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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
11/38

FILE11「星川美々 下」

 仮面をつけたままだから 息苦しいのは当然でしょう?


 張り付いた笑顔は誰の笑顔?


 仮面を被った道化師は 今日もララルラ歌って踊る


 望まぬ歌で 望まぬ踊りを 望まぬ役でラララルラ


 私も彼女もどこにもいない 仮面の顔も所詮は仮初


 彼女の仮面を被っても 彼女になれるハズもなく


 ここにいるのは一体誰?


 星川美々、「道化師は歌う」より抜粋





 あの後、リハーサルは中止された。当然だ、主役の一人である流川天子が殺害されたのだ、リハーサルなんて出来るハズがない。そして今回も、スタッフの一人によって星川真美の姿が目撃されていた。

 その場で泣き崩れ、流川さんの遺体を見つめ続けていた星川さんの表情が、ボクの頭にこびりついて離れない。アイドルだって人間だ。普通に悲しんで、普通に泣く。勿論、そう思ってなかったわけじゃないけど、ボクは少し、星川さんを特別視し過ぎていたような気がする。

 そんなことを考えながら、事務所のボク用デスクで嘆息する。事件が起こってもう二日経つけど、あれから星川さんの連絡はなかった。

「……何かひっかかるんだよな……」

 不意にボソリと、家綱がデスクで頬杖をついたまま呟いた。

「星川さんのこと?」

「ああ。どうもおかしい……」

「でもボクは、星川さんが犯人だとは思ってないけど……」

 ボクの言葉に、家綱は俺もだ、と頷く。

「だが何かを知っている……それだけは確かだ」

 ――――嘘! 何でリハーサルの前に……っ!

 あの時の星川さんの、事件が起こるのを事前に知っておかなければ言えないような言葉。確かにあれは、ボクもひっかかる。彼女が見せた涙、流川さんのことを語る時の表情、それらが偽りだったとは思えないのは、ボクも家綱も同じハズだ。だから、星川さんは犯人じゃない。そう信じたい。だけど、彼女が何かを――犯人の正体に関わる何かを知っているのだけは確かだと思う。

「なあ由乃、纏は確かに「霊じゃない」っつったんだよな?」

「うん。纏さんは、霊的なものは何も感じなかったって……」

 家綱とその他の人格は、記憶がリンクしてはいるものの曖昧で、家綱にとって他の人格でいた時の記憶は夢の記憶のようにボーっとしているらしい。他の人格がどうかは知らないけど、晴義はある程度わかるみたいだ。人格の切り替えが容易に出来るのは「家綱」だけで、他の人格は家綱の呼びかけに応えて表に出はしても、もう一度家綱が表に出るのには少しだけ時間がかかるケースの方が多いらしい。流石に急ぎの時は、家綱が無理矢理表に出るみたいだけど、基本的に一度別の人格を表に出すと、家綱はしばらく表に出られない。特にロザリーなんかは一度表に出ると、中々家綱に交代しようとしてくれない(だからこそ忌野さんの依頼の時は感動した)から、再び家綱が出て来るのには余程の状況でない限り少し時間がかかる。

「二年前の事件……星川真美の自殺について、調べる必要があるみたいだな……」

 家綱のそんな呟きに、ボクは小さく頷いた。

 今回の事件、纏さんの言う通り霊の仕業でないのだとすれば、間違いなく犯人は星川真美に関係のある人物だ。

「今回の事件、少し調べてみたんだが……全員死因が一致してやがる」

 流川さんに限らず、今回の事件――星川真美の亡霊によるとされている事件は、被害者全員が首をロープで絞められて窒息死している、と家綱は語った。星川真美の自殺方法がロープによる首つり自殺だったことから、関連性を示唆せずにはいられない。

 そして星川さんの言葉。犯人は間違いなく、星川さん自身と何らかの関係のある人物だ。そう断言出来てしまう程に、星川さんの言動にはおかしい部分が多かった。

「……よし」

 静かに立ち上がり、家綱は外したままデスクに放置していたソフト帽をかぶると、ドアの方へと静かに歩いて行く。

「どこかに行くの?」

「ああ、星川さんの実家にな」





 星川美々、本名、星川美香ほしかわみか。その実家を見つけ出すのは案外簡単だった。元々星川さんも星川真美のこの町の出身だ。近所に住んでいる人間なら、星川美々=星川美香という事実を知っていてもおかしくはない。町で少し聞き込みをするだけで、簡単に星川美々の本名を知ることが出来た。本名がわかってしまえば、実家へ辿り着くのは簡単。簡単だったんだけど……。

