第2話 なぜか天才お嬢様のメイドが家に来た件
「すまない。もう一度聞いてもいいか?」
「はい、ですので私の夫になっていただきたいのですが」
「それはあれか? 天城の家では政略結婚とかそういうのがあって俺のことを隠れ蓑として使いたいとかそういう奴か?」
俺みたいな庶民にはわからないが、もしかしたらそういう旧態依然とした風習が残っているかもしれない。
なんで当て馬に俺を選んだのかは不思議で仕方がないわけだけど、そういう理由ならぎりぎり理解ができる。
「ん? そんな理由ではありませんよ。私は素直にあなたのことを殿方として魅力的だと思ったから言っているのです」
「……仮に天城の言っていることが真実だとして、普通は付き合うとかそういうのじゃないのか? いきなり夫になれっていうのは変じゃないか?」
変というか、普通に恐怖を感じる。
どうして俺を夫にしたいのか。
そもそも今日が初対面のはずだ。
何を考えていきなり夫にしようなんて思ったのか。
疑問で仕方がない。
「そうでしょうか? どうせ結婚するという結果は変わらないのですからいいではありませんか」
「……どういうことだよ」
「ですから、言葉の通りです。宮野君が私と結婚するという未来はすでに決まっているのです。なのにわざわざ付き合う必要性がどこにあるのですか?」
彼女は心底疑問といったように首をかしげている。
どうやら、考え方が俺とは根本的に違うようだ。
何を言っているのか全く持ってわからない。
「何を言ってるのか心底わからないな。そもそも、天城は俺のどこにそんな魅力を感じたんだ? はっきり言って俺はそこまで大層な人間でもないぞ?」
天城はほとんどすべてを持っている側の人間だ。
家柄も頭の良さも、こういう言葉は好きじゃないけど生まれ持った才能もやはり格が違うのだと思う。
だからなのだろうか。
彼女が何を言っているのか理解が及ばない。
「それは私だけがわかっていればそれでいいのですよ。それで返答はいかがでしょうか?」
「少し考える時間をくれないか? さすがにこれからの人生を左右するようなことをこの場では決められない」
「それもそうですね。ではいいお返事が聞けることを期待していますよ」
何の不安もなさそうに自信に満ち溢れた表情で彼女は微笑を浮かべている。
美しい絵画のような顔なのに、俺は彼女を美しいとは感じなかった。
美しいよりも恐怖が勝ってしまっているのだ。
何をしでかすかわからない恐怖。
それが全身を支配する。
「それもそうですね。いいお返事を期待していますよ。それではごきげんよう」
彼女はそういうと電車にも乗らずにどこかに歩き去って行ってしまった。
「よくよく考えてみれば、雄介が言ってたっけか。俺らみたいな一般家庭出身者以外は大体送迎があるって。じゃあ、この話をするためだけにここまでついてきたってわけかよ」
それはそれでかなり怖い。
どうしたもんか。
もしかしたら俺はかなりめんどくさい奴に目をつけられたのかもしれない。
「なんで……新学期そうそうこんな目に遭わないといけないんだよ。さすがに頭痛がしてくるぞ」
あまりにもめんどくさい状況に頭を押さえながらやって来た電車に乗り込んで帰路をたどる。
とりあえず、風呂に入ろう。
湯船につかりながら思考を整理させないとパンクする。
「とっとと家に帰るか」
めんどくさい事を考えるのは後回しにして俺は電車に乗って家に帰る。
普段は電車に乗っている間でも参考書を見ているのだが、今はそんな気分になれなかった。
今見ても頭に入らないだろうしな。
◇
「ふひぃ」
湯船に浸かって疲れた体と心をリフレッシュさせる。
暖かいお湯が全身を癒してくれる。
俺は人生の時間において風呂に入っている時間がかなり好きだ。
だから、ゆっくりしていたいんだけど。
ピンポーン
と、インターホンが鳴った。
こんな時間に郵便が来ることもないだろうし、訪ねてくる友人にも心当たりがない。
何かのセールスか勧誘だろうか?
であるならば、わざわざ出る必要もないな。
「今日はゆっくりさせてくれ。本当に疲れたんだ」
湯船に浸かりながら一人呟く。
本当にいろいろあり過ぎて頭が追い付いていない。
いきなり天才お嬢様に求婚されるわ、おそらく拒否権はないわでもうどうすればいいのかわからない。
そもそも、答えなんかないのかもしれない。
「とういか、勧誘にしては妙にしつこいな?」
一度目のインターホンを無視してから連続で三回ほどインターホンを鳴らされている。
よっぽど俺を勧誘したいのか、それともいたずらか。
「……出るか。こんなにインターホンを鳴らされたら全くゆっくりできない」
せかされるようにして俺は浴室を後にして着替えてから玄関に向かう。
ちょっと怖かったから、ドアスコープをのぞき込んでみるとそこには金髪の少女が立っていた。
「いや、誰だよ」
あいにく俺に金髪の知り合いなんていない。
では、いったい誰なのか。
そんなの俺が知りたいくらいだ。
格好は私服で可愛らしい白色のワンピースを身に着けていた。
「どちら様ですか?」
一応ドアチェーンをつけてから扉を開ける。
すると、安心したようにぱぁっと表情を明るくして俺の顔をのぞき込んでくる謎の金髪美少女。
なんだか、犬みたいな子だった。
「やっと出てくれた! えっと、こんなに遅くにごめんなさい。宮野陸斗様の家で間違いないですか?」
「ああ。一応ここは俺の家ってことになってるな。あんたは?」
「わたくしは乃々お嬢様のメイドの辻 菫と申します。お嬢様に言われて陸斗様の監視……じゃなくて、陸斗様の身の回りのお世話をするように仰せつかっております」
「今サラッと怖いこと言ったよな? 監視って思いっきり言ったよな?」
前世の俺はいったいどんな悪行をしたのだろうか?
