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ハシバ・ルイという人物

* * * * *






「本日よりルイ様の護衛を務めさせていただきます、シャリエール侯爵家の次男、シルヴェストル・シャリエールと申します」




 シルヴェストルの挨拶に、その人物──……異世界から召喚された一人、ハシバ・ルイという女性が見たことのない、葉巻とはまた少し違うが似たようなものを片手に、もう片手を上げる。




「やあ、君がわたしの護衛か。話したことのある相手で助かるよ」




 中庭の噴水の縁に腰掛け、やや丸まった姿勢でのんびりと言う。


 自己紹介が合っていれば、ハシバ・ルイというこの人物は二十五歳で、シルヴェストルより二歳上だ。見た目は歳相応といったところか。他三人より大人びていた。


 この国では珍しい黒髪を顎下辺りの長さで切り揃えてあり、メガネをかけているけれど黒い瞳はどこか人目を引く。細身で背は低くもないが高くもない。


 無表情に近いものの、僅かに表情はある。


 穏やかで落ち着いている一方、予想外な言動を取ることもあって、人物像がなかなか掴めない。


 ……召喚されたというのに、見知らぬ場所で寝入るという図太さもある。


 他三人に比べて現状に対して戸惑った様子はなく、淡々と受け入れているふうに見えた。


 ふぅ……とハシバ・ルイが紫煙をくゆらせる。


 葉巻に似た特有の匂いに甘い香りが含まれていて、煙は少し咽せるものの、匂い自体は嫌なものではなかった。今までの葉巻やパイプなどとは違った、嗅いだことのない匂いは少し慣れない。




「改めましてハシバ・ルイです。ルイが名前で、ハシバが家名だよ。ええと……シャリエール君って呼べばいいかい?」


「シルヴェストルとお呼びください。私は次男で、家名だと混乱する者もおりますので」


「そうか。じゃあシルヴェストル君、今日からよろしくねぇ」




 微かに目元を和らげたものの、ハシバ・ルイはやはりほぼ無表情だった。


 シルヴェストルは「はい」と返事をする。


 そして、中庭にいるハシバ・ルイのそばで控えた。


 他の三人の若い召喚者達は城内の見学をしているようだが、ハシバ・ルイは中庭で過ごすらしい。


 あちらの三名は幼馴染同士だが、ハシバ・ルイだけは知り合いではないそうで、一緒に行動する理由がないのだろう。ハシバ・ルイはぼんやり空を見上げたまま、ふぅ……と煙を吐いている。


 他の使用人達などは気になるのかこっそりこちらを覗いているが、気付いていないのか、それともあえて無視しているのか、ハシバ・ルイはぼんやりと空や中庭を眺めている。




「……いい天気だなぁ」




 目を閉じて午前中の穏やかな日差しを浴びる姿は心地良さそうだ。


 そのまま、また寝入ってしまうのではと、少し気が気ではない。


 召喚された時、ハシバ・ルイは寝入ってしまい、とっさにシルヴェストルが抱き留めた。


 痩せていて、あまりに軽くて驚いたのは記憶に新しい。


 ドレスを着ていないにしても、ハシバ・ルイは軽かった。




「あー……煙草が美味い……」




 ちなみに、ハシバ・ルイの部屋担当のメイドからは『食事量が少なすぎる』と言われた。


 医官に診てもらってはどうかとメイドが声をかけたようだが、当の本人からは「こうして生きてるし多分、大丈夫」という信頼性の欠片もない返事をされたそうだ。


 朝食はサラダを数口とスープ、パンを半分食べただけらしい。




「ルイ様」




 声をかければ、ハシバ・ルイがこちらに顔を向ける。




「ん?」


「メイドからルイ様の食事量が少ないという話を聞きました。あまり過度な食事制限は体調を崩す恐れがありますので、できるだけお召し上がりください」


「あー……やっぱり少ない? 今まで食事って仕事の片手間に食べられるものばっかりだったから、この世界に来て久しぶりにまともな食事を摂ったんだけど、胃が受けつけなくてねぇ」




