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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
12/38

FILE12「グラットン 上」

「ハァッ……ハァッ!」

 雨の中、亜人の少女が逃げ惑うように走っていた。兎のような耳を生やした彼女の長い耳は、雨に濡れてビショビショになっている。亜人は比較的人間に近い姿の者もいれば、比較的獣に近い姿をした者もいる。彼女は前者らしく、耳や尻尾を除けばほとんど人間と同じような姿をしていた。

 耳や尻尾と同じ、白い色をしたセミロングの濡れた髪を振り乱しつつ、少女はひたすらに走っていた。

「あっ……!」

 濡れた道路で滑り、彼女は勢いよくその場へこけてしまった。

「ひぃ……あぁ……っ!」

 寒さと恐怖でガクガクと震えながら、必死に彼女は立ち上がろうとする。しかし、震える彼女の足は、簡単に彼女を立たせてくれない。

「鬼ごっこは終わりですか?」

 倒れている少女の後ろから、一人の男が歩み寄ってくる。少女は男の姿を確認すると、更に怯えた様子で声を上げた。

「そう、その顔です……恐怖によって支配されたその顔、それが見たかったのですよ……! 嬉しいですねえ、気持ちが良いですねえ、心地良い心地良い本当に心地良い」

 ニタリと笑みを浮かべた男の手には、一本のナイフが握られていた。

「その顔のままで、いて下さいね」






 亜人。人とは似て非なる者達。ほとんど獣みたいな亜人もいれば、かなり人間に近い姿をした亜人もいる。元々相容れるハズのない彼らとボク達が共生するようになったのは、十年前に亜人法が制定されてからのことだった。

 たった十年。人間と亜人が共生し始めて、まだ十年しか経っていない。

「デモ運動ねぇ……そんなに元気があり余ってんなら、パチンコでもやれっつーの……っつか一緒に行こうぜお前ら」

 デスクに頬杖をついたままテレビを眺めつつ、家綱はそんなことを呟いた。

「いや、元気があり余ってるなら仕事しようよ」

 空が赤くなり始めた夕暮れ時、事務所でボクと家綱はテレビを見ていた。今つけているチャンネルではニュース番組がやっており、今罷波町で起こっている亜人共生反対派の人達のデモ運動の中継が行われていた。「共生反対!」と書かれた旗が掲げられており、その旗の下に集まるようにして、亜人共生反対派の人達はデモ運動を行っていた。

 まるでお祭りだ。

「この内何割が、本気で亜人との共生に反対してんだろーな……。暇潰しに参加してる連中のが多いんじゃねーか……?」

 呆れ顔でそんなことを言う家綱に、ボクはそうだね、と答えた。

「デモ自体は間違っていないと思うけど、何で仲良くしようって思えないかなぁ……」

 ちょっと姿形が違うだけで、ボクら人間も亜人も同じ生き物だ。どうしてこんなにまで共生に反対するのかボクにはわからないけど、もしかしたらそれぞれに何か理由があるのかも知れない。ここでボクが一人で考えたって何にもならないけどね……。

「ま、しばらくはどこもこんなだろうな……。罷波の亜人人口が国内で一番多いせいで、他んとこより罷波は酷いだろうが……」

 家綱がそう言って、小さく溜息を吐いた時だった。

 コンコンと、事務所のドアがノックされる。

「はーい」

 ボクが返事して出迎えようとすると、それよりも先にドアが開かれた。

「家光はいるか?」

 中へ入ってきたのはゴリラ――もとい、猿のような姿をした亜人の男性だった。



 グラットン。そう名乗った亜人の男性は、まるで類人猿のような姿をした亜人だった。教科書に出てきたホモ・サピエンスがそのまま知性を持ったような感じで、ピッチリと着こなしているスーツの袖からは、毛むくじゃらの腕がのぞいていた。

