第54話 ただいま、乃々
長い、夢を見ている気分だった。
とても長い、どうしようもないほどに長い夢。
そんなものを見ている気分で、自分の奥底にあったはずなのに一切それを思い出せない。
「はは、やっとわかった」
ずっと感じていた違和感。
それが形を成していく感覚。
やっと思い出せた。
◇
「んん、ふぁああ~」
「陸斗様!? だ、大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫だけど、どうした? 何かあったのか?」
凄く心配そうに菫が俺のことを見つめてきていた。
後頭部の柔らかい感覚からして膝枕をされてるんだろうな。
すっごく心地いい。
「何かって、陸斗様は倒れてたんですよ? お嬢様のダークマターを食べたんですか?」
「食べてない食べてない。というか、なんで天城がまた料理してるわけ? 絶対にアカンでしょ」
「あ、え? 今なんて言いましたか?」
「いや、天城になんで料理をさせたのかなって。できないのは菫が一番知ってるだろうし、俺自身も前の事件があってからは絶対に料理させないようにしてるし」
うん、変な事は言ってないはず。
というか、今はいつだ?
刺されてからの記憶があいまいなんだよな。
入院とかしてないのか俺。
「記憶が戻ったんですか!?」
「記憶が戻った? 何の話だ」
まるで今まで記憶を失ってたみたいな言い方だ。
いや、刺されてからの記憶が無いのは記憶を失ってたからなのか?
だとしたら、菫のこの驚き具合にも納得がいく。
「ちょ、ちょっと待っててください!」
菫は焦って俺の部屋を出て行ってしまった。
というか、なんで菫が俺の部屋にいるんだ?
今は時間的に勉強会をしている時間じゃ無いし。
学校はどうなった?
「宮野くん! 私がわかりますか?」
「……は? いきなり何言ってんだよ。天城乃々だろ? 変なこと聞いてどうした?」
天城は驚いたように俺の顔を見つめてくるけど、一体何に驚いてるんだ?
まったく状況が掴めない。
「陸斗様、混乱しているようですね。陸斗様はどこまで覚えていらっしゃいますか?」
「どこまでって、菫を庇って刺されて……それから……」
そこから先がうまく思い出せない。
どうして二人が家にいるのか。
刺された俺がなぜ入院もしていないのか。
「なるほど。では、わたくしが今まで起こった出来事をお教えいたしますね」
それから菫は俺が刺された後の話をしてくれた。
今まで俺が記憶喪失だった事と、その期間に二人が俺の家に泊まる事になった事。
「なるほど、つまり俺は記憶を無くしていた時の記憶を無くしてるってことか。なんか、ややこしいな」
「ですね。でも、記憶が戻って何よりです」
「私の事本当に思い出してくれたんですよね?」
「ああ。バッチリだ。天城のこと忘れててごめんな」
きっと、物凄く悲しい思いをさせたのだろう。
好きな人から忘れられるなんて俺だったら耐えられないかもしれない。
「いいんです。それよりも、お帰りなさい陸斗くん」
にへへっとはにかんで天城は俺の名前を呼んでくれる。
であるならば、俺もこう返すべきなんだろう。
「ただいま。乃々」
記憶が無くなっていた間の事は何もわからないけど、少なくとも今はこうやって天城と笑いあえていることに感謝をするべきなのかもしれない。
「じゃあ、今日はパーティーにしましょう! 陸斗様の記憶が戻った祝いです」
「いいですね。それ。じゃあ、今回は私が手料理を……」
「絶対にやめろ」
「絶対にダメです!」
俺と菫は見事に言っていることが一致した。
せっかくのパーティーなのに天城が錬成したダークマターを食べるなんてのは流石にごめん被りたい。
「二人してそんなに言うなんて酷いです」
少しだけ涙目になっている天城の頭を撫でながら俺は菫の作ってくれる夕飯を楽しみにするのだった。




