66話 黒紙の書庫と、“削除された希望”
アクシアとの交戦を一時中断した俺たちは、≠NULLの本拠が近いとされる“黒紙の書庫”へ向かった。
「ここは……全ての“消された記録”が封印されてる場所」
セラの声は硬い。
空間は重く、空気すら記述されていないかのように希薄だった。
ページが黒く塗り潰された書物が、無数に浮遊している。
《識別:黒紙書庫》 《分類:削除記録隔離領域/≠NULL支配下》
「これ……ぜんぶ“なかったこと”にされた未来か?」
カイルが眉をひそめる。
「違う。“なかったことにされた希望”だ」
ノーラの言葉に、俺たちは息をのんだ。
ふと、書庫の一角にひときわ異質な光が漏れているのに気づいた。
「……これは?」
ルゼが指を伸ばす。
そこには、一冊だけ“白紙の本”があった。
《識別不能書:未記録希望記述体》 《状態:記述拒否中》
「記されることを拒んだ本……?」
俺が手を伸ばすと、文字がにじむように現れる。
──『ここにいた。確かに、生きようとしていた』
「誰かの……生存の記録?」
「いや……誰かが、“もう一度希望を記したい”って思った、痕跡だ」
ヒカリの目が潤んでいた。
《スキル使用:アーク・ライトコード/記録復元モード》
彼女の光が白紙を照らすと、その中に小さな少女の姿が浮かび上がった。
「記録が……戻ってきてる」
──そこには、≠NULLによって消された村の少女、“アミナ”の姿があった。
かつて希望を語り、皆を励ました少女。その記録は“世界を混乱させる”として削除されていたのだ。
「私は……いたんだね」
小さな声が届いた。
「これからは……記していいの?」
レイは頷いた。「ああ、今度は俺たちが“記録者”だからな」
《記録復元完了:アミナ》
《分類:再生希望体/記述再許可》
“希望そのもの”を削除しようとする≠NULLの方針が、次第に明確になりつつある。
だが、それはつまり──“希望には、記す力がある”ということだ。
物語は、記されなかった希望を拾い集め、再び編まれ始める。