 グラットンさんがソファへ座ったのを確認すると、ボクと家綱も向かいのソファへ座る。

「それで、家光はどこだ?」

 キョロキョロと辺りを見回しつつ、グラットンさんは訝しげな表情でそう問うた。

「家光?」

 キョトンと首をかしげたボクの隣では、家綱が苦虫を噛み潰したかのような表情でうつむいていた。

「……家綱?」

「アニキは……いません」

 ボソリと。呟くように家綱はそう言った。

「いない……? 家光はいないのか?」

「……はい」

 やや沈んだ面持ちでそう答えたけど、家綱はグラットンさんの方へ視線を向け直すと、真剣な表情で――

「今は、俺がここの探偵です」

 キッパリと。そう言い切った。

 家綱のその言葉に、グラットンさんはしばらく何も言わずに黙っていたけど、やがてそうか、とだけ小さく答えた。

「家光がいないのなら用はない。帰らせてもらう」

「え……?」

 戸惑いの声を上げたボクへ一瞥もくれず、グラットンさんはソファから立ち上がると、ボク達へ背を向けた。

「待って下さい……!」

 焦る様子もなく、座ったまま家綱はグラットンさんを呼び止めた。

「俺が受けます。貴方の依頼を」

 ゆっくりと、グラットンさんは家綱の方へ視線を向けた。そのまましばらく二人は睨み合うようにして見つめあったままだったけど、やがてグラットンさんは嘆息するとソファへ座り直した。

「お前が家光と同じか、それ以上の働きが出来るというのなら……お前に頼んでみようじゃないか」

「……約束します。貴方がアニキに頼むハズだった依頼は……必ず俺が完遂します」

 アニキ。家綱はさっきも「家光」という人のことをアニキと呼んだ。家光っていうのは、もしかするとこの事務所の前の探偵のことかも知れない……。家綱がその人のことをアニキと慕っているのは、探偵としてその人に鍛えられたりでもしたからなんだろうか……。

 でも何で、家光アニキさんは事務所にいないんだろう。



 グラットンさんの依頼は、ここ最近連続して起きている殺人事件の解決だった。亜人と、共生会の人間が次々に殺されているこの事件は、新聞やニュースでも話題になっている。しかし依然として犯人の全貌が明らかにならないため、被害は増える一方だった。既に四人。人間が二人と亜人が二人、殺されている。

「私は、亜人と人間は共生すべきだと考えている。我らがゼノラ神の教えでも、他種族との共存を尊ぶようにと……」

 しばらくグラットンさんはゼノラ神について語っていたけど、ボクと家綱には何が何だかな感じで、聞いた話は全部右耳から左耳へ流れて外に出てってしまったように頭へ入らなかった。

