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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
15/38

FILE15「No name 中」

 ――――出せよ。

 それは、己の奥底から聞こえる声だった。低く、荒い、憤怒に満ち満ちた声音。

 ――――ここから、出せ。

 しかしその声から感じられるのは、決して怒りだけではなかった。まるで自分の運命を嘆いているかのような、悲痛な声音でもあった。

 出せるものなら、今すぐにでも出してやりたい。今すぐにでも楽にしてやりたい。そう思いつつも、本能的に彼を表に出すのは危険だと判断する自分がいた。この男を、決して表に出してはならないと、理屈ではなく本能で理解していた。

 ――――何故俺が縛られなければならない……?

 彼を縛る肉体くさりは強く、頑丈で、とてもけられるものではなかった。

「俺だって……どうにかしてえよ」

 独り、自嘲気味に呟いた。





 身元不明の記憶喪失者改め、七重家綱の探偵助手としての日々は、驚く程早く進んでいった。探偵助手というよりは、ただ家光の傍にいるだけのような、そんな仕事。書類の整理が出来るわけでも、事件の記録等が付けれるわけでもなく、ただ「助手」という名目の元、七重探偵事務所の居候として家光の傍にいるだけだった。それは家綱にとって非常に悔しいことだったし、家光のために何か役に立ちたいとも常々思っていた。行く当てのない自分を拾い、何も出来ない自分を養ってくれる家光に、何か恩を返したいと思い続けていた。

 しかしいつだって家光は、たった一人で全てをこなした。調査も、捜索も、推理も。勿論家綱はそんな家光に憧れたし、何か少しでも出来ることはないかと思案した。しかし家光はその緩い表情からは想像も出来ない程にテキパキとした手際で、全てをこなしていた。

「いつか、アニキみたいになりてぇ」

 いつしか家綱は、強くそう思うようになっていた。家光の姿をしっかりと両目に焼き付け、彼の推理を、彼の手際を、彼の強さを、余すことなくその両目に映した。

 せめて強さだけでも同格になろうと、家綱は暇さえあれば家光へ組み手を申し込んだ。警察顔負けの格闘スキルで犯人を圧倒する家光に、家綱は少しでも近づこうとしたのだ。

 勿論、一度たりとも勝つことはなかったのだが。



「葛葉、アントン、晴義、ロザリー、纏、そして家綱……」

 眠そうな顔をしつつ事務所のデスクで、家光は指を折り曲げながら一人ずつ名前を挙げていく。異常な程に大食いで、ミステリアスな雰囲気を持った女性、葛葉。カタコトの日本語を喋る、あまり頭の良くないロリコン青年のアントン。イケメンだが女好きで、軽薄な男性、晴義。高飛車で、自分のことを姫だと言い張る少女、ロザリー。レズビアンで、霊感のある女性、纏。そしてめんどくさがりだが、家光を慕って懸命に尽くそうとしてくれている……家綱。

 家光は家綱に宿る六つの人格と姿を思い浮かべつつ、感慨深げに溜息を吐いた。研究所で生まれた人造人間、彼に与えられている能力は人格ごとに姿や能力を変化させるAクラスの超能力だった。それぞれ癖のある人格ばかりだったが、基本的に良い奴ばかりで、慣れさえすればむしろ楽しめるくらいだった。

 人格のことよりも、引っかかるのはあの研究所の研究員を殺害し、火災を起こさせたのは一体誰なのか、ということだった。恐らく火災に関しては破壊されたコンピューターの漏電によるものだろう。だが問題なのは、コンピューターを破壊したのが誰なのか……。状況から考えれば家綱なのだが、あの家綱がそんな暴れ方をするとは思えない。勿論、他の人格だってそうだ。家綱の中に、あんなことが出来る程凶暴な奴はいない。

 珍しく真剣な表情でそんなことを考えつつ、ふと壁に押しピンで付けているカレンダーへ目をやり、家光は目を細めた。

 ――――もう、一年か。

 家綱がこの事務所で暮らすようになってから、既に一年が経過していた。最初の内は表情の乏しかった彼も、今では家光に対して様々な表情を見せるようになっている。そんな家綱の変化を、家光はまるで我が子の成長を見るかのように楽しんでいた。

 デスクの引き出しを開け、そっとその中身に目を落とす。家綱がこの事務所に来て丁度一年経ったこの日のために用意した物が、その中には収められていた。

 今日は、七重家綱の誕生日みたいなものだ。

「なぁ家綱。お前今日で一年――」

 家光が、ソファで暇そうに寝転がっている家綱へそう声をかけた――――その時だった。

「うおッ」

 家綱の身体を眩い光が包んだ。あまりの眩しさに家光が目を閉じ――次に目を開けた時には、そこにいるのは七重家綱ではなかった。

「……変なタイミングだな、おい」

 呆れ気味に嘆息しつつ、家光は身、体を起こしてソファに座り直している、男物のスーツに身を包んだ女性へ視線を向けた。

「……お腹が……空きました」

 ボソリと。まるで呟くようにそういうと、女性は――葛葉は家光の方へ視線を向けた。

「家光さん、何か食べ物……ないかしら?」

「ない」

「あら残念……。では、そのポケットの中のカロリーメイトをいただきましょう」

「……ッ! 何故それを……」

「チョコ味」

「味まで知られているッ!?」

「早くー早くー」

 まるでお菓子をねだる子供のようにソファをバンバンと叩く葛葉へ、家光は渋々ポケットの中に隠し持っていたカロリーメイト(チョコ味)を投げてよこした。

「しっかし何でお前俺のポケットの中身を……」

「うん、やっぱりこの匂い……カロリーメイト(チョコ味)であってたわね」

 匂いでわかったらしかった。

「はぁ……」

 おいしそうにカロリーメイトをほお張る葛葉を眺めつつ、ゆったりとした昼下がりを家光が過ごしていると、唐突に事務所のドアがノックされた。

「あ、はいどうぞー」

 やや気だるげに家光がそう声をかけると、ドアは静かに開かれた。

「七重家光さん……ですよね?」

 そこにいたのは、白衣を着た中年男性だった。



 鯖島勝男さばじまかつお。それがその男性の名前だった。少し生え際の心配な短い髪と、少しだけ突き出ているお腹が特徴的で、どこにでもいそうな中年男性、というのが鯖島に対する家光の第一印象だった。

