表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

貧乏神を追い出した性悪女社長の末路は………

 「今日の売り上げも上々♩やっぱり私は正真正銘の勝ち組ね! 」


 夜が深まり、静寂が広がっているとある豪邸。リビングには緻密に設計された家具と芸術品が豪華さを誇っていた。


 大手会社の社長である"佐藤"は豪邸の主であり何不自由なく過ごしていた。

 

 億単位の収入を誇り、最新ファッションに身を包み、世間に影響力を持つ女だった。巨万の富と豪邸と同棲している若い恋人が自分を幸福な人生を約束してくれている点そう信じていた。


 しかし、彼女には暗い一面が存在していた。彼女は自分よりも下の階層にいる者たちを見下し、嘲笑している所だ。


 実際、SNSでブラック企業勤務者や昨今の増税により貧しい生活に嘆く者たちに対して


 『雑魚どもが不幸自慢してて面白いwww そんなこと嘆く暇があるなら勉強でもしなさいよwwww 全て自分の努力不足って分からないからいつまでも無能なのよ』


 と言い放ったことすらあった。


 そして反論が来たとしても『だから貧乏なのよ笑』と一蹴し続けた。


 かつて自分も貧しい生活を送っていたのだが株と投資と運によって莫大な利益を獲得するようになり、生活と共に人も変わってしまったようだ。


 しかし、ある日ーーー。


 「はぁあ!? また取り引きを失敗したってどう言うことよ!! 」

 『も、申し訳ございません! こちらの条件に満足できないとのことで………』


 豪邸で佐藤の叫びと取引担当者の怯えた電話越しの声が聞こえる。


 「もういい! この役立たず!! 」


 荒い息を整えながら電話を切る佐藤の表情には、膨大な利益を期待されていた取引失敗の連続による怒りと焦燥感がはっきりと現れている。


 彼女はパソコンを立ち上げて自分の会社の利益を棒グラフに表すが無惨にも右肩下がりを描いている。


 「チッ…! どうなってんのよ…!! 」


 強い不安と焦りを感じながらも彼女は利益を取り戻すべく仕事に打ち込んだ。


 そしてある日、異変は突如として現れた。


 「取引はうまくいかないわ、どいつもこいつも無能だから使えないわ、ほんとについてないわ…。このままじゃ私のお金が無くなっちゃうじゃない…」


 いつも通りの豪邸の中で彼女は深いため息をつく。


 取引は相変わらず失敗続きであり、利益も右肩下がり。いつしか資金のやり取りで自分の貯蓄も底が見えるのも時間の問題になりつつあった。


 「無能な貧乏生活に逆戻りなんて絶対嫌…! こうなったら、古い家具を売って資金にしなくちゃ…」


 やむを得ず彼女は豪邸の物置へ向かい、扉を開く。


 が、その瞬間………。


 「ウッ…!! くっさ!! オェ…! 」


 扉を開けた途端に飛び出してきたのは異様な悪臭。


 さながら洗ってない何年も洗ってない物が充満したかのような異臭だ。物置にしまっていたとて、ここまで悪臭を放つとは到底考えられない。


 「な、何でこんなに臭いのよ! ここにしまった後もちゃんと消臭とかして………ん? 」


 彼女は涙目になりつつ鼻をつまみながら物置の奥に目を向ける。


 薄暗い物置の奥、蛍光灯の光も届いていない闇の中。しまってあった机の上に何かが、いや"誰か"いる。

 

微かに聞こえる「グー…グー…」と言う寝息のような声と僅かに動く存在。


 不審に思った佐藤は物置の家具の隙間を掻い潜り、悪臭に顔を顰めながら机の近くに向かう。


 近づくにつれて悪臭は耐え難いほど強まり、喉の奥に酸っぱいものが込み上げてくる。

 