「……つまり、貴方はこの事件に憤りを感じている、と」

 上手いこと話の切れ目を見つけ出し、家綱が確認するようにそう言うと、グラットンさんは深く頷いた。

「警察に任せておいても良いのだが、どうせなら解決は早い方が良い。それ故に、七重家光の所に来たのだが……」

「アニキの代わりに、俺が解決します」

 それくらいしか、俺には出来ねえ。と、家綱は小さく付け足したけど、グラットンさんには聞き取れなかったらしく、何の反応も示さなかった。

「これまでの被害者の写真と経歴を見てくれ」

 グラットンさんはそう言うと、持っているバッグから数枚の写真と書類を取り出した。

「一応私も共生会では要職に就いていてね……。これくらいの資料は集められる」

 ありがとうございます、と礼を言うと、家綱は一枚一枚資料に目を通し始めた。家綱が見終わり、机の上に戻した資料を、ボクも順番に見ていく。

 一人目。鼠川浩太ねずみかわこうた、三十二歳男性。

 二人目。コークス(亜人)、十七歳男性。

 三人目。奥野虎二おくのとらじ、四十歳男性。

 四人目。ビビア(亜人)、十二歳女性。

 一通り資料を見終わった後、ボクも家綱も訝しげに表情を歪めた。

「人間の被害者は全員共生会の人なのに……亜人の方は、経歴とかそういうのがバラバラだ……。どうして……」

「犯人は反亜人共生派……じゃねえか? 人間を殺るなら共生会、亜人なら誰でも……ってとこか」

 険しい顔つきでそう言った家綱に、グラットンさんはああ、と頷いた。

「被害者の共通項が見つかれば、警察の方も随分と捜査が楽になるハズなんだが……」

「ねえ家綱、被害者の名前って、人間の方は全員動物の名前が入ってるよね?」

 ボクが書類を指差してそう言うと、家綱はコクリと頷いた。

「鼠、虎……。子、丑、寅、卯」

 家綱は鼠川さん、コークスさん、奥野さん、ビビアさんの順番で写真を指差していく。

「コークスさんが牛型、ビビアさんが兎型の亜人……ですか?」

「ああ、そうだが……」

 グラットンさんがそれがどうした? とでも言わんばかりの表情で答えたけど、ボクには家綱が何を言いたいのかすぐにわかった。

「干支?」

「ああ」

 ボクの問いに、家綱は静かに頷いた。

「鼠、牛、虎、兎の順番に殺されてる。人間の方は名前の中の文字、亜人の方はその種類……龍の亜人ってのは流石に考えられねえし、人間と亜人が交互に殺されていることから推察するに……」

「次の被害者は、名前の中に『龍』が入っている人?」

 ボクの言葉に、家綱は静かに頷いた。

「その干支、というのは……人間の文化か……。気がつかなかった」

「グラットンさん、共生会の人間の中に、『龍』の文字が入る人はいますか?」

 グラットンはしばらく考えるような仕草を見せたけどすぐに、いる、と答えた。

「広井龍之介。龍の文字が入るのは彼だけだ」





 広井龍之介さんは、共生会の人間だ。今日も亜人と人間の共生のために働き、汗水流してヘトヘトになって帰宅中……の、ハズなんだけど。

「だーかーらー! 貴方は今狙われてるんです! 反亜人派の人間に!」

「狙われるわけないだろ! 俺はただふつうに仕事して、その疲れを癒すために……」

 風俗店に、ねえ。

 グラットンさんに場所を教えてもらい、今日、広井さんが参加する共生会の会議(グラットンさんはボク達へ依頼をするために休んだらしい)のあった場所へ向かうと、既に会議は終了しており、広井さんはそこにはいなかった。残っていた人に聞いてみたところ、いつも通り繁華街に寄ってるんじゃないですかねえ、という返答が。

 それで繁華街へ向かった頃には既に外は真っ暗。広井さんを捜してウロウロしていると、そこには今正に風俗店に入ろうとしている広井さんの姿が……。

「とにかく! 俺に付きまとわないでくれ! 頼むから!」

「そういうわけにはいかないんです! 共生会の貴方なら知ってるでしょう!? ここ最近、共生会の人間と亜人が連続して殺されている事件を……!」

「ああ、知ってるよ! だからって、何人もいる共生会の人間の中から俺が選ばれるわけないだろ!」

 多分この人、一人で風俗店に入りたいだけなんじゃないかなぁ……。

「それともアレか、そこの姉ちゃんが相手してくれるのか……?」

 チラリと。広井さんはボクの後ろでカロリーメイト(ボクの)を頬張っている葛葉さんへ視線を向けた。

「ふぁんふぉふぉふぁふぃふぇふぇふふぁ?」

 駄目だ。カロリーメイトを口いっぱいに含んでいるせいで何を言っているのかわからない……。

 繁華街に到着するまでは家綱だったんだけど、丁度夕飯時だったせいで、飲食店の近くを通った途端に、いつの間にか葛葉さんに交代しており、何だかんだでまたボクが葛葉さんに食事をご馳走するはめになった。

 今度から食事時は繁華街に来ないようにしよう。

「食事なら、いくらでも付き合いますよ?」

 ニコリと。葛葉さんが広井さんへ微笑みかけた……って葛葉さんさっきご飯食べたばっかだし、さっきもカロリーメイト食べてたし……。葛葉さんの胃袋の構造は相変わらず謎だった。