「駄目だ……誰も出て来ない」

 何度もインターフォンを鳴らしても、家の中から誰かが出て来る気配はなかった。それどころか、家の中に誰かがいるのかどうかすら怪しいくらいだ。

 まるで、廃墟。

「誰も住んでない……のか?」

 少し訝しげに、家綱は呟いた。

 表札は確かに星川だし、家を間違えている可能性は低い。

「しばらく誰も帰ってないのかな……」

 父親についてはわからないけど、姉が他界し、妹が現役アイドルでそのマネージャーが母。となると、家に残っているのは父くらいだ。もう一人兄弟や姉妹がいる可能性もなくはないけど、もしそうなら家がこんな状態になっている、というのはあり得ない。

「……ッチ……振り出しか」

 家綱が舌打ちし、星川家に背を向けた時だった。

「あ、あの……」

 不意に、星川家の隣の庭から、女性の声が聞こえた。ボクと家綱が視線を向けると、そこには茶髪の女性が立っていた。

「美香ちゃん……じゃない、星川美々さんの取材ですか?」

「いや、取材というか調査というか……」

 ボクが簡単に素性を説明し、殺人事件の調査をしていることを伝えると、女性は納得したように頷いた。

「私は、小笠原さやかです。星川真美……星川美沙と、星川美香の、幼馴染です」

「星川真美の?」

 家綱の問いに、小笠原さんは静かに頷いた。

「私で良ければ、調査に協力しますけど……」

 小笠原さんの言葉に、ボクと家綱は顔を見合わせて驚いた。



 ボク達は、小笠原さんの家の客間に通された。和室の客間で、ボクと家綱は小笠原さんと向かい合うようにして机を挟んで座布団に座った。広さは六畳くらいで、掛け軸の傍にはサインの描かれたサイン色紙が置かれている。

 小笠原さんの母親が用意してくれた緑茶を飲みつつ、ボクと家綱は今回の事件の詳細を語った。

「美沙は……幽霊になったって、そんなことしません」

 キッパリと言い切り、小笠原さんは不愉快そうに表情を歪めた。

「それ以前に、幽霊ってのがまず信じられねえ。いくら超能力や亜人が存在したって、幽霊まで信じるっつーのはなぁ……」

 家に入る時に帽子を外したため、剥き出しになっている頭をポリポリとかきつつ、家綱はそう言った。

「でも、美沙が彼女達を殺す動機は、ないわけじゃないんです」

「それって、二年前の自殺と関係があるんですか?」

 ボクがつい身を乗り出してそう言うと、小笠原さんははい、とだけ小さく答えた。

「美沙は……星川真美は天才と呼んで差し支えない程に、歌が上手かったんです。それは勿論、99%の努力と1%の才能だとは思いますけど、星川真美に才能があったのは確かなんです」

「ああ。デビュー当時は天才天才って騒がれてたな」

 懐かしげな表情を浮かべ、家綱はうんうんと頷いた。

「才能を見抜いた美沙のお母さんは、幼い時から美沙をレッスンに通わせたりして、徹底的に歌手として教育し始めたんです。妹の美香ちゃんのことはほとんど放置とも言える状態で、美沙だけを溺愛しているように私には見えましたし、美香ちゃんもたまに私のところに来ては、そのことについて愚痴ってましたし……」

 当時の美香ちゃんのことを思い出したのか、小笠原さんは少し悲しそうな表情を浮かべた。

 自分を差し置いて溺愛され続ける姉。放置されていた妹、星川さんがどんな心境だったのかは、ボクには想像しにくかった。しかしそれでも、星川さんの心はきっと荒んでいたように思う。

 思えば、ボクは恵まれていたんだと思う。ボクがあの時彼女にどんな思いをさせていたのか……想像しようとしただけで辛い。だから今のままで良いんだ。ボクは、あそこにいない方が良い。

 今は、関係のない話なのだけれど。

「由乃……?」

 ボクの顔を覗き込み、家綱が心配そうな表情を浮かべた。

「え、あ、いや、何でもない……話の続き、お願いします」

 小笠原さんはすぐに頷くと、話の続きを始めた。

「歌手として、アイドルとしてデビューした星川真美は一躍有名になって、スターズのリーダーにまでなりました。当時の星川真美の人気はもう凄まじい勢いで、スターズの他のメンバーがないがしろにされているとも言える勢いでした……」

 そこで、小笠原さんの表情が暗くなった。

「そのせいで、星川真美はスターズのメンバーから煙たがられるようになり、嫌がらせを受けるようになったんです」

 その言葉に、家綱は眉を動かした。

「そんな話、聞いたことねえぞ……」

「嫌がらせと言っても、聞こえるように陰口を叩く程度で、表沙汰にならなようにいじめていたみたいです。それに美沙は、誰にも心配させまいと、懸命に隠してましたから……」

