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七式探偵七重家綱  作者: シクル
第一部
1/38

FILE1「薬野光子 上」

ほぼ一年ぶりの新作連載となりました、シクルです。

今作、「七式探偵七重家綱」は「超会!」と同じ連載ペース……つまり週一ペースでの更新となります。

しかしこの作品、探偵と銘打っておきながらも、推理出来る要素やミステリ要素は多分あんまり含みません。残念ながら。

なので、推理物やミステリ物を期待してクリックして下さった方々は恐らく残念な気持ちになるので、早いとこブラウザの「戻る」ボタンをクリックして下さい。まあ、タグに「推理」も「ミステリ」も入れてないので大丈夫だとは思いますが……。

「探偵なのに全然推理じゃないじゃん」とか「事件が単純なんですけど」とか言った苦情は、受け付けはしますが対応はしませんのであしからず。


それでも「良い」という方、どうぞ読み進めて下さいm(__)m

 けたたましく、警報は鳴り響いていた。

 部屋の中央に設置されていたカプセルは破壊されており、カプセルの前には一人の男が一糸まとわぬ姿で立っていた。カプセル内の液体で濡れた髪からは、ポタポタと滴が垂れている。

 男は、何を考えているのかわからないような表情で周囲を見回した。

「目覚めた……」

 研究員の一人が、男を見つめたままそう呟いた。先程まで一心不乱にパソコンの画面を見つめていたというのに、今では男の方へ視線を向けたまま動こうとしていない。それは、部屋の中にいる他の研究員も同じで、皆一様にパソコンの画面から目を離し、男の方へ視線を向けている。

「…………」

 男は沈黙したまま、ピクリともその場から動かない。

 聞こえるのは、警報と、男の髪から滴り落ちる滴の音だけだった。

「成功……したのか……?」

 研究員の一人が、沈黙を破った時だった。

「く……ッ……あッ……!」

 男が、苦しそうに呻き声を上げながら頭を抑え始める。

 身もだえる男の様子を、研究員達は固唾を飲んで見つめ続けた。

「ああ……ッ」

 そして次の瞬間、男の身体が発光した。

 男の身体から溢れ出る光によって、男の姿が研究員達の視界から消える。

「間違いない……成功だッ……」

 光は収まったが、そこに立っていたのは先程までの男ではなかった。

 赤髪の、荒々しい風貌をした男だった。ギロリと研究員達を睨み付けると、男はゆっくりと歩き始めた。

「何をする気だ……!?」

 研究員達の言葉には答えず、男は静かに歩き続け、一人の研究員の傍でピタリと止まる。

「……ッ!」

「うおおおおおおおッッ!」

 男は咆哮すると共に、研究員の頭を後ろから掴み――パソコンの画面へ叩きつけた。



 パチパチと。音を立てて炎が燃え盛る。周囲にあるのは炎と死体、崩れた壁と破壊されたパソコンだった。そんな中に、男は一人佇んでいた。

 先程までの赤髪の男ではなく、光につつまれる前の男の姿だった。

「俺……は……何……?」

 その問いには、自分でさえ答えることが出来なかった。





 七重探偵事務所。そう書かれた看板のある建物が、この罷波町ひなみちょうには存在する。見るからに古く、事務所と呼ぶにはいささか粗末ではあるのだが、歴とした探偵事務所である。知名度は低くないが、決して高いわけではない。町に住んでいれば知っていてもおかしくないが、知らなくてもおかしくない。そんなレベルの知名度だった。

 そんな事務所で、住み込みで助手として働いているのがボク――和登由乃わとゆのだった。

 短く切った髪、低い身長、華奢な体躯、こんななりをしているせいでたまに中学生と間違えられるが、ボクの年齢は十六。本当なら高校生をやっている年齢だ。

 高校へ行かず、ボクがこんな事務所で働いているのには事情があるのだが、今は置いておこう。

 事務所の中は実に簡素なもので、来客用のソファと机、奥にデスクが一台と壁際にデスクがもう一台(ボク用)、後はコーヒーカップ等が収められている棚と、ちょっとしたキッチン、それだけだった。

