第48話 訪ねてくるヤンデレお嬢様
「具合はどうですか? 宮野くん」
「……は?」
入院してから数日後、病室に入ってきたのは長い黒髪に紫紺の瞳を持った絶世の美少女だった。
落ち着いた雰囲気を感じさせる身なりで優雅に俺の方に歩いてくる。
その立ち振る舞いから相当な金持ちの娘かそれの準ずる立場の人間であることが伺える。
「やっぱり、覚えてくれてないんですね」
「ああ、じゃああんたが天城乃々か」
「はい。あなたの愛しい恋人の天城乃々ですよ」
「……俺に恋人はいなかったはずなんだけどな」
俺の性格上、簡単に恋人を作ることは無いだろうし仮にできていたら忘れるなんて絶対にありえないと思う。
「ふふ、記憶を無くしていてもあなたはやっぱりつれないですね。そういう所も好きですよ」
「そりゃまた酔狂なこったな。俺なんかいいとこないぞ?」
「そんなことはありませんよ。私にとってはあなたが一番ですからね。結婚したいくらいです」
「そこまで真っすぐ言われると流石に照れるが。でも、俺はあんたの事を全く覚えてないんだぜ? そんなんが相手でいいのかよ」
生憎、こうやって面と向かって会話をしてみても何一つ思い出すことはできない。
なんだか、昔こんな会話をしたことがあるような気がしなくもないけど。
「私は望むところですよ。というわけで、こちらにサインして頂いても良いですか?」
言いながら彼女がカバンから取り出したのは一枚の婚姻届けだった。
マジでサインさせようとしてるじゃん。
凄いなこの子。
「しないよ。なんでこんなもん持ってきてるんだよ。びっくりしたわ」
「良いじゃないですか。せっかくですから結婚しましょう?」
「せっかくの意味が分からないしな。そう言えば、あんたは家で軟禁されてるんじゃなかったのか? 菫が言ってたぜ? それに父親が俺の記憶が戻るまでは会わせられないとか」
「菫の事は覚えてるんですね。ちょっと妬けてしまいます。それと、父がなんと言おうと私は自分の好きなように動きますよ」
プク~っと頬を膨らませて彼女はそっぽを向いてしまう。
確かに一緒に過ごしていた二人の片方を忘れているというのは多少の罪悪感を感じるけど、完全に忘れてしまったのだから仕方がない。
「悪いな。できるだけ思い出せるように努力はするけど。期待はしないでおいてくれ」
「ふふ。言動はやっぱり宮野くんですね。良いですよ。私はあなたが思い出してくれるまで気長に待ちますからね」
笑顔を見せながら彼女は婚姻届けを引っ込める。
どうやら、流石に冗談だったらしい。
「ですが、これはやっぱり試しておかないといけませんよね」
妖しく微笑んだ彼女は俺に近寄ってきていきなりキスをしてきた。
いきなりの行動に動揺を隠せない俺だったが、なんだか懐かしい。
そう感じてしまったのだ。
俺は、この子と以前にもキスをしたことがあるのか?
「一体何を?」
「何ってキスですよ? 眠り姫は王子様のキスで目を覚ます。童話では定番の展開ですよね。だから、私があなたにこうやってキスをしたら記憶が戻らないかなって」
「そんな物語みたいな展開があり得るか。てか、そんなに簡単に人とキスをしようとするなよな」
「宮野くんだからこんなことをするんですよ? 他の人には絶対にしませんよ」
照れたように笑いながら彼女は俺が距離を取る。
心臓はドキドキとしていたけど、嫌なドキドキじゃない。
「うっす! 元気にしてましたか? 陸さん」
「卓也か。まあまあ元気だよ」
「何よりです! それよりも、なんで天城のお嬢さんがここに?」
「見舞いに来てくれてたんだよ。それと、俺はこの子に関する記憶が全部無くなってる。お前が知っていることがあれば教えてくれるとありがたい」
卓也なら俺に嘘をついたりはしないだろうし、おそらくこいつになら記憶を失う前の俺は相談をしていたはずだ。
「う~ん、と言っても特に自分は天城のお嬢さんの話は聞いてないんすよね。ただ、多分狙われてるから誰かを護衛につけてくれとしか」
「そうか、てかお前狙われてたのかよ」
「まあ、心当たりがないと言われれば嘘になりますよね」
「何してんだか。他には何かないか?」
今は卓也が俺の記憶を取り戻す鍵を握っていると言っても過言ではない。
何とかして有益な情報を聞き出さなければ。
「これは関係ないかもしれないっすけど、天城のお嬢さんとは以前に一度会ってるんすよ。自分たち」
「どういうことだ?」
「陸さんは覚えてないかもしんないっすけど二年くらい前に深夜に襲われてた女の子が多分っすけど天城のお嬢さんっすよ。覚えてないっすか?」
「……ああ」
そう言えば、そんなこともあったような気がする。
あれは、俺がまだヤンキーをしていた時代の頃だったか。
同い年くらいの子を変質者から助けたことがあるような。
「そんなこともあったな。でも、それが天城なのか?」
「はい。陸さんは人の顔を覚えるのが苦手でしたからね。自分はてっきり思い出してるもんだと思ってたんですが」
「いや、そんなことは無いな。だって、俺が覚えてるんだもん。俺は天城乃々に関する記憶を全て失っている。その俺が覚えてるってことは多分結びついてなかったんだろうな」
「でしょうね。陸さんは鈍感っすから」
「なんだと貴様」
鈍感とは酷いことを言われたものだ。
まあ、実際問題思い出していなかったのだから鈍感と言われても仕方がないのかもしれないが。
「全く、酷いですよね。全然思い出してくれないんですもん」
言われてみれば、確かに似ている。
というか、面影がある。
綺麗な黒髪もそうだし、紫紺の瞳ってそうだ。
言われないと気が付かなかったけど、言われてみると確かに同一人物だ。
「すまんな。でも、言われてみれば確かに同一人物だな」
「人に言われて思い出されるって言うのもなんだか嫌ね」
「すまん」
「……なんかすいません」
申し訳なさそうに頭を掻きながら卓也は謝っていた。
まあ、天城にしてみれば不服なのだろうが。
「ま、絶対に思い出させて見せますから覚悟しておいてくださいね?」
ウインクをしながら天城は部屋を出て行った。
「陸さんってなかなかに罪な男っすよね」
「黙れ」
卓也に突っ込みを入れて俺は再びベッドに横になる。
なんだか、少しだけ天城の事を思い出せそうな気がした。
これは大きな進歩かもしれないな。