「とにかく、もう付きまとわないでくれッ!」

 そう言ってドンとボクを突き飛ばすと、広井さんは勢いよく走りだした。

「うわっ! あっ! 追いかけなきゃっ!」

「由乃君」

 追いかけようとするボクを、葛葉さんが真剣そうな声音で呼び止める。

「え、あ、はい?」

「もう一本頂戴?」

 一本で満足しろよ。



 カロリーメイトを頬張る葛葉さん(結局あげた)と共に、逃げ出した広井さんを追いかける。だけど広井さんは思いの外足が速く、曲がり角で彼の姿を見失ってしまった。

「あれ……見失っちゃった……」

「あら……食べ切っちゃった……」

 キョロキョロと辺りを見回すボクの隣では、葛葉さんがカロリーメイトを食べ切って残念そうな表情を浮かべていた。いつも思うんだけど、この人はビックリする程緊張感がない。投げ銭の時くらいなんじゃないかなぁ……葛葉さんがホントに真剣なのって……。

 そんなことを考えつつ、周囲を見回している時だった。

「うわあああああッ!」

「「――っ!?」」

 先程通り過ぎた路地裏の方から、男性の――広井さんの声が響いた。

「葛葉さん!」

 ボクの言葉にコクリと頷くと、葛葉さんは急いで路地裏の方へ向かった。その後ろを、ボクも急いで追いかけていく。

「広井さんっ!」

 狭く暗い、ゴミ袋などが放置されている路地裏には、尻もちをついて後ずさりしている広井さんの姿があった。そしてその広井さんへ、ジリジリと迫っている真っ白なスーツを着た男性の後ろ姿がある。多分この男が……!

「おや」

 ゆっくりと。男がこちらを向いた――瞬間、ボクは怖気を感じた。

「何だ……コイツ……」

 短く刈り上げた髪。特別かっこいいわけでも不細工なわけでもない顔立ち。年齢も二十代後半か三十代前半、といったところで、外見に特別な何かがこの男にあるわけではない。ただ単純に、雰囲気。この男の放つオーラが異常だった。明らかな異質、世界との違和。この男だけが、まるで別の世界の住人であるかのような……そんな異質さ。今までボクが出会ってきた犯人の誰とも違う異常性を、ボクはこの男から感じ取った。

「ああ、貴女方が例の……」

 男はそう言って笑みを浮かべると、静かに一礼した。

「私は猿無十さるなしみつる。以前貴女方のお世話になった男……己川おのがわの仲間、とでも言っておきましょうか」

「己川の……リジェクションかっ!」

 ボクの言葉に、猿無は答えない。

「どうして名乗るの? 名乗っても、貴方には不都合しかないハズ」

 いつになく真剣な表情で葛葉さんが問うと、猿無は小さく笑みをこぼした。

「私は貴女方のことをしっているのに、貴女方が私のことを知らないのはフェアじゃない……そう思いませんか?」

「ボク達のことを知っているのか……?」

「ええ、ここ最近の活躍は我々の間でも噂になっていますよ。探偵さん方」

 ニコリと猿無が笑みを浮かべるのと、葛葉さんが猿無の顔面目がけて十円玉を放ったのはほぼ同時だった。いつの間にかポケットから取り出していた十円玉を、葛葉さんは猿無へと放ったのだ。

 しかし猿無は、それに対して動揺する様子もなく、首を軽く動かして十円玉を回避する。

「え……っ!」

 防がれたことはあっても、避けられたことはない葛葉さんの投げ銭が……避けられた? それも相手は、超能力を使っていないどころか、超能力者であるかどうかも定かではない。それともこの反射神経が、猿無の超能力……?

