52話 確定未来域と、もう一人の選択
俺たちはセカンドが開いた門を越え、セントラル・フォーマット層へと足を踏み入れた。
そこは、あまりにも静かだった。 無音の白い空間に、無数の“記録球”が浮かんでいる。それぞれが、確定された未来の記録──ありえたかもしれない、しかし既に選ばれた未来たちだ。
「これは……全部、未来の“記録済みデータ”?」 ノインが呟く。
「いや、それだけじゃない」 俺の《虚数再構築》が警告を発していた。
《観測警告:同位存在の重複接近》
そのとき、正面の空間がひび割れるように歪み、ひとりの男が姿を現した。 ──また“俺”だった。 だが、先ほどの黒衣のレイとは異なる。 この男は、戦いの痕跡をその身に刻んだまま、ただ静かに俺を見ていた。
「……生き延びた未来の俺?」
「否。これは“仲間を守れなかった未来”のレイ」 セラが淡々と解析する。
《記録球分析:コード名“ラスト・ソロ”》
《未来因子:最終孤立化/任務達成/仲間全滅確認済》
ノーラが目を伏せた。「……あまりにも重すぎる」
そのレイが、ゆっくりと歩いてきて、小さな記録球を手に取る。 それを俺に向け、言葉を放った。
「俺は、選べなかった。だからお前に渡す」
記録球が俺の手元に転がる。そこには“何も書かれていない”。
「これは……?」
「“お前がこれから記録する未来”だ」 ラスト・ソロのレイはそう言って、霧のように空間に溶けていった。
「未記録の未来……つまり、“ここで俺たちが記すもの”」
その瞬間、システムが起動する。
《次ステージ解放:コーデックス・インシデント》
《分類:未来記述干渉領域》
「ここから先は、もう“誰かの用意した道”じゃない」 カイルが笑う。「完全に、俺たち自身の旅ってわけか」
「なら、記そう。俺たちだけの記録を」
俺は未記録の球体を懐にしまい、新たなステージへと歩き出す。
──未来は確定していない。 だが、俺たちはもう迷わない。 “自分たちの選択”が、確かに未来を描くと知ったからだ。




