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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部

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17/38

FILE17「食山隆俊 上」

「由乃サーン見テ下サーイ! ドコモカシコモ、亜人ダラケデース! 皆オ仲間デース! ワタシト由乃サンノー」

 いや、ボクは違うから。

 白いシャツに青いジーンズという出で立ちのアントンと一緒に、ボクは「亜人街」と呼ばれる地区の商店街を歩いていた。どこに目を向けても亜人ばかりで、狼のような顔をした亜人や、猫耳猫尻尾の女の子というコテコテの萌えキャラみたいな女の子が歩いていたりと、背景は紛うことなき現代の現実世界なのに、登場人物だけがファンタジー……といった様子を呈している。だから、アントンも今日は尻尾を隠していない。

 人間と亜人のハーフは、人間達にはあまり良い目で見られないらしいけど、亜人達はハーフの亜人を純正亜人と同じように扱うらしかった。ゼノラの教えがどうとか、グラットンさんは言っていたけど、宗教とかそういうのはボクにはよくわからない。というか興味がない。

 この亜人街へは、グラットンさんに案内してもらった。依頼の都合で亜人街へ行かなければならないことを伝えると、グラットンさんは快く了承してくれた。電話をかけた際、家綱は何かグラットンさんに説教をもらってたみたいだけど、何を言われたかは教えてくれなかった。

「亜人ノ幼女……カワイイデース……」

 中年くらい(に見える)亜人女性と手を繋いでいる、犬耳の亜人の女の子を眺めつつ、アントンはボソリと呟いた。

「襲うなよ?」

「襲イマセーン。愛デマース。モフモフシテギュッギュシテハムハムシマース」

「はむはむすんなよ! それ絶対口に入れてるだろっ!」

 ※幼女はロリコンの手の届かない場所(直射日光の当たらない場所が好ましい)で保護して下さい。


 前述した通り、ボクとアントンが亜人街を訪れているのは、とある依頼のためだった。





 ダルそうに。ものすごくダルそうなオーラを放ちつつ、アホ探偵七重家綱はデスクに突っ伏していた。その姿からはやる気が微塵も感じられない。起きているのか寝ているのかも判断出来ない状態だった。

 まあ、いつもの光景なんだけど。

 特にこの昼食後の、昼下がりの家綱はビックリする程ダルそうだ。頭がスッキリしないなら昼寝でもすれば良いのに、といつもボクは思うんだけど、何故か彼は断固として昼寝をしない。

「家綱……起きてる?」

「おう」

「寝るならソファで寝た方が良いよ?」

「おう」

 一度も頭を上げず、家綱は気だるそうに、おう、とだけ答えている。そんな家綱の様子に小さく嘆息しつつ、ボクは今朝コンビニで買ってきた新聞に目を通した。

 新聞に大きく取り上げられているのは、ここ最近世間を騒がせている連続通り魔事件の記事だった。もう既に何人もの犠牲者が出ているけど、警察はおろか、被害者ですら犯人の姿を見た者はいないらしい。犯行が夜間なせいもあるみたいだけど、一度も犯人の姿を見ていない、というのはちょっと不可解な気がする。一応警察は超能力犯罪、もしくは亜人犯罪として捜査を進めているみたいだけど、あまり進展はしていないようだった。

 被害者は十代後半から二十代前半くらいの女性ばかりで、どの被害者も「鋭利な爪跡」が残っているらしい。

「ねえ家綱。最近の通り魔事件のことだけどさ、やっぱり犯人は亜人だと思うんだけど、家綱はどう思う?」

「おう」

 ああ、駄目だこりゃ。

 二度目の溜息を吐き、ボクは静かに新聞紙を丸めて筒状にして、家綱へ近づくと――

「おい」

 ポンと。デスクに突っ伏している家綱の後ろ頭に、筒状に丸めた新聞紙を振り下ろした。

「しっかりしろって。依頼人がくるかも知れないし」

「どーせいつもの浮気調査と犬猫カメレオン探しだろーが」

 ボクの言葉に、家綱は顔を上げないままぶっきらぼうにそう答えた。

「いや、カメレオンはもうないと思うけど……」

 つい先日、ボクらの元に「逃げ出したペットのカメレオンを探してくれ」という依頼があった。逃げ出したカメレオンは、妙に素早い上、巧みに保護色能力を使いこなして隠れるため、非常に見つけ出すのが困難だった。結局家綱とボクじゃ対処し切れず、ロザリーの勘に頼る形になったんだけど……。

