第3話 天才お嬢様にファーストキスを奪われた件
「陸斗様は何をお聞きになりたいのですか?」
「話せる範囲で構わないから、どうして天城が俺を夫にしようとしてるのか知ってたら教えて欲しい」
「……それは私にもわかりかねますね。ハッキリ言って意味不明です。お嬢様は昔から突拍子もないことをなさるので」
辻はため息をつきながらやれやれといった様子で首を横に振っている。
その気持ち、よくわかるぞ。
意味わかんないよな。
いきなり夫になってくれとか。
「やっぱそうだよな。てか、辻的には主人が俺みたいなやつと結婚してもいいのかよ」
「わたくしはお嬢様の判断に従います。わたくしにとってお嬢様が全てですから」
「信奉者かよ」
「そうかもしれませんね。わたくしは、お嬢様に救われましたから」
過去を懐かしむように目を細めて彼女はつぶやく。
その姿はどこかの絵画に描かれている聖母のように慈愛に満ち溢れて見えた。
きっと辻にとって天城は主人以上の何かなのだろう。
今の仕草で俺はそう感じた。
「そっか。じゃあ、天城ってどんな奴なんだ? 俺は今日初めて話したんだが、今のところ頭のおかしい美少女としか思えない」
「わたくしにとってのお嬢様ですか?」
「ああ。全然主観で構わない。というか、君の主観を知りたい」
「でしたら、そうですね。とても優しくて努力家。だけど、少しだけネジが外れてる人ですかね」
やっぱりネジは外れてるんだ。
使用人にまでそう思われているってことは本当にネジは少し外れているのだろう。
でも、悪い奴ではなさそうだ。
使用人から聞いた意見だから鵜呑みにするのもよくないけど、ここまでまっすぐな目で言っているのだから少なくとも辻にとって天城は本当にいい人間なんだろう。
「確かにネジは外れてるかもしれないな。でも、悪い奴ではなさそうだな」
「そうなんですよ。というわけでお嬢様を幸せにしてあげてくださいね」
「なぜそうなった!?」
「だってお嬢様は昔から自分が欲しいと思った物に対する執着心は半端ないですから。お嬢様が陸斗様を夫にするとおっしゃったのならきっとそれは実現します。それがお嬢様ですから」
なるほど、彼女があそこまで自信満々だったのは絶対に俺のことを夫にするという気でいたからか。
おそらく、彼女の中で俺が夫になるのは既定路線なのだろう。
全く、面倒な問題に巻き込まれたもんだよ。
「なんて厄介な。はぁ、どうやったら逃げれると思う?」
「逃げられるわけないじゃないですか。お嬢様からはそう簡単に逃げられないと思うのであきらめてください」
なんてこったい。
俺だって恋愛に興味がないわけじゃないし、いつかは結婚したいとすら思っている。
だけど、確実に今ではない。
それだけは確かだ。
「諦められるか。まあ、ここで何を言っても仕方がないか」
「ですね。わたくしにお嬢様を止めることはできませんし、お嬢様の許可がない限りわたくしはここで陸斗様のお世話をいたしますので」
「じゃあ、明日にでもすぐに天城に直談判をしに行かないといけないな。今後の予定が決まったことで、普通に辻のことを聞いてもいいか?」
「わたくしのこと……ですか?」
おそらくだが、天城が俺に執着する限り辻とは付き合いが長くなりそうだ。
だから、今のうちに彼女のことを知っておけば疲れることも減るだろうし、もしかしたら力を貸してもらえるかもしれない。
「ああ。俺は仲良くしたいと思うぞ。どうせ付き合いが長くなりそうだしな」
「……それもそうですね」
辻は一瞬虚を突かれたようにポカンという表情を浮かべてから、優しく微笑んでくれた。
この子もかなりパワー系であるものの悪い奴ではないみたいだ。
「とりあえず、何歳なんだ?」
「女性にそういうことを聞くのはどういうものなのかと思いますが……わたくしは16歳です。お嬢様や陸斗様と同じ年齢にあたりますね」
「そうなのか。もう少し歳が上かと思ったが」
辻は落ち着いた雰囲気と常に敬語で話すから、どうしても少し歳が上に見える。
もちろん、老けているだとかそういう意味ではない。
でも、天城の面倒をずっと見ているからなのか年上の雰囲気をどうしても感じてしまう。