「うぃーっす」

「……やっと起きたの?」

 覇気のない声と共にこの部屋に入って来たのがこの事務所の主であり探偵の――七重家綱ななえいえつな。平均的な身長の男性で、年齢は見た感じだと二十代前半くらい。一応スーツを着てはいるものの、表情と言動が基本的にだらしないせいでどうにも締まらない。髪は適当にはねており、それを隠すかのようにソフト帽を愛用している。何故ソフト帽なのか前に聞いてみたところ、何かかっこよくね? と実に適当な返答をされた。似合ってなくはないから別に良いとは思うけど……。

 ちなみに、この建物は二階建てで、一階が今ボクと家綱のいる事務所。二階はボクと家綱の生活スペースになっている。

「ふわぁ」

 だるそうに欠伸をし、家綱は緩慢な動作で奥のデスクへ向かうと、どっかりと椅子へ座り込む。

「だらしないなぁ。今何時だと思ってんの?」

まんじ

「くじらとかは聞いたことあるけど卍って答える人は初めて見たよ!」

卍解ばんかい

「斬魄刀を解放するな!」

「なんか良いじゃんアレ。俺も欲しーよああいうの。何かない?」

「ないよ! っていうかボクに聞くな!」

「アレだ。どんな事件も卍解でちゃちゃっと解決」

「探偵が解決するような事件にそこまでの力はいらなくない!?」

「最近の探偵は仮面ライダーだったりすんだぞ。俺達も対抗するべきだろ。おおそうだ。ちょっとお前俺という名の悪魔と相乗りを――」

「しないよ! アンタがそんなグダグダだからうちの事務所は毎回赤字なんだよ!」

 そう、赤字なのだ。

 この事務所への依頼は、正直なところあまり多くない。うちに来る依頼は基本的に警察に頼むのも馬鹿馬鹿しい程ショボい依頼か、警察には頼めないちょっと危ない依頼かのどちらかだ。ショボい依頼はわりとよく来るけど、ショボい分収入もショボい。危ない依頼だと収入は良いんだけど、そんな依頼はあんまりない。

「金降ってこねぇかなぁ」

 もっと宣伝なり何なりすれば良いんだけど、当の探偵はこの様子である。何とも怠惰な様子で、家綱はグッタリとデスクに突っ伏している。

「降ってくりゃ誰も苦労しないよ」

「降らせる奴が苦労するだろ」

「揚げ足を取るな揚げ足を!」

 とりあえず今苦労してるのはボクだった。

「大体、アンタがもうちょっとちゃんとすれば依頼も――」

 と、ボクが言いかけた時だった。

 コンコンと。ドアがノックされた。

「はい!」

 依頼だ。と咄嗟に判断したボクはすぐさま返事をすると、慌ててドアへ駆け寄った。そんなボクの様子を、家綱はだるそうな顔で見ている。

 いや、返事くらいはしろよお前。

「どうぞ」

 ドアを開けると、そこに立っていたのは妙齢の女性だった。目立たない格好をした眼鏡の女性で、どこか妖艶な雰囲気を持った女性だった。長い茶髪を、首の後ろで一つに縛っている。

 綺麗だな、と素直に感じた。

「あの、七重探偵事務所……ですよね?」

「ああ、はい。間違いないです。依頼ですか?」

 ボクの言葉に、女性は静かに頷いた。それを見るやいなや、家綱はガバリと身体を起こすと、早歩きでこちらまで歩いて来る。そしてボクを押しのけると、すぐさま家綱は女性の右手を取り、爽やかな笑みを浮かべた。

「この町の頼れる探偵、七重家綱です。どうぞ……よろしく」

 自己陶酔し切っちゃってる感じの表情で、家綱は「よろしく」と同時に前髪を左手でかき上げた。呆気に取られた様子の女性を気にする様子もなく、家綱はさあ、と彼女をソファまで連れて行く。女性がソファへ腰掛けたのを確認すると、家綱はその正面のソファへ座る。その隣へ、ボクもちょこんと座った。