「人捜し……ですか?」

「はい。捜して欲しい人がいるんです」

 鯖島は真剣な表情でそう言って頷くと、そのまま言葉を続けた。

「ご存知ないかも知れませんが、この罷波町には小さな研究所があったんです……」

 鯖島の「研究所」という言葉に、家光はピクリと眉を動かした。そして何か言いたげに口を開きかけたが、すぐに家光はその口をつぐんだ。

「その研究所で火災を起こし、逃げ出した男を見つけ出してほしいのです」

「な――ッ」

 瞬時に、鯖島があの研究所の研究員の生き残りだと理解した。この男が捜している人物は、恐らく……

 ――――家綱……!

 すぐに家綱……もとい葛葉へ家光は視線を向けた。彼女は鯖島と家光の会話には耳を傾けておらず、不満げな表情を浮かべて空になったカロリーメイトの箱を眺めている。しかしやがて家光の視線に気付いたのか、葛葉は家光の方へ視線を向けた。

「お腹空い――」

「駄目だ。そんな物欲しげな顔をしてもカロリーメイトはもうない」

 ピシャリと言い放ち、家光は再び鯖島へ視線を戻した。葛葉はまだもの欲しそうな顔で家光を見つめていたが、家光はそれを意に介さぬ様子で鯖島へ話を切り出した。

「ちなみに、研究所ではどのような研究が?」

「基本的には、超能力の研究です。そんな大したことはやっていませんでしたが……」

 苦笑しつつ、鯖島は後ろ頭をポリポリとかいてみせた。

 この男は、嘘を吐いている。一年前の依頼者、中里清敏はあの研究所で行われているのは「人造人間計画」だと言っていた。中里の方が嘘を吐いている可能性もなくはないが、依頼内容から考えてそれはあり得ないだろう。

 この男――鯖島が、あの事件から一年も経った今になって、家綱を探し出して何をするつもりなのか……。

「鯖島勝男さん……でしたよね?」

 不意に、今まで会話に関わらなかった葛葉が口を開いた。

「はい、そうですが……」

 ――――まさか、覚えているのか?

 平静を装いつつ、家光は葛葉へ目をやった。家綱自身は、研究所のことを何も覚えていないのだが、他の人格がそれを覚えている……という可能性はなくもない。もしかすると葛葉は、研究員のことや、研究所でのことを覚えているのかも知れない。

 ゴクリと。家光は生唾を飲み込んだ。

 恐れていた。

 葛葉の……家綱の失われている記憶を知ることを、恐れていた。本来なら喜ぶべきことだというのに……

 ――――何だこの……厭な感じは……。

 家綱の過去が、紐解かれようとしている。

 額に、嫌な汗が浮いてくるのを家光は感じた。

「鯖島さんって……」

 葛葉の口が、再び開かれた。


さばなんですか、それともかつおなんですか?」


 ……しばしの沈黙。

「え、あ……はい?」

 困惑した様子で、鯖島は首を傾げた。

「その名前じゃ、鯖なのか鰹なのかわからないんです。私鰹より鯖の方が好きだし……あ、鯖ですよねやっぱり!」

 顔が引きつっているのが、家光自身にもわかった。

「……」

 何も言わず、家光は平手でパシンと葛葉の頭部を引っぱたく。

「鯖じゃねえ」

 そして鰹でもねえ。

「葛葉……お前、鯖島さんのこと何か知ってるんじゃないのか?」

 家光がそう問うと、葛葉はキョトンとした表情を見せた後、すぐに首を左右に振った。

「いえ、全然」

 気のせいだった。





 結局家光は、鯖島からの依頼を受けることにした。最初は断ろうかとも考えたが、断ったところで何にもならない。

 あの研究所で行われていたのは人造人間を――家綱を造る研究。その成果である家綱を、鯖島は捜している。

 鯖島の目的。家綱の秘密。この依頼で……どちらも明らかになるような気がした。否、明らかにしなければならない。それに、あの研究所について調べることで手がかりを掴み、行われていた研究について公表すれば、鯖島を法的に裁くことが出来る。

 生命の創造は、今の科学では不可能ではない。家綱がその証拠だ。だが生命の創造は、当然この国の法律では禁じられている。生命の……生体兵器の創造は、あまりにも危険過ぎる。

 ――――家綱は生体兵器……なのか?

 生体兵器にしては、家綱の能力は不安定だ。が、まだサンプルだと考えれば……。

 そして脳裏を過る、焼けた研究所の前で佇む家綱。もしアレをやったのが家綱一人なのだとすれば――――その戦闘力は正に「兵器」レベル。家綱に改良を重ねれば、更に強力な生体兵器を生み出すことも不可能ではない。

 ――――家綱を、そんなことに利用させるわけにはいかない。

 そう固く決心し、家光は葛葉と鯖島を連れ、手がかりを求めて研究所跡へと向かうのだった。

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