「まあ、そのうち食べられると思うから、多分」と、やはり適当な返事が続く。


 それにシルヴェストルはつい、眉根を寄せてしまった。




「失礼ですが、以前はどのようなお食事を?」


「そうだねぇ、ビスケットとかゼリーとか……あ、ゼリーって分かる? ……で、栄養が摂れるものを、こう摘んでおしまいって感じ。あとはサプリメント……薬で補ってたよ」


「薬で補うのは食事に入りません」




 思わずシルヴェストルは突っ込んでしまい、ハシバ・ルイが小さく笑う。




「確かに」




 どこか他人事のような様子にシルヴェストルは問う。




「胃に優しいものなら、食べられそうですか?」


「うーん、多分? でも多くは食べられないかもね」


「分かりました」




 シルヴェストルは覗き見をしていた使用人達の一人を呼び、その旨を厨房の料理人に伝言するよう頼んだ。


 使用人達は覗き見をしていたということもあって、そそくさと場を離れていく。


 それにハシバ・ルイが「蜘蛛の子を散らしたみたいだ」と笑って煙草を吸う。


 基本的に温厚な性格だが、大雑把というか、物事への関心が薄いようだ。


 ふぅ……と煙を吐き出し、のんびりと過ごす。


 常に煙草を吸い続けており【愛煙家】という称号通りの人物に見える。


 それでもさすがに暇なのか、最初はただ吸っていた煙草の煙を、途中から輪にして遊び出す。


 ……無駄に器用だ。


 ぽ、ぽ、ぽ……と口から輪の煙を出すハシバ・ルイに、通りかかった文官達が思わず目を丸くして立ち止まっていた。


 そうしてしばらくすると、それにも飽きたらしく、吐いた煙に手をかけて何かやり始める。


 どうやら煙を弄っているらしい。意味が分からない。




「お、何かコツが分かったかも」




 ふぅ……と吐き出した煙に手を伸ばし、手を動かすと煙の形が変わっていく。




「ジャーン、魚〜」




 と、言った煙の形は『魚』と言われたらそのような気がするような、しないようなものだった。


 しかし、せっかく作ったそれをハシバ・ルイはフッと吹き飛ばしてしまう。




「くだらない能力だねぇ」




 などと本人が言うものだから、シルヴェストルは反応しようがなかった。


 ハシバ・ルイも特に反応を望んではいなかったようで、気にした様子もなく小さな灰皿に短くなった煙草をこすりつけ、火を消している。


 そして、消したのにまた次の煙草を手の中に出した。


 今度は火をつけなかったが、口には咥える。


 しばし口に咥えたまま、上下に煙草を動かして遊んでいる。




「……火をおつけしましょうか?」




 と、言えば、ハシバ・ルイがすぐに振り向く。




「お、いいの? いやぁ、悪いね」




 悪いと言いながらもどこか嬉しそうで、魔法で小さな火を灯せば、顔を寄せてくる。


 煙草の先に火がつくと慣れた様子で顔を離し、吸う。


 ふぅ……と煙を吐く姿は昨日今日で見慣れてしまった。




「あー……なるほどねぇ」




 ハシバ・ルイが何かに気付いた様子で呟く。




「魔法でつけた火のほうがライターより美味い」


「らいたぁ?」


「火をつける道具だよ。道具でつけた火より、自然の火のほうが美味いとは聞いたことがあって。まあ、魔法の火はそういうのに近いのかもねぇ」


「そうなのですね」




 そう言ってまた煙草を口元に寄せるハシバ・ルイはやはり嬉しそうだった。


 沈黙が落ちるが、向こうは気にしていないようだ。


 シルヴェストルもあまり喋るほうではないので、沈黙を気にしないのは助かる。


 ……また輪を作って遊んでいる……。


 そうしていると「あっ」と声がした。


 顔を向ければ、他の三人の召喚者が立っていた。




「ハシバさ〜ん! 何してるんですか〜っ?」




 明るい茶髪の少年が駆け寄ってくる。


 ハシバ・ルイはそれに手を動かし、少年のほうに煙がいかないようにする。




「見ての通り、休日を満喫してるんだ」


「満喫……?」




 少女が訝しげな顔をする。




「そう、働き始めてからこんなふうに過ごせるのは初めてでねぇ」


「……それってブラ──……いえ、何でもありません」


「そうそう、わたしが働いていたところはブラックコーヒーも真っ青なくらいの真っ黒だったんだよ」




 それに少女が何とも言えない顔をする。


 明るい茶髪の少年が小首を傾げた。




「それって結局、真っ青なの? 真っ黒なの?」


「さあ、もしかしたら真っ青だったのかもしれないし、やっぱり真っ黒だったのかもしれないなぁ」




 のらりくらりと話すハシバ・ルイに明るい茶髪の少年が「ふーん?」と分かっていない様子で返す。


 ハシバ・ルイは相変わらず気にした様子はなく、煙草を灰皿に押しつけた。




「羽柴さんはこれからどうするんですか?」




 黒髪の少年の問いに、ハシバ・ルイは「どうしようかねぇ」と返す。




「とりあえず今日はゆっくりして、それから自活できる道を探すよ」


「自活……」


「わたしはこれでも大人だからね。いつまでも誰かにおんぶに抱っこではいられないさ。失敗しても自己責任で済むし、君達ほど明るい未来ってものに関心はなくてね。困らない程度に地味に生きて、のんびりできれば十分だ」




