が心配しているハズだよ。早く家に帰ると良い」

 エアガンの銃口を少年へ向け、すました表情でそう言った晴義へ、少年は視線をチラリと向け――――素早く晴義目掛けて駆け出した。

「――ッ!」

 晴義が回避の動作を取るよりも早く、少年は晴義の懐へ潜り込むと、一撃――右拳を晴義の腹部へ叩き込んだのだ。

「晴義っ!」

「が――――ッ!」

 不意打ちな上、思いの外強烈な一撃だったのか、晴義は腹部を押さえたままその場へうずくまってしまう。少年はその隙に、ギリアルの傍にいたボクを突き飛ばし、縛られて動けないギリアルの眼前まで迫った。

「ひ……ひぃぃっ……」

 年端もいかない少年に対して情けない悲鳴を上げるギリアルに、少年はまるでゴミでも見るかのような視線を向け――

「さよなら」

 そう短く告げると、その右手を……ギリアルの胸部へ思い切り突き出したのだ。そして突き出されたその右手は、ギリアルの胸部には直撃せず、あろうことかその胸部の中へ、まるで水の中に手を突っ込むかのようにスルリと入っていったのだ。

「――っ!?」

 驚くボクと晴義をよそに、少年はニヤリと笑みを浮かべた。

「わかるかい? 心臓を直接手で掴まれる感覚」

「や、やめ……ッ」

「僕がギュッと握るだけで、君の心臓は機能を停止する……その意味、わかるよね?」

 必死に許しを請い、とうとう涙まで流し始めたギリアルに対して、少年は冷酷に微笑し――

「やめろぉっ!」


 ギュッと。その右手で何かを強く握り締めた。


 ドサリとその場へギリアルが倒れ伏すのと同時に、少年は右手をギリアルから事もなげに引き抜くと、ボクらへ一瞥もくれることなく背を向けた。

「ま、待て……ッ」

 歩き始めた少年の背中に、晴義がそう声をかけると、少年はピタリと足を止めた。

「亜人なんて、一人もいらない」

 背を向けたままそう呟き、少年はそのまま語を継いだ。

「こんな町さ、なくなっちゃえば良いって……そう思わない?」

「な、何を言っている……!?」

 晴義の問いに、少年はチラリとこちらを振り返ると、先程までとは違う、少年らしい……まるで悪戯でもするかのような無邪気な笑みを浮かべた。

「その内こんな町、なくなっちゃうから」

「な――っ!?」

 ボクが少年を追いかけようと足を動かしたのとほぼ同時に、少年の傍の車道に一台の車が停車する。少年はその車へ視線を向けると、ご苦労様、とだけ呟いて歩み寄り、助手席のドアを開けて中へと入っていく。

 少年が助手席に座り込むのとほぼ同時に車は走り出し、唖然とするボクらを置いてどこかへ走り去っていってしまった。

「何なんだよ……アイツ……」

 その場には、唖然とするボクと晴義、そして……直接心臓を握り潰されて絶命した、ギリアルだけが残された。





 結果的には、亜人街に出没する通り魔はいなくなった。食山さんの依頼通り、清衡奈美さんの仇は取ることが出来た……出来たんだけど。

 ギリアルを殺害し、車で逃走したあの少年……彼に関してはほとんど謎のままだった。心臓を直接素手で握り潰すことが出来る……あの能力から考えて、己川敏文を殺害した人物と同一人物だと推察出来るし、あの異常なまでの亜人への憎しみは恐らく……

「リジェクション……か」

 新聞の、ギリアルの変死に関する記事を読みつつ、家綱はボソリと呟いた。

「あの子もやっぱり……リジェクションなのかな……」

「だろうな。そうとしか考えられねえ……」

 リジェクションのメンバーが亜人を憎む理由、それは各々で違うだろうけど、彼の――あの少年の目から察せられる憎しみは、明らかに異常だと断言出来る程だった。一体何が彼に、あそこまで亜人を憎ませたのだろう……。それに、彼が去り際に残した一言……

 ――――その内こんな町、なくなっちゃうから。


 スッキリしないモヤモヤとした感覚が、ボクの中に立ち込めた。


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