第47話 記憶喪失
「そう言ったご冗談は不謹慎ですよ。陸斗様」
「冗談なんかじゃないって。本当に菫の言っているお嬢様とやらに心当たりが無いんだよ」
俺の知り合いにそんなに金持ちそうな敬称で呼ばれる人間はいなかった気がする。
そもそもとして、俺の交友関係は狭いしな。
「……そんな」
今にも泣き出してしまいそうな顔で菫はその場に座り込んでしまう。
「ど、どうした? 大丈夫か?」
ベットの上から声をかけるがしばらく返答は返ってこなかった。
そして、数分経った頃彼女は立ち上がってそのまま病室を後にした。
「なんかまずい事言ったかな」
自覚は全く無いけど、タイミング的に俺が何かよく無い事を言ってしまったのだろう。
あそこまで取り乱す菫は初めて見たかも知れない。
「にしても、お嬢様……か。一体誰のことを言ってんだかな」
疑問は残るが今はそんなことよりも卓也達に連絡を取ることにしよう。
サイドテーブルにあるスマホを持って卓也に電話をかける。
ワンコール目ですぐに電話に出てくれた。
「陸さんっすか!?」
「ああ、俺だよ。心配かけたみたいで悪いな」
「いえ、そんなことよりも体は大丈夫なんすか?」
「一応はな。一週間は絶対安静って言われたけど体は問題なく動くよ」
一週間以内に変に動くと傷が広がるとかで絶対に動くなと言われてしまった。
完治までは約3ヶ月らしい。
それまでは、過度な運動は控えるようにと釘を刺された。
「マジで良かったっす! 今度見舞いに行きますね」
「ありがとう。楽しみにしてる」
卓也との会話を終えた俺はベッドに寝転がって再び菫のことを考える。
自分が何かをしてしまったのではないかという疑念が消えない。
「何かを忘れてるのか? でも、心当たりが全然ないな」
「心当たりがあったら忘れてなんてないだろうね」
「……あなたは?」
気が付くと俺の病室には綺麗なスーツを着た身なりの良さそうな男性が佇んでいた。
いったい誰だという疑問が浮かんだけど、それよりも気になったのが彼の目の色だ。
絶対に会ったことがない人なのに、なぜか見覚えがある。
吸い込まれそうな紫紺の瞳。
どこかで見たことがある。
「おっと、失礼。私は天城 士郎という。君に助けてもらった天城乃々の父だ」
「……お言葉ですけど、俺が助けたのは菫でその乃々って人に心当たりはないんですけど」
「ふむ、どうやら菫君の言っていたことは本当みたいだね。今の状態の君を乃々に会わせるわけにはいかないね」
残念そうに士郎と名乗った男性は頭を振る。
いったい何を言いたいのか俺には理解ができないが彼は勝手に一人で納得してしまった。
何だこの変な人は。
「何が言いたいんですか?」
「む~とりあえずは医者に診てもらうとしようか。その様子なら脳に何らかの異常をきたしていてもおかしくはなさそうだからね」
士郎はそういうとすぐに医者を呼んで俺はそのまま検査を受ける羽目になった。
そうして分かったことは、俺は一部分の記憶を失っていること。
記憶が戻るかどうかはわからないと言う事だった。
心臓が止まったいる期間がそれなりに長かったせいで脳に少しだけ損傷を受けていたらしい。
でも、これくらいで済むのならまだマシであったのかもしれない。
◇
「そういうわけで君の失った記憶というのは私の娘の記憶だ。私も詳しくは知らないがな」
「なるほど」
菫があそこまで悲しそうな顔をした理由が分かった。
そして、最初にこの人に既視感を覚えたのも娘である乃々のことを覚えていたからなのかもしれないな。
「まあ、菫を君の世話に置いていく。何かあったら頼ると良い。娘の命を助けてくれた礼だ」
「は、はぁ」
聞いた話によると、菫は天城乃々の専属メイドだったはず。
俺につけてもいいのか?
「遠慮することはない。乃々の許可は取ってあるしな。記憶が戻ったら会ってやってくれ。きっとあの子も喜ぶ」
「わかりました。戻るかどうかはわかりませんが」
「だな。じゃあ、私はこれで失礼するよ」
そういって士郎は部屋を出て行った。
これからどうなるかはわからないけど、記憶が戻ればいいなと。
そんなことを考えるのだった。




