46話 断章の書庫と、観測されない知識
ソース・ロストを後にし、俺たちはミラの案内で転移した。 次にたどり着いたのは、“記録媒体の墓場”とも呼べる空間だった。
「ここは……書庫?」 ノーラが呟くように言った。
だが、目の前にあるのは整然とした棚でも整備されたアーカイブでもない。 断片化されたページ、漂う巻物、空間に浮かぶ壊れかけた情報球── それらが、あらゆる方向に散乱している。
「おそらく“観測に失敗した記録”が、集積された場所だ」 セラが分析を始める。
《観測率:5%未満》
《知識整合度:破損/矛盾多数》
「でも、逆に言えば──ここには“世界が拒否した情報”が眠ってるってことか」 俺は周囲を見渡す。
ノインがふと、ひとつの破れたページを拾い上げる。
「これ……君の名前が書かれてる」
「俺の?」 急いで覗き込むと、そこには確かに“レイ”の名。 ただし、その内容は──
《観測候補“レイ”/分類:世界外因子/結果:観測不能、記録失敗》
「……これ、もし俺がこの世界に来なかった“別の可能性”か」
「それだけじゃない」 ヒカリが別の断片を取り上げる。「この空間、“選ばれなかったあらゆる可能性”が堆積してる」
ルゼが微かに反応する。 「……“私たち”も、ここに一部いたのかも」
そのとき、空間の奥でページが一斉に舞い上がり、ひとつの“情報核”が形を取る。 それは、黒く光る球体。
《観測不能知識:コード“E-Ω”──真偽不確定情報群》
「これ……なんか、やばくないか?」 カイルが無意識に後ずさる。
セラが即座に遮る。「触れてはだめです。この情報は“定義された者”にとって毒となる恐れがあります」
「じゃあ、誰が観測できる?」
ミラの声が上から降ってくる。 「“選ばれなかった者”──観測を一度拒否された者であれば、耐性があります」
ノインが静かに前に出る。 「ぼく、なら……少し、わかるかもしれない」
ノインが黒い情報核に手をかざすと、コードが静かに分解され、断片的な言葉が浮かび始める。
『≠NULL──記録の否定ではない。再定義のための“余白”』
「……これ、≠NULLの中核理念……?」 俺はその一文に息を呑んだ。
つまり、≠NULLはただ世界を壊すための組織ではない。 記録されなかった存在のために、“新しい定義の余地”を残そうとしている。
「なら……俺たちは、敵なのか?」
その問いの答えはまだ出ない。 だが、この空間でひとつだけ確かになった。
この世界は、ひとつの正解だけで成り立ってなどいない。 幾千もの“選ばれなかった可能性”の上に、今の現実があるのだ。
それを知っただけでも、俺たちは前より少しだけ──強くなれた気がした。
「次に進もう。“選ばれなかった世界”が、何を願ったのか……確かめるために」