「それで、今回はどのようなご依頼で?」

 先程と似たようなどや顔で問う家綱の足を、ボクはギュッと踏みつける。

「ああもううぜえな! いい加減やめろよそのどや顔!」

「あァ? どや顔じゃねえよ、イケメンだ。っつか痛ぇよコラ」

「お前のはどっちかっていうとラーメンつけ麺の方だろ」

「違ぇよ俺のはガチのイケメンだよ。っつか痛ぇよコラ」

「どこがガチのイケメンだよ。鏡と相談しろこの残念探偵」

「誰が残念探偵だ誰が。寝言は寝てから言え。っつか痛ぇよコラ」

「さっきから起きたまま寝言言ってのはお前だろアホ探偵!」

「だからさっきから痛ぇっつてんだろうがァァァ! いい加減足離せやァァ!」

 あ、そういえば踏みっぱだった。

「あ、あの……」

「あ、ごめんなさい!」

 当惑した様子でこちらを見ている依頼人の女性に、ボクは慌てて謝罪する。隣では家綱が痛そうに先程までボクが踏んでいた足をさすっている。

「それで、依頼は……」

「あの、麻薬密売組織を潰してほしいんです」

 彼女の言葉に、家綱は足をさするのを止めて彼女へと視線を向ける。

「麻薬……密売組織……?」

 久しぶりの、危ない依頼らしかった。



 依頼人の名前は薬野光子くすりのみつこ。この探偵事務所を知ったのは口コミだとか。七重探偵事務所を家綱が受け継ぐ前は、非常に有名な探偵事務所だったらしく、今でも時々当時の噂をきいてこの事務所へやってくる人物が多い。恐らく彼女もその一人なのだろう。

 家綱が受け継ぐ前、この事務所で探偵をやっていた人物が誰なのか、どういう人間なのか、家綱は語ろうとしない。気にはなるけど、いつか話してくれる日がくるとボクは思っている。

 それはさておき、薬野さんの依頼。彼女の依頼は、罷波町の繁華街で麻薬を密売している小さな麻薬密売組織を潰すことだった。彼女の夫は、その組織から麻薬を売られ、そのせいで麻薬中毒者となってしまった挙句、死亡したらしい。

「それで、その組織を潰してほしい……ということなんですね」

 ボクの言葉に、薬野さんは小さく頷いた。

「……薬野さん。左の薬指、指輪の跡がありますね」

 薬野さんの左手に目を向け、静かに家綱がそう言うと、薬野さんは静かに頷いた。

「ええ……。夫にもらった指輪をつけていたんですが、どこかで失くしてしまって……」

「へぇ……」

 どこか意味ありげな表情を浮かべる家綱。

「お願いです。夫に麻薬を売りつけたあの組織の罪を暴き、組織を潰して下さい!」

「……受けましょう」

 そう言って、家綱はコクリと頷いた。

「簡単に引き受けちゃって大丈夫? 麻薬密売組織って結構ヤバそうだけど……」

「大丈夫だろ。証拠見つけて警察に突き出しゃ終わりだ」

 確かにそうだけど、その「証拠」を見つけるのが困難だと思う。まあ、それを見つけ出すのが探偵なんだけどね。

「はい。もう既に警察は捜査を始めています」

 薬野さんがそう言った瞬間、家綱の表情がピクリと動いたような気がした。

「組織の主な活動場所は繁華街……ということで間違いないですか?」

「ええ。きっとどこかのバーにでもいると思いますよ」

 そう言って薬野さんは冗談っぽく笑った。それに釣られてボクも笑ったけど、何故か家綱は表情を変えずに黙り込んでいた。





「つまり、その麻薬密売組織の人間をおびき出すための囮になれば良いのね?」

 おいしそうにオムライスを咀嚼しつつ、ボクの目の前で女性が微笑んだ。

「うん、まあそういうこと」

 ボクも同じようにオムライスを食べつつ、頷いて見せた。

 ボクの目の前にいる女性――葛葉さんは、正に大人の女性といった雰囲気の人だった。茶髪のストレートロングで、前髪は左半分だけ邪魔にならないようわけている。顔の右半分が前髪で隠れている状態で、まるでホラー映画の幽霊みたいだけど、何故か怖くない。それどころか、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出し、彼女の魅力を引き立てているかのように感じる。ロングスカートの似合う女性で、いつもロングスカートをはいているような気がする。今日もだし。

「……わかったわ由乃君。私に任せて」

 そう言って微笑むと、葛葉さんは傍を通った店員を呼びとめると、ニコリと笑って皿を差し出し、

「おかわりお願いします」

「かしこまりました」

「あ、それと……これとこれとこれとこれとこれ、追加でお願いします」

 メニューを取り出し、葛葉さんは素早く写真を指差して行く。店員はそれに動じない様子で、指差されたメニューを手際良くメモしていく。

「ってちょっと待ったー!」

「どうしたの?」

「ボクの財布のことも考えてよ!」

「あ、ごめんなさい。でもちょっとくらい良いじゃない……ね?」

 全然ちょっとじゃないんだけど、どうもこの人に頼まれると首を横に触れない。こんな調子でボクの財布は圧迫されていく……。家綱がちゃんと給料くれればこんなことには……いや、なるか。