 「ウォエ…! ウップ…!! 」


 吐き気を催しながらも何とか机のすぐ近くまでついた彼女の視線の先には正しく怪しい男が寝ていた。


 薄汚れたつぎはぎだらけの灰色で所々破れた着物をまとい、"骨と皮だけ"という表現がピッタリとしか言いようがないほど痩せこけた男。伸び放題の髪はボサボサでよく見るとフケだらけ。手入れはおろか長い間、風呂すら入ってないことがよくわかる。開いた口からは何本も抜けた歯茎と黄ばんだ歯を見せて臭い寝息を出し入れしている。


 まさに"不潔"を体現したかのような男だがそんなこと全く気にしてないぞと言わんばかりに机の上でグースカ寝ている。


 佐藤はそんな不潔な男を鼻をつまみ、近くにあった箒で寝ている男を突く。


 「んぁ…? 」

 

 数回突かれると男は目を覚まし、ムクっと上半身を起こして佐藤の方を見る。光のない、虚な瞳で佐藤をじっと見据える。


 ………しかし、男はすぐに目を閉じて何事もなかったかのように再び机の上で寝転がる。


 「ちょっ! 寝るんじゃないわよ!! 」


 佐藤は箒を両手で握り男に『バシッ!バシッ!』と引っ叩く。流石にこれには男も目を覚まして身体を縮こめる。


 「あだっ! あだっ!! ちょっ…! お、お嬢さん…、暴力は、暴力はいかんよ! あいたぁ! 」


 数回引っ叩かれた男は叩かれた箇所をさすりながら「あー、痛かった…」と言いながら机の上に胡座をかきながら上半身を起こす。


 「あ、あんた誰よ!? どうやってここに入ったのよ!? 」


 佐藤は箒の先端を男に向けながら問い詰める。


 すると男は彼女の焦った表情とは対照的に涼しい顔で返す。


 「どうやってって、普通に入ってきたんだよ」


 男の返答に佐藤は「は、はぁ!? 」と困惑を深めると男は肩をすくめながらも続ける。


 「だから、普通にここに入ったんだよ。"貧乏神"が家にいても変じゃないだろ? 」


 「…び、貧乏…神?? 」


 「そ。俺、貧乏神。まさか今時の子は貧乏神も知らねえのか? 」


 男の言葉に佐藤は困惑を通り越して混乱の域に達する。


 無論、彼女も貧乏神の存在は知っている。


 知ってるからこそ、この男の発言に混乱しているのだ。


 その名の通り、貧乏神とは住み着いた家を貧乏にさせてしまうと言うはた迷惑な厄神。そんなオカルトめいた存在が目の前に、それも自分の家に現れただなんて到底理解できない。


 しかし、家のセキュリティを一つも感知することもなくここに侵入したこの男が言うと不思議と信憑性がある様な気もする。


 絵に描いたような"貧乏神"そのものの様な容姿と不潔さ、そして最近、減りつつある自分の利益のことを考えると彼が貧乏神と考えても不思議はない。


 なんなら、むしろそう考えた方が自然とも言える。

 

 そこで佐藤は貧乏神と名乗った男に一つ質問をする。


 「あ、あんた、いつからこの家にいんのよ? 」


 すると男はポリポリと掻いて身体から垢を落とす。


 物置にしまってたとはいえ、自分の机の上に垢が落ちる様を見て佐藤は顔を顰めるが男はそれを気にしてない様に答える。


 「んー、4、5ヵ月くらい前…かな? 確かそんくらい」


 「4、5ヵ月…!? 」

 

 男の返答に嫌な予感を感じたのか佐藤は慌てて自分のスマホを取り出して売り上げのグラフを確かめる。


 すると、予感は的中。


 売り上げが減り始めたのはちょうど4、5ヵ月前。この月を皮切りにグラフが大きく下がりつつある。

 

