二人の女王陛下
「あの馬鹿者を連れてこい!」
無双と謳われた女王陛下は発狂したように叫びました。
兵士達はその気迫に震えあがり、ただちに女王陛下の言う馬鹿者――即ち、忠臣たる男を引き連れてまいります。
「いかがいたしましたか」
落ち着いた様子で問いかける忠臣の頬を思い切り叩きました。
「無礼者! この期に及んで我が口を言葉で汚させるつもりか!」
無双と謳われた女王陛下。
その噂と物語は国中で耳にせぬ日はないほどです。
曰く、馬を駆り剣を振るえば一騎当千。
曰く、その知略は名軍師である者達も兜を脱ぐ。
曰く、その美貌は天上に身を置く神々でさえ心を奪われる――。
そんな女王陛下だからこそ、数々の絵が描かれていました。
敵兵を薙ぎ払う戦乙女。
本を開き思案顔に耽る女賢者。
静かに微笑み人々を慈愛の目で見つめる聖女――。
「言葉にしていただかなければわかりません」
頬をじんじんと赤く腫らしながら笑う忠臣の言葉を顔を真っ赤にさせながら女王陛下は睨みつけます。
そこには国中で語られる強く、賢く、美しい女性の姿なんてありません。
馬を駆り剣を振るえば一騎当千。
そんなことが出来る女性が美しい女性であるはずもありません。
いえ。
美しさの基準なんて人それぞれですけれど。
それでも女王陛下の姿を出来る限り客観的にお伝えするならば、それはもう――。
「……この雌ゴリラの絵はなんだ」
女王陛下の前にはまさに自分そのものを描いた絵がありました。
筋骨隆々で人間の頭を片手で握りつぶせそうなほどの。
いや、実際に戦場で立ち向かってきた敵兵を潰していたこともございますが。
「女王陛下の絵でございます」
その手が忠臣の頭を思い切り掴みます。
幼馴染故に多少の無礼は赦されてきた忠臣ですが、流石に今回ばかりは無理かもしれません。
「何故、こんな絵を描かせた?」
尤もな問なようでいて、実はそうではありません。
繰り返しとなりますがこの絵はまさに女王陛下そのものです。
『何故、こんな絵を描かせた?』
そう問うのであれば、むしろ何故自らの本質から目をそらし美しい女性として描かせていた女王陛下の方が――。
「だまらんか!」
……睨みつける女王陛下と流石に苦し気な忠臣。
しかし、それでも忠臣は穏やかに告げます。
少し苦し気でしたけれど。
「女王陛下は永遠に残りたいとお話をされておりました」
事実でございます。
この女王陛下。
実に俗物的な考えに支配されておりまして、たかだか五十年程度で終わり、やがて忘れされていく自分という存在が許せずに常日頃から『永遠になりたい』などと口にしておりました。
その結果がこれでございます。
自身を描き、形として遺す。
歴代の王や貴族が繰り返し、繰り返し、繰り返しつくしてきた手法。
そして、遺すのであれば少しでも恰好をつけたいもの。
女王陛下のそれは少し行き過ぎていましたけれど……。
「女王陛下。絵など残って何となります。没後百年もすれば残るのは偉業を淡々と伝える文字と古びた絵ばかり」
「百も承知だ」
そう。
女王陛下は冷静です。
永遠に残る方法なんてないと理解しています。
それでも可能な限り残りたいと思っているだけなのです。
出来る限り美しい姿で。
「それなのにお前はその大切な絵を――」
「違います。女王陛下。私は千年も、それ以上も残るような物を遺す方法を実践しているのです」
幼馴染故に忠臣は乱暴な彼女の扱い方をよく心得ています。
女王陛下は手を放しながら忠臣を見つめて問います。
「千年も遺る方法だと――?」
忠臣は丁寧にお辞儀をして不意に語りだしました。
それはこの国に古くから伝わる馬鹿話です。
王はもちろん乞食でさえ知っている物語。
それを語り終えて忠臣は微笑みました。
「お分かりですか。女王陛下。最も古くまで遺るのは物語なのです」
一理あります。
しかし、女王陛下には理解が出来ませんでした。
「物語と言うならば私の無双の強さがあるだろう?」
「いいえ。女王陛下。古今東西の支配者たちは皆、同じような物語を残します。ちょうど、女王陛下のように」
「私のは事実だ」
「未来の者からしたらそれを確かめる術はありません」
黙り込む女王陛下に忠臣は告げます。
「そこで私は考えました。題して『二人の女王陛下』です」
「二人の女王陛下?」
「はい。つまり、自らの姿が気に入らず美しい姿ばかり後世に残そうとする女王とそれを馬鹿にしながら本物の姿を残そうとする忠臣の――」
女王陛下は憤慨します。
忠臣を叩きます。
一回。
二回。
三回――。
「この! 無礼者!!」
これが千年も前から続く、謎めいた女王の二つの姿の解の一つであります。
「この! 無礼者! 無礼者!! 無礼者!!!」
あぁ。
語るべき物語はまだありますが、一先ずこのまま幕を下ろしましょう。
いずれにせよ。
女王陛下の願いは叶ったのですから――めでたし、めでたし、と。