「で、通り魔事件が何だって?」

 やっとのことで頭を起こし、ソフト帽をかぶっていない頭をポリポリとかきつつボクへ問うた。

「やっぱ聞いてなかったのか……。いやね、ボクはあの事件の犯人、亜人だと思うんだけど、家綱はどう思ってるのかなーって」

「亜人ねぇ……。もし仮にあの事件の犯人が亜人なら……」

 反亜人派リジェクションが黙っちゃいねえな。と、先程のダルそうな表情とは対照的な、真剣な表情でそう呟いた。

 リジェクション……。これまでボクと家綱は二回、リジェクションのメンバーと接触している。共生会の会長である招原柚子を暗殺しようとした、己川敏文。そして人間と亜人を交互に殺す、殺人の快楽に溺れた狂人、猿無十。どちらもタダ者じゃなかったし、あんな奴らばかりリジェクションにいるのかと思うと、正直身震いしてしまう。

 特に猿無みたいな奴には、もう二度と出くわしたくない。

 ――――オオオオオオォォォォァァァァァァッ!

 もうあんな、家綱セドリックの姿は見たくない。

 そんなことを思い出しつつ、ボクが丸めていた新聞紙を元の形に戻していた時だった。

 トントンとドアがノックされ、こんにちはーという声が事務所の中へ響いた。

「セールスだろ。お断りしとけ」

「セールスなら、ね」

 肩をすくめつつ、新聞紙をボクのデスクの上に置き、ドアの方へ向かう。

「はーい」

 ボクが答えると同時に、ドアが開かれる。ドアの向こうにいたのは、眼鏡をかけた小太りの青年だった。大量の紙袋を手に提げており、紙袋にはアニメキャラと思しき女の子の絵がプリントアウトされている。

「えっと……」

 多分今ボク、すごく何とも言えない顔してる。

「仇を……仇を取って下さい!」

 えーっと……アニメキャラの?



 食山隆俊くいやまたかとし。眼鏡で小太りの彼は、額の汗をハンカチで拭いつつそう名乗った。彼が客用のソファに座った時、ちょっとソファが悲鳴を上げたような気がしたけど、多分気のせいだということでスルーしておく。

 彼の依頼は、アニメキャラの仇討ちなどではなく(そもそもそれはボクの勝手な偏見によって生まれた誤解だけど)、ちゃんと三次元に実在する人物の話らしい。

 いつものように食山さんを客用のソファに座らせ、机を挟んでボクと家綱が正面のソファへ座る。

「通り魔事件ってあの、今話題のですか?」

 食山さんにそう問い返すと、食山さんははい、と真剣な表情で頷いた。

「この間、亜人街を彼女と一緒にデートしていた時のことなんですけど……」

「デートォッ!?」

 瞬間、家綱が目の前の机を叩きつつ、ソファから勢いよく立ち上がり、素っ頓狂な声を上げた。

「はい、デートですけど」

「彼女が……いるのか?」

 何か信じられないものでも見ているかのような表情(非常に失礼)で問う家綱に、食山さんは気分を害するどころか、笑顔ではい、と答えた。

「ああアレね、ラブなんとかね」

「いえ、ラブプ○スではないですよ。もう売っちゃいましたし」

 アレはアレでやってたんですね食山さん。

「ああはいはいラプラスね」

「波乗りデートでもする気かよ。ふざけてないで、ちゃんと話聞こうよ家綱」

 どこか不満げな様子ではあったけど、家綱は渋々わかったよ、と答えて食山さんの話を黙って聞き始めた。

 ちなみに亜人街っていうのは、亜人法が制定されて亜人と人間が共生するようになる前に、亜人達がひっそりと暮らしていた地区の俗称だ。亜人法が制定されるまでは地図にも載らず、人間は誰一人として亜人街へ近づかなかったのだけど、亜人法が制定されて以来、人間と亜人の境界線は薄れ、観光くらいの気持ちで亜人街を訪れる人間が増えてきているみたい。ボクはまだ行ったことないんだけどね。