「終わりですか?」

 再び笑みを浮かべる猿無へ、今度は両手で、二発同時に葛葉さんは十円玉を猿無へ放った――

「な――っ!」

 けど、猿無は一枚目を避け、二枚目は即座にポケットから取り出したナイフで十円玉を弾いた。

 流石の葛葉さんも、動揺で表情を歪めている。そんな葛葉さんへ、猿無は素早く駆け寄ると、葛葉さんの首目がけてナイフを振った。

 すぐに葛葉さんはバックステップでナイフを回避したけど、ナイフの刃先は葛葉さんの長い前髪を数本、宙に舞わせた。

「葛葉さんっ!」

 猿無は葛葉さんへ更に接近すると、葛葉さんの腹部へ膝を叩き込む。腹部へ膝蹴りが直撃した葛葉さんは、呻き声とと共にその場へ膝から崩れ落ちた。

「心地良い……女性の呻き声は実に――」

 グッと。猿無の手が葛葉さんの髪を掴み、思い切り持ち上げた。

「うぅっ」

「心地良いッ!」

 下卑た笑みを浮かべ、猿無は葛葉さんへ顔を近づけた。

「く、葛葉さんっ!」

「来ないで!」

 駆け寄ろうとするボクを制止し、葛葉さんはポケットから素早くクロスチェンジャーを取り出す。

「む……?」

 猿無がクロスチェンジャーに気付いた頃には、既に葛葉さんはボタンを押していた。そして葛葉さんの服装が切り替わるのと同時に――葛葉さんの身体を眩い光が包んだ。

「家綱……っ!」

 光の中から姿を現したのは、ソフト帽にスーツ姿の探偵……七重家綱だった。頭を掴んでいたハズの猿無の手には、家綱の被っていたソフト帽が掴まれている。

「ほぉ……」

 家綱は素早く猿無から距離を取ると、態勢を立て直した。

「いい加減にしとけよゲス野郎……テメエからはゲロ以下の臭いがプンプンすんだよッ!」

 どこぞのスピードワゴンみたいなことを言いつつ、家綱は猿無へ殴りかかった。

「ということは、私は根っからの悪人、ということかな」

 猿無はソフト帽を投げ捨てつつ、家綱の右拳から身をかわす。と同時に、家綱は猿無の顎目がけて左拳をアッパー気味に繰り出した――けど、猿無はそれを左手で素早く受け止めた。

「な――ッ」

「遅いですねぇ、ノロいですねぇ、トロいですねぇ、鈍足ですねぇ……ッ!」

 家綱を挑発するかのようにニヤニヤとした笑みを浮かべてそう言うと、猿無は家綱の左腕へナイフを突き刺した。

「がああァッ!」

「家綱っ!」

 傷口からダラダラと血を流す家綱の左腕から、猿無はナイフを抜くと同時に家綱の身体を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた家綱の身体は、勢いよく背後の壁へ背中から直撃する。

「ぐッ……!」

 呻き声を上げ、家綱は壁へよりかかって座っているような態勢になる。そしてその態勢の家綱へ近寄ると、猿無は家綱の腹部目がけて思い切り右足を叩き込んだ。

「ぐァァッ!」

 絶叫すると同時に、家綱は気を失ったのかガックリとうなだれてしまった。

「そ、そんな……家綱……?」

 返事は、なかった。

「さて、と……」

 猿無は一度広井さんへ視線を向けたが、すぐに広井さんへ背を向け、ボクの方を見た。

「猿無……っ!」

 身構えたボクを鼻で笑うと、猿無はボクをまるで気にしない様子で、ボクの隣を通り過ぎて行く。

「やめておきなさい。君の足、震えているよ」

「え……っ」

 ガクガクと震え続ける自分の足に、ボクは指摘されるまで一度も気が付くことが出来なかった。

「興が醒めました。また明日、来ますから」

 悠々と、猿無はこの場を去っていく。ボクはその場で硬直したまま、猿無を追いかけることが出来なかった。

 出来る、ハズがなかった。

「家……綱……っ」


 家綱が、敗北けた。その強烈な事実が、ボクの中に叩き込まれた。

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