41話 イグナートの記録と、壊れた時間
構造物の奥に進むと、空間の法則が明らかに異質になっていた。 重力が軽く、音がわずかに遅れて届く。何より、時間の流れが“断続的”に感じられた。
「……ここ、時間が壊れてる」 ヒカリが小さくつぶやく。
「壊れてるというより、“再構成中”だな」 俺の《虚数再構築》が警告を出している。
《観測時間軸:不安定》
《イグナート記録への接続強化中》
中央に据えられた装置に、リング状の記録媒体が浮かんでいた。 触れると、空間に投影される文字列。
《記録者:イグナート》
《記録単位No.01〜03 展開中》
【記録01】
「我々は、定義の外側にいた。最初の世界が形を持つ前、何も存在しなかった場所で、記録という概念だけがあった」
【記録02】
「観測がなければ存在しない。それは確かに理である。だが、存在していた“はずのもの”が、観測されなかったがゆえに消える。 ──それを、私は間違いだと思った」
【記録03】
「だから、私は“記録されなかった存在”たちをこの地に封じた。 ここは、未定義たちの避難所。 いつか、記録がこの場所にたどり着いたとき、彼らの声をもう一度届けるために」
ルゼが声を落とす。「……優しさなのか、傲慢なのか……」
「どっちでもいい。けど、俺たちはそれを“受け取った”んだ」 俺は言った。「この地に封じられた未定義たち。彼らが本当に存在していたなら──俺たちは、それを認めてやりたい」
ノインがゆっくりと前に出る。 彼の記憶の奥に眠る、“まだ言葉にならない何か”が共鳴していた。
「ぼく……わかる気がする。 この場所にいると、忘れていた夢を思い出せそうな気がする」
セラが端末を操作する。 《未定義存在の反応を複数検知》
《観測と記録が進めば、構造として復元可能》
「……じゃあ、ここに“名前”を与えてあげよう」 ノーラが微笑む。
「この地の名前は、“忘却回廊”。記録されなかった者たちの静かな聖域」
俺はその名前を地図に刻んだ。
《観測領域更新:ルーメン・レコード》
未定義のまま消えていった声たち。 彼らの存在を肯定することが、俺たち“記録する者”の意義だと、確かに感じていた。
ここから先、もっと深く、もっと複雑な記録と出会うだろう。 だがそれでも、俺たちは進む。
すべての声が、確かに“ここにいた”と証明するために。