「よく言われます。この髪のこともよく聞かれるのですが、陸斗様も気になりますか?」
「気にならないと言ったら嘘になるな。地毛なのか?」
「ええ。わたしくの母が外国の出身で。この目の色は母方の祖父に似たのだそうです」
辻は丁寧に自分の髪と目の色について説明してくれた。
この美貌は外国の血が入っていることも要因なのだろう。
だが、それだけではない気がする。
この佇まいがより一層彼女の美しさを引き立てているんだと思う。
「なるほどな。すごく美人だからきっとそうだろうとは思っていたんだけど、やっぱり外国の方の血が入ってたか」
「……陸斗様は女性を簡単に褒めすぎです。女たらしさんなんですか?」
「心外すぎる。思ったことをそのまま伝えただけだ。それよりも今日は普通にベッドを使ってもいいから早く寝ろ。と言ってもまだまだ時間は早いがな」
俺としては彼女に家事を任せるつもりもないし、何か変な頼みをする予定もない。
何かを頼んで自分の状況が不利になるのもごめんだし、女の子に家事をやらせてくつろいでいられるほど俺の精神は図太くない。
「……よろしいのですか? 自分で言うのもなんですがわたくしは容姿もスタイルも女性の中では上のほうだと思うのですが」
「本当に自分で言うようなことじゃないな。しかも、事実なのが質悪い」
辻は確かに容姿もスタイルも女性の中では最上位に位置すると思う。
だが、俺は他者の意志を捻じ曲げてまで無理やり行為を迫るようなクズに成り下がりたくはないし、なるつもりもない。
「では、なぜ?」
「何だっていいだろ。俺の勝手だからさ」
それ以降は彼女の追撃をのらりくらりと躱して就寝まで乗り切った。
健全な男子高校生に何というトラップなのだろうか。
まともに集中できなかった俺はこの日勉強をすることが叶わなかった。
◇
「俺の家にメイドを差し向けるなんていったいどういう領分だ?」
「あら、お気に召しませんでしたか? 殿方は菫のような女の子のことが好きだと思ったのですが?」
「確かに可愛いと思うし、魅力的だと思うけど。俺は好きでもない相手とそんなことをするほど軽い人間になるつもりはないんでな」
俺と辻は朝早くに玲瓏学園にたどり着いていた。
二年四組には天城乃々が足を組んで優雅に佇んでいた。
「ふふっ、やはりあなたはそういう方ですよね。安心しましたよ。菫を襲うような狼さんじゃなくて」
「……俺を試していたのか?」
「試すだなんてとんでもない。私は確認作業を行っていただけです。実際あなたは私の読み通り菫を襲うようなことはなかった」
すべてを見透かすかのような紫色の瞳が俺を射抜く。
いったい何を考えているのか。
何が目的なのか。
こうして対面していても全くわからない。
「本当に何が目的なんだよ」
「言っているではありませんか。私の目的はあなたと結婚することだって」
「だから、その理由を知りたいんだけどな」
「説明する気はないです。というか、どうやったらあなたは私の物になってくれるんですか?」
どうやったら……か。
確かに俺は相手の考えを否定するばかりで妥協案は出せていない。
これではアンフェアか。
「真っ当に俺が天城のことを好きになったら、かな」
結婚っていうのはそもそも恋愛をしてからするものだと俺は思う。
まあ、一部政略結婚だとか感情の伴わない結婚があると聞いた事もあるけど。
「なるほど。じゃあ、簡単ですね。宮野さんの宣戦布告を受けるとしましょう。あと、菫は今日から普通に私の家に戻ってくれて構わないわ。確かめたいことは確かめられたことですし」
「かしこまりました。お嬢様」
辻はお辞儀をして二年四組を出て行った。
待ってくれ。
俺をこいつと二人っきりにしないでくれ。
「宮野さん、少しこちらに来ていただいてもいいですか?」
「別にいいが」
天城は立ち上がって手招きをしてくる。
俺は何の警戒もせずに彼女に近づいた。
チュ
「これであなたのファーストキスは私の物ですね」
「……おま、何して」
前を見てみれば自身の唇を右手で押さえて妖艶に微笑んでいる天城の姿があった。
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