 「ま、まさか…私の会社の取引が失敗続きで利益が下がったの…全部あなたのせいで…!? 」


 今までの苦労の元凶が全てこの男のせいだと思うと腹の底からぐつぐつと湧き上がる怒りで僅かに箒を握る手と声が震える。


 だが、男は彼女の様子を気にしてないのか、あるいは単に気づいてないのか軽い様子で返した。


 「まぁそうなるね。俺貧乏神だから、いやでも貧乏になるわな! 」


 「あっはっはっ! 」と朗らかに笑う貧乏神。しかし、彼の笑顔は即座に佐藤が握る箒に潰されて『バシィ!! 』という打撃音が狭い物置に響き渡った。


 「出てけ! このクソ貧乏神! 全部あんたのせいじゃないの! 」


 箒を握りながら休みなく引っ叩く佐藤に貧乏神は頭を抑えながら「ちょっ…! 待っ! だから暴力はいかんって! 」と必死に宥めるが彼女は叩く手を止めず、むしろどんどん強く、早く叩き続ける。


 たまらず物置から飛び出した貧乏神を佐藤は逃さず何度も何度も叩き、打撃音と二人の足音が豪邸に鳴り響く。


 そしてそのまま貧乏神は外の門の前まで逃げ出し、佐藤は貧乏神に箒を振り上げながら怒鳴る。


 「さぁ! 早く出てってちょうだい! あんたみたいな貧乏人はこの世にいらないのよ! とっとと消えろ! 」


 迷いの一切ないはっきりとした言葉。貧乏神は愚か、貧しい人々の存在を真っ向から否定しているかの様にも感じられる。


 その言葉を受けた貧乏神の表情は『焦り』でも『怯え』でも『悲痛』でもない。


 ーーー『微笑』。


 追い回された時の表情とは打って変わってまるで彼女を言葉を嘲るかの様に虚な目を細めて、黄ばんだ歯を覗かせながら口元を歪ませる。

 

 その笑みを見た佐藤の背筋に冷たい汗と悪寒が走り、思わず身震いをする。貧乏神の不潔さに対する嫌悪感とはまた違う、"何か"が彼の笑みから感じられる。

 

 「な、何がおかしいのよ!? 」


 己の感情を隠すかのように佐藤は笑みを浮かべた貧乏神に問い詰める。そんな彼女の問いに貧乏神は………、







 「いいのか? 」


 と、逆に問いかけた。


 「はぁ?? い、いいのかって…何の話よ? 」


 予想外の返答に佐藤は箒を握ったまま聞き返す。しかし、無意識に彼女の額や箒を握る手に汗が滲み出てくる。


 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、貧乏神はゆっくりと笑みを崩さずに答える。


 「お前さん、"あの頃"とすっかり人が変わっちまったなぁ」

 

 その言葉が佐藤の耳に届いた途端、彼女は自分の心臓がまるで飛び上がったかの様に感じた。


 (『あの頃』? まさか、あの時のこと? いや、そんなはずは………! )


 佐藤の脳裏に映し出されるのは忌々しい、"弱者の自分"の生活風景の記憶。薄汚れたちゃぶ台に置かれた豆苗と欠けた茶碗に入ったごく僅かの白米。かつての自分の生活の一部が頭に蘇る。


 頭の中でその風景を消そうと必死に別の記憶で塗りつぶそうとする。裕福である"強者の自分"の記憶で。最高級のワインと料理に満たされたテーブル。これこそ己が見るべき記憶。


 だが、貧乏神の言葉が無理やりにでも"強者の記憶"を塗り潰してしまう。


 「貧しい者を見下して、否定して、嘲笑って。食う物も碌に取れず痩せ細り、夜の寒さと孤独の寂しさに眠れずに震えていた"あの頃"の方がまだ人間らしかったなぁ」


 まるでかつての自分の全てを間近で見ていたかの様に続ける貧乏神。その一言一言がかつて忘れていた、いや忘れようとした自分をより鮮明に思い出させる。


 ボロボロの服、怒鳴るブラック企業の上司、幸せそうな友人のSNSのページ、僅かな小銭しかない財布の中身ーーー。


 「俺がお前の家に住みつけば、お前は元の"人間らしいお前"に戻れるんだがなぁ。それでも、俺を追い出すのかい? んん? 」

 

