39話 描かれゆく地と、名付けの始まり
ゼロ・ボーダーに足を踏み入れてから三日。 俺たちは、ただの霧と空白だった場所に、明確な“風景”を見つけ始めていた。
草原の端に、奇妙な木々。 水の流れが、空に逆らって昇るような川。 そして、言葉を持たない光の生き物たちが静かに佇む丘。
「この生き物、記録されてない……完全に“初観測”だ」 ノーラが慎重に距離を取りながらメモを取る。
《記録開始:観測体No.01/仮称:光草虫》
「見た目は虫だけど、感応波を発してる。まるで“祈ってる”みたいだな」 カイルが驚いたように声を漏らす。
「これ、祈りじゃない」 ノインがぽつりと呟いた。「この子たち、自分たちが“存在してる”ことを世界に伝えてる」
セラの分析が補足を始める。 《未定義領域内における存在証明信号》
《強制観測フレーム構築を補助する自然型定義体》
「つまり……この世界は、自らを“観測させようとしてる”ってことか」 俺は思わず呟いた。「誰かに見られなければ、存在できないから」
ルゼが光草虫の前にそっと手を差し出す。 すると、虫たちはその手にふわりと集まり、淡い光を放った。
「……優しい。名前、つけてあげたい」 その言葉に、みんなが微笑む。
「じゃあ、“アルネ”ってどう?」 ヒカリが提案した。「光と根で、“地に宿る光”って意味」
俺は頷く。
《記録更新:光草虫──正式名『アルネ』》
この瞬間、世界にひとつの名前が生まれた。
──名付けることは、存在を定義すること。
俺たちは今、ただ旅をしているだけじゃない。 この“まだ白紙の世界”を、言葉と記録で満たしていく作業をしている。
誰もが通らなかったこの道が、誰かの未来にとっての“最初の地図”になるかもしれない。
「……次は、あの丘の先に行こう」 俺はそう言って、みんなを振り返った。
「きっと、まだ名前のない存在たちが待ってる」
旅は、続く。 そして世界は、少しずつ“物語”になっていく。




