40話 記録漏れの構造物と、最初の矛盾
アルネたちの群れと別れ、俺たちはゼロ・ボーダーの奥へと進んでいた。 光の反射も、空の色も、時間の感覚さえあいまいになっていく未定義領域の中で、 突如として“確定された構造物”が視界に飛び込んできた。
「……これは?」 ノーラが足を止める。
それは明らかに“人工物”だった。 しかし、古びた石造りの外観はどこか神殿のようであり、科学的な金属の継ぎ目が混在していた。
「明らかに“誰かがここに置いた”ものだな」 カイルが慎重に周囲を警戒する。
セラが建物の外壁をスキャンする。 《構造分析:一致データなし》
《観測記録:存在せず》
《これは……“記録されなかった記録”》
「つまり……設計も起源も、ログに残っていない建物ってこと?」 ヒカリが目を見開く。
「それって……」 ルゼが低く呟いた。 「“この世界の外”から来たってこと、じゃないの?」
俺の《虚数再構築》が、鋭く反応を返した。
《警告:構造干渉値 上昇》 《非観測領域由来の干渉記録 発見》
祠のような扉を押し開くと、中には円形のホールと、中央に浮かぶ1枚のパネルがあった。 そこに、明確な文字が刻まれていた。
『第零観測点──この構造物は、記録者“イグナート”により設置された』
「イグナート……聞いたこと、ないな」 ノーラが呟く。
だが、その名前を聞いた瞬間、ノインの身体が一瞬震えた。
「……夢の中で、聞いたことがある。すごく冷たくて、でも悲しげな声だった」
《補足情報:イグナート──記録理論以前に定義された“初期記録者”の仮称》 《推定:構造確定の外側にいた存在。ゼロ・ボーダー以前の世界を知る者》
「この祠、最初からここにあったんじゃない。 “ずっと隠れてた”んだ……世界の裏側に」
俺はパネルに手を伸ばし、その表面に触れた。
次の瞬間、全員の視界にコードの奔流が流れ込む。 未定義だったはずの領域に、“強制観測”が始まったのだ。
《観測開始:コード断層ログ──イグナート記録“01”》 《内容:世界には“本来観測されないまま終わるはずだった記録”が存在する》
俺たちは知った。 この先に待つのは、“記録されていない歴史”だ。 その矛盾は、いずれ世界全体を揺るがすことになる。
だが──それを知っても、俺たちは歩みを止めない。
「記録しよう。たとえそれが“矛盾”でも」
記録者であるということは、“都合の良い真実”だけを残すことじゃない。 全てを観測し、残す覚悟を持つ者の名だ。
俺たちは、扉の奥へと進んだ。




