53話 コーデックス・インシデントと、第一記述
──未来記述干渉領域。
俺たちはその最初の空間へと足を踏み入れた。 そこは、まるで万年筆のインクが流れたような黒と白の空間。 地形も、構造物も、その場に存在するものすべてが“文字”で形作られている。
「ここは……記述そのものが世界になってる」 セラが空間を分析する。
《観測座標:物語層β/記録優先順位:高》
《警告:記述者の精神状態が影響を及ぼす可能性あり》
「つまり、俺たちが“どう想うか”が、ここでは直接反映されるってことか」 レイは息を呑む。「やりにくいな……」
ノーラが指を鳴らすと、空中にコードの残骸が現れた。
「見て、これ──何かの“失敗した記述”が漂ってる」
そこには、無数の名前と出来事の断片が浮かんでいた。
──『カイル、撤退失敗』 ──『ルゼ、存在条件未確定化』 ──『ヒカリ、記録拒否エラー』
「まるで、“選ばれなかった未来”の草稿……」 ノインがつぶやく。
「気を抜くな。この空間、俺たちの記憶や迷いを形にして襲ってくる可能性がある」 レイは周囲に目を配る。
その時、空間の中央にひとつの“白紙の台座”が現れた。
《観測者へ要請:第一の記述を開始せよ》 《記録内容:未来の在り方について》
「……俺が書けってことか」
「待って」 ヒカリが進み出る。「最初の記述は、あたしにやらせて」
「ヒカリ……?」
「自分がどうなっていくのか、ずっと怖かった。でも、だからこそ──今ここで、“願い”を記したい」
ヒカリが台座に手を置くと、光が走る。 そして、彼女の心の中の言葉が、空間に記されていく。
──『誰も取り残されない未来を』 ──『一緒に、最後まで進める世界を』
その瞬間、空間が大きく震えた。 黒と白の文字列が融合し、巨大な通路が出現する。
《記述認証完了:第一記述“共進の願い”》
《ルートα開放》
「通じた……!」 ヒカリの声が震えていた。
レイは静かにうなずく。「ありがとう。お前の願い、ちゃんと届いた」
仲間の“想い”が、未来の世界を形にする。 記述の旅は、まだ始まったばかりだ──
だが、確かにその一歩は、“自分たちだけの未来”を刻み始めていた。




