第14話 懐いてくれるメイドさん
「……マジかよ」
「何がでしょうか?」
「いや、何でもない」
俺は最近の日課となってしまった天城家で辻に勉強を教えている途中に驚愕していた。
理由は簡単で、彼女の呑み込みの早さにである。
ついこの前に教えた数学の公式ほぼすべてを完璧に覚えていて、何なら応用問題も難なく解くことが出来ていた。
最初は二年生になってからの範囲どころか一年生の範囲の公式すら危うかったのにだ。
「そうですか? ならばよろしいのですが」
彼女は可愛らしく小首をかしげた後にすぐに問題集に目を落としていた。
正直な話、俺がお役御免になる日も近いのかもしれない。
そう本気で思えるくらいには彼女の呑み込みの早さは素晴らしい物だった。
「普段から勉強を始めたのか?」
「いえ。今まで通りですよ? 今までと違う点と言えば、こんな風に陸斗様との勉強時間が増えたくらいですね。それ以外は本当に何も変わっていません」
つまり、彼女はこの週三回の三時間でここまで成長をしているというわけである。
しかも、普段と変わっていないという事はしっかり授業を聞き始めたというわけでもないのだろう。
まあ、俺自身も天城に教えてもらってからかなり勉強の効率は上がったが流石にここまでではない。
辻が普段から真剣に授業を聞いていれば学年で上位をとることも容易なはずだ。
「そ、そうか」
「ん? なぜそんなに微妙な顔をしていらっしゃるのですか?」
「いや、何でもない。勉強の邪魔をして悪いな。続けてくれ」
「はい」
最近辻についてもわかったことがある。
彼女は立ち振る舞いは完璧なのだが、人の感情の機微に疎いところがある。
他にも、家事などは完璧にこなすのにたまに変なところでミスをしたり。
彼女は見ていて飽きないし、関わっていて不快にならないタイプだった。
「一つ、質問よろしいでしょうか?」
「俺にわかる事であれば」
「では、ここの問題なのですが」
彼女は対面に座っていたのに問題集を持って俺の隣に密着してくる。
なんか、女の子特有の甘い香りがするし肩と肩が触れ合ってるし。
でも、この子そう言うのを全く意識してないでやってるからある種質が悪い。
「この問題は……ここにこっちの式を代入してから計算するんだよ。そうすると、ほら」
「なるほど。陸斗様は本当に教えるのが得意なのですね。将来は教師にでもなられるのですか?」
「その予定は今の所ないね。教職って安定はしそうだけど、お金稼げなそうだし」
人に聞いた話だけど、教職はブラックだと聞いたことがある。
まあ、やりがいは凄くありそうだけど今の俺はやりがいよりもお金重視だ。
一刻も早く良い企業に就職して母さんに楽をさせてあげたい。
「陸斗様はお金が欲しいのですか?」
「今すぐに欲しいってわけじゃないけどね。今まで迷惑をかけた母さんに楽させてやりたいんだ」
生まれてからずっと母さんにはいろんな迷惑をかけてきたし。
片親で苦しいはずなのに俺の前では全く弱音を吐かないで常に優しく振舞ってくれた母さんに恩返しがしたい。
「優しいのですね」
「そんなんじゃない」
「であるならば、なおさらお嬢様と結婚されては? お嬢様と結婚したら地位も名誉もお金も手に入りますよ?」
辻は素で聞いてきているので少しだけ質が悪い。
確かに、彼女と結婚すれば辻が挙げたすべてが手に入るのかもしれない。
だけど、俺は結婚するなら好きな人としたいし、誰かと結婚をする目的がお金なんてのは御免だ。
そこまで腐りきった人間になりたくないから。
「流石に金欲しさで誰かと結婚をしたりはしないさ。そんな不誠実な真似はしたくないからな」
「お嬢様はどんな理由であれ、結婚をしてくださるのであればお喜びになると思うのですが。陸斗様が乗り気でないのならわたくしが強要することもできませんね」
「そうしてくれると助かる。別にあいつのことが嫌いなわけでもないし、本気で好きになったら結婚するかもな」
「では、わたくしはそうなることを心の底から願っておくことにしますね」
フフッと微笑んでから彼女は俺の対面の椅子に戻っていった。
本当にこの子たちは俺の心臓に悪い仕草や行動をとってくる。
俺が本気で天城の事を好きになる日が来るのだろうか?
