第39話 天才ヤンデレお嬢様の嫉妬
「お嬢様が騒いで申し訳ありません陸斗様」
「ああ、いや気にしなくても大丈夫だ」
「ありがとうございます。それよりも食欲はございますか? 材料は買ってきましたのでおかゆはお作りできますよ?」
「じゃあ、お願いしても良いか?」
「お任せください。キッチンお借りしますね」
菫はいつも天城の家でするみたいにお辞儀をしてキッチンに向かっていった。
いつも見慣れた動作でなんだか安心感すら覚えてしまうが、ここはいつもの屋敷ではなく俺のちんけな家だから、なんだかアンバランスに見えて仕方がない。
「ふふっ、あんなこと言ってたけど菫も宮野くんの事を心配してたんですよ? 表情にはあまり出していませんけどね」
「そうなのか?」
菫はいつもみたいな無表情でキッチンに向かっていったから楽しくもないし、悲しくもない。
完全な無だと思ってたんだけどな。
「そうですよ。昔から感情が表情にあまり出にくい子だったんですがね。最近は宮野くんと関わったおかげか様々な表情が見れて私は満足しています」
「天城と二人の時もあんな風に無表情なのか?」
「う~ん、表情が豊かってことはありませんね。私と居るときは普段よりも幾分か柔らかい表情になりますけど、表情豊かというほどではありませんよ」
「言われてみれば、最近は最初の頃に比べてかなり表情豊かになった気がするな」
最初の方は本当に無表情で何を考えているかわからなかった。
正直、あの容姿の良さも相まって少し不気味な何かを感じていたのを覚えている。
「ですよね。だから、きっとそれはあなたのおかげなんです。あなたと出会ってから菫は私の前でもある程度様々な表情を見せてくれるようになったから」
言いながら天城はキッチンの方を見て、優しい微笑みを向けていた。
本当に天城は菫の事を大切に思っているようでその視線は慈愛に満ちていた。
凄く可愛らしい。こんな子に看病されるのは役得かもしれないな。
「そっか。そりゃあ良かったよ」
「っと、ごめんなさい。宮野くんは熱出てるのにこんなに話させてしまって」
「いや、気にしないでくれ。どうせしんどすぎて眠れそうにもない。こうやって話をしてた方が幾分か気分も紛れる」
「ならよかったですけど。そう言えば、この前菫と何か話したんですか?」
いきなりの話題転換にびっくりするけど、この前がいつのことを指すのかよくわからない。
最近は結構二人で話すことも多いし。何の話をしたっけな。
「この前って言うと、いつの話だ?」
「つい先日ですよ。というか、昨日です! あなた達がお部屋で何かを話してからずっと菫の機嫌がいいんです。何かしたんですか?」
「う~ん……何もした覚えはないけどな。お悩み相談くらいか?」
「お悩み相談……ですか?」
天城は心当たりがないようでポカンとした表情を浮かべている。
言ってもいいのかもしれないけど、菫は天城に知ってほしくないかもしれないし、そもそも誰かの悩みを許可なく他の人に言う悪趣味は持ち合わせていない。
「ああ。でも、内容は答えないぞ? 菫が許可を出したのなら別だけどさ」
「……それもそうですよね。宮野くんにしか相談しなかったという事は私には知られたくない話なのかもしれないし。それを勝手に聞くのは良くないですよね」
うんうんと数回頷いて何かを考える素振りを見せた後に、いきなり胸倉を掴まれた。どうして?
