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情報






 その日の店仕舞いをした後、馬車に乗って王城に向かう。


 ……説明はちょっと考えるか。


 きちんと話すつもりだが、勇者君達の様子を見てからでも遅くはないだろう。


 彼らへの対応が変わっていないか確認して、わたしの能力も悪用されないと分かってからでないと伝えるのは少し危険だ。


 馬車が門を越えて王城敷地内に入る。


 裏口に着き、目立たないようにそこからシルヴェストル君と共に中に入った。




「ルイ様のお部屋はまだ維持してあるそうですが、こちらに泊まりますか?」


「いや、できれば帰りたいね。ポーラさんの食事が一番、口に合うんだ」


「そういえば、城にいた頃より食事量が増えましたね」




 廊下を歩きながら、話す。




「とりあえず赤城君達の様子も見ておきたいし──……」


「あっ」




 噂をすればというやつで、話していると女の子の声がした。


 振り向けば、廊下の向こうに鈴代さんが立っていた。




「やあ、一ヶ月ぶりだね」




 手を上げ、声をかけながら近づけば、鈴代さんが小さく頷いた。




「はい、お久しぶりです。えっと、羽柴さんのほうは順調ですか?」


「おかげさまでねぇ。趣味の店を出すことになったんだけど、なかなかに繁盛してるよ」




 言いながら、煙草そっくりの菓子を取り出し、鈴代さんに渡す。


 眉根を寄せて見られたので「お菓子だよ」と言えば、素直に受け取ってくれた。




「広い風呂が恋しくて来たんだ。鈴代さん達は最近どうだい?」


「剣や魔法の訓練をしています。時々騎士さん達と王都や外に出て、この世界のことや魔物のことなど色々学んでいて、まだまだ覚えることがたくさんです」


「ははは、分かるよ。わたしも毎日驚かされてばかりだからね」




 わたしも菓子を咥えて笑う。




「ところで、これからひとっ風呂浴びに行くんだけど、一緒にどう?」


「私も汗を落としたかったのでご一緒します」




 というわけで、鈴代さんと風呂に入りにいくことにした。


 その間、シルヴェストル君は王太子のところに行くようだ。


 わたし達は王族用の大浴場の一つに行き、二人で服を脱ぎ、薄手の衣を羽織って浴室に入った。貴族や王族は体を洗う時以外は入浴時に薄手の衣を着て入浴するらしい。


 体や髪を洗い、鈴代さんと一緒に湯船に浸かる。




「ああ、生き返るねぇ……」




 シルヴェストル君の家にも浴室があり、入浴できるけれど、やはり広い湯船というのは格別だ。この世界でも湯に浸かることは贅沢で、金のかかることだった。




「鈴代さん達は、国王陛下や王太子殿下によくしてもらっているかい?」


「え? あ、はい、色々と助けてもらっていると思います……?」


「毎日楽しい?」


「……つらくないと言えば嘘になりますけど、最初ほど嫌ではなくなりました」




 鈴代さんが湯船に顎まで浸り、少し目を伏せる。




「将来なりたかった仕事とか、やりたいこととか、全部消えてしまって……恨む気持ちもあります。でも、ここの人達はみんな優しくて、すごくよくしてくれて、何度も謝ってくれて。許せるかどうかは別としても、今はこの世界で生きていくのも悪くないのかもって思えます」