 食山さんには、同い年の彼女――清衡奈美きよひらなみさんがいて、食山さんは数日前、彼女と一緒に亜人街を夜にデートしていたらしい。二人は通り魔事件のことを知ってはいたんだけど、まさか自分達が犠牲者になるようなことはないだろう、と高をくくってデートしていたところ、通り魔事件の影響で人通りの少なくなった街路で――清衡さんは何者かに背後から襲われたらしいのだ。背後から、刃物のような何かで切り裂かれた清衡さんは、命に別状はなかったものの、背中に消えない傷痕が出来てしまっており、痛みよりもそのことを悲しんでいる、と食山さんは悲しそうに話していた。

「それで、その背中の傷痕が……他の通り魔事件の犠牲者と同じだったってことか」

 ギュッと拳を握り締めつつ、食山さんは家綱に対して頷いた。

「犯人の姿は、見なかったんですか?」

「はい。いつの間にか奈美の背中が切り裂かれてて、でも犯人の姿はどこにもなかったんです」

 食山さんが「奈美」と彼女の名前を呼び捨てにした時、家綱が一瞬だけ不機嫌そうな顔を見せたので、とりあえず足を踏みつけておいた。

「やっぱり亜人じゃなくて、超能力者……かな?」

「こないだの三井みたいな能力者……ってことか?」

 三井秀太朗。雉原智香という女の子をストーキングしていた、姿を消すことの出来る能力者……。確かに彼のような能力者なら、姿を消して近づき、後ろから相手を刃物で傷つけることは可能だ。

「どうだろうな……場所が場所だし……他の事件は、どこで起こってる?」

「全て亜人街です」

 ボクに向けられていたハズの家綱の問いに、食山さんが紙袋の中から一冊のノートを取り出し、家綱へ手渡した。

 ちなみにそのノート以外の紙袋の中身は、宮瓦(野々乃木高校で女子生徒を誘拐していた犯人)の家にあったようなフィギュアばかりだった。とりあえず目は逸らした。

「なるほど……な」

 そのノートには、ここ最近の通り魔事件に関する新聞記事の切り抜きが丁寧に貼り付けられており、記事ごとに食山さん自身の考察が記述されていた。

「そのノートにまとめていない、奈美が襲われるより前の事件の現場も、全て亜人街でした」

 亜人街……か。そう聞くとやっぱり、犯人は亜人なのかも知れないと考えてしまう。リジェクションのような、反亜人派の人間の活動が過激なせいで忘れられがちだけど、何も人間だけが亜人に対して敵意を抱いているわけじゃない。人間に対して敵意を抱いている亜人だって、いないわけじゃない。そのことも考えたら、亜人が犯人っぽいんだけど……。

 亜人には、超能力が備わらない。人間が持つ超能力っていうのは、人間が元々持っている潜在能力みたいなもので、金さえ払えば誰でも超能力を得ることが出来るのは、手術でその潜在能力を強制的に呼び起こすことが出来るからだ。人間の身体は、自身への負荷を抑えるためにその潜在能力を抑え込んでいるけど、亜人は違う。彼らの人間を超越する、身体能力を中心とした様々な能力は、人間で言えば「抑え込まれている潜在能力」の部分だ。

