49話 対話なき鏡像と、選択の兆し
“もうひとりの俺”──黒衣のレイは、無言のままこちらを見つめていた。 その瞳に宿る光は、冷たい確信と、どこか痛みを帯びた寂寥だった。
「こいつ……喋らないのか?」 カイルが警戒するように一歩下がる。
「……違う。言葉は必要ない。こいつは、“俺の選ばなかった選択”そのものだ」 俺はそっと言った。
《観測対象照合中……一致率:97.4%》
《照合コード:EX-NULL-LAY──仮想因子》
ノーラが続ける。「≠NULLに与して、記録されることを拒んだ“もしもの君”。 でも、それだけじゃない。ここでは“選ばなかった全て”が試される」
黒衣のレイが動いた。 ゆっくりと、だが確実な足取りでこちらへと歩いてくる。
俺は胸ポケットの奥、先ほど入手したスキル──《コード・アーカイヴΩ》に指をかけた。
「ここで使うべきか……?」 悩むまでもなく、黒衣のレイが手を上げた。 すると周囲の空間が凍りついたように沈黙し、すべての光が濃い影へと転じる。
──《スキル発動:ミラーコード・虚映》
「くっ……っ!」 俺の背後でセラが叫ぶ。「記録されてない力が、こちらの構造を上書きしようとしてる!」
「使え、レイ!」 ノーラが叫ぶ。「今なら、まだ“再定義”できる!」
俺は深呼吸し、静かにスキルを発動した。
──《コード・アーカイヴΩ:対象“自己投影体”へ適用》
時空が反転し、黒衣のレイの姿が崩れ、霧のように融けていく。 その中に、一瞬だけ“笑った”ような表情が見えた。
「……これでよかったのか?」 俺は問うが、返事はなかった。
だが、その瞬間。空間の中央に新たな構造体が現れる。 無数のコード断片が集まり、巨大な門を形成していく。
《次段階:観測界層“インデックス・ノヴァ”へアクセス可能》
《構造評価:確定世界と不確定世界の交差領域》
「これが……次の世界か」 ノーラが呟く。
俺たちはまたひとつ、“選択”を経て進む。 この先に待つのは、記録と観測、そして可能性が激突する世界だ。
だがその前に、俺は静かに心の中で黒衣のレイに言った。
「お前がいなかったら……ここまで来れなかった。ありがとう」
記録されなかった未来にも、きっと意味はある。 だからこそ、俺は前へ進む。
──次なる世界、“ノヴァ”へ向かって。




