第56話 菫と外食
「なんだか菫とこんな風に二人で外食をするのはなんやかんや言って初めてな気がするな」
「ですね。大体二人で行動をするのはお嬢様とですし」
「だよな。本家に呼ばれてるって聞いたけど当主はさっきまで家にいたし。誰となんの話をしてるんだか」
「どうでしょうか。きっとわたくしの姉妹たちと話でもしてるんじゃないでしょうか」
暗い顔で彼女はそんなことを告げる。
姉妹にいい思い出が無いんだったか。
「どうだろうな。ま、天城は絶対に菫以外をメイドにはしないと思うけどな」
天城が菫に置いている信頼は果てしなく大きい。
今更他の姉妹が専属メイドに選ばれるようなことは無いと思う。
「だと良いですね。それよりも、何を食べますか?」
「菫は食べたいものとかあるか?」
「そうですね。ジャンクフードというものを食べてみたいです」
「まさか、食べたことが無いとかいうのか?」
創作物の話ならお嬢様やそのメイドはジャンクフードを食べないとか見たことがあるけど、現実でもそうなのか?
「実はそうですね。あまり食べたことが無くて。ハンバーガー? というものを食べてみたいんですけどよろしいですか?」
「もちろんだ。多分街の方に出ればワックとかあるだろうし行ってみるとするか」
こうして俺は菫を連れて街の方に出た。
昔は毎日のように街に出て遊んできたけど、最近では勉強ばっかりで遊ぶという行為どころか街に出ることも全くなかったからな。
「ワック……聞いたことはありますけど行った事はないですね。楽しみです!!」
「そこまでわくわくするような場所ではないんだけどな」
まあ、俺たちは普段からワックに行っていたけど菫はそういう事が無かっただろうからな。
何事も初めての経験と言うのは楽しみなものだ。
「わたくしは凄く楽しみです! 早く行きましょうよ」
「ああ、わかったから引っ張るなって。腕が痛い」
「あ、すいません」
「別にそこまで痛かったわけじゃないから気にしないでいい。それよりも行こうか」
「はいっ!」
たまにはジャンクフードを食べるのも悪くはないかもしれない。
これ、バレたら絶対に天城に怒られるよなぁ~
でもここまで楽しみにしてる菫をみてから今更やっぱりなしなんてことは言えるわけないよな。
「そう言えば、天城のご当主が俺にしてきた提案ってどういう意味があると思う?」
「……そうですね。わたくしでは確かな事は言えませんがあのお方は陸斗様とお嬢様を引きはがしたいのでしょう。お嬢様と誰かを婚約させたいのでしょうね」
「そういう事か。無理やり婚約させたりはしないのか?」
「そんなことをすれば、お嬢様が何をしでかすか想像ができないでしょう。もし、分家を巻き込んで家を割られでもしたら一番面倒なことになりますからね」
確かにそうかもしれない。
だが、俺に距離を置かれたくらいでどうにかなるほど彼女は甘い人間じゃない。
それを父親が理解していないのか?
「名家のお嬢様ってのも大変なんだな」
「ええ。本当に心労が絶えなさそうですよ。わたくしから見ても本当に大変そうです」
「帰ってきたら労ってやらないとな」
「ですね。今日の夕飯はお嬢様のお好きな食べ物を用意するとしましょう」
俺たちは向き合って笑ってからワックのある街に歩き出す。
最初に出会ってから今まででかなり関係性が変わったように思う。
かなりよそよそしく、ずっと敬語であまり表情を崩すこともなかった菫が今となってはこんな風に優しい笑みを向けてきてくれたり、こうやって隣で歩いてくれている。
「俺もほんの少しではあるけど協力するよ。手伝えることがあったら教えてくれ」
「そうですね。じゃあ、昼食を終えたら一緒に買い物に付き合っていただくことは可能でしょうか?」
「もちろんだ。荷物持ちくらいしかできないけどな」
俺に料理のスキルはほとんどない。
正直言って、俺が食べるだけならば何も問題はない。
でも、誰かに振舞うとなると話は変わってくる。
振舞う相手が天城家のご令嬢ともなれば、なおさら話は変わってくる。
そこまで美味しい料理を振舞う自信は全くないな。
「にへへ。それで十分ですよ。お願いしますね」
「任された」
本当に綺麗で、見ているだけで心が洗われそうな笑顔を向けながら菫は俺に微笑みかけてくれた。