 そこまで言って、小笠原さんはうつむいてしまった。

「それで、真美さんは幼馴染の貴女にだけ、話したんですね?」

 ボクが確認するようにそう問うと、小笠原さんはコクリと頷いた。

「心労により自殺って……嫌がらせによるストレスか」

「それも大きいですけど、周囲からの期待もプレッシャーになってたみたいで……」

 それで星川真美トップアイドルは自殺。スターズのメンバーは、まんまと計画通りに星川真美をスターズから追い出すことに成功した……。彼女達が自殺まで望んでいたとは、思いたくないけれど。

「なるほどな……。『星川真美』がスターズのメンバーを殺す動機は十分にある……」

 呟く家綱をよそに、ボクは掛け軸の傍に置かれているサイン色紙に視線を向けた。

「あ、あのサインですか? あれは美沙の……星川真美のサインです」

「……見せてもらっても良いですか?」

 ボクの言葉に、小笠原さんは静かに頷くと、立ち上がってサイン色紙を取ってくると、机の上へ丁寧に置いた。

「ありがとうございます」

 脳裏を過るのは、この間見た血のサイン。

「美沙の字って癖があって……ローマ字の『i』が他の字より下に突き出るんです。後、気付きにくいですけど……」

 そう言いつつ、小笠原さんはサインの「M」の部分を指差した。

「『M』だけ少し角が丸まってるんです」

 言われてみると、確かに「M」の文字だけ角が少し丸まっている。あれ、血のサインは確か丸まってなかったような……。

「これ、借りても良いですか? 後日返しますんで」

 ボクの頼みに、小笠原さんははい、と優しく頷いた。



 その日の夜、事務所に戻ってから家綱はデスクでずっと考え込んでいた。話しかけても生返事で、家綱にしては珍しい真剣な表情のままずっと考え込んでいる。

 小笠原さんの話を聞いて、わかったことは多い。でもそれらは、サインの癖字の違いを除けば、犯人が星川真美であることを裏付ける証拠ばかりだったように思えた。癖字のことだって、ボクの見間違えである可能性の方が高い。

 いつもはボクと家綱の馬鹿話で騒がしい事務所が、静寂に包まれている。それがどうにも居心地悪くて、ボクはテレビの電源を入れた。

 丁度歌番組がやっているチャンネルだったらしく、テレビの中では星川さんが歌っていた。

「――ッ!」

 画面へ視線を向けてすぐに、家綱は表情を変えた。

「あ、いや、ごめん! うるさかった……? すぐ、切るから――」

「いや、そうじゃない……」

 家綱はそう答えると、慌てた様子でデスクの引出しから一枚のCDを取り出した。

「それって……」

「ああ、星川美々のシングル。『八つ裂き鴉と狂い鳥』だ」

 お前また勝手にお金使って……いや、今はそれはおいとこう。

 家綱は歌詞カードを取り出し、しばらく眺めた後、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「なるほどな……」

「何かわかったの?」

 ボクの問いに、家綱はああ、と自信ありげに頷いて見せた。

「明日星川さんとそのマネージャーを呼ぶぞ。そん時にお前にも教えてやるから、カロリーメイトでも咥えて待ってな」

 そう言って家綱はデスクの引出しからカロリーメイト(チョコ味)を取り出すと、ボクの方へ投げてよこした。

 うん、ボク満足。





「スケジュールが詰まっているのですが……。私達にはこんな所で油を売っている暇なんてないんです。さっさと終わらせてもらえないでしょうか」

 キツイ口調でそう言いつつ、ソファに座ったまま春香さんは家綱を睨みつけた。その隣では、申し訳なさそうな表情で星川さんがボクらを見ている。

 机を挟んで、二人と向かい合うようにしてボクと家綱はソファに座っていた。家綱は春香さんの様子に動じず、意味ありげな表情を浮かべたまま机に頬杖をついている。

「今回の……いや、星川真美の亡霊によってスターズのメンバーが殺される事件。その犯人は、星川真美の亡霊なんかじゃねえ」

「当然です。亡霊などという非科学的な存在はあり得ません」

 春香さんの言葉に、家綱はそういうことじゃねえよ、と答えるとボクにあごで合図する。ボクは小さく頷くと、予めボクのデスクの上に用意しておいたCDプレーヤー(二階から持ってきたもの)のスイッチを入れる。