ほぼ同い年に見える女の子に監視されるとか、どんな拷問だよ。
「気のせいです。つきましてはお部屋に入れて頂けるとありがたいのですが……」
「断る。ただでさえ、天城のせいで脳みそのキャパシティを超えてるんだ。これ以上面倒ごとが増えたら死んでしまう」
「残念です。では、このドアチェーンを切断させていただきますね」
言いながら彼女は物騒なものを取り出してきた。
チェーンカッター!?
本気でうちのドアチェーンをぶった切るつもりかよ。
冗談じゃない。
修繕費いくらすると思ってんだ。
「待て待て待て待て!? 開けるからそれはしまえ!」
「あ、開けてくださるんですね。ありがとうございます」
どうやら、かなり武闘派みたいだな。
可愛い見た目をしていて中身はかなり凶暴で凶悪みたいだ。
「もうどうにでもなれ」
半ばあきらめてしまった俺は素直にドアチェーンを外して彼女を部屋の中に招き入れる。
ドアチェーンをぶっ壊されるよりかは何倍もマシだし、何よりも天城の使用人ってことは俺が何を言ってもきっと下がらなかっただろう。
であるならば、素直に家の中に入れてしまったほうが効率的と言える。
「意外とお部屋は綺麗になさっているんですね」
「意外とってなんだよ。そもそも俺とあんたは面識がないだろうが」
少なくとも、俺はこの人を知らない。
こんな美人を一度見たら忘れるはずがないしな。
綺麗な金髪だ。それに、宝石みたいな青色の瞳。
まるでアニメや小説の世界から飛び出てきたんじゃないかと疑ってしまうほどの美貌。
そんな子が家にいるというのに全くドキドキしない。
「それもそうでした。これは失礼」
「で、わざわざ何の用なんだよ。別に俺は身の回りの世話なんかされなくても一人で十分生きていける。ハッキリ言って不要だ」
結果がどうなるにしろ、自分の意志はしっかりと表示しておくべきだろう。
にしても、今日一日でどれだけ俺に波乱が起きるんだ。
「そういわれましても。お嬢様に言われてきたので私の意志で帰ることなどできません。できるとするならば、お嬢様がこの命令を撤回した時だけです」
「……お前、身の危険とか感じないわけ? 俺は一応男なんだぞ? 襲われるかもしれないとかさ」
「そうなれば甘んじて受け入れましょう。そういう欲求の解消も身の回りのお世話に含まれると思いますので」
「……」
どうやらこの少女は俺の想像以上にすごい奴なのかもしれない。
年齢は俺とそこまで変わらないように見えるのに考え方というか、割り切り方が異常だ。
一種の狂気すら感じる。
こういうところは主従似てるってことか。
「どうされますか? さっそくそういった行為をお望みなのでしたら脱ぎますが」
真顔で彼女はそんな提案をしてくる。
いったいどんな生活を送ればこの歳の女の子が躊躇なくこんなことを言えるようになるのだろうか。
「そんなことしなくていい。それよりもお前のことを聞かせてくれ。少しだけ興味がある」
使用人がどんな仕事をするのか。
どんな経緯で使用人になることになったのか。
興味がないと言えば嘘になってしまう。
どうせ、明日天城に直談判をしに行くまではこの子も帰れないだろうし。
「えっと、スリーサイズは……」
「違う! そうじゃ無い!」
いきなりとんでもないことを言おうとする辻を何とか制止して、使用人になった経緯や事情。
話せる範囲で天城乃々が何を考えているのかを聞いてみることにする。
「とまあ、いろいろ聞いてみたいんだが先に飲み物を用意したほうがいいよな。コーヒーでいいか?」
「いえ、そういったことはわたくしが」
「いいって。君は俺の世話をしに来たのかもしれないけど、俺はそれを望んでないし俺にとって今の君はゲストだから。これくらいはさせてくれ」
これは本心ではあるのだが、少し一人になって頭を整理したいという気持ちもあった。
天城乃々が何を思ってこの子を俺のところに送ってきたのか。
意図がわからない。
「金持ちの道楽なのか?」
にしては色々やりすぎな気がしなくもないんだけど。
もしくは、すべて何かの計算で動いているとか?
天才お嬢様って呼ばれてるくらいだ。
そういう謀略は得意なのかもしれない。
「ダメだ。結局俺が考えてもわかる問題じゃない」
考えれば考えるほどに疑問が浮かび上がってくるのに、何一つとして答えは見つからない。
「陸斗様は普段から家事をなさっているんですか?」
「まあ、最低限はやってるな。一人暮らしだし」
「コーヒーも普段から飲んでいらっしゃるのですか?」
「ああ。勉強するときとかによく飲むかな」
辻も積極的に話題を振ってくれるから気まずい空気にならなくて済む。
そういう点は本当にありがたい。
まあ、無理に足かけてきた相手に感謝をするっていうのも変な話だけどな。
「そうなのですね。どうりで手慣れていらっしゃる」
「コーヒーの淹れ方でそこまで味は変わらないぞ? インスタントだしな」
コーヒーは淹れ方によって風味が変わるとかそういうのを聞いた事があるけどインスタントで味が劇的に変わるとは思えない。
「それもそうですね。っと、ありがとうございます」
「気にすんな。じゃあ、話を聞かせてもらおうかな」
辻の前にコーヒーの入ったマグカップを置いてから俺も対面の椅子に座る。
この子からたくさん話を聞かせてもらうことにしよう。
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