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「転生者カナリス提督は(以下、略)」

藤子姉さんのお仕事

作者: 山家
掲載日:2026/03/01

 前半と後半が違い過ぎる、と言われそうですが。

 視点の違い、ということでお願いします。


 尚、家事は労働だ、と私は声を大にして言いたいです。

 米内松江の最初の記憶は、「姉」の藤子に背負われて、あやされている記憶になる。


 松江が物心つきだした頃、欧州で巨大な戦禍、第二次世界大戦が勃発した為に、松江の両親は軍人として欧州に出征することになった。

 それ故に、両親は松江の傍にいなくなってしまい、松江は他の兄や姉と共に、「姉」の藤子の実家である小林家に引き取られて、数年に亘って、「姉」を中心とする面々に面倒を見てもらうことになったのだ。


「姉」は、松江にしてみれば、母代わりとしか、言いようが無かった。

 9歳しか歳が違わない以上、余りにも幼い母代わりだったが、松江に食事を食べさせてくれ、又、夜におねしょをしたら、松江のオムツを替えるのは、「姉」の役目だった。

 更には、両親が傍にいないことで、ぐずりがちだった松江を、朝に夕に、又、休日にとあやすことが、一番、多かったのも「姉」だったのだ。


 勿論、姉の早苗や兄の正が、松江の子守りをすることも、それなりにあり、松江が成長した後で、早苗や正に言わせれば、「姉」は他にも色々忙しかったから、松江の子守りは、そんなにしていない、とのことだが、松江にしてみれば、自分の子守りを最もしてくれたのは、「姉」だったのだ。


 米内早苗が、「姉」の藤子の実家である小林家に赴いて、実の両親の下に還るまでの数年の間で、最も印象に残っていることは、「姉」の寝顔を夜に見た覚えがないことだった。

 更に言えば、「姉」の寝顔を、昼に見ることは稀で、自分の記憶が正しければ、小林家に赴いてから、実の両親の下に還るまでに10回も見ていない気がすることで、弟の正も認めることだった。


「姉」は、必ず自分よりも遅くまで起きていて、更に早く起きていた。

 自分達、弟妹を起こすのは「姉」の仕事だった。

 更に言えば、色々と祖父母に協力して、様々な家事をしていた。

 いつか食事の準備を、「姉」は実祖母と協力して行っていたし、掃除洗濯等も手を抜かなかった。

 妹の松江の汚れたオムツを替えて、洗濯していたのは、いつも「姉」だった。

 

 私や正は、それなりの年齢になっていたので、まだしもだったが。

 妹の松江は、両親が出征した際に満1歳になるかならないか、といったところで、それこそ昼間のオムツ外しの練習を始めようか、という頑是なさだったのだ。

 そんな妹の世話を率先して看る等、当初は小学5年生だった「姉」にしてみれば、大変だったろう。


 尚、小林家が冷たかった訳ではない。

「姉」の祖父母は、「姉」に無理をするな、と言って、積極的に私達の面倒を見てくれた。

(後で知ったことだが、両親は私達に配慮して、それなりのお金を毎月、小林家に送っており、それもあって、「姉」の祖父母は、私達の面倒を見てくれたらしい)

 でも、「姉」なりに、祖父母に気を遣って、私達の面倒を看続けたのだ。

 

 そのことについて、私は未だに「姉」に敬意を表さざるを得ない。

 自分が同じ年齢だったとき、「姉」のようなことを、自分はとてもできない。

 更に「姉」は。


 私、藤子は、初子の洋一をあやしつつ、これまでの事を考えていた。

 尚、傍には私の実の母方祖母になる小林はるがいて、愚痴っていた。

「本当に藤子は、千代の娘だね。思い込んだら、止まらない」

「何か問題が。私が育児に倦んでいるとでも」

「そう見えないから、怖いのだよ。自分の歳を考えな。高等女学校生が子どもを産んで育てよう、とか、普通は考えないよ」

「御国のためです。何か問題が。産めよ殖やせよ、そう米内光政首相も仰っています。遠縁とはいえ、その血の所縁まで、私にはあるのです。首相の身内として、国策に従うべきでしょう」


 ああ言えばこう言う、という目で、祖母は私を睨んでくるが、私は涼しい顔をした。


 結納を交わしていないとはいえ、義兄にして従兄である米内仁は、私の事実上の婚約者であり、先日、海軍少尉として欧州に出征してしまったのだ。

 そして、出征前に仁と私は関係を持って、洋一を産む事態に至ったのだ。


 当然のことながら、このことは大騒動を引き起こした。

 現役の高等女学校3年生、それも名門といってよい神奈川県立横須賀高等女学校の生徒が、相手と婚約関係にあったとはいえ、妊娠出産騒動を引き起こし、更に言えば、私は平然と出産育児の為に休学したいと公言して、休学届を学校に提出したのだ。


 私の休学届とその理由を見た瞬間、担任どころか、校長、教頭までもが卒倒したと、噂で私は聞いた。


「高等女学校生が、妊娠出産の為に休学したいとは言語道断」

と私は一部の教師や、周囲の同級生、更には先輩、後輩からも非難されたが。


「御国の為に、産めよ殖やせよ、と米内首相自ら言われているのですよ。遠いとはいえ、首相の身内である私が、戦場に赴いて戦死するかもしれない婚約者の子を産み育てたい、と考えて行動することの何処が間違っているのですか。私を非難するとは、貴方達は本当に愛国者なのですか。御国を護れ、と散々に教えられてきたのは誤りなのですか」

と私が反論したら、ほぼ全員が沈黙してしまった。


 下手な反論を私にしたら、自分は愛国者ではない、と自認しかねない。

 そんなことをやるくらいならば、私を非難しない方が賢明だ、と殆どの人が考えたのだ。


 そして、私は、それこそ退学処分を言われたら、裁判に打って出るつもりだったが。

 相手、神奈川県立横須賀高等女学校、神奈川県の方が、私の気迫に負けてしまい、私の出産育児を理由とする休学届は公認されてしまった。


(尚、このことが前例になって、第二次世界大戦後の学制改革後、中学生以上の出産育児を理由とする休学届が、法律で認められることにまで、世間は進歩することになった)


 因みに、私の暴走を聞いた米内光政首相は、

「関東軍の暴走に比べたら、実害は少ないな。確かに自分の身内だな」

と流したとのことで。

 私は私で米内首相の御言葉の真意に悩んでしまった。


 そして、祖母と私は会話した。

「弟妹の面倒を看てきたし、家事や育児を苦にしない、と私も考えるけど。本当に千代の娘だね」

「そう仰って頂き光栄です」

「ああ、いいよ。でも、戦争が早く終わって欲しいよ」

「そうですね」


 私は改めて想った。

 家事労働経験があって良かった。

 御感想等をお待ちしています。

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― 新着の感想 ―
米内総理の関東軍よりは実害は少ないということが藤子の行動が如何にこの時代においてぶっ飛んでるかを体現していますね。 身内がこうして自らの愛国心を語るやり方を手玉に取って行動する様を総理がこう評価するの…
関東軍もかくや、の大暴走ですが、実害はない(但し、胃痛に苦しめられたであろう学校関係者を除く。)ですね。 これが前例となり、妊娠出産で休学・休職しても女性のキャリアが継続できる前例といいますか、突破口…
 老齢ジジイな読者には『藤子ちゃん勘弁してくれよ、仁くん男なら堪えろよぉ』と本編での「恋慕の勇み足」が発動しそうな1941年のその後の状況が短編外伝であっさりと「やっちゃいました♪」と開陳されスマホを…
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