55話 第三記述“沈黙の輪郭”と、ノイズの少女
ルートβを越えた先は、言葉が形を持たない空間だった。
何も見えず、聞こえず、匂いもない。ただ、“感じる”ことだけが許されていた。
「これは……記述の前段階、概念層かもしれない」
セラが慎重に言葉を紡ぐ。
ノーラが一歩前に出て、指先で空中をなぞると、うっすらと歪んだ輪郭が浮かび上がる。
「文字になっていない想い……いや、“想いになっていない予兆”か」
そして、空間の奥でひとつの存在が現れた。
──ルゼ。
彼女は、何も言わずにそこに立っていた。
その赤い瞳は、これまでよりも深く、どこか脆さを帯びている。
「ルゼ……ここは、お前の記述か?」
レイが問う。
ルゼは、わずかに頷いた。
すると空間の中央に、黒く染まった記述台座が浮かび上がる。
《第三記述者:ルゼ》
《記録内容:発声されない存在意志の定義》
ルゼが静かに手を差し伸べた瞬間、空間がノイズに包まれる。
誰かが叫んだ気がしたが、意味はなかった。ただ、そこに“確かに意志”があった。
──『声なきものにも、世界と繋がる回路を』
──『観測されなくても、ここにいたという証明を』
《第三記述“沈黙の輪郭”認証完了》
《ルートγ開放》
白と黒の間に、新たな色──“赤”が混ざった。
それはまさに、ルゼの想いそのものだった。
「……伝わったよ、ルゼ」
レイが静かに言う。
「お前の言葉はなくても、ちゃんと届いた」
ルゼは、ほんのわずかだけ微笑んだように見えた。
この旅で、言葉よりも確かな“記録”が積み重なっていく。
そして俺たちは、第四の記述へ向けて、また進み始めた。