「どっこいせ」とハシバ・ルイが立ち上がる。


 鐘の音が響き、ハシバ・ルイが空を見上げた。




「そろそろ昼食の時間だし、食べながらでも話そうか」




 老齢のような穏やかなと物静かさで、ハシバ・ルイはそう言った。


 そして案内役のメイドに声をかけ、食堂に向かう。


 賓客用の食堂に着き、ハシバ・ルイと三人の少年少女達も席に着く。


 その後、王太子テオフィル・ジュール=アルチュセール殿下が来た。


 王太子殿下も席に着けば、昼食が始まる。




「城の見学はどうだった?」


「すごく面白かったです!」


「海外のお城って初めてみました〜!」


「とても広くて驚きました。それに使用人や他に働いている人も多くて……少し落ち着かないです」


「そうか。皆は君達のことが気になるのだろう。まだ一部の者にしか伝えていないからな」




 王太子殿下の言葉に少女が問い返す。




「どうしてですか?」


「他国は『勇者』という武器が欲しいんだ」


「……?」




 少女がまた訝しげな顔をすると、ハシバ・ルイが口を開いた。




「遥か昔、魔王を倒せるくらい【勇者】の称号持ちは強かった。つまり、他国は戦争に使える駒として、その称号を持つ君達を欲しがるかもしれないということさ。気を付けたほうがいい。最悪、奴隷にさせられて国のために戦わされるということもありえる」


「そんな、奴隷なんて……」


「ここは元の世界ではないからね。人権とか人道的なんて言葉は通用しない」




 ハシバ・ルイが食事を続け、少女が不安そうに俯いた。




「……だから、私達を『政治的・軍事的に利用しない』という書面を用意してもらったんですか?」


「そういうこと」




 少女が考えるような顔をしたが、黒髪の少年が王太子殿下に訊く。




「この世界に奴隷っているんですか?」


「ああ、いる。我が国では諸事情を除いて奴隷制度を認めてはいないが、他国で購入した奴隷を連れてくることは許されている」


「そんな……奴隷なんて間違ってる!」




 ガタンッと黒髪の少年が立ち上がる。


 しかし、ハシバ・ルイがまた口を開いた。




「だから、それは『わたし達の常識』に過ぎないんだ。この世界にはこの世界の常識があり、国によって法律が違う。……赤城君、海外に行ったとして、自分は別の国の人間であるなら他の国の法律や常識は無視してもいいと思うかい?」


「っ……良くない、けど……」


「わたし達は異世界にいるんだ。自分の身を守りたいなら、状況をよく考えたほうがいい」


「……羽柴さんは奴隷を悪いと思わないんですか?」




 それにハシバ・ルイが困ったような顔をした。




「一般的に言えば奴隷は良くない。しかし、金や生活に困って奴隷となることを選んだり、犯罪者が罰として奴隷に落とされたりといったこともあると思う。一概に『悪』とは言えないね」




 黒髪の少年が不満そうな顔をしたものの、反論できないといった様子で押し黙る。


 そこで明るい茶髪の少年が「まあまあ!」と声を上げる。




「とにかく、王太子様はオレ達を守るために、あえてみんなに伝えていないってことですよねっ?」


「あ、ああ、そうだ」




 話題が元の戻り、王太子殿下が頷いた。


 ハシバ・ルイが初めて、王太子殿下に声をかけた。




「王太子殿下、どこかに本が読める場所はありませんか?」


「それなら蔵書室がある。気になるなら、立ち入りを許可しよう」


「ありがとうございます。それと、よろしければ明日か明後日にでも、街に出てこの世界の人々の暮らしぶりを見てみたいと考えています」


「分かった。護衛のシャリエールをつけてくれるならば問題ない。馬車も出そう」


「お気遣い感謝いたします」




 それに少年達が顔を上げる。




「俺も行きたい!」


「オレも、オレも〜!」




 だが、ハシバ・ルイは無表情のまま返した。




「行きたいなら行けばいいが、一緒に行く気はない」




「えっ」と少年二人の声が重なった。




「申し訳ないが、わたしも自分のことで手一杯なのでね。君達の引率はやっていられない」




 はっきりとした拒絶に少年達は目を丸くしていたが、少女だけは納得した様子だった。


「そんな……」「でも……」と言う少年達に少女が言う。




「ハシバさんだって私達と同じ状況なんだから、甘えるのは良くないわ」


「う……」


「そ、そうだね〜……」




 がっくりと肩を落とす少年二人を横目に、少女が「すみません」と言う。


 ハシバ・ルイはそれに「いや、助かったよ」と返す。


 掴みどころはないし、よく分からない部分もあるが、ハシバ・ルイは頭の回転は悪くないらしい。


 ふと何かに気付いた様子で少女が言った。




「ハシバさん、私達の食事と違いますね……?」




 それにハシバ・ルイが初めて小さく笑った。




「歳を重ねると、若い頃のようには食べられないものさ」




 ……二十五歳ならまだ若いだろう。


 シルヴェストルは思わず、内心でそう思ってしまった。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
『……二十五歳ならまだ若いだろう。 シルヴェストルは思わず、内心でそう思ってしまった。』 私もそう思いました。 仕事が大変すぎて疲弊してしまったのかもしれませんし、もともとそういう性格だったのかもしれ…
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