「今、菫の事を名前で呼びましたよね!? 絶対に菫って呼んでましたよね?」
「ん、ああ。呼んだ! 呼んだからいったん離してくれ」
胸倉を掴まれてぐわんぐわんと頭を揺らされる。
普段なら全く問題ないのだけど、今は熱があるからか凄く気持ち悪くなってしまう。
是非ともやめていただきたい。
「お、お嬢様!? 一体何をしてるんですか! 陸斗様は病人ですよ!?」
キッチンからこっちの様子を見に来てくれた菫が天城の事を何とか引きはがしてくれる。
少し浮かび上がっていた俺の体は何の抵抗も受けずに枕に落ちる。
「だ、だって宮野くんが菫の事を菫って呼ぶから!」
「何をわけのわからないことを言っているんですか。とにかく、一旦落ち着いてください。何度も言いますが、陸斗様は病人です。そんな人の胸倉を掴んで揺さぶるなんて言語同断です!」
菫が天城を叱る光景を見ながら俺は再び思考を沈める。
やはり、見たことがある。
でも、最近会ったような感じはしない。
会ったことがあるとするなら高校入学以前な気がする。
「とにかく、もうお嬢様をこの部屋にはおいておけません。わたくしと一緒にリビングまでいらしてください」
「で、でも私が宮野くんの看病を……」
「真逆の事をしていたお嬢様が何をおっしゃっているのですか」
呆れたように頭を抱えながら菫は天城を引っ張って連れて行った。
最後まで天城は喚いていたけど、菫は気にする様子はなかった。
「おかゆが出来次第お運びするので少々お待ちください」
ぺこりとお辞儀をしたら菫は天城を引きずってリビングの方に向かっていった。
なんだか嵐が過ぎ去ったような感じだな。
まさか、いきなり胸倉を掴まれるとは思いもしなかった。
「まあ、そこまで痛くなかったから良いか」
なんてのんきなことを考えながら俺は菫がおかゆを持ってきてくれるのを待つのだった。
◇
「全く、一体何をしてるんですかお嬢様は」
「……ごめんなさい」
珍しく本気で菫に怒られてしまった。
でも、今回に関しては完全に私の方に非があるので反論はおろか言い訳もできない。
動揺してしまったとはいえ、高熱で休んでいる人相手に胸倉を掴んで揺さぶるなんて絶対にやってはいけない行為だろう。
「いつものお嬢様なら絶対にあんな事しないでしょうに。一体何があったんですか?」
「だって、宮野くんが菫のことを名前で呼んでたから動揺しちゃって。私だってまだちょっとしか名前で呼んでもらってないのに」
菫ばっかりズルい。
私だって、もっと宮野くんと仲良くなりたいしできることなら結婚したい。
なのに、私を差し置いて菫が名前で呼ばれていることに私は純粋に嫉妬したんだ。
「ああ、なるほど。そういう事でしたか」
「どういう経緯で名前で呼ばれるようになったの?」
「そうですね。昨日名前で呼んでもらうようにお願いしたんですよ。そうしたら名前で呼んでくれました」
菫はキッチンでおかゆを作りながら上機嫌に説明してくれた。
かなり大切な説明が抜けている気がするんだけど。
特に私の知りたいことが全く聞けてないんだけど???
「えっと、どういう経緯でそうなったのかを教えてもらってもいいかしら?」
「それは……秘密です。えへへ」
「なっ……」
顔を真っ赤にして右手の人差し指を口元に近づける菫は今まで見た中で一番かわいかった。完全に恋する乙女の顔をしていて、私は動揺を隠すことができないでいた。
正直、私には自身の容姿に自信がある。もちろんスタイルにも。
でも、菫に勝てるかと聞かれると自信を持って頷くことはできない。
「いくら、お嬢様が相手でも内緒です」
私が無言でいると菫は照れたようににへへっと笑ってきた。
この笑顔に抜群のスタイル。
同性の私でも羨ましくて思わず嫉妬してしまいそうになるプロポーション。
こんな美少女に言い寄られたらどんな男性でも簡単に好きになってしまうだろう。
「まさか、私の恋のライバルが菫になるだなんてね」
「なにかおっしゃいましたか? お嬢様」
「いいえ。何も言っていないわよ。ただ、宮野くんと菫が仲良くなってそうで嬉しいだけ」
嬉しいのは本当だ。
まさか、仲良くなるどころか好きになってしまうとは思いもしてなかったけど。
「ありがとうございます。では、おかゆが出来たので陸斗様の部屋まで運んでまいりますね」
「ええ。私はもう少し頭を冷やすことにするわ」
「かしこまりました。では」
今の精神状態で宮野くんにあったらまた何かをしでかしてしまうかもしれない。
いや、しでかさない自信が今の私にはまったくなかった。
「難しい恋ね。本当に」
菫がいなくなったリビングで私は一人そうつぶやくのだった。