「そうか。わたしが言えたことではないが、君達が元気そうでよかったよ」




 目元に落ちた前髪を後ろに掻き上げる。


 鈴代さん達だけになっても対応が変わらないということは、この国は本当に彼らを何かに利用する目的はなく、きちんと保護している。


 ……これなら明かしても大丈夫そうだ。




「羽柴さんは、元の世界に未練はないんですか?」




 鈴代さんに訊かれて頷いた。




「まったくないねぇ。あっちではただ働いて、寝て、また働くだけだったから。あえて言うなら、そこそこ溜まった貯金だけは少し勿体ないと思うよ」


「……そうなんですね」


「まあ、わたしは友人も家族もいないから、そういうところも未練がない理由の一つかもしれないね。こっちではあくせく働かなくても生きていけるし」


「家族も?」




 振り向く鈴代さんにわたしは微笑むだけにした。


 事故で両親を亡くした、なんて身の上話をして同情されても嬉しくないし、気を遣わせるのも面倒くさい。


 鈴代さんもそれ以上は訊いてこなかった。本当に聡い子だ。




「お互い、新しい人生を得たと思って頑張っていこうじゃないか」


「はい、そうですね。拓真と圭はこの世界を楽しんでいるみたいです」


「ははは、前向きだねぇ」




 そうして、二人で風呂から上がる。


 来た時と同じ服に着替えて大浴場から出れば、シルヴェストル君が廊下にいた。




「ルイ様、お髪が濡れたままではよくありません」




 と、すぐに近づいてきて、魔法で温風を送ってくれる。


 ……魔法って便利だよねぇ。


 その風で髪を乾かしながら鈴代さんに声をかけた。




「それじゃあ、元気でね。また時々フラッと来るから、たまに話でもしよう」


「はい、羽柴さんもお元気で」




 あっという間に髪が乾き、手櫛で整えられる。


「ありがとう」とシルヴェストル君に言えば、小さく頷き返された。


 鈴代さんと別れ、シルヴェストル君を見る。




「さて、王太子殿下か国王陛下にお話ししたいことがあるんだけど、会えるかな?」




 シルヴェストル君が目を瞬かせ、少し考える顔をする。




「王太子殿下であれば可能かと。一度部屋に戻り、お伺いを立てましょう」


「そうだね」




 そういうわけで、以前使っていた部屋に寄り、メッセージカードに訪問してよいか尋ねる内容を書き、使用人に持っていってもらう。


 ついでに水分補給をしつつ、返事を待つ。


 溜まっていた煙草通知を確認して、不要なものは消し、現在のものだけ画面を展開させた。ほとんどがどこかの酒場で酒を飲みながら吸っているようだったので、全て閉じる。


 煙草を取り出し、口に咥えれば、当たり前のように火が灯された。




「ん、ありがとう」




 マッチやライターの火も悪くないが、不思議とシルヴェストル君の魔法でつけてもらったものが一番美味く感じる。彼はいつも火をくれるのでつい甘えてしまう。


 ふぅ……と煙を吐き出す。甘い香りに包まれるとホッとする。




「殿下にはどのようなご用事があるか、お聞きしても?」


「そうだねぇ、話すのは構わないけど……まあ、君も一緒に行くんだし、王太子殿下に話す時に聞いてくれたほうが二度手間にならないから。それにここだと誰が聞いているかも分からないからねぇ」


「……分かりました」




 シルヴェストル君は意外にもあっさり引き下がった。


 そうしていると部屋の扉がノックされ、シルヴェストル君が対応する。


 その間に煙草を携帯灰皿に押しつけ、蓋を閉じてそれごと消した。


 王太子殿下が会ってくれるというので、使用人の案内についていく。


 ……おや、通ったことのない道だ。


 だが、シルヴェストル君が何も言わないので危険はないのだろう。


 ひとつの扉の前に通された。騎士達が守るその扉をシルヴェストル君が叩き、中から「どうぞ」と声がして、扉を開ける。


 中にはこの国の王太子がいた。どうやら政務室らしい。




「こんなところに呼んですまない。まだ仕事が終わっていなくてな」


「いえ、こちらこそお時間を作っていただき、ありがとうございます」




 促されて政務室の前にあるソファーに座った。


 シルヴェストル君は背後に控えている。




「ところで、私に話があるということだったが……?」


「ええ。ですが、その前にひとつ謝罪しなければならないことがあります」


「謝罪?」




 意識して目の前に画面を出し、周囲に見えるようになれと願えば、不透明になる。


 そうして、その画面を手で滑らせて王太子の前に飛ばした。




「わたしの称号【愛煙家】の本当の能力はこちらです」




 目の前にきた画面の文字を王太子が読み、驚いた顔をする。




「これは……」


「【勇者】の称号より危険だと判断し、黙っていました。……申し訳ありません」




 王太子が画面を読み終えたので、こちらに引き戻し、シルヴェストル君にも見せる。


 後ろの彼に画面を見せながら話を続ける。




「この能力でひとつ、この国にとって問題となりそうな情報を得たのでお伝えしなければと思い、本日はお時間を取らせていただきました」


「問題とはどういうことだ?」


「本日の昼間に得た情報ですが、どこかの侯爵家が行うオークションで、隣国から攫ってきた第七王子を目玉商品として売りに出すそうです」


「なんだとっ?」




 ガタリと王太子殿下が立ち上がる。


 酷く驚いた様子で、こちらに近づいてくる。




「それは確かか?」


「はい、細身で神経質そうな長身の男性は『侯爵様』と呼ばれていました。そばに禿頭の男がいて、その男がどうやら人を使って攫ったようです」


「……なるほど、闇オークションか」




 王太子は眉根を寄せて不快感を露わにした。




「神経質そうで、長身、細身の侯爵家……」




 シルヴェストル君の声が後ろで呟き、王太子に声をかける。




「殿下、もしやマレット侯爵では? 以前、父が『最近のマレット侯爵家は妙に羽振りがいい』と言っておりました。闇オークションで違法な人身売買をしているとすれば……」


「ああ、大問題だ」




 はあ、と王太子が深く溜め息を吐き、ソファーの背もたれに手を置く。




「しかも隣国の第七王子……どこの国の王族か分かるか?」


「いえ、そこまでは……ただ、絶世の美女と言われた第三側妃の子だと彼らは話していました。まだ十歳だが、見目が良いので高く売れるだろうと」


「よりにもよって友好国の王族か……」




 もう一度、王太子が大きく息を吐いた。




「情報提供、助かった。すぐにこちらで対処しよう」


「よろしくお願いします。小さな子がつらい目に遭うのは忍びないので」




 そう返せば、なぜか王太子にまじまじと見つめられた。


 首を傾げて見返せば「いや……」と少し言葉を濁される。




「ハシバ殿はタクマ達に冷たかったので……その、子供は嫌いなのかと……」


「別に嫌いではありませんよ。ただ、赤城君達はそれなりにもう大きいですし、同郷で歳上だからと頼られても、わたしも自分のことで手一杯だったので。それに勇者と共にいて、わたしも勇者の仲間と思われても戦えませんから」


