8話 沈黙の少女と未知のスキルコード
村の広場で、妙な騒ぎが起きていた。
「……女の子が、ただ立ってるだけなのに……魔物が近づけない!?」
カイルの声は冗談めいていたが、現場の空気は冗談ではなかった。
村の魔物避け結界を突破したクラスCの魔獣が、少女の前で硬直し、ガタガタと震えている。
その少女──赤髪のミディアム、真紅の瞳。
身長は小柄、10代前半に見えるが……異様に静かだった。
「……名前、ルゼ」
ようやく口を開いたその声は、まるで空気を押し潰すような圧。
「この子、ただならぬ“何か”持ってるぜ……」
カイルが目を細め、俺の袖を引いた。「お前、分かるか?」
「分かるわけないだろ。チュートリアルで教わってない」
それでも、俺のスキル《虚数再構築》は微かに反応していた。
“構造のズレ”を感知する能力が、彼女のスキルに対して警告を出している。
《観測不能構造体を確認》
《スキル名:■■■■(ノイズ) 分類:非言語型・恐慌誘発型フィールド》
《影響範囲内にいる対象は、戦闘能力を自動的に放棄する》
(やばい……スキルに名前が出ない時点で、もうヤバい奴じゃないか)
ノーラがぽつりと呟く。
「彼女……“声を出さなくても通じる”スキルを持ってるのかも。……私、ちょっと羨ましいかも」
ルゼは俺をまっすぐに見つめた。赤い瞳が、言葉以上の圧を放つ。
その小さな口元が、ほんのわずかだけ動いた。
「……あなた、“外側”の人間でしょ?」
「……どうして分かる」
「“見える”……コードの外にある断片が、あなたの影に」
──またか。
俺の中にある、“世界の規格外”としての存在。その歪みは、確実に彼女に見えている。
「……ついてくるのか?」
ルゼは何も言わず、小さく頷いた。
その瞬間、俺の通知欄に新しいシステムウィンドウが浮かぶ。
《ルゼが仲間に加わりました》
《ユニークスキル《幽語(コード:T-Null)》を獲得可能です》
──この少女は、ただの寡黙じゃない。
“言葉を超えた領域”で、すでに世界と交信してる。
そしてその沈黙は、俺の中の“外れた歯車”に、確かに何かを噛み合わせようとしていた。