 煽る様に続ける貧乏神に対して佐藤は箒を落として両手で頭を抑えて己の記憶を消そうとする。


 しかし、どれだけ別の記憶で塗り替えようとしても決して消えない"弱者の自分"。消そうとするたびに他の記憶を押し除けてはっきりと映し出されていく。


 荒い呼吸で息を整えようとするが呼吸は戻らず、体温も上がり、汗も大量に出て、鼓動もはっきりと感じられるほど早く、強くなる。


 そしてそれを強引に打ち消そうと佐藤は大きく息を吸って声が枯れるほどの大声で貧乏神に言い返す。


 「違う!! そんなの人間らしくない!!! この世は金が全てなの!!! どれだけ金を稼げるか、金を持ってるかで人間の価値を測れる!!! あの時の私はもう死んだの!!!! 」


 血走った目で貧乏神を睨み、「フーッ、フーッ」と肩で呼吸しながら貧乏神と向かい合う佐藤。


 そんな彼女に貧乏神は静かに呟く。


 「そうかい…。 なら、勝手にしな」


 その表情が出すのは追いまわらせた時とも煽っていた時とも違う感情。まるで彼女に失望したかの様な、寂しさを感じているかの様な表情を浮かべている。


 そして貧乏神は静かに彼女に背を向けて門を出ようとする。しかし、あと一歩で門から出るというところで足を止めて佐藤を尻目に見ながら言った。


 「………だが、神様はお前を見ているぞ」


 先ほどの煽り文句とはまた別の奇妙な言葉に佐藤は「はぁ? 」と眉を顰める。そんな彼女に貧乏神は警告の如く続ける。


 「お前は金を持ってるからと言って、貧しい人を見下し、バカにしてきたな? 神様はそういう人間もちゃんと見ているんだぜ? 少しでも反省をしなければ、そのうち"罰"が当たるかもしれんぞ」


 虚な瞳で真っ直ぐと彼女を見据えてボロボロの指で指しながら警告する貧乏神。その姿は不潔感とは似つかない緊張感を漂わせる。


 しかし、その様子が佐藤を再びイラつかせてしまった様だ。


 「あー、もう!! いちいちイラつくわねぇ!! あんた、本気でぶっ殺すわよ!? 」


 本気で怒った彼女は怒りに身を任せ、落ちている箒を拾って再び貧乏神を殴ろうとする。


 ーーーところが、箒を拾うために視線を逸らしたその一瞬に貧乏神は影も形もなくその場から消えていた。


 残ったのは箒を持って唖然とする佐藤ただ一人で彼女の頭の中には貧乏神の言葉と警告が残されていたーーー。




 貧乏神が消えたその日から、取引も成功続きで佐藤の企業の利益は右肩上がり。元の売り上げを取り戻したどころかそれを遥かに上回る売り上げを叩き出した。


 結果、佐藤は前よりも大きな豪邸を建てて、より豪華絢爛な生活を送る様になった。


 そしてより多くの富を得たために、彼女の悪い面も顕著になっていきSNSでは相変わらず『貧乏叩き』を繰り返していた。


 『貧乏人は生きる価値なしwww』

 『生きてても邪魔だからタヒんで欲しいwww』

 『文句あるなら努力しろ貧乏人が』


 彼女の脳内にはかつての"弱者の自分"の風景も、貧乏神の言葉も、存在すら綺麗さっぱり忘れ去られ、まさに幸せの絶頂にいた。


 ーーーこれが"嵐の前の静けさ"だと気にも留めずに………。


 就寝前のシャワーを浴びて寝室に向かう途中、佐藤はふと、自分の額に手を当てる。


 「うーん…。やっぱちょっと熱っぽいかしら? 」

 

