45話 ソース・ロストと、無音の記録
転送ゲートを抜けた先は、音のない空間だった。 風も、光も、足音さえもすべて“記録前”のような静寂に包まれていた。
「ここが……ソース・ロスト」 ノーラが呟く。
「この場所、空間というより……概念の断片だな」 俺の《虚数再構築》も不安定だった。
《構造読解不能》
《コード層:零未満》
地面らしき白い領域を歩くと、まるで時間の存在しない夢の中を歩いているような感覚に襲われる。
「観測できるものが……何もない」 ヒカリが肩をすくめた。「いや、正確には“何かが観測を拒んでいる”ように感じる」
その時だった。 ルゼが立ち止まり、前方をじっと見据える。
「……いる」
全員が息をのむ。 霧のような、影のような存在──しかし確かに“こちらを観ている”。
「それは……記録されなかった記録?」 セラが慎重に分析を始める。
《未定義存在:単独観測因子“シェイドコード・α”》
《状態:観測拒否状態/記録排除フラグ確認》
「この存在……人ではない。でも、どこか“人に似せて作られてる”」 ノインが不安げに言う。
すると、影が動いた。 音もなく、ただ“コードの意志”だけで俺たちに語りかけてくる。
『記録の起源に触れる者よ』
『なぜ“観測する”のか──なぜ“存在を証明しようとする”のか』
「……それは、お前たちがここにいるからだ」 俺は即答する。 「証明されなければ、お前たちは“存在しないことになる”。そんなのは、耐えられない」
しばし沈黙の後、影がゆっくりと溶けるように姿を変えた。 そこに現れたのは、一冊の本──空中に浮かぶ“記録媒体”だった。
《記録媒体取得:イグナート・コード01──“起源にして誤謬”》
「これ……イグナートがここに残した“本物の起源”?」 ノーラが手を伸ばそうとするが、影がそれを阻む。
『まだ早い』
『定義が完了していない観測者に、核心は渡せない』
「……じゃあ、俺たちは何をすればいい?」 俺の問いに、影が最後の言葉を残す。
『“本当に定義すべきもの”を、ひとつずつ見つけよ』
『存在とは、選び取った記録の集積にすぎない』
影は霧のように消えていった。
「……今の、試されてたのかもな」 カイルが肩をすくめる。
俺たちは“起源”に触れた。 だがそれは、始まりではなく“問いの始まり”だった。
「なら、答えよう。俺たちなりの“記録”で」
旅は続く。今度は、記録すべき“本質”を探す旅として。