「これって……」

 流れ始めた音楽に、星川さんは反応を見せた。

「ああ、『八つ裂き鴉と狂い鳥』……。事件の真相は、全てこの曲の中に込められていた」

「「――――っ!?」」

 家綱の言葉に、ボクを含む全員が表情を驚愕の色に染めた。


 巣から小鳥が落っこちた


 落ちた小鳥はついばまれ 哀れからすの腹の中


 狂った親鳥それを見て 鴉の胃袋引き裂いた


 無残に鴉は引き裂かれ 狂った親鳥それ見て鳴いた


 裂いて裂いて引き裂いて 狂った親鳥それ見て鳴いた


 裂かれた鴉の残骸に 残った小鳥はそれ見て泣いた


 狂った親鳥鳴き叫ぶ 次に裂くのはどの鴉?


「巣から落ちた小鳥は星川真美。それをついばんだ鴉は――」

「スターズ……」

 思わずそう呟いてしまったボクに、家綱はその通りだ、と答える。

「小鳥を殺られた親鳥……狂い鳥は、スターズを八つ裂きにする。それを見ている残った小鳥……星川美々は泣いている……そうだな?」

 家綱の問いに、星川さんは小さく頷いた。

「な、何が言いたいの……!?」

「聡明なアンタならもうわかってんじゃないのか?」

 まるで挑発するかのような家綱の口調に、春香さんは憎々しそうに家綱を睨みつけた。


「狂った親鳥……星川春香、アンタが犯人だ」


 狂い鳥――星川春香を指差して、家綱はそう言い放った。

「こ、こじつけよ! そんな無茶苦茶な解釈で、犯人扱いだなんてたまったものじゃないわ!」

「そうかい? じゃあ作詞者に……自分の娘さんに聞いてみるんだな」

 春香さんが星川さんに視線を向けると、星川さんはジッと春香さんを見つめていた。

「星川さん。アンタは最初っから母親が犯人だって知っていた……。だから歌詞に書いたんだろ? 自分じゃ止められなくて、誰かに母親を止めてほしかった……そうだろ?」

 家綱の言葉に、星川さんは静かに頷いた。

「こんなこじつけで犯人扱いなんて! もっとちゃんとした証拠を――」

 春香さんが言い終わるより先に、ボクは自分のデスクから、小笠原さんに借りたサイン色紙を取り出してソファへ戻り、机の上に静かに置いた。

「このサインは星川真美さんのサインなんですけど、このサインと血文字のサイン、微妙に違うところがあるんです」

 そう言ってボクは、「M」の部分を指差した。

「ここ、丸まってますよね? 血文字のサインだと、確かここは丸まっていなかったんですよ。『i』の部分が他の文字より下に突き出ているのは同じだったんですけどね」

「元のサインを真似ようとしてボロが出た……そうだろ? さん」

 亡霊の部分を強調し、家綱はニヤリと笑みを浮かべた。

「だったら……だったら現場のサインの写真を出しなさい!」

「お母さん、もうやめよう。こんなこと」

 怒鳴る春香さんを制止するように、星川さんはそう言った。

「多分この人達なら、今お母さんが逃れても、確実にちゃんとした証拠をそろえ直してくる。お母さん、自首しようよ……」

「美香……っ! やっぱりアンタは出来損ないね……! 秘密一つ守れないなんて……」

 春香さんが失言に気付いて表情を変えるのと、家綱が勝ち誇った笑みを浮かべるのはほぼ同時だった。

「しっかり聞かせてもらったぜ……。やっぱアンタが犯人だな」

「……っ!」

 しまった、といった様子で春香さんが表情を歪めても、時既に遅し。ボクも家綱も、決定的な言葉を聞いてしまっている。

「溺愛していた娘が殺され、アンタは復讐を企てた……星川さんをデビューさせて、スターズに入れ、アンタは復讐のチャンスを得たんだ」

 動機は十分だな、と家綱は付け足すと、腕を組んで春香さんを見つめた。

「も、目撃された星川真美の亡霊は……あれはどう説明する気なの……?」

 その言葉に、家綱は閉口する。けど、その代わりに星川さんが口を開いた。

「母はレベルCの能力者です……。変身能力で、星川真美に……お姉ちゃんに化けて、殺す前に目撃されることで、全てお姉ちゃんの亡霊のせいにしようとしていたんです」

「美香……!」

 星川さんを睨みつける春香さんに、星川さんは悲しげな表情を浮かべた。

「能力者かどうかは、逮捕された後に検査でわかる。チェックメイトだ……星川春香」

 家綱のその言葉に、春香さんが閉口する。

 事務所内に、静寂が訪れた。