 ほんの僅かだが、顔に熱を感じる。その上に少しばかりか歩くだけでもくらっとする。


 「もしかして熱かしら…? 早めに寝ましょ」


 単なる軽い熱だと思った佐藤は額に冷えピタシートを貼って眠りにつく。

 

 これは軽い熱だ。だから寝たら治る。彼女はそう信じていた。

 

 ところがーーー。


 「ゲホッ!ゴホッ!あぁ、もう最悪…!」


 就寝して数時間経った深夜。熱が治るどころか体調は急速に悪化。


 "敗血症"や"細菌性肺炎"などにかかったのか体温調整機能も崩壊した様で、急激な悪寒と発熱を繰り返し、どんどん鼓動は早まり、呼吸もまともにできないほど荒くなり、血圧が低下したのか視界も霞む。


 病院まで行こうにも、この状態で車を運転するわけにはいかない上に家から出る体力すらあるのかすら怪しい。


 頼みの綱である恋人も現在は出張で家にもいないので送ってもらうことも看病してもらうこともできない。


 そうこうしている間にも体調はどんどん悪化していき、ベッドは汗で濡れて嫌悪感が増すばかり。

 

 佐藤は仕方なく、冷房をつけようとリモコンに手を伸ばすが少し手に触れた途端、滑ってリモコンがベッドの下に落ちてしまった。


 彼女はリモコンを取ろうと起き上がるがまともに前を向けないほど頭がくらくらして、ベッドから転落し、鈍い音を寝室に響かせる。


 そのままゆっくりと起き上がって、衰弱した身体に鞭を打ってベッドの下に手を伸ばしてリモコンを掴む。


 ようやくリモコンを掴めたが体力が消耗していたため、簡単に息が切れる。そしてしばらく動けない状態が続いて、よくやく冷房をつけようとする。


 ーーーが、その時。


 『ピシャッ! 』


 『バリバリィ!! 』


 閃光が部屋を照らしたとともに、雷鳴が轟く。


 その瞬間、佐藤は「ひやぁあ!」と情けない声を上げてリモコンをまたベッドの下に落としてしまう。

 

 「もう、何でこうなんのよ……」


 頭が回らない状態ではあったが、再び身体に鞭を撃ってリモコンを掴み今度こそ冷房をつけようとする。


 が、何度押しても付かない。連打しても強く押し込んでも全く付かない。


 「はぁ…!? 壊れたの…!? ほんとついてないわね…!!」



 彼女は頭痛と汗の嫌悪感にイライラながらベッドに戻りスマホで解決策を検索する。するとスマホの上部にあるはずのWi-Fiマークが表示されていないことに気づく。


 「え、なんで…? まさか、さっきの雷で…!? 」


 彼女の嫌な予感は見事に的中していた。


 佐藤の豪邸に直撃した雷によって電気配線がショートし


 佐藤はスマホを懐中電灯代わりにヨロヨロと立ち上がってブレーカーを探すことに。病に加えて度重なる不幸に佐藤の表情に余裕は無く、苛立ちもピークに達していた。


 よろめく足取りで寝室から出ようとするが衰弱し、頭も揺れている状態で満足に動けるはずもなく、何度も倒れては起き上がるのを繰り返す。


 そんな彼女の不幸を嘲るかの様に雨と強風が豪邸の窓を叩き、揺らす。


 そしてようやく寝室のドアの前に到達。身体の痛みを我慢して寝室から出て、長い廊下をスマホで照らすーーー



 が、なぜかスマホから光が出ない。


 佐藤がスマホの画面を見るとそこには真っ暗な画面と『NO Battery』という無慈悲な白い文字が表示されている。


 『明日、そんなに早くないし充電しなくても大丈夫よね』


 就寝前の自分の言動を深く後悔する。まさか、スマホの充電を怠ったのがまさかこんな所で仇になるとは予想すらしていなかった。


 頭痛に顔を顰めながらも、よろめきながらも壁をつたってゆっくりと歩く。


 熱で意識が朦朧として感覚が鈍っているのか雨の音や風の音、そして雷の音がどこか遠くに聞こえるような感覚がする。その上、病態が悪化したのかどんどん体温が上がっていき、汗も大量に出る上に呼吸もさらに苦しくなる。