「……とても強い称号を持っているのに?」


「防戦一方ですよ。何より、血を見るのは苦手でして」




 できるなら戦いなんてしたくないし、血を見るようなこともしたくない。




「『戦う力を持つこと』と『戦う意思があること』は別でしょう」


「それはそうだが……あなたの称号は【勇者】よりも強いだろう?」


「さて、どうでしょうね」




 手を振り、シルヴェストル君に見せたままだった画面を消す。




「とにかく、子供の件についてはお任せしてよろしいですか?」


「あ、ああ……報告、感謝する」


「いえ、また何か問題になりそうな情報を見つけたらご報告します」




 ……わたしが一人で抱え込んでも無駄なだけだ。


 国が動いてくれるなら、そのほうがいい。




「それでは、お忙しい中、失礼しました」




 ソファーから立ち上がれば「ハシバ殿」と王太子に声をかけられる。


 振り向けば真剣な表情でこちらを見つめてくる。




「なぜ、私達に煙草を渡さなかったんだ?」




 と、問われてわたしは笑った。




「こういうことがあるかもしれなかったからですよ。煙草を使えばあなた方の情報を得られるけれど、そうすれば、きっとわたしは今回の件を黙っていたでしょう。称号の能力を明かした時にあなた方の情報を得ていたことも気付かれてしまいますから……」




 そこまで言って、苦笑になってしまう。




「まあ、色々ありますが、一番の理由は彼ですね」




 そばにいるシルヴェストル君を手で示す。


 王太子が「シャリエール?」と不思議そうな顔をした。




「彼はよく働き、気を配り、守ってくれるので、その恩を仇で返したくなかったから……一応、わたしなりにあなた方を信用しているということです」




 王太子が目を瞬かせ、そして小さく笑った。




「なるほど、シャリエールは素晴らしい騎士だからな」


「ええ、本当に」




 思わず頷き返せば、そばにいたシルヴェストル君が照れたように視線を逸らす。


 そういう少し子供っぽい仕草をすると歳下なのだなと感じる。




「ですので、もし煙草を勧められても断っていただけると助かります。わたしも国政に関わる気はありませんし、巻き込まれたくもないので。……ああ、もし密かに何か伝えたい時はこちらに火をつけてください。火がつくまではわたしが情報を得ることはできないため、持っている分には問題ないかと」




 シルヴェストル君に煙草を一箱渡し、中身を確認されて、それが王太子の手に渡る。




「分かった。何かあった際は使わせてもらおう」




 王太子は煙草を政務室の引き出しに仕舞った。




「さて、わたし達はそろそろ帰らせていただきますね」


「泊まっていかないのか?」


「赤城君達に押しかけられても困るので」




 わたしの言葉に王太子が苦笑したものの、否定はしなかった。


 王太子に挨拶をして、シルヴェストル君と共に政務室を出る。


 使用人の案内で外に向かい、馬車に乗って城を後にした。


 いつも通りの静かな馬車の中が少し落ち着かない。




「……シルヴェストル君、ごめんね」




 そう声をかけると不思議そうな顔をされた。




「いや、称号の能力についてずっと黙っていたから……」


「能力については驚きましたが、ルイ様のお立場なら当然であったと思います」




 ……理解が早くて助かるねぇ。


 ホッとしているとシルヴェストル君が続けた。




「称号について話してくださり、ありがとうございます。ルイ様の信用を得ることができて、とても嬉しく、誇らしいです」


 


 まっすぐに見つめられ、わたしは面食らってしまった。


 その迷いのない視線が眩しくて、美しくて、シルヴェストル君という人間の本質が見えた。




「君は真面目で、やっぱりいい子だねぇ」




 手を伸ばし、シルヴェストル君の頭を撫でる。


 さらりとした髪の感触が心地好かった。






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― 新着の感想 ―
涙がシルヴェストルへの信頼を派遣元への信頼の根拠として示したのと、 王太子がそれを好意的に受け止めたところが好きです。 そこで照れるシルヴェストルが可愛い! 高校生組よりかかられる前に涙が線引きをし…
ルイとシルヴェストルのやり取りがとても素敵です。 少し年下の男の(人、なんだけど)子。ちょっと年上のお姉さま。 この関係が自然に出ていてほうっとしてしまいます。特に頭をなでているところとか、ありそうで…
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