第55話 士郎と陸斗
「そういや、天城本家に俺が行くって話はどうんったんだ?」
「その件でしたら延期になりましたよ。一度陸斗様の病室にご当主様がお見えになられたのですがそのころの記憶はございませんか?」
「ないな。顔も覚えてない」
「そりゃあ酷いね。私の事を全く覚えていないなんてね」
聞き覚えのない男性の声が聞こえたのでそちらの方を見ると天城と同じ色の髪をした顔の整った男性がリビングにいた。
ここって、俺の家なんだけど。
最近、セキュリティがばがば過ぎない?
「察するにあんたが天城家のご当主様か?」
「ああ。以前にも一度挨拶をしたんだが、忘れているようなら仕方がないね。改めまして、私の名前は天城士郎という。君にお世話になっている天城乃々の父親だよ」
柔和な笑みで彼は挨拶をしてくる。
普通の人が見たら親しみやすい紳士的な人物に見えるのかもしれない。
だが、俺にはわかる。
この人はそこが知れない。
何を考えているのかわからない。
腹黒さをどうしても感じてしまうのだ。
「ご、ご当主様!? ど、どうしてここに」
「いやなに。乃々がこっちに来てるという情報を耳にしてね。君の記憶が戻ったとも」
どうやら情報は筒抜けみたいだ。
どこからそんな情報を仕入れてくるのか気になりはするけど、おそらく知らない方が身のためだ。
「なるほど。ところでどんな方法で家に入ったのですか?」
「それは企業秘密だね」
ニコリと微笑んで彼は俺の目を見つめてくる。
つかみどころのない御仁だ。
それに、こういう所は天城に似ている。
ま、父親だから当たり前っちゃ当たり前なのか。
「それで、どうしてあなたは俺の所に? 何か用があってことですよね?」
「まあ、そうだね。ハッキリ言おうかな。君には乃々から距離を置いてほしい。あの子を助けてくれたのは感謝してる。だが、私にも家の事情というものがあるんでね」
「ご当主様、それは……」
「君は黙っていてくれ」
菫が何かを言おうとしたが、士郎によって遮られてしまう。
すごい迫力だ。
流石は超金持ちのご当主と言ったところか。
「なるほど。そういうわけか」
天城は今家に呼び出されてるとかで家から出て行った。
そのタイミングで士郎が来たという事はそういう事なのだろう。
全く面倒だな。
誰と付き合うとか、結婚するとかは家に決められることじゃないだろうに。
「ああ。そう言うわけだ。どうだろう。君が望むものなら何でも用意する」
「それは魅力的な提案ですけど、天城……いえ、乃々さんの問題は彼女自身で解決するべきでしょう。俺が口を挟むことでもない」
「つまり?」
「断りますよ。そもそも俺が拒絶するくらいで乃々さんがどうにかなるほど押しが弱い人間でもないでしょう」
もし、俺が拒絶するくらいで簡単に俺から離れてくれるくらいなら最初からここまで付きまとわれてはいない。
「そうか。まあ、そう言うだろうとは思っていたよ。じゃあ、私はそろそろ失礼するね。乃々と鉢合わせたら面倒なことになりそうだ」
ケラケラ笑って士郎は家から出て行った。
「良かったのですか? ご当主様の提案に乗っていれば陸斗様は何でも好きな物を貰えたのですよ? 何でも手に入ったでしょうに」
「それをしたら、菫とも天城とも会えなくなるだろ。それは寂しいからな」
「陸斗様……なんだか変わりましたね」
「そうか?」
自分自身ではあまり変わったという自覚は無いんだけど、菫がそう言うのであれば俺は変わったのかもしれないな。
「はい。以前の陸斗様なら簡単にご当主様の提案を受け入れたはずですから」
「それはそうかもな。それだけ俺の中で二人の存在が大切になってるのかもな」
これからまたひと悶着ありそうだが、夏休み中に終わると良いな~
はぁ。
天城家の問題と俺自身の問題。
そのすべてを解決しないと平穏は訪れそうにないな。
「それは嬉しい限りです。あと、多分ですけどお嬢様はお昼には帰って来そうもないですしたまには二人で外食でもどうですか?」
「いいなそれ。行こうか」
こうして俺は菫と二人で外食に出かけるのだった。