 (なんで………? なんで私がこんな目に………)


 病に加えて、落雷による停電、さらにはスマホの充電切れ。あまりに出来すぎた不幸の連続に佐藤は違和感を感じる。まるで誰かの意図的に起こしてるとしか思えない。


 では、誰の仕業なのか? 


 普段はしない様な考えを痛む頭で巡らせているとふと、忘れていた記憶が蘇ってきた。


 それは思い出したくもない、不潔で穢らわしい男からの"警告"。それと同時に彼のせいで思い出してしまった忌々しい自分の記憶も蘇りかけて佐藤は強引に思考をシャットアウトする。


 「そんなはずがない…! 罰なんて、私に起こるはずが…! 」


 己に言い聞かせる様に呟いた彼女だったが上がり続ける体温と荒い呼吸でじわじわと思考が鈍くなってくる。


 すると、感覚が鈍っている嗅覚が"ある匂い"を感知する。


 それはまるで"何かが焦げたかの様な匂い"ーーー。


 「ま、まさか………!! 」


 最悪の予感を感じた佐藤は壁を伝いながら出来るだけ早く足を動かして匂いの元を辿る。


 近づくにつれて感じる熱と匂いがより強くなり、目の痛みによって涙が溢れてくる。片手で口元を覆いながらゆっくりゆっくりと歩く。喉の痛みが更に強まり、咳き込む度に鋭い頭痛に苦しめられる。


 そして、歩き続ける内に真っ暗な廊下とは不釣り合いの揺れるオレンジの明るい光。その光が出ている部屋から聞こえたのは想像もしたくもない"最悪の音"。


 "パチパチッ"


 "ボォオォ…!! "


 「いやっ…! そ、そんなわけない…!! 」


 頭の中でひたすら"最悪の予感"を否定する佐藤。


 口と鼻を抑えながら"光る部屋"のドアを開けようとするがふらつく身体では上手く動けず、そのままドアにぶつかってしまいドアもろとも室内に倒れ込んだ。


 ドアの上に倒れた彼女はゆっくりと、前を向くとーーー。




 そこに広がるのは彼女の"最悪の予感"を遥かに上回る様な正しく"地獄の様な室内"。


 オレンジに光る炎が無慈悲に広い室内を燃やしながら広がっていく。部屋の高価な家具も炎の前ではなんの価値もない燃えクズと化す


 落雷により配線がショートしたのか、壁コンセントからはオレンジの粒の様な火花が飛び出し、真下のカーペットの引火して炎の勢いをさらに加速させる。そして割れたガラス窓から侵入してくる風が炎を消すどころかさらに燃え上がらせ、広げていく。


 豪邸に備わっているはずの防災機能も制御盤が誤作動を起こしてしまい、室内の惨状に反応すらできない。


 これほど大きな炎が室内に満たされても、黒い煙が室外に出ていたとしても外の人間には誰も気づかない。


 夜の闇と降り続ける雨が煙を隠し、風と雷の音が炎の音をかき消す。その上に豪邸が建てられたのは山間地。隣家ですら遠く、住民が気づかないのも無理はない。


 目の前に広がる地獄の様な光景に佐藤は絶望の底に突き落とされる感覚に見舞われるがそんな悠長している場合ではない。彼女は急いで起き上がり、部屋から逃げようとするーーー。


 が、身体が一才動かない。佐藤の身体はまるで鉛の如く重くなり立ち上がるどころかその場から這って逃げることすらできない。それどころか視界が大きく揺れて吐き気が止まらない。