 だから、姿を消すことが出来る亜人でも存在しない限り、今回の事件の犯人は超能力者である可能性が高い。

「とりあえず、亜人街に行ってみっか……」

 めんどくさそうに頭をポリポリとかく家綱に、ボクはそうだね、とだけ答えた。


 こうして、ボクと家綱は亜人街へ行くことになったんだけど、亜人ときいてアントンが飛び出してきたのは、食山さんが事務所を出た直後のことだった。





 血が舞っていた。大きな物音に驚いて、目を覚ました彼の目の前で、どういうわけか真っ赤な鮮血が舞っていた。

 赤く美しいソレは、まだ目を覚ましたばかりの彼の顔を、生暖かく濡らした。しかしそんなことは意に介さぬ様子で、彼は目の前の光景だけを凝視していた。顔に付着した血液を拭おうともせずに。

「よォ……」

 低く、唸るような声で、そいつは彼に声をかけた。鰐のような――否、鰐の口から、人間の言葉が紡ぎ出されていることに、彼は少しだけ驚いたが、それよりも目の前の鰐――――鰐の亜人が右手で掴んでいるものに、彼は唖然とした表情を向けていた。

「悪ィな……寝てる間に」

 若干の笑みを含みつつ、亜人は彼へそう言った。

「お父……さん……?」

 やっとのことで声を発した彼に、亜人はそうだ、と笑みを浮かべつつ答えた。

「お前のお父さんだ」

 そう言って、亜人は彼に、右手で持っていたものを投げてよこした。彼の足元へゴロリと転がったソレを凝視し、彼はやっとのことで悲鳴を上げた。


 無残に身体から引き千切られた、彼の父親の頭部がそこには転がっていた。


「お母さんなら台所とリビングで寝てるぜ?」

 一人の人間が、台所とリビングという二つの場所で「寝ている」という亜人の言葉の意味を、彼は即座に理解し、戦慄した。

「うわ……あ……っ」

 悲鳴を上げつつ、彼はベッドを出て逃げ出そうとするが、ベッドから出る際に足をもつれさせ、ベッドから勢いよく転がり落ち――

「うわああああああっ!!」

 ベッドの下で転がっているいもうとを見、絶叫した。

「さて、悪いな、最後まで待たせちまって……」

 ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、亜人は彼へと歩み寄って行き――――



「――――ッ!」

 そこで、少年は目を覚ました。ベッドから身体を起こし、自分の呼吸が荒いことに気がついて、少年は胸へ手を当てた。まるでマラソンでもしてきた後のような自分の心拍数に、少年は顔をしかめた。

 ベットリと。前髪が額に張り付く感触。少年は左手で前髪をかき上げ、右手で額の汗を拭った。

「……大丈夫か?」

 ガチャリとドアが開き、部屋の中へニット帽をかぶった男が入ってくる。その男を見、少年はニット君か、とだけ小さく呟いた。

「うなされていたのか?」

「いや、いいよそのことは。それよりも、通り魔事件について調べたこと、聞かせてくれる?」

 少年の言葉に、ニット君と呼ばれた男はコクリと頷いた。

「やはり事件は全て亜人街でだけ起こっているらしい。被害者は全員若い女性……少女もいるな。死者はまだ一人も出ていないようだが……」

「へぇ……」

 簡素な言葉とは裏腹に、少年の表情は険しかった。ギュッとシーツを握り締める少年の右手をチラリと一瞥した後、ニット君は小さく嘆息した。

「やっぱり……そんなのばっかりだよ、亜人なんて……。亜人も、それを許容するこの町も全て……」

 なくなってしまえば良い。そう、呟くように付け足すと、少年はベッドを出た。

「ねえニット君」

 寝汗で薄らと濡れている服を着替えつつ、少年はニット君へそう声をかけた。

「何だ?」

「アレの用意は出来てる?」

 少年の問いに、ニット君は八割はな、と答える。それを聞き、少年はニヤリと口元を釣り上げた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「どこにだ?」

 ニット君の問いに、少年は決まってるじゃん、と軽い口調で答え、着替え終えるとすぐにドアへ歩み寄り、ドアノブへ手をかけた。

「ちょっと、排除リジェクションにね」

 ニット君の方を振り向こうともせず、少年はそう答えた。

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