「さて、仕上げだな」

 家綱は一度嘆息してからそう呟くと、ポケットから携帯型の端末――クロスチェンジャーを取り出した。と、同時に家綱の身体がまるで閃光弾の如く輝き始める。

「えっ……」

 ボクが戸惑いの声を上げるのと、光が収まって纏さんが姿を現したのはほぼ同時だった。

「仕方ないわね……」

 纏さんはそう呟くと、クロスチェンジャーのボタンを押した。すると、男物のスーツから、いつもの巫女装束へと切り替わる。

 そんな纏さんを見つめつつ、星川親子は唖然としていた。しかし、そんな彼女らを意に介さぬ様子で、纏さんは星川真美のサイン色紙を手に取ると、静かに目を閉じた。

「降ろすわよ」

「降ろすって……まさか――」

 降霊術。死者の魂を呼び戻し、その身に降ろすことで交霊する技術。纏さんが霊能力者たる所以……。纏さんがサイン色紙を手に取ったのは、降ろす霊が生前何らかの思いを込めた物を持たなければ術に成功しないからだ。幼馴染に……親友へ送ったサイン色紙なら、星川真美の思いが込められているハズ……。

 纏さんからほのかな光が溢れ始める。幻想的なその姿に、ボクも星川親子も目を話せなかった。

 そして静かに、ほしかわまみは目を開けた。

「お母さん……」

 纏さんの雰囲気が変わっているのがわかる。まるで別人のような雰囲気を持った纏さんに、ボクは驚きを隠せなかった。

「お母さんって……私は、貴女なんて……」

 纏さん――もとい真美さんは、その言葉には答えず、春香さんの胸ポケットへ手を伸ばし、ボールペンと手帳を取り出して手帳の空きページを開くと、ボールペンでさらさらと何かを書き始めた。

「お姉ちゃんの字……」

 手帳を見つめ、驚いた様子で星川さんはそう呟いた。

 手帳に書かれたサイン。それは紛れもなく星川真美の文字だった。サイン色紙に描かれているサインと、全く同じ筆跡……。

「美沙……?」

 春香さんの問いに、真美さんは静かに頷いた。

「お母さん……ごめんね、勝手に死んじゃって……それと――」

 優しく、真美さんは春香さんへ微笑みかけた。

「ありがとう。もう、良いよ。お母さんはもう、私のためにいっぱい辛い思いしたから、もういいんだよ」

 苦しまなくて。

 真美さんがそう言ったのと、春香さんの瞳から一筋の涙がこぼれたのはほとんど同時だった。

「それから、美香。ごめんね。一人ぼっちにしちゃって。美香ばっかり頑張らせちゃったね……」

 今度は星川さんに視線を向け、真美さんは悲しそうにそう言った。

「そんなこと……ない……よっ……お姉ちゃん……っ」

 ボロボロと大粒の涙を流しながら、嗚咽交じりにそう言った星川さんの頭を、真美さんはそっとなでた。

「美香、お母さんをよろしくね」

「うんっ……任せて……お姉ちゃんっ……」

 星川さんがそう言ったのを確認すると、真美さんは少しだけ寂しそうに微笑んで――意識を失った。

 その場には、意識を失った纏さんと、何も言えずに黙り込んでいるボク、そして――まるで子供のように泣き続ける、親子の姿があった。





 星川春香は自首。共犯者として星川さんも逮捕されるかと思ったけど――なんと、春香さんは逮捕される際、星川さんは関係ないと言い張ったらしいのだ。事件は全て、復讐に狂った親鳥の犯行とされ、それを傍観していた小鳥はというと――――

「あぁ……やっぱかわいいなおい……」

 ややノイズ交じりに映像を映し出すテレビを眺めつつ、家綱はうっとりとした表情でそんなことを呟いた。

「そうだねぇ……。ちょっと前に生で会ってたなんて信じられないよ」

 同じくテレビを眺めつつ、ボクはそう答えた。

 星川美々。ソロ活動も絶好調。

「雰囲気変わったなぁ……」

 今の星川美々は、もう星川真美の模造品じゃない。前に、改めて星川さんがお礼に来た時に言っていた言葉だ。

 星川真美のような静かな曲よりも、元気で明るい曲の方が星川さんには向いていたらしく、新曲を歌う彼女の姿は前よりも活き活きして見えた。

 ――――お母さんに、これが私なんだって、見せ付けてやるんです!

 そんな言葉を思い出しつつ、テレビの上に飾られた――星川美々直筆サイン入りのCDを眺めて、ボクは微笑んだ。

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