 無意識のうちに煙を大量に吸引していた佐藤は既に"一酸化炭素中毒"に冒されてしまい、病によって衰弱したのも加えて彼女の身体は少しも動けなくなってしまったのだ。


 意識がだんだん遠くなるのを感じる。霞む視界には炎がカーペットを這って徐々に近づいていくのが見えて、僅かに残る感覚が顔にじわじわと熱を感知する。


 悲鳴を出すことも、動くことすらできない彼女は意識を手放すのを炎に炙られながら待つしかできない。


 そして意識が完全になくなるその瞬間、彼女の頭に響いたのは貧乏神の"最後の警告"だったーーー。



 " 神様はそういう人間もちゃんと見ているんだぜ? 少しでも反省をしなければ、そのうち"罰"が当たるかもしれんぞ"






翌日ーーー。


「昨夜未明、大手企業の『〇〇コーポレーション』の社長の佐藤さんの自宅に火災が発生し、室内にいた佐藤さんと思われる遺体が今日、発見されました。警察によりますと、今回の火災はーーー」


 焦土にニュースキャスターと消防車達が集まっていた。言うまでもなく、佐藤はそのまま逃げることもできず、そのまま焼死体となった。己の豊かさを象徴していた豪邸も、家具も何もかもただの黒い残骸と化し、その場には彼女が今まで誇示していた豪華絢爛さは何一つ残されていなかった。


 …いや、一つ奇妙な形で残されていた。


 「なんだ? なんでこの財布は燃えてないんだ…? 」


 「こっちの金庫もだ。 こんなことあり得るのか…? 」


 奇跡的に火元から遠かったのか、あるいは火災の風向きの影響かは定かではなかったが何故か彼女の財布と金庫は燃えておらず、当然中の金も無傷だった。


 まるで"誰かに守られた"かの様に金だけが燃えずに残っていたのだ。


 …しかし、現実的に考えてそんなことが起こり得るのだろうか?


"偶然"と言えばそれだけだが本当にそうなのだろうか?


 何か人間の理解を超えた"何か"が働いたのだろうか?


 その場にいるニュースキャスターやカメラマン、消防士達は皆、首を傾げ不審に思い、疑問が頭の中に満たされる。


 だが、ただ一人、彼らとは別の感情を持った男が遠方から見ていた。


 「やはり、"罰"が当たったようだな」


 そう呟いた貧乏神はその虚な瞳で燃え尽きた焦土をじっと見つめていた。不潔な顔に浮かぶ表情は"哀れみ"もあれば"呆れ"も感じられるものだった。


 そして一通り見つめていた貧乏神はそのまま踵を返し、その場から去っていくが誰一人として気づかない。強いて言うなら、僅かな消防士達が不穏な気配を感じ、視線を向けたがそこには誰もいなかった。


 こうして、その場に残されたのは焼け焦げた匂いを漂わせる焦土と、人々の疑問だけだったーーー。







 貧乏神。


 それは前述した通り、住み着いた家を貧しくさせるはた迷惑な厄神。


 しかし、この様な伝承も残されている。


 昔、ある民家に貧乏神が住み着いたのだが、その住民は『我が家は貧乏だがそれ以外の災いに見舞われないのは貧乏神のおかげだ』と、貧乏神を祀ったところ、貧乏神が福の神に転じた。 という。


 もしこの話が本当なのだとしたら佐藤はあの時、貧乏神を追い出したから病や落雷など"貧乏以外"の厄災に見舞われたのかもしれない。


 ………だが、だとしても佐藤を襲ったのは本当にただの"不運"だったのだろうか?


 貧乏神の言う通り、神が下した罰だったのだろうか?


 そもそも、あの男は本物の"貧乏神"だったのだろうか?


 どれだけ謎が深まったとしても、それを答える者も知る者もいない。









 言うならば"真実は、神のみぞ知る"。と言ったところだろうかーーー。




〜Fin〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