◇
勉強が終わり辻と二人でリビングに降りると椅子に腰かけて真剣に本を読んでいる天城の姿があった。
最近はいきなり求婚してきたり、激しいアプローチをしてくる印象が強くて忘れてたけど静かにして本を読んでいれば深窓の令嬢のように静謐で美しい女の子であるのだ。
ブックカバーをしていて何の本を読んでいるのかはわからないけど、多分真面目な本を読んでいるのだろうと俺は勝手に推測した。
「宮野くんと菫。勉強は終わりましたか?」
「ああ。キッチリ三時間終わったぞ。天城は何の本を読んでたんだ?」
「これですか? こういう本ですよ」
天城はこっちを見て不敵に微笑んでからブックカバーを外して本の表表紙を見せてくれる。
そこには「図解 好きな異性の堕とし方」と書かれてあった。
全く真面目な本ではなかった。
真面目どころか不純すぎた本を読んでいて、聞いてしまったことを軽く後悔する。
何を呼んでるんだ全く。
「聞いた俺が間違いだった。それを読んで何をしようとしてるんだよ」
「宮野くんの堕とし方を研究しようかと。私も勉強していたんですよ」
何を言っているんだこいつは。
手遅れになる前に早く何とかしないと。
「陸斗様、今日は夕飯を食べて行かれますか?」
「良いのか? 毎回ご馳走になっている気がするんだが」
「良いんですよ。お嬢様のそのほうがお喜びになられますし、わたくしも手料理を食べてくださる方が多い方が作り甲斐があるというものです」
毎回毎回ご馳走になるのは気が引けるんだけど、辻の作る夕飯は本当に美味しいから断りずらい。
完全に胃袋を掴まれてるんじゃないか? 俺。
「じゃあ、頂いて行こうかな」
「かしこまりました。では、お嬢様とリビングでくつろいでお待ちください」
辻は一礼をしてキッチンに向かっていった。
今日の献立はなにかな。
まあ、辻が作る夕飯は何でも美味しいから何が出てきても嬉しいんだけど。
「あなた達随分と仲良くなったのね」
「そうか? これくらいは普通じゃないのか?」
未だに様付けで呼ばれてるし、距離感が縮まったかと聞かれたら微妙なラインだな。
嫌われてはいないと信じたいけど、あの子の表情って結構読みにくい。
流石に今までの短い関係で彼女の表情の機微で感情を読み取ることはできない。
「そんなことないですよ。あの子があんなふうに誰かに懐いてるの見たことないですから」
「いや、天城にも懐いてるじゃないか」
「それは私が主人だからですよ。それに、あの子は懐いているというか私に関しては忠誠とかそっちのニュアンスが激しい気がするんですよね」
懐いてもいると思うんだが、そこに関しては付き合いの浅い俺がとやかくいう事じゃないな。
俺はそう考えて天城の対面の椅子に腰かける。
「でも、懐いてくれるって言うのは嬉しいな。ツンケンされるよりは素直に話を聞いてくれた方が勉強も教えやすいし」
「私は宮野くんと菫が仲よさそうでよかったです。二人の関係が良好なほうが私も好ましいですから」
「わざわざ険悪になる必要は無いからな」
これからの付き合いも長くなりそうだし、俺としても仲良くできるのであれば仲良くしたい。
彼女と関わっているのは普通に楽しいし。
「先に言っておきますけど、菫に惚れちゃダメですからね? あなたは私の旦那様ですから」
「もう既定路線なのやめてね? まだ決まったわけじゃないから」
「決定事項ですよ。私はあなたを逃がす気がありませんので」
不敵に笑いながら彼女は再び本に視線を戻す。
こうして話しているとどうにも手のひらで踊らされているような感覚が抜けない。
実際踊らされているんだろうけど。
深く考えても意味が無いし、どうしようもできないから考えないようにしよう。
それよりも今俺が考えることは今日の辻が作ってくれる夕飯が何なのかだ。
楽しみだな~
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