 とりあえず後で家綱に請求しよう。



 夜の繁華街は、昼間以上に人で賑わっているように見えた。様々な人々が道を行き交っており、中には制服を着たままの高校生らしき少年や少女もいた。その光景に少しだけムッとするけど、まあボクも似たようなものだ。

 今ボクは、店の陰から歩いている葛葉さんを見ている。薬野さんの話によると、例の麻薬密売組織はこの辺りで麻薬を売りさばいているらしいので、適当に歩いていれば組織の人間に出会えると思う。組織の人間が葛葉さんへ接触したのを見計らい、ボクが颯爽登場してそいつをボコり、アジトを吐かせるというシンプルな作戦だ。シンプルかつアバウトな作戦だけど、わりと何とかなりそうな気がする。

 そんなことを考えている内に、葛葉さんの近くに数人の男達が歩み寄って来る。一、二、三……三人か。どの男も軽薄そうな格好で、繁華街を歩いている他の男とあまり変わりがない。

「お姉さん綺麗だねえ」

 男達の内一人が、ニヤッとした笑顔で葛葉さんへ声をかける。葛葉さんが律儀にありがとうございます、と答えると、男達はクスクスと笑った。カモだとでも思ったのだろう。

「ちょっと良い話があるんだけど、聞いとく?」

「まあ、どんな話ですか?」

 純粋過ぎるだろ。

 いや、囮役だから今の反応は間違いじゃないんだけど、あれは演技してる顔じゃないと思う。もし演技だとすれば迫真の演技だ。

「いくら食べても太らない……痩せ薬があるんだけどさ」

「え、私いくら食べても太りませんけど」

「えっ」

 葛葉さんの言葉に、男達は狼狽した様子を見えた。

 今の葛葉さんの、全てのダイエット戦士を敵に回すかのような発言はホントのことだ。先程のように、あれだけの量の料理を一気に食べても、葛葉さんの体型が変わることはなかった。どれだけ食べても、あの理想的なスタイルは保たれ続けているのだ。

「えっと……じゃあ」

 じゃあって何だよじゃあって。

 胡散臭さ全開だと言うのに、葛葉さんは疑う様子もなく笑顔で話の続きを待っている。

「じゃあ、イライラしなくなる薬」

「私、あんまりイライラしないんですけど……」

「えっ……」

 絶句する男達。多分これからも似たようなやり取りが延々と続けられるだろうから、とりあえず颯爽と飛び出しておく。

「――ッ」

 突如現れたボクへ視線を向けた男の一人の腹部へ、素早く肘打ちを喰らわせる。短く呻き声を上げる男の顎へ、ダメ押しのアッパーを喰らわせてその場へ昏倒させる。まず、一人。

「何だお前ッ!」

 声を上げたもう一人の男の横腹へ、ボクはすかさず回し蹴りを決める。腹筋に力を入れていなかったらしく、男は小さく呻き声を上げ、うずくまって横腹を押さえた。

「何しやが――」

 男が言い終わらない内に、男の後頭部へ、右足で強烈な踵落としを喰らわせる。鈍い音を立てて男は地面へ顔面をぶつけ、そのまま倒れた。

 どうやらコイツらは組織の下っ端らしい。ボクみたいなガキにやられるようじゃ、とても幹部クラスとは思えない。

「ふぅ」

 一息吐いて、ボクは残っている男へ視線を向けた。

「ひぃ……」

 男は悲鳴を上げてボクへ背を向けたが、すぐに追いかけて後ろから蹴り倒す。顔面から地面に倒れた男はすぐに身体を起こし、地面に尻を付けたままジリジリと後ずさっていく。

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 静かに歩み寄り、男の胸ぐらを掴んでグッと顔を近づける。

「教えてくれるよね?」

「は、はい……」

 肩をびくつかせつつ、男はそう答えた。

「私達の力を甘くみないでね!」

「葛葉さん何もしてないじゃん」

 ポーズ決めんな。


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